第43話【試された覚悟】
2人だけでZKの駆除を終えた鋭時とシアラは、
無事にステ=イションに戻って【破威石】の換金所に入った。
【ようこそ換金所へ、破威石はこちらにどうぞ】
「もう1か月か……ここに来れば何か分かると思ったけど、謎が増えるばかりだ」
「まだ1か月ですよぉ……ゆっくり思い出せばいいじゃないですかっ、教授っ!」
黒い帽子とローブを身に着けた少女の姿をしたAIインターフェース立体映像、DMCCCが操作を案内するATMのような換金装置に【破威石】を投入しながら呟く鋭時に、シアラが励ますように鋭時のスーツの袖を掴む。
【ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています】
「はいよ、これシアラの取り分な。それじゃ行くぞ」
「待ってくださいよーっ、教授っ! 急がなくてもいいじゃないですかーっ」
DMCCCの案内で操作の終了を確認した鋭時が手に取った紙幣から3分の1をシアラに手渡した後に早足で歩き出し、紙幣を受け取るために手をスーツの袖から離したシアラが慌てて鋭時の後を追った。
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「悪い、あっちはどうも苦手でさ。何か注目されてるみたいで落ち着かないんだ」
「教授は今や希少な人間ですからねーっ」
ステ=イション外周区を抜けて旧市街区に入ったところで歩調を戻して息苦しさから解放されたかのような清々しい顔をしながらもばつが悪そうに頭を掻く鋭時の視界の中へと割り込むようにシアラが下から覗き込み、満面の笑みを浮かべながら鋭時の身体を舐め回すように観察する。
「確かにこの街で俺は珍しいのかもしれないけどさ……それで注目が集まるのは、ちょっとな……」
「タイプサキュバスも珍しいですよっ! わたし達お揃いですねっ、教授っ!」
シアラの視線から逃れるように身を逸らした鋭時が居心地悪そうに頭を掻くと、鋭時の身体から顔を離したシアラが胸に手を当てて誇らし気な表情を浮かべてから再度満面の笑みを浮かべた。
「そういえばドクもそんな説明してたよな……最初にこっち側の世界に来たタイプサキュバスは全員が国を出て行って、国内にいるのは珍しいんだよな? シアラが珍しいとか言われても、ジゅう人を知らない俺には分からないけどさ……」
「何でも聞いてくださいっ! スリーサイズや下着の色とか、教授からの質問ならお答えしますよっ!」
ステ=イションに来てから掃除屋の訓練を終えるまでの間に得た情報を思い出しながら聞き返した鋭時に興奮した様子のシアラは、見開いた丸い瞳を輝かせながら鼻息荒く顔を近付ける。
「そんなの天下の往来で聞ける訳が無いだろ……2人きりでも聞かないけどさ……そういや初めて会った時もそんな事言ってたよな?」
「はいっ、教授に出逢った日の事は昨日の事のように覚えてますよっ! わたしの【証】を見てみますかっ?」
額に手を当てて呆れながらもシアラの言葉に既視感を覚えた鋭時が疲れた様子で再度聞き返すと、嬉しそうに大きく頷いたシアラは嬉々としてフリルをあしらったドレスのような着物の裾をたくし上げようと手に取った。
「いや待て、色々と待て。なんでこの流れでそんな話が出て来るんだよ……?」
「ほえ? 初めて出逢った日に、教授は【証】の事を聞いたじゃないですかっ!」
辺りを見回しながら慌てて両手のひらを向けた鋭時の質問に、裾から手を離したシアラが悪戯じみた笑みを浮かべながら以前に質問を受けた事を指摘する。
「ああ……あの時はジゅう人がどんなものなのか皆目見当が付かなくて、とにかく色々と質問してたよな……」
「でもわたし、【証】の質問にはまだ答えてませんよっ!」
「だから、その質問はもういいから……」
気恥ずかしそうに頬を指で掻きながら質問した状況を思い出して逸らそうとした鋭時の視線をシアラが瞳を輝かせながら見上げるように追い掛け、額に手を当てて疲れたように首を横に振った鋭時の言葉はシアラの大声に遮られた。
「よくありませんっ! 人間からの質問には絶対に答える、って決まりがジゅう人にはあるんですっ!」
「そうだったのか!? 悪い事したな、どうやって答えてもらえば……ん?」
真剣な眼差しのシアラの口から出て来た衝撃の事実への責任をしばし考え込んだ鋭時だが、考えを巡らせ続けるうちに大きな疑問に突き当たって首を傾げる。
「どうしましたっ、教授っ? あのお庭でお見せしてもいいんですよっ?」
「おーいシアラさん……そんな決まり初耳だけど、いつどこで出来たのかな?」
「そ、それは今わたしが……じゃなかった、昔からある決まりですよっ」
再度着物の裾を摘まんでたくし上げようとするシアラに鋭時が顔を近付けながらジト目で質問すると、笑顔を浮かべたままのシアラが正直に答えかけてから途中で言葉を噤んで目を泳がせながら用意した回答を言い直した。
「やっぱり口から出まかせだったんじゃないか……勘弁してくれよ……」
「あらら……やっぱりバレちゃいましたかっ、さすがは教授ですっ!」
予想が的中して小さくため息をつく鋭時に頬を指で掻きながら張り付いた笑顔を返したシアラは、すぐに尊敬の眼差しへと変えて嘘を見破った鋭時を見詰める。
「まあな……ドクはともかくミサヲさん達の誰でも、気遣いもあったんだろうけど必ず質問に答えてくれた訳じゃなかったからな」
無邪気としか形容の出来ないシアラの眼差しに呆れた鋭時が小さく肩をすくめ、シアラの嘘を見破るに至ったきっかけと経緯を簡潔に説明した。
「あはは……やっぱりちょっと遅かったですかねぇ……」
「そうだな……そういう嘘は極力控えてくれよ、命を張る現場仕事なんだからさ。俺だけならともかく他のみんなに迷惑掛けたら洒落にならん」
誤魔化すように乾いた笑みを浮かべたシアラに曖昧な愛想笑いを返した鋭時は、そのまま真剣な口調でシアラに釘を刺す。
「わかりましたぁ……」
「分かってくれたらいいよ、厳しく言うのは性に合わないからな……行こうか?」
「はーいっ! 今日もよろしくお願いしますねっ、教授っ!」
「だから、そんなに強く引っ張るなよ……」
注意されて項垂れたシアラに鋭時がぎこちなく微笑みかけると、シアラはすぐに明るい笑顔を取り戻して鋭時のスーツの袖を引いて旧市街区の奥へと歩みを進めて行った。
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「早く帰って来れたとはいえ中途半端な時間だし、軽めでいいかな……」
「わたしもそうしますっ! そういえば今日は誰にも会いませんでしたねぇ……」
凍鴉楼の1階にある全自動食堂マキナのテーブルで注文を終えた鋭時の向かいで注文用のタブレット端末を受け取りつつ周囲を見回したシアラは、店内に見知った相手がおらず不安そうな表情を浮かべる。
「時間も時間だからな……それにみんな仕事があるんだし、こういう日もあるさ」
「それもそうですねっ、早く食べてあのお庭に行きましょうっ!」
同じく周囲を見回しながらも達観した様子で頷いた鋭時が不器用ながらも出来る限り優しく微笑むと、シアラは明るい笑顔に戻って注文を終えた。
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「おや? 2人だけとは珍しいね、ミサヲちゃんやドクは一緒じゃないのかい?」
「こんにちはマキナさん。ミサヲさんとドクはちょっと事情があって、俺達2人で【遺跡】に行ってきたところです」
ひとつのテーブルに向かい合って座る2人に気付いて声を掛けて来たマキナに、鋭時は軽く頭を下げてから簡潔に理由を話す。
「鋭時くんとシアラちゃんで【遺跡】に行ったのかい!? そうだったのねぇ……よくがんばったよ」
「ほえ? マキナママは何か知ってるんですかっ?」
鋭時から他に人がいない理由を聞いて驚いたマキナが納得したように頷いてから目を細め、シアラが小首を傾げながら質問をした。
「そんなんじゃ無いわよ。鋭時くんもシアラちゃんも一人前の掃除屋になったって話なだけさ」
「ありがとうございますっ、マキナママっ! わたし、教授と一緒ならどこまでも行ける気がしますっ!」
狐のような尻尾と連動するように手を振って微笑んだマキナに、シアラは満面の笑みを浮かべて頷いてから向かいに座る鋭時を輝く眼差しで見詰める。
「おーいシアラさん……確かに俺達は強くなったけど、油断は禁物だからね」
「あらあら2人とも……おや? 料理が出来たみたいね。お互い言いたい事もあるだろうけど、まずはお食べよ。食べればきっと考えが纏まるもんさ」
輝くようなシアラの眼差しから目を逸らすように額に手を当てた鋭時が軽く釘を刺し、近付いて来た配膳ワゴン型ロボットに気付いたマキナが優しく微笑む。
「はーいっ! ありがとーっ、マキナママっ!」
「そうだな……まずは食うか」
配膳ロボットからホットサンドとホットミルクを受け取ってから店の奥に戻ったマキナに手を振ったシアラの向かいで軽く肩をすくめた鋭時は、配膳ロボットから受け取った月見うどんをテーブルに置いてから七味唐辛子と箸を取った。
どんぶりを覗き込んで昆布を中心に様々な出汁の香る透き通った薄茶色のつゆに入ったうどんを確認した鋭時は、どんぶりの中心に浮かぶ卵の黄身を避けるように七味唐辛子を掛けてから箸で軽く混ぜて掴んだうどんを口に運んで勢いよく啜る。
コシが強く程よい太さの麺が鋭時の口に入ると同時に出汁の香りが鼻へと抜けて行き、様々な出汁の入り組んだつゆの風味が七味唐辛子のほのかな辛みと共に口に広がった。
数回啜ってうどんを半分ほど減らした鋭時は原形を留めたままの卵の黄身を箸で崩してからつゆと混ぜ、卵の黄身と混ざり合い柔らかな風味となったつゆを残ったうどんと共に勢いよく口に運ぶ。
どんぶりを空にすると同時に体が温まる感覚が全身に広まった鋭時に皿に載ったホットサンドを平らげてホットミルクを飲み終わったシアラが無言で頷き、手早く食事を済ませた2人は節約した時間を存分に使える場所へと向かうべく全自動食堂マキナを後にした。
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「随分遅くなっちまった、先に報告だけすればよかったな……ミサヲさん怒ってるだろうなあ」
全自動食堂マキナで食事を終えてから庭園型バルコニーで術式の開発をしていた2人は日が落ち切った頃にグラキエスクラッチ清掃店へと戻り、清掃店の扉の前で鋭時は小さくため息をつく。
「大丈夫ですよーっ、ミサちゃん優しいですし」
暗い顔で考え込む鋭時を励ますように微笑んだシアラは、そのまま勢いよく店の扉を開けた。
「ミサちゃんたっだいまー……!」
「待ってたぜー! マーイエンジェール!」
「むぐっ~!? ぷはっ……ミサちゃん苦しいですよ~……むぎゅぅ……」
店に入ると同時にジャンパーを脱いでシャツとホットパンツだけの姿のミサヲに抱き着かれたシアラは、そのままミサヲの豊満な胸に顔を埋めて手足をバタバタと激しく動かす。
「遅くなってすいません、ただいま戻りました。それとスキンシップは程々にしてくださいよ、シアラが苦しがってますから」
「お~鋭時も帰って来たか、お帰りー。シアラも改めてお帰り」
遅れて店に入った鋭時が呆れた様子で手足をバタバタとさせるシアラを指差し、ミサヲは軽く挨拶を返しながらシアラを解放した。
「ぷはっ、助かりましたっ……ありがとうございます教授っ」
「いや~すまん! 今日はシアラをハグしてなかった上に、慣れないデスクワークを1日中してたからな。ついハグに力が入っちまったぜ」
逃げるように鋭時のスーツの袖を掴んだシアラに手を合わせて謝ったミサヲは、そのまま店舗スペースに置かれたソファに座る。
「も~、びっくりしましたよ~もうちょっと優しくして下さいね、ミサちゃん」
「悪かったよ、シアラ。とりあえず機嫌直してこっちに座ってくれねーか?」
胸の谷間に挟まれたせいで乱れた髪を軽く手で整えたシアラが悪戯じみた笑みをミサヲに向け、誤魔化すように頭を掻いたミサヲが自分の隣に座るよう促した。
「まずは2人だけの掃除お疲れさん。まだ早いと思ったけど無事帰って来るなんて大したもんだよ」
「今日は色々勉強になりました、ミサヲさんの取り分とマテリアルスケイルです」
2人掛けのソファの隣に座るシアラと向かいに座った鋭時をミサヲが軽く労い、鋭時はスーツの内側に新しく組み込んだ収納術式の中から紙幣と圧縮された金属や石などの塊をテーブルの上に取り出す。
「金はきっちり3等分、マテリアルスケイルも差分は無し、と……少しくらいならちょろまかしても良かったのに律儀だなぁ。よし、文句なしの合格だ!」
「ちょろまかすって……約束は守りますよ、ミサヲさん……って何で……!」
「「合格おめでとう!」」
受け取った紙幣と塊を感心した様子で眺めてから満足して頷いたミサヲに呆れた鋭時が違和感に突然気付いて考え込んだ瞬間、キッチンの奥から大勢の祝福の声が飛んで来た。
「おぅわっ! なんだ……みんなしてキッチンに隠れてたのかよ……」
「みんなありがとーっ! やったーっ! 合格しましたっ、教授っ!……ところでミサちゃん、合格って何の試験にですかっ?」
キッチンから出て来たチセリやスズナ達5人のジゅう人に対して大袈裟な仕草で驚いてから小さく安堵した鋭時とは対照的にシアラがソファの背もたれに身を乗り出すように振り向いて明るく手を振るが、全く身に覚えのない祝福に疑問を持ってミサヲに尋ねる。
「凍鴉楼伝統の掃除屋適正試験さ、あたしも新人の頃に受けたんだよ」
「ほえ? 出かける時は何も聞いてなかったですよ?」
涼しい顔で頭を掻いたミサヲが悪戯じみた笑みを浮かべながら種明かしすると、シアラは小首を傾げて聞き返した。
「言えば試験にならないだろ? それで初体験の感想を聞かせてくれよ、王子様」
「はっ、初体験!? いえ……これは掃除屋の話で、本番はまだ……」
ミサヲから代わるようにシアラの質問に答えたトレーニングウェア姿のセイハが悪戯じみた笑みを浮かべて返した質問を横で聞いていたスズナは、赤く染めた顔を俯かせながら薄黄色のワンピース服の裾を両手で握り締める。
「どうしたのスズナお姉ちゃん? 顔が真っ赤だよ? 鋭時お兄ちゃんを見て何を想像したんだい?」
「ちょっとヒカル、わたくしはえーじしゃまの身を案じて……ふみゃぁ!?」
からかうように下から顔を覗く茶色い服と白いサロペットを身に付けたヒカルをスズナが顔を赤く染めたまま追い掛け始めるが、突然何かに捕まって小さく悲鳴を上げた。
「2人ともそこまでだ。せっかく来てもらったのに喧嘩したら鋭時が呆れる……」
「……なるほど! だから俺達2人で駆除に行く話をした時に励まされたのか……みんな試験を知ってたんだな。今朝ミサヲさんが急に報告書を作成しだしたのも、念の入った抜き打ちだったのか……」
いつの間にか背後へと移動してスズナとヒカルを同時に抱き寄せたミサヲだが、周囲の騒ぎを全く気にせずに考え事を口に出し続けていた鋭時に気付いてスズナとヒカルを諭す途中で言葉が止まる。
「おーい、鋭時……? セイハの話、聞いてたか~?」
「え? あー……また考え事が口に出てたのかよ……えーっと、初めてと言ってもDDゲートで訓練して来たし、実戦でもドクやミサヲさんに色々教わりましたから苦労はなかったですよ」
抱きかかえていたスズナとヒカルをゆっくり離したミサヲが呆れた様子で鋭時の目の前で手を振ると、我に返った鋭時は淡々と業務の内容をミサヲに報告した。
「はぁ……誤解を招くような聞き方したんだから少しは動揺してくれよ、王子様」
「そういうのはシアラで慣れてるんでね。それよりも今日の試験ってミサヲさんが見てたんですか? 渡した金が【破威石】売却分の3等分だとすぐ気付いてたし」
渾身の悪戯が失敗した子供のような顔付きでため息をついたセイハの愚痴を軽く受け流した鋭時は、思考癖で纏めていた疑問点をミサヲに尋ねる。
「妙なとこだけ勘が冴えるな、鋭時は……まあ慣例では気付かれないよう遠くから見守って、危ないと判断したらすぐ救援に向かえるようにするんだ。ただ、今日のあたしはほとんど店から出られずじまいだったんだよね~、これが」
「ほえ? 報告書を書くのってミサちゃんの芝居じゃなかったのっ!?」
鋭時の推理に感心と観念が混じったような顔を返したミサヲが気恥ずかしそうに頭を掻きながら1日の出来事を話すと、ソファの背もたれに乗り出すように逆座りしていたシアラが鋭時の推理との相違点に驚いて聞き返した。
「いやぁ……あれマジで忘れてて、ミノリ……もとい副署長から催促来てたんだ。それで報告書作りに集中したくてシアラと鋭時を適性試験に行かせたんだけど……後悔したぜー、愛しのシアラに日課のハグが出来なくなるなんてよー!」
「むぎゅぎゅぅ~!?」
ばつが悪そうに指で頬を掻きながら事情を説明したミサヲは、そのままソファの背もたれから乗り出したシアラの頭を胸の谷間で挟むように抱き着く。
「ぷはぁ……ねえミサちゃんっ、教授とわたしの試験は誰が見てたんですかっ?」
「言っておくけどワタシとセイちゃんじゃないわよ?」
しばらくしてからミサヲの胸から脱したシアラが周囲を見回しながら尋ねると、偶然目が合ったブラウスにジーンズを組み合わせたラフな服装のヒラネが柔らかく微笑みながら手を振った。
「そうなんですかっ?」
「今朝の段階でセイハさんは俺達の試験に気付いてなかったし、ヒラネさんもすぐ【遺跡】に入れるような服装をしてなかった。もし2人が俺達のお目付け役なら、相当手の込んだ芝居になるぜ」
困惑した様子で再度周囲を見回したシアラと目の合った鋭時は、頭を掻きながら【遺跡】へと向かう前のヒラネとセイハの様子を思い出してヒラネの言葉を裏打ちするように説明する。
「えーじ君の言う通りよ、シアラちゃん。ワタシ達は今日、ステ=イションからは1歩も外に出てないわ」
「では、他に誰がいるんですかっ?」
「この状況下で考えられるのは1人だけでございます、若奥様」
鋭時の推理に同意するように優しい笑顔で頷いたヒラネを見たシアラが謎を解く手立てが見付からず小首を傾げると、ヒラネの隣に立っていたメイド姿のチセリが僅かに前へと出てから澄ました顔で丸眼鏡の蔓を指で軽く触れた。
「ドクだね、チセリさん」
「はい。その通りでございますね、旦那様」
同じく謎を解いて静かに頷いた鋭時に、チセリは表情を崩さないまま狼のような尻尾を左右に振りながら静かに頷く。
「正解だぜ。まあ、ここまで材料が揃ってればすぐに分かるか……ドクを同業者と言えるかは微妙だけど、腕と責任感は信用に値するからな」
「ほえ? でもマー君はミサちゃんが頼み事を……あっ!」
感心と呆れが混じったような表情で肩をすくめたミサヲに対してシアラが疑問を口にするが、口に出していた疑問の中から謎解きの解答を見付けて大声を出す。
「そういう事だ、間違ってないだろ?」
悪戯じみた笑顔を浮かべたミサヲが抱き上げたままのシアラにウィンクをすると同時に、店の扉をノックする音が聞こえて来た。
「噂をすればなんとやらだ。入っていいぜ!」
「ではお言葉に甘えて失礼します、ミサヲさんこんばんは」
シアラを抱擁から解放したミサヲが扉に向かった声を掛けると、縹色の振袖姿に長い黒髪の女性が柔らかく落ち着いた声で挨拶をしてから音も無く扉をすり抜けて店に入って来てミサヲの前でお辞儀する。
「やっほー、レーコさん。こんばんわっー!」
「シアラさんもこんばんは。みなさんもお揃いのようですね」
ソファに座り直してから弾むような声で挨拶したシアラに立体映像で構成されたアンドロイド、レーコさんが微笑む顔を表示して挨拶を返してから周囲を見回して再度微笑む表情を映し出した。
「こんばんは、レーコさん。いつ見ても不思議ね~、ワタシもレーコさんみたいに実体を持たないマジックドール作りに挑戦してみようかしら?」
「そいつはおもしろそうだな、ヒラ姉。でもどうやって作るつもりなんだい?」
挨拶しながらも興味深そうにレーコさんを様々な角度から眺めるヒラネの隣で、セイハも賛同するように微笑んでから興味深そうに質問する。
「まずは実物の分析だね、ヒラネお姉ちゃん? ぼくも捕まえるのを手伝うよ」
「ヒカル様……ドクターが大切にされているレーコさんに手を出したらどうなるか覚悟は出来ていますでしょうか?」
「分かってるよ……チセリお姉ちゃん。ちょっとした冗談だから勘弁してよ……」
興味津々の様子でサロペットの内側に組み込んだ収納術式に手を入れたヒカルをチセリが丁寧な口調のまま注意すると、凍り付いたかのように手を止めたヒカルがぎこちない笑みを浮かべながら収納術式から手を離した。
「ありがとうチセリさん、レーコさんはボクのビジネスの重要なパートナーだから助かったよ」
「礼には及びません、店子のご家族や財産を守るのは管理人の務めですので」
いつの間にか扉を開けて店に入っていたドクの感謝の言葉に、チセリは柔らかい雰囲気を纏ってお辞儀を返す。
「マーくんこんばんわっー! こっちにどうぞーっ!」
「ははっ、こんばんはシアラさん。出来ればなんだけど……その呼び方はそろそろ遠慮してくれないかな……?」
チセリに続いてドクの到着に気付いたシアラが弾むような声で大きく手招きし、ドクは不可能を確信した乾いた笑いを浮かべながらシアラに呼び名の訂正を力無く求めた。
「諦めなよ……ドクは由来がすぐ分かるだけマシじゃないか、俺なんか偉い先生に診てもらう立場なのに第一印象だけで教授だぜ……」
「確かにそうか……タイプサキュバスとの会話自体がジゅう人研究でも前人未踏の空前絶後な話だよ、ありがたい事だね……」
こっそり近付いてから小声で自嘲気味に諭した鋭時に、ドクも希少な体験を噛み締めるように肩をすくめてから小声で返す。
「それにしてもドクが見てたなんて全く気付かなかったぜ、まだまだ実力も訓練も足りないって痛感したよ」
「ほぼ1か月であれだけ出来れば上出来だよ、観察と護衛が目的でなければボクもすぐ気付かれてただろうからね。それも含めて今日の試験の評価と別件の野暮用をまとめて済ませようか……」
女性陣の注目がすぐに集まる状況に気付いた鋭時が声を元に戻しつつ探索技術の反省点を口にしながら頬を指で掻き、同じく声を元に戻したドクが鋭時とシアラの索敵能力を褒めてから声のトーンを落として店内を見回した。
「ではドクター、私達は一旦席を外した方がよろしいでしょうか?」
「ああ、そういえば今ここには……聞かれて問題ないし、寧ろ聞いてもらった方がいい案件だ。このままでお願いするよ」
気遣うようにお辞儀をしたチセリに手のひらを向けて留まるよう求めたドクは、再度周囲を見回して小さく頷いてから気恥ずかしそうな笑顔を向ける。
「かしこまりました、ドクター。ぜひお願いします」
「せっかくだし飲みながらでもいいだろ……っと、飲む前に渡しておかないとな」
心なしか安堵したような表情を浮かべたチセリが狼のような尻尾を小さく左右に振りながら丁寧な仕草でお辞儀を返し、会話が進んでいる間にドクに近付いて来たミサヲが鋭時から受け取ったばかりの紙幣を数え始めた。
「待ってくれミサヲさん、ドクに渡す金って今日の試験の手間賃だろ? なら俺の取り分からも出すよ」
「どこまでも律儀だな~鋭時は。だがこいつはあたしとドクの取り決めだ、鋭時は気にしなくていいよ。それより始めようぜ」
ミサヲが数える紙幣の意味に気付いた鋭時が慌ててズボンのポケットから財布を取り出すが、既に紙幣をドクに手渡したミサヲは鋭時に優しく微笑んでから大きく伸びをしてキッチンへと向かう。
「ちょっと待って。飲む前に済ませたい話があるんだけど、いいかい?」
「構わないけど金絡みか? ドクは飲むと金の話をしなくなるからな~……」
「その通り、金絡みの無用なトラブルは極力避けたいからね。最近行動を再開した強盗団の捕獲に真鞍署長が賞金を懸けたんだ」
キッチンへと向かったミサヲの目的に気付いて慌てて呼び止めたドクにミサヲが振り向きつつ簡単な推測を交えた質問を返し、事務机からキャスター付きの椅子を引いて座ったドクが全く否定する事無く頷いてから単刀直入に用件を切り出した。
「警察絡みの話は当分パスで頼む。実入りはいいけど報告書が面倒なんだよなー、ミノリ……じゃねえや副署長も何かとうるさいし。この間の報告書もさっきやっと終わったくらいだぜ」
「ははっ……鋭時君達が来てすぐの頃の報告書を出さなかったら誰だって怒るよ。今回は賞金だから面倒な報告書が無い代わりに、早い者勝ちの競争だけどね」
疲れた様子で首を横に振って協力を渋る理由を話すミサヲに乾いた笑いを返したドクは、同時に渋る必要が無い理由を説明してから肩をすくめる。
「それならオーケーだ、ドクの悪知恵なら他の連中を確実に出し抜けるからな」
「悪知恵とは心外だな。世の中の悪党に比べれば、ボクなんか聖人君子だよ?」
「抜かせ。まあそういう事にしとくから、作戦頼んだぜ」
苦手とする作業が無いと理解して顔を綻ばせながら悪戯じみた笑みを向けて来たミサヲにドクが涼しい顔で再度肩をすくめると、ミサヲは肩で笑いを堪えながらも信頼に満ちた眼差しをドクに向けた。
「強盗団って、今日真鞍署長が追ってたあれか?」
「その通り、攻撃術式で武装した厄介な奴等だ。しばらく鳴りを潜めてたんだが、1か月ぶりに動き出して外周区の店が被害に遭ったらしい」
【遺跡】と再開発区の境界で遭遇した出来事を思い出しながら質問する鋭時に、ドクは静かに頷いてから軽く概要を説明する。
「世界を復興するために作られた術式で犯罪なんて、とんでもない連中だな……」
「どんな技術も実用化されれば犯罪に使う奴が必ず出てくる。それが人類の歴史の常ってもんだよ」
「でもよ、ドクならあれくらいの連中をひとりで相手しても苦戦はしないだろ? 何で俺達に話を持って来たんだ?」
強盗団の手口を聞いて静かに憤る鋭時にドクが諦めた口調で進化を続ける技術の裏に潜む闇を説明すると、ドクの戦闘能力の高さを思い出した鋭時が素朴な疑問をそのまま返した。
「あ、言われてみれば……おいドク、何か隠してるのか?」
「これから話すつもりだったんだ、この重要な情報を隠すつもりはないよ。奴等はステ=イションにある店からゴーレムとロボットを幾つも盗み出したんだ、それもZK駆除用の試作品をね」
鋭時の疑問を聞いて違和感に気付いたミサヲが睨み付けるが、ドクは涼しい顔で静かに首を横に振ってから理由を説明する。
「ZKの駆除用って事はZKより強いのか!? 腕が鳴るねぇ~」
「普通の人は危険を避けるんだけどね……同業者の安全を確保する為に真鞍署長にも情報の拡散を頼んでおいたよ」
強敵が存在すると聞いて不敵な笑みを浮かべたミサヲが胸の前で拳と手のひらを合わせると、呆れた様子で肩をすくめたドクが店内を見回してから小さく頷いた。
「なるほど、どこの掃除屋もロボットとゴーレムへの対策と準備に時間を取られる訳か……」
「そういう事だ。後は奴等の潜伏先だが、これも今日の試験のついでにある程度の調べが付いてる。分かったら改めて連絡するよ」
情報開示の裏に隠した思惑に気付いた鋭時に涼しい顔で頷いたドクは、そのまま調査の進捗を開示してから再度肩をすくめる。
「もう出し抜いてやがんのかよ……まったく頼もしい限りだよ」
「これくらいはお安い御用だ。それで賞金の分け前なんだが……」
「ワタシ達2人はパスするわね。あの強盗団、ウラちゃんの手掛かりを何も持ってなかったのよ。また2人で情報収集にでも行ってくるわね」
「それに適性試験に合格したシアラと王子様なら、あの程度の強盗ごときに後れを取らないはずだぜ」
ドクの手際の良さに驚き呆れながらも信頼の笑み浮かべたミサヲにドクが涼しい顔で頷いてから本題へと入ろうとする前にヒラネが協力を断り、続くように頷いたセイハが鋭時とシアラに目を向けてから大きく頷いた。
「ふむ……今回は対人戦を経験するいい機会かな。掃除屋を続ける以上、避けては通れない話だからね……」
「ああ……今は鳴りを潜めてるが、いつまた鬼畜中抜きと出くわすかも分からん。フォローはあたしの方でもするから、ドクも頼んだぜ」
セイハの意図を汲んでしばらく考えてから頷いたドクに、ミサヲも複雑な表情で頭を掻いてから同意するように頷く。
「分かった。それで賞金の件なんだが単純に頭数で割っていいかな?」
「前から言おうと思ってたんだけどさ、ドクの方がたくさん働いてるのに取り分が少な過ぎるだろ。ここは店単位の山分けと行こうぜ」
「こっちは1人だけどミサヲさんの店には3人だ、それこそ不公平になる。ボクは発明品の方で収入もあるし、そこまで金には拘らないつもりだ……」
「あのなあ、ドク……」
強盗団捕獲に向かうメンバーが決まり満足した様子で分け前の話に移ったドクにミサヲが不機嫌な様子で異を唱え、互いに譲り合う奇妙な争いに発展し出した。
「……それじゃあこっちの筋が通んないんだよ!……ん? どうした、シアラ?」
「ねえミサちゃんっ……マーくんもっ。レーコさん入れて賞金を5等分にするのはどうですかっ?」
周囲の面々が割って入れないような大声で捲し立てるミサヲに近付いたシアラが背中を軽く叩き、振り向いて静かになった店の中で新たな提案を持ち掛ける。
「俺もシアラの意見に賛成だ。レーコさんの取り分をドクの持って来る情報料って事にすればいいし、こっちの取り分も半々にするよりは多くなる」
「ふむ……2対3か、それなら悪くないな」
「今さらレーコさんを外すわけにはいかないよな。分かった、あたしもこの条件でオーケーだ」
唐突なシアラの提案にすぐさま賛成した鋭時に続いてしばらく考えたドクも軽く頷いて同意し、毒気を抜かれたミサヲも気恥ずかしそうに頭を掻きながらシアラの提案を受け入れた。
「よかった~、丸く収まって。ありがとうございましたっ、教授っ!」
「わっ!? こらっ、余計な事言うな」
話が纏まりを見せた事に安心して肩の力を抜いたシアラが満面の笑みを浮かべて鋭時の顔を見詰め、鋭時は慌てて人差し指を口に当てる。
「なるほどね、これは鋭時君のアイディアだったのか」
「まあね。俺が直接言うよりも、シアラが言った方がミサヲさんも聞いてくれるし丸く収まると思ったんだ」
感心して頷いたドクが笑いを堪えながら鋭時に近付いて小声で話し掛け、鋭時も小声で答えてから小さく肩すくめた。
「おいおい、男同士で何をコソコソ話してるんだ?」
「何でもないよ。それより賞金の分け前も決まった事だし、試験の審査報告にでも移らせてもらおうかな?」
「それなら飲みながら聞くよ。さすがにもう待てねえし、待たせらんねえぜ」
腕を組みながらからかうような笑みを浮かべたミサヲに対してドクが涼しい顔で肩をすくめてから次の要件に移ろうとすると、大きく伸びをしたミサヲが店の中を見回してからキッチンを親指で指し示した。