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[R-15]ステ=イション祟紡侖~異界の住民が地球に転移してから200年、人間は希少生物になってました~  作者: しるべ雅キ
掃除屋デビュー

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第44話【人類の敵】

秘密裏に行われていた適性試験に合格した鋭時(えいじ)とシアラは、

間違いだらけの理想郷、ステ=イションの新たな仲間となった。

「かしこまりました、ミサヲお嬢様。後はこちらに運ぶだけですので」

「そうだった。今日はサプライズだったから、そっちに隠してもらってたんだな」

 深々とお辞儀をしてから柔らかな笑顔を浮かべたチセリに、ミサヲは頭を掻いてから小さく頷く。


「すぐに運ぶから、みんなちょっと待っててね」

「今日も店から色々持って来たぜ、もちろん王子(おーじ)様の好きなあれも持って来たぜ」

 手持無沙汰気味にソファに座っていたヒラネが優しく微笑みながら立ち上がってキッチンに向かい、続いて壁に寄り掛かっていたセイハがスライム体で作り出した大きな手の親指を立ててからキッチンへと向かう。

「シロちゃんありがとうございますっ! わたしも手伝いますねっ! ツォーン、ヴィーノに交代しますよっ!」

「ここで(おれ)が座ったままじゃ格好が付かないだろ、ちょっと行ってくるぜ」

 興奮した様子でセイハに礼を述べたシアラが腰に取り付けたネコのぬいぐるみをウサギのぬいぐるみと入れ換えてメイド姿に変わり、いつもの椅子に腰掛けていた鋭時(えいじ)も頭を掻いてから立ち上がった。


「それなら鋭時(えいじ)君、ついでにこれ頼めるかな? ささやかながらマキナさんの所で差し入れを買って来たんだ」

「サンキュー、ドク。おーいシアラー、ドクがアジフライ買って来てくれたんだ。チセリさんに聞いて大きめの皿を出しといてくれないかー?」

 多重次元収納装置、Lab13(ラボサーティーン)からドクが取り出したレジ袋を受け取った鋭時(えいじ)は、レジ袋を少し開けて中に入ったプラスチックのケースを確認してからキッチンへと向かうシアラに声を掛ける。

「はーいっ、教授っ。何だかこうしてると、家族が増えたみたいですねーっ」

「家族、ね……家族を持つなんて、冗談でも考えた事が無かったぜ……」

 立ち止まってから振り向いたシアラが店舗スペースを見回してから満面の笑みを浮かべ、追い着いて立ち止まった鋭時(えいじ)は頭を掻きながら曖昧な表情を浮かべて目を逸らした。


「ほえ? わたしは本気ですよっ!」

「だったら尚更だ、今の(おれ)(おれ)じゃない。記憶が戻ったらどうなるかなんて見当も付かないし、下手すりゃ逃げ出すかもしれないんだぞ……」

 小首を傾げてから再度満面の笑みを返して来たシアラに、鋭時(えいじ)は小さくため息をついてから額に手を当てて静かに首を横に振る。

「それでもわたしは教授を探し続けますよ……今は準備をがんばりましょうっ!」

「やれやれ……記憶が戻った(おれ)は、あいつをどう思うんだろうかね……?」

 しばらく顔を伏せて呟いてから柔らかな微笑みを浮かべたシアラがキッチンへと向かって意気揚々と歩き出し、鋭時(えいじ)は頭を掻きつつシアラの後を追ってゆっくりと歩き出した。



「ふむ……席はほとんど決まったみたいだね。ボクはここでいいかな?」

「相変わらず用意のいい事だな」

 準備の終了した2つ並びのテーブルを見たドクが鋭時(えいじ)の向かい側にLab13(ラボサーティーン)から椅子を取り出し、ドクから見て右隣のソファの右側に座ったミサヲが呆れた様子で肩を丸めて笑う。

「いつかはお邪魔虫になる身だからね、これでも多少は弁えてるつもりさ」

「邪魔だなんて、そんな事……」

 取り出した椅子に座ったドクが涼しい顔で肩をすくめると、向かいで聞いていた鋭時(えいじ)が困惑した表情を浮かべて言葉を詰まらせた。


「ああ、すまない……そんなつもりじゃないんだ。ボクが力になれるのは鋭時(えいじ)君の記憶が戻るまで、以降の疑問はシアラさん達が必ず答えてくれるから……」

「おいドク、めでたい日に辛気臭い事言ってんじゃ無え! 確かにいつかはドクの相手を出来ないほど鋭時(えいじ)は忙しくなるけど、縁まで無くなる訳じゃないんだぜ?」

 尚も涼しい顔で淡々と自分の役割を説明するドクの声を苛立った様子のミサヲが大声で遮り、諭すような曖昧な笑みを浮かべる。

「そうだね、今日は祝杯を挙げに来たんだ。先の事はその時に決めればいいね」

「ああ、この話はここまでだ。みんな飲み物は行き渡ったか?」

 自分を落ち着かせるように軽く頭を掻いたドクが小さく頷くと、同意するように大きく頷いたミサヲが同じく周囲を見回した。


「もちろんだ、ミサ(ねえ)。みんなの好みを覚えたからスムーズに配り終えたし、後はドクだけだぜ」

 ミサヲの向かいのソファに座ったセイハがスライム体で作った複数の手の親指を一斉に立ててからドクの方に顔を向ける。

「そうだね……ボクも缶ビールをもらおうか?」

「オッケー、ドク。これで全員に配り終わったぜ」

 テーブルの隅に置いてあった缶ビールをドクが指差すと同時にセイハが伸ばしたスライム体の手で掴んで渡し、一同は飲み物の入った器を手に立ち上がった。


「それじゃあ、シアラと鋭時(えいじ)の適性試験合格を祝って」

「「かんぱーいっ!」」

 ひと通り見回したミサヲの掛け声と共に全員が手に取った飲み物を顔の高さまで上げ、同時に乾杯の声をあげる。

「何だか、つい先日も飲んでたような……」

「あんま固い事言うなよ、鋭時(えいじ)。この試験の肝は新人を適度に持ち上げるところにあるんだからさ」

 数回喉を鳴らしてビールを流し込んだ鋭時(えいじ)が既視感を覚えて周囲を見回しながら呟くと、両手で持ち直した桝の縁に口に当てて静かに飲み干したミサヲが再度桝に冥酒樽灘(めいしゅたるなだ)を注ぎながら悪戯じみた笑みを浮かべた。


「言われてみれば……そう考えると今日が本当の祝杯って事なのか……?」

「細かい事はいいじゃないか、鋭時(えいじ)。綺麗どころに囲まれて、美味い料理を食って美味い酒を飲む。それが鋭時(えいじ)の本来あるべき姿なんだからさ」

 自身の経験と照らし合わせて今の宴会の意義を考え込む鋭時(えいじ)に気付いて柔らかい笑みを浮かべたミサヲは、女性陣の座るソファと料理を載せたテーブルへと視線を誘導するように手を差し伸べてから再度諭すように柔らかな笑みを浮かべる。

「いや待て、色々と待て。さすがにそれは違う……」

「よろしいではありませんか、旦那様。ミサヲお嬢様は旦那様とお酒を飲む口実が欲しいだけなのですから」

 真剣な顔でミサヲの話を聞いていた鋭時(えいじ)が思わず落ちそうになった缶を持つ手に意識を向けながら首を振ると、ミサヲの右隣に座っていたチセリがアイスティーの入ったグラスをテーブルに置いてから口に手を当て冗談めかした笑みを浮かべた。


「そうだったのか……だったら(おれ)はもっと飲んだ方がいいのか……?」

「あまり変な事言うなよ、チセリ。また鋭時(えいじ)が考え込んじまうだろ」

「ではミサヲお嬢様がもう少し素直になればよろしいではありませんか?」

 冗談を真に受けて再度考え込み始めた鋭時(えいじ)に呆れて苦言を呈して来たミサヲに、チセリは手を口に当てたまま余裕のある笑みを返す。

「可愛い妹達に囲まれて美味い酒飲んで、これ以上ないくらいに素直だぜ?」

「ええ、今はそういう事にしておきましょうか」

 周囲を見回したミサヲが平静を装いつつ再度桝を空にすると、チセリは微笑みを浮かべながら小さく頷いた。


「教授っ、いっぱい食べてからの方がいい考えが浮かびますよっ!」

「え? ああ……すまない、またやってたのか。そうだな、今は食べて記憶探しに備えるか……」

 左隣に当たるソファに座るシアラが料理を載せた取り皿を差し出し、我に返った鋭時(えいじ)は額に手を当てて軽く首を横に振ってから出来る限りの微笑みを返す。

「考えてこその教授なんですっ、いっぱい食べていっぱい考えてくださいねっ!」

「ははっ……今は素直に受け取っとくよ。ありがとな、シアラ」

 ぎこちない微笑みを浮かべる鋭時(えいじ)に対しシアラが満面の笑みを返し、シアラから取り皿を受け取った鋭時(えいじ)は曖昧な笑みへと表情を変えながら礼を返した。


 既にソースをかけてあるアジフライに箸で掬った辛子を塗った鋭時(えいじ)は、そのままアジフライを箸でひと口サイズに切ってから口に運ぶ。

 口に入れると同時に伝わる衣のサクサクした歯ごたえと噛みしめるたびに広がるソースと辛子の風味にふわりと崩れ出した鯵の身から染み出る旨味が混ざり合い、しばらくアジフライの味を噛み締めた鋭時(えいじ)は口にしたビールの爽快な炭酸と苦みで味を引き立てながら洗い流すように飲み込んだ。


 残りのアジフライもビールと共に流し込んだ鋭時(えいじ)は続けてポテトサラダを挟んだサンドイッチを手に取って齧り付き、程よい弾力で千切れたパンの中から出て来たペースト状のジャガイモとマヨネーズに混ざったニンジンやキュウリなどの様々な野菜の触感を楽しんだ後にビールで流し込む。

 サンドイッチを食べ終えてビールでひと息ついた鋭時(えいじ)は串に刺さったボール状のつくねをひとつ口に入れ、口の中いっぱいに広まる醤油ベースのたれの風味と噛み締めるたびに染み出す鶏肉の旨味をしばらく堪能してからビールで流し込んだ。



「やっぱり勢いよく飲んじまうな……」

 空にしたビールの缶をテーブルに置いた鋭時(えいじ)は、自嘲気味に笑みを浮かべながら力無く椅子の背もたれに身を預ける。

「教授……大丈夫ですか?」

「少し休めば大丈夫だ、シアラは気にせず好きなもん食べててくれよ。そういや、シアラはなんか好きなのってあるのか?」

 心配そうな顔で覗いて来たシアラに気付いた鋭時(えいじ)は、心配掛けまいと赤く染めた顔を出来る限り平静に保ちながらテーブルの方へ手を差し伸べた。


「そぉですねぇ、記憶が戻ったら教授のを飲みたいなぁ……なんちゃって」

「ん? (おれ)の……ビールの事か? 確かに記憶が戻った時は今日以上に盛り上がるだろうし、シアラも好きなだけ飲むといいさ……」

 上目遣いで円く開けた口を向けてから舌を出して照れ臭そうに笑ったシアラに、鋭時(えいじ)は自分が空にしたビールの缶を眺めながら安堵した様子で頷く。

「あはは……ビールじゃ無いんですけど、たくさん飲ませていただきますねっ!」

「何だか分からんけど、出来る範囲で約束するよ」

 指で頬を掻きながら乾いた笑いを浮かべたシアラが気を取り直して満面の笑みを浮かべると、鋭時(えいじ)は尚も赤く染まった顔で出来る限りの優しい微笑みを返した。



「なあヒカル、王子(おーじ)様ってタイプサキュバスの固有能力を知らないのか?」

「タイプサキュバスどころかジゅう人そのものを知らないって話らしいよ、何でも人間しか住んでない居住区から来たらしいからね」

 鋭時(えいじ)とシアラのやり取りを呆れた様子で眺めていたセイハが隣のヒカルに小声で尋ね、ヒカルは小さく頷いてから自分の仕入れた情報を簡単に説明する。

「何だって!?……って、アタシもロジネル型に入れないか……王子(おーじ)様にとってのジゅう人はシアラとアタシ達になんのか……」

「それって、ぼく達に都合いい事を鋭時(えいじ)お兄ちゃんに吹き込み放題じゃない?」

 思わず大声を上げながらも自分達ジゅう人の置かれた状況に置き換えて納得したセイハが自分の手で頭を掻くと、ヒカルは悪戯を思い付いた子供のような微笑みを浮かべながらセイハの耳に顔を近付けて囁いた。


「そいつはいい考えだ……って言ってもこちとら命を張ってる商売だ、つまんねえ嘘を吹き込むんじゃねえぞ」

「ふむ、そういう手もあったのか……少々正直に答え過ぎてしまったかな……?」

 ヒカルに同調するように悪戯じみた笑みを浮かべたセイハの右側にある椅子からドクがわざと聞こえるような声で呟く。

「ドク、てめえ……聞いてやがったのか?」

「まあね、セイハさんの声はよく通るから。嘘も方便って言葉もあるだろうけど、鋭時(えいじ)君がロジネル型で騙され続けたのも想像に難くない」

 思わず身構えたセイハの問いに対してドクは涼しい顔で肩をすくめてから神妙な顔付きで鋭時(えいじ)の方へと顔を向ける。

「分かったよ、この話は無しだ。ヒカルも分かったな」

「やれやれ仕方ないな~、ぼくも鋭時(えいじ)お兄ちゃんの前では自分に正直になるよ」

 ドクの言わんとする事を察したセイハが拍子抜けした様子でソファの背もたれに身を預け、ヒカルも拍子抜けしたように首を横に振りながらも満足そうな微笑みを鋭時(えいじ)に向けた。



「さて宴もたけなわ、そろそろ適正試験の話でもするか。と言ってもボクが助けに入る事なく無事帰れたら合格、って条件だから満点以外言う事無いんだけどね」

「いや待て、色々と待て。もう少しアドバイスとか無いのかよ、ドク?」

 満を持して口を開きながらも即座に表情を緩めて結論を出すドクに対し、鋭時(えいじ)は呆れた様子で聞き返す。

鋭時(えいじ)さんとシアラさんが結果を出された事に、マスターも驚かれています」

「レーコさんの言う通りだ、鋭時(えいじ)君。ボク達が教育したとはいえ、わずか1か月でこの成果なんだからね」

 ドクの横に佇んでいたレーコさんが微笑む顔を表示しながらも暗に本来の目的を仄めかし、続けてドクも否定する事無く頷いてから自画自賛気味に肩をすくめた。


「そりゃ……ドクの教え方は分かりやすかったし、アーカイブロッドも使いやすいからな」

「ボクは試作品をひとつあげただけだ。想定以上の効果を発揮してるのは鋭時(えいじ)君の実力だよ」

 規定通りの試験に隠された思惑を察して複雑な表情を浮かべながら自分の右腕に視線を向けた鋭時(えいじ)に、ドクは涼しい顔で首を横に振ってから肩をすくめる。

「ドクやミサヲさん、シアラやみんなの手助けがあってこそだ。(おれ)ひとりだったらどうにもならなかったよ」

「それでもたったひとりで5体のZK(ズィーク)を駆除するなんて大したもんだよ、もちろんバックアップしてたシアラさんの立ち位置や周囲の警戒もね。おかげでボクのいた場所からはZK(ズィーク)の数以外は分からずじまいだったよ」

 出席者全員に感謝するように席をひと通り見回した鋭時(えいじ)が気恥ずかしそうに頬を指で掻き、ドクは鋭時(えいじ)とシアラの実力が予想を遥かに上回っている事を認めながら気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あれは狭い場所にB型が固まってくれたから上手く駆除出来たんだ。そう何回も使える手じゃ無いぜ」

「ふむ……それで思い出した。どんな手を使っても生き残れば合格だから特に言及しないけど、鋭時(えいじ)君はもう少し自分を大切にした方が良い」

 謙遜するように頭を掻いた鋭時(えいじ)の話を聞いたドクは、顎に手を当ててから神妙な顔付きで小さくため息をつく。

「な……何言ってんだよ、ドク? 防御用術具で身の安全を確保するのは掃除屋の基本だし、(おれ)もそれは怠ってないぜ……」

「それでも油断は禁物よ、えーじ君。ZK(ズィーク)は人間を取り込んで生き血を啜ると力が増大するし、それを娯楽みたいに面白がってるフシもあるの」

 見透かすようなドクの視線に慌てた鋭時(えいじ)が右手人差し指に嵌めたリッドリングと左腕のトリニティシェードを前に向けながら愛想笑いを浮かべると、ドクから見て右隣に座るヒラネが優しく諭すように微笑みながらZK(ズィーク)の生態を説明した。


「人間の生き血を……にゃんだか怖いです」

「大丈夫よ、スズナちゃん。居住区にいる限り人間はZK(ズィーク)に襲われないわよ」

 ZK(ズィーク)の生態を聞いて鋭時(えいじ)から見て右隣のソファの隅で丸くなるようにして怯えるスズナに気付いたヒラネは、安心させようと優しく微笑み掛ける。

「力の増幅と娯楽、ZK(ズィーク)の好物ってそういう意味だったのかよ……」

「そういう事だよ、鋭時(えいじ)君。力の増幅に関しては【大異変】の直後に大勢の人間を取り込んだZK(ズィーク)が人間とジゅう人に駆除されて来た時点で倒せない敵ではないが、それでも人間が犠牲になる事が面白い訳では無いからね」

 同じくZK(ズィーク)の生態について考えていた鋭時(えいじ)が以前に聞いた説明の意味を理解して吐き出すように言葉を絞り出すと、向かいに座るドクが静かに頷いてZK(ズィーク)に対するジゅう人の価値観を説明した。


「仮にZK(ズィーク)と言葉が通じても話は通じる訳がねえ、ZK(ズィーク)は1匹残らず駆除するしか無いんだ……」

「分かるよ、セイハお姉ちゃん。さすがのぼくも鋭時(えいじ)お兄ちゃんを傷付ける輩には微塵も興味が持てないよ」

 ドクに同意するように頷きながら自分の手を固く握って呟くセイハに、ヒカルも同意するように頷いてから鋭時(えいじ)を見て静かに首を横に振る。

「それでいいんだぜ、ヒカル。ZK(ズィーク)から学ぶものは、ZK(ズィーク)のやり口を逆手に取って駆除する手段だけでいい」

「分かったよ、セイハお姉ちゃん。とりあえず今は人間を取り込んだZK(ズィーク)がいないだけでも不幸中の幸いだよ」

 ヒカルの自制心を素直に褒めたセイハが自分に言い聞かせるかのようにZK(ズィーク)への心構えを説明し、セイハの作ったスライム体の手に頭を撫でられたヒカルが気持ち良さそうに目を細めながら柔らかく微笑んだ。


「確かに人間を取り込んでないZK(ズィーク)は最も弱い部類だけど、逆に言えば常に人間を求める危険な存在だ。それだけは肝に銘じといてくれよ」

「分かったぜ、ドク。(おれ)の目的は記憶を戻す事だけど、それにはZK(ズィーク)の駆除が必要不可欠だからな」

 セイハとヒカルのやり取りを聞ききながら改めて掃除屋の心得を説いたドクに、鋭時(えいじ)は真剣な表情を浮かべて強く頷く。

「そいつは結構だ、無茶だけは絶対にすんなよ。ところでスズナ、鋭時(えいじ)の事は何か分かったか?」

 覚悟を決めた鋭時(えいじ)の瞳に気付いて満足そうに頷いたミサヲは、そのままスズナに鋭時(えいじ)の治療の進捗状況を確認する。


「えーじしゃまの【忘却結界(メモリーブロック)】の綻びも分子分解術式の解析も進展は(にゃ)いです……こうにゃったら検査入院していただいて、徹底的に調べるしか……」

「ちょっとスズナさん……!? 何だか目が怖いんですけど……」

 ミサヲからの質問に対して静かに首を横に振ったスズナが恥じらうような仕草で鋭時(えいじ)を見詰め、潤んだスズナの瞳の奥に潜む肉食獣のような眼光に気付いた鋭時(えいじ)が体を仰け反らせながら顔を引きつらせる。

「ご安心ください、えーじしゃま。シアラちゃんにも泊まってもらいますから」

「いや待て、色々と待て。なんでそこでシアラが……」

「スズにゃんっ、ナイスアイディア! 教授っ、明日は病院行きましょうっ!」

 自分の出した提案に興奮して来たスズナの出した妥協案に鋭時(えいじ)がどうにか言葉を絞り出して聞き返そうとするが、スズナの向かいに座ったシアラが興奮して鋭時(えいじ)に微笑み掛けた。


「おーいシアラさん、(おれ)達はこれから大捕り物の手伝いがあるでしょ……」

「ん? 鋭時(えいじ)の記憶が戻る手段があるなら、そっちを優先していいぜ?」

 期待に満ちたシアラの視線に呆れた鋭時(えいじ)が釘を刺すが、ミサヲは涼しい顔で検査入院の許可を出す。

「お心遣い感謝しますよ、ミサヲさん。ただ……上手くは言えないけど、スーツを脱ぐだけでも拒絶回避が敏感になっちまうんだ。そいつを四六時中ってなったら、さすがに身が持たないぜ……」

「そうですね……えーじしゃまの拒絶回避だけは、まだ(にゃに)も分かってにゃかったんでした。拒絶回避の事が分かるまで検査入院は控えるべきかもしれません……」

 予想通り許可を出したミサヲに愛想笑いを返した鋭時(えいじ)が慎重に言葉を選びながら検査入院に難色を示すと、鋭時(えいじ)の拒絶回避が全く解明されていない事を思い出したスズナが水を掛けられた子猫のように深く項垂(うなだ)れた。


「残念ですねぇ……ベッドで添い寝は無理でも、寝顔は拝見できたのに……」

「結局それかよ……シアラは命の恩人なんだし感謝はしてるよ。いくら記憶の無い(おれ)でも、シアラみたいな人間が世界にひとりもいない事は理解してるからな……」

 自分の野望が遠のいたと知って残念そうにするもすぐに悪戯じみた笑みを向けて来たシアラに対して小さくため息をついた鋭時(えいじ)だが、それでも自分の特異な体質と性格に愛想を尽かさずに接してくれているシアラにさりげなく感謝を示す。

「いえいえ、それほどでもーっ! お礼なんて、一緒に寝ていただけるだけでいいんですからっ!」

「またいつものパターンかよ……他に恩返し出来るアテは無いし、仕方ないか……せめて拒絶回避の事を少しでも思い出せればいいんだが……」

「そういや前に地下の訓練所で鋭時(えいじ)の拒絶回避を見たドクが何か言ってたよな……確か、犬神だったか……?」

 感謝を受けて照れ笑いしながらもいつも通りの反応を示したシアラを見た鋭時(えいじ)が呆れと諦めが入り混じった様子で頭を掻きながら目下最大の難点を呟くと、呟きに引っ掛かりを覚えたミサヲが思い出した単語を口にした。


「犬神ですって!? ミサヲお嬢様、その話は本当でございますか!?」

「急に大声出すなよ、チセリ……」

 「犬神」という単語に反応して唐突に大声を出したチセリに、ミサヲが耳を塞ぐ仕草をしながら苦言を呈する。

「失礼しました、ミサヲお嬢様。(ワタクシ)が探偵の真似事をしていた時分に調べた事を思い出しまして……」

「ああ、そういやあたしもドクが呟いた時に思わず大声出したんだった。確か……動物の命を奪って発動する魔術を、機械の操作だけで発動出来るよう改造した人間専用の術だったか?」

 ミサヲの苦言で我に返ったチセリが座ったまま頭を下げると、気恥ずかしそうに頭を掻いたミサヲが名前だけ伝わる謎の術に関してチセリに聞き返した。


「左様でございます。(ワタクシ)が調査したのは全てステ=イション型居住区でしたので残された人間も少なく術の使い手も見付かりませんでしたが、父や祖父を使い手に持つ方の話と【大異変】前の創作物を調べた結果の推理でございます」

「犬神か……ごめん、チセリさん。やっぱり何も思い出せないよ」

 ミサヲの説明を補足するように続けたチセリの説明を聞いた鋭時(えいじ)はしばらく首を捻るが、全く記憶が戻らず静かに首を横に振る。

「この事件には相当根深い謎がございますね、(ワタクシ)も情報を集め……きゃん!?」

 自身の持つ知識が手掛かりにならなかった事を理解したチセリが眼鏡の蔓に手を当てて考え始めるが、ミサヲに力強く頭を撫でられ悲鳴ともつかない声をあげた。


「チセリの知識を頼りにする場面が来るかもしれないけど、無茶だけはすんなよ。そういえばドク、そっちの方では何か分からないのか?」

 手を緩めてチセリの頭を数回優しく撫でたミサヲは、ドクに打開策を確認する。

真鞍(まくら)署長にも何回か進展を聞きに行ったけど、いまだに鋭時(えいじ)君の情報も捜索願も無いままだね」

「だろうな……何かありゃミノリ辺りからあたしに情報が入ってはずだ。にしても鋭時(えいじ)みたいな上物の人間が消えても知らん顔なんて、ロジネル型の連中はどういう了見してるんだい?」

 新たな情報の無いドクの回答を予測するかのように頷いたミサヲは、目を細めて鋭時(えいじ)の顔を見詰めてから苛立ちを隠せない様子で進展の無い理由をドクに尋ねた。


「簡単だよ……人間の男はどれだけ希少になっても決して貴重にはならないんだ」

「数が少なくなっても大事にならないって、どういうことだい?」

 時すら凍らせるような冷たい瞳でため息をついたドクに、ミサヲは理解に苦しむ顔で聞き返す。

「ドクター。それは人間の殿方ならば身ひとつ、たったひとりでも生きて行けると考えられている事でしょうか?」

「大体そんなとこだよ、チセリさん。人間、特に男は何らの支援が無くても普通の生活をして勝手に増える前提で法も行政も運用されてて、人間の救済はジゅう人の自由意思に任されてるんだ」

 眼鏡の蔓に手を当てたチセリがドクが答えるより早く自分の得た情報を確認するような質問をすると、静かに頷いたドクが諦めたように目を閉じて肩をすくめた。


「やはりそうでしたか……(ワタクシ)が以前ある方に見せていただいた玖珊(くさつ)文書の写しと同じ内容ですものね……」

玖珊(くさつ)文書って、前にチセリが話してたよな? 確か……【大異変】前の出来事が記録してあるって噂の……でも実物は見付かってないんだよな?」

 情報源の正しさを証明されて沈むように頷くチセリに、ミサヲがしばらく記憶を遡ってから情報源に関して聞き返す。

「はいミサヲお嬢様。【大異変】より以前の様々な出来事を集約したとされている記録書、統或襍譚(とうあそうたん)の中から労働に関する記録を編纂したものとされています」

「とうあそうたん? 初めて聞くな……(おれ)の住んでた街には無かったのか?」

 気を落ち着けるように柔らかい仕草で頭を下げたチセリが情報源となった文書の大元となった記録書の説明をすると、手掛かりを探すべく考え事をしていた鋭時(えいじ)が静かに首を横に振って呟いた。


鋭時(えいじ)君が初耳なのも仕方ないよ。何せこの統或襍譚(とうあそうたん)は実物の所在が不明で内容も眉唾なものが多く、半ば都市伝説と化してる代物なんだ。この手の話が好きな人でないと、まず知る事の無いものだ」

「確かに都市伝説のようなものでしょうが、南方の魔法使いが修行をしていた時の記録といった貴重な発見もございますので全くの作り話という訳でもありません」

 涼しい顔で肩をすくめてから記録書の特異な背景と性質を説明したドクに対し、チセリは有名な伝説を引き合いに出して補足説明をする。

「なるほど……全部が見付かってないだけで、実在する証拠自体はある訳か……」

「左様でございます、旦那様。ステ=イションを造ったシショクの12人もまた、新時代の街作りには統或襍譚(とうあそうたん)を参考にしたという話もあるくらいですので」

 記録書の奇妙な信憑性を理解した鋭時(えいじ)が静かに頷き、柔らかく微笑んだチセリが嬉しそうに偉業者と記録書にまつわる逸話の説明を始めた。


「そうだね、チセリさん。統或襍譚(とうあそうたん)に記載されてたとされる理想郷に、シショクの12人の都合を混ぜてステ=イションの概要を纏めたって話だ」

「都合? 確かに魔法科学を進化させても、記録のまま再現出来ないよな……」

 偉業者の逸話に補足説明を加えたドクに、しばらく考えた鋭時(えいじ)も同意して頷く。

「技術的な都合もあったんだけど、それ以上にシショクの12人は自分達と利害の近しい者達の利益を最優先するように変更したんだ」

「何だか身勝手に聞こえるけど、それなりの理由があるんだろ?」

「そんなに大層な理由じゃ無いよ。どれだけ強大な力を手にしても万人が納得する街なんて出来はしないから、自分達に協力した者の利益を優先しただけの話だ」

 曖昧な表情で頭を掻くドクに対して鋭時(えいじ)が呆れた顔を返しながらも事情を察して頷くが、目を閉じて静かに首を横に振ったドクは涼しい顔で肩をすくめた。


「なるほどね……ある意味分かりやすくて潔い話だぜ」

「付け加えるなら、シショクの12人と協力関係にあった者達の不遇を解決出来る人間が【大異変】前にはひとりもいなかった事が関係してるんだ」

 呆れながらも納得して頭を掻いた鋭時(えいじ)に対し、ドクは頬で指を掻きながら曖昧な表情で微笑む。

「そうですね、ドクター。(ワタクシ)が見た事のある写しは玖珊(くさつ)文書の中でもほんの一部でしたが、それでも悲痛な叫びが聞こえてくるような恐ろしい内容でした……」

「それだけの記録を残しているのに200年経った今でも、ロジネル型から人間の男がいなくなった場合はただの落伍者として誰も気にしないのさ」

 過去に読んだ文書の内容を思い出したチセリが身震いするように首を振ってから(うつむ)き、ドクは遠い目をして静かに首を横に振った。


「何だって!? そんな酷い仕打ちがあるものか!」

「集めた資料を見た限りでは、【大異変】前末期のシステムを流用してるからね。希少ですらなかった時代の男、特に国民は酸鼻を極めたとしか言いようがないよ」

 見知らぬ居住区の現状を聞いて我が事のように憤るミサヲに対し、ドクは諦めたような口調で説明を続けてから静かに首を横に振る。

「国民? ねえドク、政府は国民を守らなかったの?」

「守るどころか虐げてたとしか考えられないよ。【大異変】前は他国との行き来が容易だったから、他国の人間を大量に入れたんだ。生き方や考え方が相容れない者同士が争わないよう区切られ、現地のルールを理解出来る者だけの入国を許可する窓口の役割をする国境は戦争を未然に防ぐ偉大な発明だったけど、当時の人間達はその発明を自ら台無しにしてしまったんだ」

 ドクの右隣に当たる位置で説明を聞いていたヒラネが自分の耳を疑いながら聞き返すと、片眼鏡型の立体映像、Tダイバースコープを起動したドクが再度データを確認しながらジゅう人にとって受け入れ難い人間の歴史を説明した。


「【大異変】前は結界術式が無いから簡単に国内に入れたんだよな? だけどよ、相容れない考えがぶつかったら、どちらかが引っ込むまで収まりつかないぜ?」

「その通りだ、セイハさん。だから政府は聞き分けの良い方に身を引かせたんだ。外国人の都合を優先した皺寄せは国民に向かい、障害者の都合を優先した皺寄せは健常者に向かい、女性の都合を優先した皺寄せは男に……結果全ての皺寄せが来た人間はまともな生活が出来ず、家庭を持てる者は減る一方だったんだ」

 【大異変】より前の国境にまつわる問題点に気付いて聞き返して来たセイハに、ドクはジゅう人達の想像を絶する解決方法を説明してから遠い目をして静かに首を横に振る。

「何も悪い事をしてない男達に家族すら持たせないとか、なんて酷い仕打ちだよ。許せないね~」

「ええ……健常な国民男性が暮らし辛い国が発展などするはずございません」

「でもそれ、本当の話なのかい? ぼくには俄かに信じられないよ」

 湧き上がって来る怒りを鎮めようと桝に注いだ酒を流し込んだミサヲにチセリが狼のような耳と尻尾の毛を逆立てながら同意し、しばし考えていたヒカルが小首を傾げながらドクに聞き返した。


「あらゆる資料をどの視点から調べても必ずこの仮説に辿り着くよ。皮肉な話だが【大異変】が無ければ、少なくともジゅう人が現れなければ人類は遠からず静かに滅んでただろうし、鋭時(えいじ)君の境遇が極僅かな事例ならばジゅう人はここまで増えてなかっただろうからね」

「災い転じて何とやらって訳かい、でも今のドクの話だとロジネル型の人間は何も変わってないみたいだね……」

 Tダイバースコープに表示されたデータを見ながら小さくため息をついたドクの説明を理解したヒカルは、大きく頷いた後に小さく首を横に振る。

「ああ、ロジネルは問題点に気付かないまま人間の使い捨てを繰り返してるんだ。鋭時(えいじ)君だって相当な教養を身に付け、ボク達がひと月教えただけで掃除屋としての成果を挙げてる。これほどの可能性を持つ若者を使い捨てにする人間は、滅んでもよかったと思うんだよ」

「マーくん、ダメですっ! 教授がいなくなるなんて絶対ダメですっ!」

 額に手を当てて首を横に振ったドクが遠い目をして持論を述べた直後、シアラが鋭時(えいじ)のスーツ袖を掴みながら大声を上げた。


「どうしたんだよ、シアラ!? 落ち着けよ、服が伸びるじゃないか」

「いやですっ! 人間が滅んだら教授も消えちゃうんですよっ! そんなの絶対にダメですっ!」

「そうですよ、ドク。えーじしゃまには指一本触れさせません!」

 突然の出来事に驚いてスーツの袖に目を落とした鋭時(えいじ)を覗き込むようにシアラが目に涙を溜めつつ見上げ、反対側の袖を掴んで来たスズナが猫のような耳と2本の尻尾の毛を逆立てながらドクを睨み付ける。

「気持ちは分からないでもないけど今の言葉はマズいよ、ドク。ぼくだってもう、鋭時(えいじ)お兄ちゃんがいない生活なんて考えられないんだし」

「そうね……人間がいなければウラちゃんはここにいたんだろうけど、えーじ君がいなくなるのよね」

「なあドク……アタシはそんなに頭良くないけどさ、人間がいなかったら王子(おーじ)様が生まれなかった事くらいは理解してるぜ?」

 静かに首を横に振ってから白いサロペットの内側に組み込んだ収納術式へと手を入れたヒカルに続いてヒラネが険しい表情で足元の潜行魔法を発動させ、セイハも腰の後ろに集めたスライム体の中に隠し持っていた短刀、ヘルファランの柄に手を掛けながらドクを睨み付けた。


(やり過ぎだろ……俺はとんでもないのに懐かれたんじゃないのか……?)

 両袖からドクへと向かって順々につながった殺気に身をすくめた鋭時(えいじ)は、複雑な表情を浮かべながら心の中でため息をついた。

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