第46話【闇への潜入】
鋭時とシアラの適性試験合格から数日後、
グラキエスクラッチ清掃店の3人はドクの連絡を受けて再開発区に入っていた。
「よく強盗団のアジトを突き止めたな、さすがはドクだぜ」
「これも鋭時君達が手掛かりを提供してくれたからだよ」
再開発区に原形を残して建っている廃工場をシアラの張った迷彩結界の隙間から眺めつつ感心するミサヲに、ドクは涼しい顔で頷いてから鋭時の方へ顔を向ける。
「俺が? 俺は何も見付けてないし、シアラが見付けたのか?」
「いえ、わたしも何も見付けてませんよ……?」
突然ドクに協力の感謝を受けた鋭時が廃墟の壁に寄り掛かったまま困惑して隣に立つシアラに尋ねるが、シアラも全く心当たりがない様子で首を横に振る。
「ふむ……言葉足らずだったね、鋭時君が初めてステ=イションに来た時の話だ。あの時、車両用のテレポートターミナルから再開発区に向かうトラックを見たってレーコさんに話してくれただろ?」
「そういえばそんな事もあったな……あの時は何も知らなかったから、居住区まで行くもんだと思い込んで追い掛けたんだったか」
複雑な表情で肩をすくめたドクの説明に得心の行った様子の鋭時は、上を向いて思い出しながら気恥ずかしそうに指で頬を掻く。
「再開発区に車両で乗り込むのは解体業者くらいのもんだけど、解体業者はみんなステ=イションにいるからね」
「確かにターミナルから再開発区に直接向かうのは怪しいけど、たったそんだけでアジトを見付けちまうなんて……相変わらずドクは大したもんだよ」
「強盗に気付かれないよう探し出すのは少々骨が折れたけど、ある程度の方向さえ分かれば何とかなるもんだよ」
涼しい顔で話すドクの分析に納得した様子のミサヲが感心しながら大きく頷き、静かに首を横に振ったドクも苦労を思い出すかのように小さく頷いた。
「もうすぐレーコさんも戻って来るだろうし、そろそろ作戦会議を始めようか?」
「了解だ。ドクの立てる作戦なら俺も安心出来……っ!!」
迷彩結界越しに廃工場の様子を窺ってから振り向いたドクの提案に賛成しかけた鋭時だが、言葉の途中で素早く身を翻してから右腕を下げてアーカイブロッドを取り出す構えを取る。
「あっ……やっぱり捕まえられませんでしたかー……」
「おーいシアラさん、今から大捕り物だってのに俺を捕まえてどうすんのかな?」
隙を突いて抱き着こうとして来たシアラが空を切って交差させた腕をそのままに誤魔化すような笑みを浮かべ、鋭時は重心を低く保ちながら額に手を当てて行動の意図を問い質した。
「ここから先は危険ですから、教授にはわたしの作る結界で待ってていただこうと思いましたっ!」
「あのな……抜き打ち訓練ありがとよ、シアラ。いい準備運動になったぜ」
全く笑みを崩す様子も無く目的を白状したシアラに呆れながら体の緊張を解いた鋭時は、ひと呼吸置いてから悪戯じみた笑みを浮かべて全身を軽く伸ばす。
「そんなんじゃありませんよーっ! ホントに教授は水面に映る王子様ですねっ」
「百歩譲って水面に映るはしょうがないけど、王子様ってのは勘弁してくれ……」
思わぬ反撃に顔を赤らめたシアラが即座に悪戯じみた笑みを返し、鋭時は笑顔を引きつらせながら頭を掻いて呟いた。
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「鋭時が住んでた居住区のオス達もこれだと、場所が分かっても意味無いぜ。おいドク、どうにかならねーのか?」
「確かに問題だね……でも普通の人間は鋭時君と違ってジゅう人を知らないから、精神系や束縛系の術式だって通じると思うよ」
シアラと鋭時のやり取りを呆れた様子で眺めていたミサヲが不安を全く隠さずにドクを問い質すが、ドクは軽く相槌を打ってから涼しい顔で持論を展開する。
「言われてみればそれもそうか、じゃあ引き続き鋭時の事もよろしく頼むぜ」
「ところでマーくんっ! 教授を捕まえられる方法はありませんかっ?」
ドクの説明を聞いて納得した様子のミサヲが信頼しきった笑顔を浮かべて大きく頷くと、2人の会話に興味を持ったシアラがドクに近付いて来た。
「今までの話を聞く限りだと、鋭時君の拒絶回避はZKとジゅう人の動きをかなり学習してしまってる。初手を誤ってる以上、地道に記憶を戻すしか無いね……」
「そんなぁ~……何かいい術式は知りませんかっ? マーくん物知りだし、色んな術式も知ってますよねっ?」
起動したTダイバースコープを眺めて冷静に分析しながら肩をすくめたドクに、シアラは尚も食い下がって質問攻めにする。
「術式に頼らなくてもシアラさんと鋭時君の関係は良好だろ? 鋭時君の住んでた場所が判明してもキミ達に進展がなければ、ボクも出来る限りの協力をするよ」
「その言葉本当ですかっ!?」
「おーいシアラ。何を話してるのか知らんけど、あまりドクを困らせるなよー」
「ちょっと待ってくださーい、教授っ! 約束ですよっ、マーくんっ! お待たせしました、今そっちに行きますねーっ!」
両手を向けてシアラを宥め続けるドクに気付い声を掛けて来た鋭時の方を向いて手を振ったシアラは、ドクに微笑みを返してから鋭時のもとへと駆け寄った。
「で、結局何を話してたんだ?」
「何でもないですっ。早く袖より上にも触れるようにしてくださいねっ、教授っ。でないとずっと水面に映る王子様ですよっ」
「出来るだけ善処するけど期待すんなよ。にしても教授に王子様ね……まるで俺が2人いるみたいだぜ……」
呆れた様子で聞いて来た鋭時の質問をはぐらかしたシアラが明るく微笑みながら鋭時のスーツの袖を掴み、可能な限りの笑顔を返した鋭時は頭を掻いて呟いた。
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「マスター、お待たせしました。強盗団が潜伏していると思われる廃工場の周囲に見張りや罠などは見当たりませんでした」
「お疲れ様、レーコさん。日が落ちた後なら強盗団に気付かれる事無くアジトまで行けそうだね」
しばらくして偵察から戻って来た縹色の振り袖を着た女性の姿をした立体映像、レーコさんを労ったドクは廃工場を眺めながら大まかな作戦を決める。
「おーいシアラ、鋭時。続きは帰ってからにしろよー」
「りょーかいしましたっ! 帰ったら続きをしましょうねっ、教授っ!」
作戦決行の時間を把握したミサヲが茶化すように笑いながらシアラと鋭時に声を掛け、鋭時のスーツの袖を掴んだままのシアラが下から覗き込むようにして鋭時に微笑み掛けた。
「何の続きだよ……なあドク、そろそろ作戦会議を始めないか? 俺達何のためにここまで来たか分からないぜ」
「分かった、鋭時君。まずは情報の……」
「その前にマーくん、それ外してくれませんか?」
呆れた顔で呟いてから疲れた様子で話し掛けて来た鋭時に頷いたドクだが、続く言葉をシアラが唐突に遮った。
「ふむ……4人の時は人間に戻る約束だね、でも突入前にはジゅう人になるよ」
「いつ見ても驚きだねぇ、そんな小さな機械ひとつで、あたし達からはジゅう人にしか見えないんだから」
心持ち不機嫌な表情を浮かべるシアラに気付いたドクがシャツの胸ポケットからカード型の装置を取り出してスイッチの操作をした瞬間、驚きと呆れの感情が入り混じった表情を浮かべたミサヲが感心しながら頷く。
「いつジゅう人の住んでる世界に行けるとも分からないからね、ジゅう人の文化を尊重すればこそだよ」
女性ジゅう人2名から受ける視線の変化に気付いたドクは、軽く深呼吸してから自分に言い聞かせるように装置の用途を改めて説明した。
「それって、ドクが以前話してたジゅう人研究のためか?」
「運良くジゅう人界の入り口を見付けても、ジゅう人界に人間が入ってしまってはジゅう人の伝統や文化が壊れてしまうかもしれないからね。だから俺はジゅう人に成り済ませる装置を作ったのさ」
初めてドクの正体を見破った時の事を思い出しながら質問を投げて来た鋭時に、ドクは答えを返しつつ持論を展開する。
「鋭時がいなかったら、未だにあたしはドクをジゅう人だと思い込んでたよ。全く人間ってのは良く分からないねぇ」
「騙すつもりは無かったと言えば嘘になるけど、この装置もジゅう人独自の文化を尊重しての事さ」
ドクが説明をしている間も感心した様子で鋭時を眺めていたミサヲが呆れながらゆっくりと首を横に振り、ばつが悪そうに頬を指で掻いたドクが頭を下げた。
「ホント大したもんだよ。鋭時といいドクといい、人間ってのはどうしてそこまで律儀なのかねえ」
「全ての人間が律儀って訳じゃないんだ。ただ、律儀だったり真面目だったりする人間がジゅう人に引き寄せられるんだよ」
自分の知る範囲の人間の誠実さに呆れながらも感心するミサヲに、ドクは静かに首を横に振って肩をすくめてから更に持論を展開する。
「相変わらずドクは面白い事を考えるな、その通りになる事を願うよ。話もだいぶ脱線しちまったし、そろそろ本題に戻ろうぜ?」
「そうだね、ミサヲさん。まず情報を整理しておこうか? 鋭時君とシアラさんは強盗団についてどこまで知ってるかな?」
呆れとも感心ともつかない笑みを浮かべたミサヲが当初の目的を思い出し、軽く頷いたドクが真剣な表情で鋭時とシアラに質問した。
「俺とシアラはさっぱりだ。一応調べたけど、1か月前にヒラネさん達から聞いた話と今回とで手口もターゲットも違いすぎて逆に混乱している」
「そこに気付けるなら上出来だよ。デスハウンド強盗団を名乗ってる連中は本来、ステ=イションとテレポートターミナルを結ぶ再開発区の路上でステ=イションの工場で作った嗜好品を掠め取る程度のケチな強盗団だったんだ」
静かに首を横に振るシアラに目配せされて情報の齟齬による困惑を素直に答えた鋭時に対してドクは満足そうに頷き、標的となる強盗団の情報を簡潔に説明する。
「それをドクやミサヲさんが撃退したのがだいたい1か月前だったよな?」
「まあな。ヒラネやセイハの他にも何人かの同業者と協力して追い払ったんだぜ。強盗団の親玉はタイプワーウルフでさ、嗅覚を使って周囲の状況を把握して作戦を立ててたんだ。ドクの悪知恵で痛い目を見たからとっくにここから逃げたもんだと思ったけどね~」
強盗団の概要を聞いた鋭時が以前に得た情報と照らし合わせつつ質問を返すと、誇らし気に頷いてから頭を掻いたミサヲが呆れた様子でため息をついた。
「逃げる?……そうか! 連中の目的は逃走だ! それもテレポートターミナルは警察が網を張ってるだろうから、【遺跡】を乗り越えるルートを使う気だ!」
「やはり鋭時君も同じ考えになるよね。ステ=イションから盗み出した対ZK用のロボットやゴーレムを使って、【遺跡】を強行突破しようと言う算段なのだろう」
ミサヲの言葉を聞きながら強盗団の目的を考え込んでいた鋭時が突然興奮気味に推理を披露し、ドクも同意するように頷いて自分の推理を披露する。
「おいおい鋭時にドクよ~、なら何で連中はまだ【遺跡】に向かわないんだよ?」
「そこまでは俺も分からないさ。盗品を起動出来ないのか、まだ何か必要なものがあるのか……ただ分かってるのは、今はまだ連中にアジトを離れる意志が無いって事だけだ」
鋭時とドクの推理を聞いて呆れ返った様子のミサヲに対し、ドクは顎に手を当てながら不確定要素を排しつつ強盗団の取り得る確実な行動を推測した。
「マーくんの言う通り、今から動く気配は無いみたいですねっ」
「つまり今夜が乗り込む最大のチャンスって訳だ。乗り込む前に警察からの情報を確認するけど、その前に1本いいかい?」
いつの間にか腰にウサギのぬいぐるみを付けてメイド姿になったシアラが頭部のリサーチャーブリムから伸びるウサギの耳型の術式アンテナに意識を集中しながら廃工場の様子を確認し、確信して頷いたドクはマルボロのソフトケースとジッポをLab13から取り出して1本咥えてから火を付ける。
「おいドク、聞く前に火を付けるなよな~、そいつはどうも苦手なんだよ」
「【圧縮空壁】、ミサちゃん大丈夫ですか?」
たなびいて来た紫煙に顔をしかめたミサヲが赤いサテン生地のジャンパーの袖で口元を押さえ、術式を発動して煙を遮断したシアラが心配そうに声を掛けた。
「サンキュー、助かったぜ。シアラは大丈夫なのか?」
「わたしも苦手ですけど、教授の匂いがありますからっ」
圧縮した空気に当たって軌道を変える紫煙を眺めながら安堵したミサヲが自分の周囲に術式を発動していないシアラを心配するが、複雑な表情で微笑んだシアラは落ち着いた様子で鋭時のスーツの袖を掴んで顔を近付ける。
「いや待て、色々と待て。洗浄術式を使っても取れないくらいに俺は臭うのかよ、参ったな……」
スーツの袖に顔を近付けて匂いを嗅いで来たシアラに慌てた鋭時は、もう片方の袖を鼻に当てて臭いを確かめた。
「やっぱり俺には臭わないな……洗浄術式は正常に発動してるし何が臭うんだ?」
「洗浄術式で汚れを落としても教授の優しい匂いは消えてませんからっ。わたしはジゅう人の中でも嗅覚は弱い方ですけど、それでも人間より鼻は利きますからっ」
何度嗅いでも鼻に不快な反応が来ずに首を傾げる鋭時に、シアラは再度スーツの袖に顔を近付けてから鼻で数回息を吸う。
「そっか、ジゅう人には臭うのか。もっと強力な洗浄術式を探さないとな……」
「絶対ダメですよっ、わたしもこの匂い好きなんですからっ。それに……ここまで近付かないと分かりませんし、このままにしてもらえませんかっ?」
「分かった。洗浄術式は変えないけど、あまり外でこんな事するなよな……」
額に手を当てて考え込む鋭時にシアラが上目遣いで微笑み掛け、恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻いた鋭時はシアラに戸惑いながらも真剣な表情を返した。
「仲がいいのはよろしいが、そろそろいいかな?」
「何を言ってやがんだ、元はと言えばドクの煙草のせいだろ」
まるで他人事のように話し掛けながらLab13から取り出した携帯灰皿に吸殻を捨てたドクの背中を、呆れた様子のミサヲが軽くはたく。
「そう言わないでくれよ。こいつがあるから俺は署長と直接話す機会を作れるし、報告書を出さなくても済むよう話し合えたんだ。話を戻すと賞金が懸かってるのは盗品のロボットとゴーレムの無力化、回収が困難な場合は破壊も許可されてる」
「それと強盗団のリーダー、自らをデスハウンドと名乗る男の確保です。こちらは手下も含めて相手はジゅう人ですので、命を奪ってしまった場合は状況次第で罪に問われる可能性があります」
数回背中をさすりながらも涼しい顔で肩をすくめたドクが突入する目的を簡潔に説明し、続けてレーコさんが注意事項を説明した。
「後は暗くなってからアジトに潜入して、索敵術式を使いながら考えるとしよう」
「よし分かった。シアラ、鋭時、ゴーレムとロボットも厄介だが、それ以上に数と対人戦術では恐らく向こうに分があるから油断するんじゃねーぞ」
行動開始の時間を含めた簡単な作戦を説明したドクに強く頷いたミサヲは、肩に掛けた放電銃、ミセリコルデを手元に寄せてからシアラと鋭時を元気付けるように微笑み掛ける。
「了解だ、ミサヲさん。対人用の拘束術式も組み上げて来たし、賞金をフイにするドジは踏まないつもりだ」
「それに治癒術式もありますから、死にさえしなければ問題ありませんよっ」
ミサヲの激励に応えるようにスーツの右袖に組み込んだ収納術式からアーカイブロッドを取り出した鋭時が真剣な表情で頷き、シアラも自分の周囲に浮かせていたぬいぐるみの中からヘビのぬいぐるみを手に取って自信に満ちた表情を浮かべた。
▼
「ここから先は連中のテリトリーだ、慎重に行くぞ」
「すまないがレーコさん、カモフラージュを頼むよ」
日が落ちてから強盗団がアジトとして使っている廃工場側面の壁まで難無く辿り着いた先頭のミサヲが後続に手招きで合図し、最後に壁へと辿り着いたドクが隣で佇むレーコさんに慣れた様子で潜入の手伝いを頼む。
「かしこまりました、マスター」
「ありがとうレーコさん。では、いざ行かん……なんてね」
お辞儀をしてから通用口の前に移動したレーコさんが反物の形をした立体映像を廃工場の中へと転がすように広げ、足元から通用口へと続く反物型立体映像の上に片足を乗せたドクが壊れかけた通用口の扉を軋む音ひとつ立てる事無く開けた。
「相変わらずレーコさんは凄いな、反物ひとつであたし達の姿も立てる音も消えるなんてさ」
「ありがとうございますミサヲさん。正確には周囲の風景を映した遮音機能付きの立体映像なのですが、これも私を作っていただいたマスターのおかげです」
反物型立体映像の上を歩くと同時に姿を消したドクの後を追いながらも感心して頷くミサヲに、レーコさんは律儀に自分の機能を説明しながらお辞儀する。
「俺達も行くぞ……ところでシアラはその格好のまま行くのか?」
「ヴィーノは黒系の服なので暗がりで目立ちませんし、色んな索敵術式で敵を早く見付けられますっ! それに結界魔法で作ったドロワーズとタイツを穿いてるので捲れても大丈夫ですよっ! 見てみますかっ、教授っ?」
「見せなくていい。シアラに服装の質問をした俺が迂闊だったよ……周囲の警戒が出来る事は分かったから、さっさと行くぞ」
ミサヲに続いて通用口へと向かいながらもメイド姿のままのシアラを気に掛ける鋭時にシアラが嬉々として自分の着ている結界服の構造を説明しながらロング丈のスカートをたくし上げようとし、必死に止めた鋭時はため息をつきながら通用口に入って行った。
▼
「みなさんストーップっ……そこの部屋に誰かいますよっ」
通用口からの廊下と正面玄関に向かう廊下が交差する角に位置する部屋の手前でリサーチャーブリムからウサギの耳型アンテナを伸ばしたシアラが先頭のミサヲに割って入り、小声で一行を制止する。
「守衛室に2人、大方見張りといったところか……俺が行こうか?」
「いや、ここはあたしが行く」
スーツの右袖を振って取り出したアーカイブロッドを構えた鋭時の提案を断ったミサヲは肩に掛けていた放電銃、ミセリコルデを手元に持って来て構えた。
「みんなはそこで待っててくれ」
小声で鋭時達に待機を命じたミサヲが守衛室まで近付いて扉の鍵穴から中を覗き込み、ごろつき然とした服装と種別こそ判別が出来ないものの獣のような耳や尻尾などの【証】が伸びた2人のジゅう人の男が談笑している様子を確認する。
まだ潜入に気付かれていない事を確信したミサヲは構えたミセリコルデの銃口を扉に向けて引き金を引くと同時に槓桿を引いて戻し、同じ動作を3度繰り返した。
バチバチッという鈍い音と共に1発目の放電で扉に穴が開き、続く2発の放電が扉の穴を通り抜けて2人の見張りそれぞれに命中する。
守衛室の扉を開けたミサヲの目の前には完全に失神した男と、まだ意識が残っているのか机の上に倒れたまま思い通りに動かない体をそれでも起き上がらせようともがく男がいた。
(チッ、タイプ雷獣だったのか! 電気に強いタイプとか厄介な!)
まだ動けるジゅう人の種別を確認して心の中で舌打ちしながら守衛室へと入ったミサヲは机の上でもがく男の口に銃口を突き付けて引き金を引くと、更に後ろへと下がってから男の胴に向けて槓桿を引いて戻しながら3発の放電を浴びせた。
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「ミサちゃん大丈夫ですかっ?」
「心配してくれるなんてシアラはかわいいなぁ~、お礼にハグしてやるぅー」
「きゃっ、ミサちゃんくすぐったいですよぉ」
守衛室から聞こえた複数回の銃声に驚いて入って来たシアラを素早く抱き上げたミサヲが上機嫌でシアラに頬擦りをし、シアラは驚きながらも楽しそうに微笑みを返す。
「程々にしてくださいよ、ミサヲさん。シアラが結界張ってくれてると言っても、ここは敵地なんですから」
続けて守衛室に入って来た鋭時は、シアラとミサヲに対して複雑な表情を浮かべながら守衛室の入口を親指で指し示して釘を刺した。
「分かってるよ、鋭時。続きは帰ってからにするから安心しろ」
「だから続きって……まあいい、これが件の術具……なのか?」
悪びれもせずに手を振るミサヲの態度に呆れた鋭時は、気を取り直して見張りが落としたと思しき折れたナイフの刀身を短い鉄パイプに括り付けた物を手に取る。
「そうだよ、鋭時君。刀身を小分けにしてるから記録出来る術式は減ってるけど、自衛隊で使ってるナイフ型術具だったものだ」
「お……っと、ドクか。じゃあこの中には攻撃術式が……?」
「もちろん入ってるし、ここでなら見ても犯罪にはならないよ。このまま居住区に持ち帰ったら犯罪になるけどね」
疑問に答えるかのように背後から声を掛けて来たドクに驚きそうになりながらも堪えた鋭時が落ち着かない様子で手にした術具を眺め、鋭時の考えを察したドクは大きく頷いてから術具に関する法的な制約を説明した。
「いいのか? じゃあちょっとだけ失礼して……【火炎矢】に【高速石弾】?……何だか見た事も無い術式ばかりだな……」
「それらは魔法元素発見直後に作られた最初期の術式だよ。【大異変】前にあった創作を参考にしたんだけど、ZKを駆除するには何回も当てる必要があったんだ」
手にした術具に意識を集中すると同時に脳内へと展開された術式を確認しながら首を傾げる鋭時に、ドクは淡々と組み込まれた術式の特徴を説明する。
「じゃあここに入ってるのは……」
「お察しの通り対人用術式だよ。強盗するならともかく、遺跡を抜けるには火力が低過ぎるんだ」
集中を解いて即席術具に組み込まれた術式の用途を考え込んで導き出した結論に鋭時が絶句し、返答代わりに小さくため息をついたドクがそのまま強盗団の戦力を簡潔に分析した。
「だから連中にはロボットやゴーレムが必要だったのか……」
「ちょっといいかい、ドク? 今シアラに中の様子を調べてもらってるんだけど、強盗達の動きがおかしいらしいんだ」
標的の戦力分析を聞き終えた鋭時が考え込み出すが、守衛室の奥に移動していたミサヲがドクを呼ぶ声で考え事を中断する。
「分かった、今そっちに行くよ。その前に術具はボクの方で預かるよ、鋭時君」
「ああ、分かった。よろしく頼んだぜ」
ミサヲの方を向いて快く返答したドクはそのまま考え事を続けていた鋭時に声を掛け、軽く頷いた鋭時は手にした術具を素直に手渡した。
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「お待たせ。この立体地図は……【空間観測】を使う事態だったのかい?」
「ああ。最初はあたしが気分転換に【反響索敵】を使ってみたんだけど、ちょいと変な動きがあってね。それでシアラに頼んだって訳だ」
ミサヲの近くまで来たドクはシアラが大規模な索敵術式を発動した事に気付いて驚いた様子で尋ね、ミサヲはシアラが索敵術式を使うに至った過程を説明する。
「ふむ……工場にいるジゅう人全部が強盗なんだろうけど、この倉庫らしき場所に固まってるね……」
「倉庫って事は盗品もここにあるのか……?」
ミサヲの説明を聞いて納得したドクが立体映像の地図を眺めながら廃工場に潜むジゅう人の動きを分析すると、隣で地図を眺めていた鋭時が賞金の懸けられているロボットやゴーレムを隠した場所を推測しながら呟いた。
「トラックも停めてるし盗品も遠くには動かさないだろうから、ここが本丸と見て間違いないね。強盗団は親玉のデスハウンドだけ捕獲すればいいけど、取り巻きをどう外すか……」
「例えば俺が囮になれば、連中の意識を逸らせるし人数も分散しないか?」
鋭時の推測に同意するように頷いてから考え込むドクに、鋭時は自らを囮に使う作戦を提案する。
「そんな事したら教授が危険じゃないですかっ!」
「連中の使ってる攻撃術式なら余程の事が無い限り俺の【圧縮空壁】でも致命傷は避けられるから、シアラやミサヲさんの援護があれば危険は無いぜ」
鋭時の提案に対して当然の如くシアラが首を大きく横に振りながら反対するが、鋭時は予想していたかのようにシアラを宥めつつ自分のネクタイを指差した。
「それなら行けそうだ……デスハウンドの顔を見たのは、この中だとボクだけだ。他のみんなは鋭時君のサポートに回ってもらおう」
「こうなったら教授もマーくんも話を聞いてくれませんよね……わかりましたっ、教授は必ずわたしが守りますっ!」
しばらく考えてから鋭時の提案を採用したドクを見ながら諦めたようにため息をついたシアラは、不安を振り払うように首を激しく振ってから大きく頷く。
「決まりだな。シアラ、結界解除の準備と周囲の警戒を頼めないか?」
「わかりましたっ、教授っ!」
覚悟を決めつつ大きく頷いた鋭時が守衛室の入口を親指で指し示すと、シアラは満面の笑みを浮かべて入口へと歩いて行った。
▼
「なあドク。レーコさんに頼みたい事があるんだけど、いいか?」
「ん? いいけど、ボクも1枚噛ませてもらうよ」
守衛室の入口へと向かったシアラの後ろ姿を確認してから小声で話し掛けて来た鋭時に、ドクは頷きながらも条件を提示する。
「もとよりそのつもりだ、シアラにだけ知られなけりゃいい」
「分かった。すまないがレーコさん、遮音障壁を出してくれないか?」
「かしこまりました、マスター」
提示された条件を呑み込みつつ入口で術式を発動するシアラに目を向けた鋭時に含み笑いを浮かべたドクがレーコさんを手招きしてから声を掛け、丁寧なお辞儀を返したレーコさんは周囲の音を遮断する機能を作動した。
「シアラさんに気付かれるから手短に頼むよ」
「サンキュー、ドク。こういう作戦なんだけど……レーコさん、頼めるかな?」
涼しい顔で肩すくめたドクに軽く礼を述べた鋭時は、思い浮かんだ作戦を小声でレーコさんに伝える。
「確かに出来ますけど、それではシアラさんが……」
「ふむ……確かに成功率が上がるな、気が進まないけどね」
「あたしも気が進まないね……でもドクが乗るんなら、シアラと鋭時は安全って事なんだろ? ならしょうがないか……」
鋭時の作戦を聞いて難色を示したレーコさんの両隣で聞いていたドクとミサヲも同調して難色を示すが、しばらく考えてからどちらともなく渋々頷いた。
「じゃあ頼んでいいのか?」
「協力するけど、今回限りだぞ。こんな方法は何度も使えるもんじゃないからな」
煮え切らない態度を押し切るかのように聞き返す鋭時に、ミサヲは気乗りしない様子で渋々頷く。
「ボクも出来る限り協力をしよう。そろそろ限界かな? すまないがレーコさん、遮音障壁を解除してくれないか?」
「かしこまりました、マスター」
ミサヲの許可を確認して協力を約束したドクが周囲を見回してからレーコさんに声を掛け、丁寧なお辞儀を返したレーコさんが音を遮断する機能を解除した。
「教授っ、ご覧の通り周囲に異常はありませんっ! さあ、行きましょうかっ!」
「ああ、よろしく頼んだぜ」
索敵術式の共有情報を送りながらスーツの袖を掴んで来たシアラに対して鋭時はぎこちなく微笑みを返し、一行は守衛室を後にした。
▼
「2人いるな、見回りか?」
「鋭時も気付いたか? ったく犯罪者のくせに律儀な連中だ」
守衛室から奥に向かう廊下を抜けた先の広い部屋の入り口で足を止めた鋭時に、ミサヲも呆れるように頷きながらミセリコルデを肩から降ろす。
「その部屋の奥は倉庫ですよっ、本丸まであとひと息ですっ」
「立ち去るのを待つより眠らせた方が早そうだ、突入と援護の二組に分けよう」
開いたままの扉からガラクタや瓦礫の積み重なった金属製の作業台らしきものが見える部屋をシアラが指差し、ドクは簡単な作戦を立てつつLab13から弾丸状に圧縮した空気を撃ち出す拳銃、ソニックトリガーを取り出した。
「分かったドク、突入は俺と……」
「わたしですねっ」
銃を構えたドクとミサを確認した鋭時とシアラは、それぞれの得物を構えながら作業台の並ぶ部屋へと滑るように入って行った。
▼
「いつも思うんスけど、見回りなんて必要なんスかね?」
「デスハウンドさんの気まぐれにはうんざりするけど、下手に逆らえば殺されるしさっさと済ませようぜ」
小声で愚痴をこぼしながら作業台の並ぶ部屋の奥から歩いて来た獣のような耳と尻尾の伸びた2人のジゅう人の男を確認した鋭時は、作業台の裏に隠れて見回りの背後へと回り込んでからアーカイブロッドを構える。
「【気絶針】」
後ろの方を歩くジゅう人に狙いを定めた鋭時が小声で術式を発動すると同時にアーカイブロッドの先端から空気を圧縮して作った細く短い針が飛び出し、後ろを歩く男の襟首に針が軽く刺さると同時に男の足が止まって体が小刻みに震え出す。
前を歩く仲間に助けを求める声も出せなくなった男に素早く近付いた鋭時は男の襟首に刺さった圧縮空気の針をアーカイブロッドで根元まで押し込んだ瞬間に男は震えが止まって棒立ちのまま気絶し、鋭時がアーカイブロッドを使って圧縮空気の針を抜き取った直後に男はその場に倒れ込んだ。
「おい、どうした!?」
鋭時が物陰に身を隠すのと入れ替わるようにもうひとりの男が振り向いた直後、男の背後から腰のぬいぐるみをヘビへと付け替えたシアラがナース姿で駆け寄る。
「【睡眠接触】」
小声で術式を発動して右手の小指に水を固めたような指輪を作り出したシアラが倒れた仲間と背後から迫る気配の両方に挟まれて状況の把握を出来ずに立ちすくむ男の首を指輪で撫でながら駆け抜け、白いタイツを穿いたふくらはぎが見える程に翻ったシアラのスカートが元に戻る頃には首を撫でられた男がうつ伏せに倒れて寝息を立てていた。
「見ててもらえましたか、教授?」
「ああ、他に見張りや見回りはいないみたいだな」
「えーっと……そういう意味じゃ無いんですけど、今回は仕方ありませんね……」
周囲に気付かれないように抑えた期待と興奮が滲み出るような小声で尋ねて来たシアラに対して鋭時は奥にあると思しき倉庫に警戒を向けながら軽く頷き、乾いた笑いを浮かべながら頬を指で掻いたシアラは諦め交じりに微笑みながらミサヲ達と合流すべく後方に合図した。
▼
「どれもまだ起動してないようだな。おいドク、今のうちにぶっ壊しておくか?」
「ああ、予め動きを封じておけば後の仕事が楽になる。ミサヲさんの案で行こう」
再度レーコさんが取り出した音と姿を消す反物型立体映像の上に立ったミサヲがミセリコルデを構えつつ倉庫の中を覗き込んで天井近くの小さな窓から入る微かな月明かりに照らされた3台のトラックの近くに乱雑に置かれた発動前のゴーレムの魔道核の破壊を提案し、ドクもソニックトリガーを握りながら作戦を即決する。
「よし分かった。それで親玉の方はどうする?」
「作戦通りボクが。ミサヲさんはシアラさんと鋭時君を連れてゴーレムの無力化、出来ればロボットも探してくれないか? すまないがレーコさん、ミサヲさん達のサポートをお願い出来るかな?」
「かしこまりました、マスター」
ドクの立案した作戦を快諾したミサヲがもう片方の標的への対処を確認すると、ドクはレーコさんにミサヲ達のサポートを頼んでから返事も待たずに倉庫の闇へと消えて行った。