第47話【初歩的なミス】
強盗団がアジトにしている廃工場に潜入した鋭時達は、
幾つかの障害を排除しながら盗品の置かれた倉庫に辿り着いた。
「随分あっさり来れましたね……罠も待ち伏せも無いとかちょっと意外です……」
「楽に仕事が終わるならそれに越した事はない、さっさと始めるぞ」
腰に付けたヘビのぬいぐるみをウサギと取り換えてメイド姿に変わったシアラがレーコさんの取り出した音と光を遮断して姿を隠せる反物型立体映像の上を歩いて倉庫の中心部まで来ながら呆れ気味に囁き、後ろを着いて来た鋭時がまだ稼働していないゴーレムの魔導核に警戒しながらゆっくりと近付く。
「ゴーレムの停止は最初の文字を消すんだったな……ならば【魔光刃】」
サッカーボールに程近い大きさをした球形の魔道核を手に取った鋭時は、手元を照らすためにアーカイブロッドの先端に短い光る刃を作り出した。
その瞬間であった。
「【高速石弾】!」
トラックの上から術式を発動する声が聞こえた瞬間にガンッと重量物が当たって砕ける音が響き、鋭時がその場に倒れ込んだ。
「えっ?……なに?……あ、教……授? いやーっ!! 教授! 教授ぅーっ!」
「下がるぞ!【魔凝土壁】! ちきしょーっ! こんなの聞いてないぞ!」
何が起きたのか分からずに呆然としていたシアラは目の前で頭の4分の1近くが抉られて血だまりへと倒れ込んだ鋭時に気付いて錯乱し始め、後ろで警戒していたミサヲがシアラを抱えながら土壁を作り出して内側に隠れてから腹立ち紛れに拳を床に叩き付ける。
「おい! しっかりしろ、シアラ! ちとショックが強すぎたか?」
「教授、教授ーっ! 嫌ですよぉ、こんなお別れなんてーっ!」
「ごめんなさいシアラさん、気を確かにしてください」
気を取り直したミサヲとレーコさんが鋭時の惨状にショックを受けて錯乱状態のシアラに声を掛けつつ周囲を警戒していると、3台のトラックそれぞれの荷台から再度術式を発動させる声が響いた。
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「「【魔力光】!」」
3台のトラックそれぞれの荷台から、発動した光の術式を筒状に丸めた金属板で覆ってから鉄筋の上部に挿して作り上げた即席のサーチライトがミサヲの発動した土壁を照らす。
「隠れても無駄だ! 出て来い、ネズミ共!」
トラックの荷台からの光に照らされたミサヲからは顔こそ見えないものの周囲の態度から見て強盗団の親玉と思われる金属の鋲を随所に打ったレザージャケットを羽織った男がジゅう人達の先頭に立ち、粗野としか形容できない大声でミサヲ達に向かって叫んだ。
「くっ……待ち伏せしてやがったのか! てめえらタダじゃおかねえぞ!」
「仲間がひとり死んだのに随分強気だな! どれだけ腕に自信があるか知らんが、このデスハウンド様からは逃げられねーよ! おとなしく出て来い!」
語気を荒げて土壁の裏側から叫んだミサヲに対し、デスハウンドと名乗った男が負けじと声を荒げて降伏を迫る。
「デスハウンドだと? 随分と勇ましい名前だなー! そうか、てめーが強盗団の親玉だな!」
「ほぅ……オレ様を知ってるたぁ、やはりタダのコソ泥じゃねえな? ヤニの臭いといい、てめーらステ=イションのサツだろ!」
尚も土壁の裏側に身を隠したミサヲが余裕のある様子で挑発するように叫ぶと、デスハウンドはミサヲ達を警察官と決め付けながら凄み出した。
「ヤニ? 煙草の事か、随分と鼻の利く奴がいるようだな!」
「その通りだ! 音と姿を消しだけで安心してたんだろうが、タイプワーウルフのオレ様には臭えヤニのおかげで、入って来た時から丸見えだったんだよ! まさか逃げれて帰れるなんて考えてないだろうな? いい加減そこから出て来い!」
自分達が待ち伏せを受けた理由に納得して頷きながらも挑発するミサヲに対してデスハウンドは狼のような耳と尻尾を満足そうに立てながら再度降伏を迫るが、直後にトラックの荷台から騒めきが聞こえ出して来た。
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「……おい、マジかよ……」
「……さすがにヤベえだろ……」
「おまえらなに騒いでやがる! サツとは言えたかが3匹、ビビるこたあねえ!」
段々と音量を増す騒めきに対し苛立ちを覚えたデスハウンドが振り向き、大声で手下を恫喝する。
「スンマセン。でもデスハウンドさん、あそこで死んでるの人間なんでさあ」
「なに!? んなはずねえ! 奴に付いたヤニは直接吸った強い臭いじゃねえ!」
恫喝されて口を噤んだ手下達の中からひとりが恐る恐る倒れてた鋭時を指差し、全く予想していなかった言葉に驚いたデスハウンドが慌てて鋭時の観察を始めた。
(たしかにありゃ人間だ……人間の後ろ盾を失ったジゅう人が人間を死なせるのは最大の御法度、このままだとオレ達は終わる……)
手下の言葉聞いたデスハウンドは慌てて頭部に【高速石弾】の直撃を受けて床におびただしい量の血を流している死体を確認するが、命を失っても消えないはずのジゅう人の波動を全く感じられずに人間と確信して青ざめる。
「バカヤロウ! 何で撃つ前に確認しなかったんだ!? 計画が台無しどころか、他のジゅう人達にバレて私刑にされちまうだろうが!」
「そう言わないでくださいよ、署長が乗り込んで来るなんて思いもしませんぜ」
遺伝子に刻まれた最大の禁忌に怒り狂って怒鳴り散らすデスハウンドに、折れたナイフ型術具の刀身を鉄パイプの先端に括り付けた即席の狙撃用術具を使い石弾を放った片目が赤く光るオッドアイのジゅう人が慌てて弁明した。
「いや……確かに人間だが情報より若い! 何者かは知らねえが、署長じゃねえのだけは確かだ! だったらまだ隠しようがあるぞ!」
想定外の出来事に直面した動揺を必死に隠そうとしていたデスハウンドは倒れている人間と事前の情報の違いをようやく見付け、震える自分を鼓舞するかのように大声で捲し立てる。
「そ、それじゃあ残りを始末すりゃあ……?」
「ああ、死人に口なしってやつだ。野郎ども、早いところネズミを片付けて本物の署長を探しに行くぞ!」
「お、おーっ!」
「こうなりゃ自棄だ!」
青ざめた顔で自分達が生き残る唯一の方法を躊躇いがちに聞いて来た手下に開き直った様子でデスハウンドが頷いてから号令を掛けると、デスハウンドを取り囲む手下達が動揺交じりに声を上げた。
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「どうやら連中、開き直って全力であたし達の口封じに来るみたいだね」
「人間を手に掛けたと知られたジゅう人は、どこにも居場所がありませんから……こちらもまずはシアラさんを落ち着かせませんと……」
土壁越しに聞こえて来る大声で状況を判断したミサヲに神妙な表情を映し出して頷いたレーコさんは、そのまま激しく揺れるミサヲの胸元に視線を移しつつ困惑の表情へと切り替える。
「ミサちゃん放し……むぐぐっ……ぷはぁっ、教授の仇を討ちますから止めないでくださ……むぎゅっ……」
「だから落ち着けって、シアラ。このまま飛び出ても返り討ちに遭うのが関の山。チャンスは必ず巡って来るから、それまで待つんだよ」
強盗団に向かって何度も飛び出そうとするシアラはミサヲの胸に阻まれるように顔を埋めながら途切れ途切れに叫び、それでもミサヲはシアラを押さえ込みながら慎重に説得を続けた。
「そんなのどうでもいいですーっ! 教授の所へ行かせてくださいーっ!」
「お待ちください。今シアラさんがそんな事をしても鋭時さんは喜びませんよ」
ミサヲの説得を聞いても尚暴れ続けるシアラに対し、今度はレーコさんが聞く者全てを落ち着かせるような柔らかい声で説得する。
「うーっ……レーコさんのいじわるっ、そんなの分かってますよぉ……何をしても教授はもう……」
レーコさんに諭されたシアラは言葉を詰まらせ、ミサヲに抱えられたまま大粒の涙を流すしかなかった。
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「デスハウンドさん、小さいのが何やら息巻いてますぜ。良く聞こえませんが仇がどうとか」
「仇だって!? しまった……人間を連れてたんだから覚醒してやがんだ。だからたったあれだけの数でここに来れたんだな……」
土壁越しに聞こえるシアラの声を拾った猫のような耳を持つジゅう人から報告を聞いたデスハウンドは、しばらく考えてから乗り込んで来た者達の構成を分析して苦虫を噛み潰したような顔をする。
「冗談じゃありませんぜ!? 覚醒したメスがどれだけ強いか、デスハウンドさんだって知らない訳はねえでしょう?」
「あたりめーだっ! だが向こうも連れて来た人間が殺られて動揺してるし混乱もしてる。今のうちなら、こっちの全員で掛かれば殺れるはずだ!」
喪失しかけた戦意をようやく取り戻しかけた手下のひとりが再度戦意を削がれて不満を漏らすと、デスハウンドは声を震わせながらも自分達に僅かでも有利な判断材料を無理矢理見付けて再度手下達を鼓舞した。
「待ってくれ! トラックを襲った時の事を思い出したけど、タイプ鬼と着物女は掃除屋だ! さすがに命がいくつあっても足りねえぜ!」
「奴らはサツじゃねえのかよ……」
「掃除屋が何だってこんな所に……」
ようやくミサヲ達と交戦をした記憶を掘り出した別の手下が土壁の向こうにいる侵入者の素性を伝えると、強盗団の騒めきが一段と強くなった。
「狼狽えるな! 掃除屋と言っても相手は3人、しかもひとりは戦えねえから実質2人だ。数で押し切れば勝機はある!」
「そういや、あの2人の得物はどっちも銃だったぜ。四方から一斉に掛かれば対処なんて出来なくなるはずだ!」
自分を取り巻く騒めきを一喝したデスハウンドが勝ちの目を見出したのに続き、手下のひとりが侵入者の戦い方を思い出して沈んだ顔を幾分か明るくさせる。
「だったら決まりだ。防御術式をとびっきり厚くして全員で掛かって、撃たれたら近くにいる奴が治癒術式を使う。これで向こうも簡単には手を出せねえはずだ! てめえら、覚悟を決めろよ!」
「「おおーっ!」」
敵の手の内を知り勝利を確信したデスハウンドが自分の立てた作戦を伝えると、戦意を取り戻した強盗団が一斉に声を上げた。
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「好き放題言いやがって……強盗なんかのいいようにされて堪るかよ……!」
「ミサちゃんだけで逃げてください……榧璃乃シアラは強盗全員を道連れに散り、教授と再会して燈川シアラになりますね……今日までありがとうございました……さようならミサちゃん」
ライフル銃の形をした放電銃、ミセリコルデを肩から降ろしたミサヲがそのままミセリコルデを右手に持って来て引き金を引けるように構えるが、ミサヲの左腕に抱えられたシアラが泣き疲れて手足を力無く投げ出したまま虚ろな目で呟く。
「気を確かに持ってください、シアラさん。作戦は次の段階に入っています」
「何言ってんだよ、シアラ!? しっかりしとくれよ! あたしは絶対にシアラを手放さないよ、もう少しの辛抱だ……!」
強盗団の動きを観察していたレーコさんが冷静な口調でシアラに声を掛けたのに続き、ミサヲがシアラを抱えた左手を揺すりながら自分に言い聞かせるように声を掛けた。
「何だぁー? 抵抗する気も無えのかよ?」
細かく切り分けたナイフの刀身を鉄パイプに括り付けた術具を構えながら反撃を警戒して慎重に歩いて来た先頭の男が、予想に反して抵抗の無い事に拍子抜けした声を上げながら土壁まで近付く。
「へへっ、すぐ死んだ男のもとへ逝かせてやるよ! 恨むんならヤニ吸ったバカな仲間を恨むんだなー!」
先頭を歩く男の様子を見て反撃してこない確信した強盗団の男達は援護のためにトラックに残った者達も含めた全員がミサヲ達の隠れている土壁に向かって一斉に駆け出し、最後のひとりがトラックから飛び出てデスハウンドのみが残った瞬間に強盗の集団の中心からひとつの声が響いた。
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「【氷結晶壁】!」
「な、何だ!?」「ひぃっ! ば、化け物!?」
術式発動と同時に3台のトラックを大きく取り囲むような氷の壁の出現に驚いた強盗団の男達が動きを止めて声の聞こえた方へと向いた先には倒れたはずの鋭時が石弾によって穿たれた頭をそのままに立っており、恐怖に駆られた強盗団の男達は一斉に距離を取って鋭時を中心に左右に分かれた。
「おいおい情けない連中だな、こんな初歩的な目くらましに引っ掛かるなんてよ。レーコさん、もうこれ解除してもらって構わないぜ」
「了解しました、鋭時さん」
恐怖に顔を引きつらせ青ざめる強盗団の男達に呆れて肩をすくめた鋭時は抉れた頭を指差しながら土壁の裏に隠れているレーコさんに解除を依頼し、レーコさんが丁寧に返事を返すと同時に鋭時の頭の窪みと床に飛び散ったおびただしい量の血が数度明滅してから消滅する。
「教……授? 教授! 教授っ! きょーじゅぅーっ!」
「おっとと……だからあたしはこんな作戦に気乗りしなかったんだよ」
しばらくして鋭時の惨状がレーコさんの立体映像による偽装と理解したシアラが喜びのあまり嬌声にも似た声で鋭時のあだ名を呼び続けながら駆け出し、ミサヲはシアラが抜け出して自由になった左手で頭を掻いてからミセリコルデを両手で構え直して土壁の前へと身を乗り出した。
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「ばかばかばかー、教授のばかぁーっ! 死んだと思ったじゃないですかぁー! 生きてたなら、どうしてもっと早く言ってくれないんですかぁーっ」
「わっ!? 待て! 落ち着けよ……俺が囮になって強盗をトラックから引き離す作戦だっただろ?」
泣きながら駄々っ子のようにポカポカと叩いて来たシアラの手を無駄の全く無い必要最小限の動きで避け続ける鋭時は、両手のひらを前に出しながら死んだ振りをしていた説明をする。
「だからって、あそこまでするなんて聞いてませんでしたよーっ!」
「全員演技だと怪しまれるから黙ってたんだ。悪かった……二度としないし記憶が戻ったら何でも頼みを聞くからから勘弁してくれ。あとな……悪いと思ってるけど拒絶回避で躱すのだけはどうにもならんから、落ち着いてくれないか?」
尚も興奮と憤りが収まらないシアラが手を振り降ろし続け、鋭時は作戦の効率を説明しながらシアラを必死に宥め続けた。
「もぉダメだと思ったんですよっ……教授……生きててくれて、ありが……とう」
「参ったな、そこで何でありがとうなんだよ……続きはここを切り抜けてからだ」
叩く手を止めて涙を落としながら言葉を詰まらせて途切れ途切れに感謝して来たシアラに戸惑った鋭時が話題を変えるべく左手に持った杖を構えて周囲を警戒した瞬間、強盗団の中からナイフの刀身と鉄パイプを組み合わせた即席の狙撃用術具を構えたオッドアイのジゅう人が1歩前に出る。
「この化け物め、今度こそ地獄に送ってやる!【高速石弾】!」
手を震わせつつ狙撃用術具を構えたオッドアイのジゅう人が手に掛けてしまったはずの鋭時が無傷で立つという事態の好転に考えが及ばないままに術式を発動して石弾を放つが、石弾は鋭時がかざした右手のひらに当たって粉々に砕け散った。
「きゃっ! 教授っ、大丈夫ですかっ!?」
「落ち着けよ、シアラ。俺にはZKの鉤爪でも破れない【圧縮空壁】を発動出来る術具がある、ZKより遅くて脆い石ころなんかで死にはしないよ」
頭上で起きた破裂音に驚いたシアラに、鋭時は右手人差し指に嵌めた全く飾りの無い金属製の黒い指輪、リッドリングを見せながら極力優しい微笑みを向ける。
「さすがは教授ですっ! もしかしてさっき死んだ振りをしたのも」
「ああ、どこから撃って来るかさえ分かればこいつで簡単に防げるぜ」
不安を払拭するように何度も大きく頷いたシアラが目を輝かせながら尋ねると、静かに頷いた鋭時はリッドリングに目を向けながら不敵な笑みを浮かべた。
「ZKだって!? こいつらもステ=イションの掃除屋なのかよ!?」
「馬鹿を言うな! 人間が掃除屋になれる訳無いだろ!」
鋭時とシアラの会話を聞いていた強盗のひとりが青ざめた顔で半歩下がり、別の強盗が必死に大声を上げて否定する。
「ん? こう見えても俺達はステ=イションの掃除屋だ、今すぐ逃げ出して警察に出頭した方が身のためだぜ?」
「ふ、ふざけんじゃねえ! い、いくら化け物退治の専門家でも、術式を食らえばタダじゃ済まねえ! 石が通じないなら火だ、一気に仕掛けるぞ!」
動揺する強盗達の疑問に答えるかのように鋭時が涼しい顔で降伏勧告を出すと、強盗達は怒りに我を忘れて切り分けたナイフ型術具の刀身を鉄パイプに括り付けた即席術具を一斉に構えた。
「お、おう!【火炎矢】!」「食らえ【爆火球】!」
「危ない、教授っ!【捕縛旋風】!」
強盗達が一斉に発動した術式にいち早く反応したシアラが頭部に付けた風を操る術具、リサーチャーブリムに意識を集中して術式を発動し、2人の周囲に発生したつむじ風が飛んできた炎の矢と球を全て取り込む。
「あなた達はーっ! よくも教授をひどい目に遭わせましたねっ! ぜーったいに許しませんよーっ!」
「な……なんだよ、ありゃあ!?」
「オレに聞くなよ!」
「さすがにマズいんじゃねえか……」
怒りで語気を強めたシアラが魔力をリサーチャーブリムに込めながらつむじ風の回転速度を上げ、つむじ風の回転に耐え切れずに形を崩した炎の矢と同じく一斉に爆発した火球が混じり合って出来上がりつつある巨大な炎の柱を目の当たりにした強盗達は混乱するしかなかった。
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「きゃっ、こんな所まで風が来るなんて」
「うひょー絶景かな、絶景かな。今この時だけはドクのこだわりに感謝するぜ」
シアラの作り出した炎の柱の余波はミサヲの作り出した土壁にまで届き、土壁の前で立体映像であるのはずのレーコさんが風に煽られ乱れる髪と捲れる裾を必死に押さえる姿をミサヲが満面の笑みを浮かべながらしゃがんで眺める。
「もーっ! ミサヲさんのえっち!」
「いやーすまん、綺麗な脚だからつい見入っちまった。それにしてもレーコさんの髪といい着物といい、いったいどういう仕掛けなんだい?」
ミサヲの視線に気付いたレーコさんが顔を赤く染める表示に変更しながら両手で裾を押さえ、誤魔化すように笑いながら頭を掻いたミサヲは尚も着物の下から覗くレーコさんの透けるように白いふくらはぎへと視線を向けつつ仕組みを尋ねた。
「マスターの話ですと声も風も空気の振動ですから、周囲の風の動きに髪や着物の動きを連動させて表示出来る機能を会話機能に取り付けたとの事です。それよりもシアラさんを止めないと、強盗団の方々が丸焼きになってしまいませんか?」
「確かに連中は賞金首じゃないけど、さすがに死なせちまったらマズイよな~……でもここからはもう何も出来ないぜ?」
着物の裾を押さえつつ自分自身に施された機能をミサヲに説明したレーコさんがシアラの作り出したつむじ風の中で勢いを増す炎を眺めながら聞き返し、ミサヲは同意するように頷きながらも取り込んだ火炎術式を煽り続ける高熱のつむじ風へと入り込むのは不可能と判断して静かに首を横に振る。
「それは困りましたね、マスターにはどのように報告しましょうか?」
「心配しなくても大丈夫だよ、レーコさん。あの中には鋭時がいるんだし、きっとシアラをどうにかしてくれるさ」
表情を初期状態に戻したレーコさんが風に煽られる髪を気にする様子も無く炎の柱を見詰めながら呟くが、ミサヲは軽く手を振ってから落ち着いた様子で炎の柱に目を向ける。
「本当に大丈夫なのでしょうか? シアラさんの脳波や心拍数を計測した限りでは相当怒っていましたよ?」
「大丈夫だよ、鋭時は仲間の利益が絡んだ時はどこまでも冷徹な判断を下すんだ。あまり褒められたものじゃないけど、こういう時だけは信用できるよ」
回転しながら勢いを増し続ける炎の柱を見詰めたレーコさんが心配そうな表情に切り替えてミサヲに聞き返すと、ミサヲは確信を持った様子で小さく頷きながらも複雑な表情で曇らせた眼差しを炎の先へと向けた。
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「おーいシアラさん、こんな炎で連中を消し炭にしちまったら賞金どころの話じゃなくなるぞ」
「そんなのもう、どうでもいいですっ! 教授にあんな事をした人達なんか絶対に許せませんからっ!」
高速回転する炎の柱の中心部で鋭時はシアラを宥めようと試みるが、怒りで我を忘れたシアラは聞く耳を持たずに回転する風に魔力を注ぎ続ける。
「俺 のスーツには【耐火防壁】が組み込んであるし、ほかにも防御用の術具だってたくさん持ってるんだ。あの程度の炎では髪の先も焦げやしないよ」
「いくら教授に危険が無いからって、わたしにも我慢の限界がありますよーっ!」
尚も説得を続ける鋭時はスーツの襟に手を掛けたり右手のリッドリングや左腕のトリニティシェードを見せたりするが、シアラは上げた両手からつむじ風に魔力を注いで回転速度を増しながら大きく首を横に振った。
「だがここで「俺」が連中を蒸発させちまったら、二度とシアラに会えなくなる。さっきの詫びと合わせて何でも言うこと聞くから、ここは堪えてくれないか?」
「その言い方はズルいですよっ……教授の事ですからどんな手を使ってもわたしの身代わりになるのでしょう? 仕方ありませんね……ツォーン、来てくださいっ」
しばらく考えてから神妙な顔付きに変わった鋭時からの説得を慣れと諦めが入り混じった様子で頷いて聞き入れたシアラは、左手で風の動きの制御をしつつ右手で僅かにたくし上げたスカートの中から出て来たネコのぬいぐるみを魔力で浮かせて手元に引き寄せる。
「【術抹消匣】!」
左手でつむじ風を維持しながら右手に掴んだネコのぬいぐるみに意識を集中したシアラが術式を発動すると同時にネコのぬいぐるみの前に出現した漆黒の立方体が巻き込んだ炎を蓄えて高速回転するつむじ風を瞬く間に吸い込んで行き、炎の柱が汗も乾くほどの高熱と共に瞬く間に消え去った。
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「【火炎矢】!【爆火球】! ダメだ! 外で何が起きてんだよ!? さっきの竜巻は何だったんだ!? この壁は何だよ!」
トラックの荷台にひとり取り残されたデスハウンドが氷の壁にナイフ型の術具を向けて術式を放つが、鋭時が術式で作り出した氷の壁は火の術式に何度炙られても穴の開く気配すら見えて来ない。
(何でこうなったんだよ!? あの人間の男はどう見ても死んでたはずだ! アレ全部作り物だったと言うのか?)
氷の壁に閉ざされて逃げ場の無くなったデスハウンドは、偽装された鋭時の死を見抜けなかった自身の迂闊さを悔やみ続ける。
(映像を映し出す術式や機械はいくらでもあるし音を消すのも同じだ、体温だって氷の術式が使えればごまかせる。ちきしょう! ヤニさえ無ければ、やっと戻った鼻でにおいを嗅ぎ分けて死んだ振りを見抜けたのに……いや待て!)
死体であったはずの鋭時の状況を思い出しながら偽物だと見破れなかった理由に考えを巡らせていたデスハウンドは、自分が騙された原因から導き出した侵入者の違和感に気付いて思わず息を飲んだ。
「ちきしょう騙しやがったな! 卑怯な奴等だ、覚えてろ! ジゅう人だって死ぬ気になりゃあ何でもできるんだ!」
氷の壁の外にいる手下と侵入者のやり取りが聞こえずに侵入者を警察関係者だと勘違いしたままのデスハウンドは、大声で自分自身を鼓舞しつつ人影がひとつだけ残るトラックの運転席へと向かう。
「おい開けろ! 今すぐクルマを出して、あの壁を壊すぞ!」
運転席のドアにロックが掛けられている事に気付いたデスハウンドは、助手席側からドアを叩いて席に座っている人影に声を掛ける。
「へい、ただ今開けます」
「メス共と人間は囮だ! 本隊を連れてる署長を探し出して生け捕りにするぞ……ゲホゲホッ」
人影の返事と共にロックが解除された助手席側のドアを少し開けてから乗り込むのも後回しに顔だけを突っ込んで運転席に座っている人影に向かって指示を出したデスハウンドだが、白い煙が充満する運転席に顔をしかめて何度も咳き込んだ。
「ほーぅ、何故あいつらが囮だと分かったので?」
「そんなの簡単だ、あいつらの誰もヤニを吸ってねえ……ゲホッ! それよりこの煙はいったい何なんだ!?」
運転席に座っている人影の落ち着いた問い掛けに苛立ちを募らせながらも答えたデスハウンドは、逆に運転席に充満する煙について問い質す。
「へぇ、それで署長が乗り込んでると踏んだ訳か。つまり今まで逃げなかったのは再開発区を抜ける為の人質と、【遺跡】でZKを引き付ける餌の両方が必要だったからだね」
「何を言ってやがんだ!? オレの質問に答えろ……って、てめえは誰だ!?」
会話の噛み合わない人影に業を煮やしたデスハウンドが半開きにしていたドアを全開にして運転席へと乗り込もうとするが、車内の人影が自分の部下ではない事に気付き慌てて構えたナイフ型術具の先には煙草を咥えたドクの姿があった。
「纏うは煙、立ち上る紫煙ってね」
術式を発動しようとするデスハウンドに向けて運転席に放り出されていた毛布を投げ付けたドクは多重次元収納装置、Lab13の中から携帯灰皿を取り出しながら落ち着いた様子で運転席から降りる。
「おぅ……むぅ……ぐぅ」
ドクが吸っていた煙草の臭いが染み付いた毛布を被って視界を遮られ、嗅覚をも麻痺させられたデスハウンドは術式を発動させる集中力も持てないままにナイフ型術具を振り回しながらフラフラと歩きまわった挙句に足を滑らせて尻餅をついた。
「はぁ……はぁ、どこだ? 何が起きてんだ?」
腰を落とすと同時に被さっていた毛布が落ちて視界を取り戻したデスハウンドが周囲を見回すも人影はどこにも無く、煙草の臭いで嗅覚まで麻痺して完全に相手を見失ったデスハウンドの背後にドクが静かに立つ。
「もしもし、一服いかがかな?」
「へっ? はぁ!?」
斜め後ろから軽く肩を叩いて声を掛けて来たドクに驚いたデスハウンドが思わず振り向いてから見上げた先には金属製の小さな円盤型のものが浮いており、円盤が先端部を下に向けた漏斗だとデスハウンドが気付いた時には漏斗がデスハウンドの口を目掛けて勢いよく飛び込んで来ていた。
「はぎゃあ!?」
「開発中のエアロゾルフロート、中身は麻酔薬だ。キミの体格を分析したデータを基に調合したから死にはしないけど、簡単に目覚めもしないよ」
半開きになった口に宙を浮く漏斗、エアロゾルフロートを突き立てられた驚きで大声を上げたまま体を硬直させて何も聞こえるはずの無いデスハウンドに向かって吸い込ませた薬品の説明をしたドクは片眼鏡型の立体映像、Tタイバースコープを起動してデスハウンドの容体を確認しながら口に突き立てたエアロゾルフロートの操作を開始する。
「ふむ……やはり資料通りの動きを再現するのは難しいか……」
デスハウンドの口から飛び出したエアロゾルフロートがLab13までゆっくりと飛ぶ様子を眺めていたドクは、Tダイバースコープに表示された映像資料と見比べながら小さくため息をついた。
「ふぅ、ここまでは概ね作戦通りかな?」
手元に戻って来たエアロゾルフロートを回収したドクはLab13から取り出した自在に動く糸、ホーミングギャロットを強盗達の作った3基の即席サーチライトの支柱全てを絡めるように伸ばしてから軽く引き、3基の即席サーチライトを纏めて薙ぎ倒す。
「これで俺の仕事は終わり、っと」
照明が消え去り倉庫が再び暗闇に閉ざされた事を確認したドクは、Lab13からマルボロのソフトケースとジッポライターを取り出してから煙草を1本咥えて火を付けた。
▼
「え……? オレ達は助かったのか……?」
「お前ら逃げろ! あいつらヤバイ、絶対に敵う訳がねえ!」
場所は戻り氷の壁の外では火の術式を取り込み勢い良く回転していたつむじ風が忽然と消え去り、強盗団の男達に放心と安堵が入り混じった感情が広がる中で狙撃用術具を手にしたオッドアイのジゅう人だけが青ざめた顔で声を震わせつつ逃亡を促す。
「はあ? 何がヤバイんスか? アレだけの火と風をただ消したんですぜ?」
「消したのがヤバイんだよ! あれほどの術式なら時間さえ掛ければ誰にでも作り出せるけど、それを一瞬で消し去るなんて誰に出来るもんじゃねえ!」
不思議そうに聞いて来た男に狙撃用術具を持ったオッドアイのジゅう人が必死に説明する中、今度はトラックの荷台に残して置いたサーチライトの明かりが消えてしばらくの沈黙の後にざわめきが広まった。
「な、なんだ……? あの中で何が起きたんだ?」
「デスハウンドさんは無事なのか?」
暗がりとなった倉庫の中で強盗達の疑問が口々に飛び交うが、誰も答えられないままにしばしの沈黙が周囲を支配する。
「どうやら俺の仲間があんたらの親玉を捕まえたようだ。お前らも大人しく警察に出頭した方が身のためだぜ? 俺は怒ったこいつを抑えきれないからな」
「やられたな……オレ達をここに引っ張り出して別働隊がデスハウンドを捕まえる作戦だったんだ。こんな所で捕まって堪るか!【魔核起動】!」
強盗達の疑問に答えるように仲間の存在を仄めかした鋭時が遠回しに降伏勧告を出すと、策略に乗せられた事をいち早く理解したオッドアイのジゅう人が手にした狙撃用術具を倉庫の中心部にあるゴーレムの魔道核に向けてから術式を発動した。
「【魔核起動】!【魔核起動】! お前らもロボットを起動しろ! 今すぐに!」
術式を受けて浮かび上がった魔導核がオッドアイのジゅう人の近くまで移動して来てから鋭時の倍以上の高さまで伸びつつ巨大な人型を形成し、続けて同じ術式を発動したオッドアイのジゅう人が周囲の強盗にロボットの起動を指示する。
「何してんスか!? 勝手に起動したらデスハウンドさんに怒られますぜ?」
「そのデスハウンドさんがやられたんだよ! 別働隊がいやがる! このままだと挟み撃ちだ! ゴーレムとロボットに足止めさせれば、オレ達の足でも何とか逃げ切れるはずだ! 急げ!」
未だに事態の把握が出来ない強盗がオッドアイのジゅう人の行動を諫めるように質問をすると、自分達の窮地を説明して再度命令を下したオッドアイのジゅう人はゴーレムの起動を待ちながら狙撃用術具を構えた。
「やっぱりこうなるのか、こいつはかなりの大掃除になりそうだぜ……!」
逃げた強盗達の殿を務めるかのように出現した3体のゴーレムを目の前にして小さくため息をついた鋭時がアーカイブロッドを両手で構え直し、言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべた。