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第42話【拭え得ぬ不安】

初の現場でスムーズにZK(ズィーク)の駆除をした鋭時(えいじ)とシアラは、

その後も着実に駆除業務の経験を重ねて行った。

「おはようございます、ミサヲさん。今日もよろしくお願いします」

「ミサちゃん、おっはよーっ!」

「おはようシアラ、鋭時(えいじ)。すまない2人とも、今日はちょっと手が離せない用事が出来ちまったんだ。今日中にトラックを護衛した時の報告書を出さないといけなくなっちまってね……」

 鋭時(えいじ)とシアラの初陣から1週間が経った日の早朝、グラキエスクラッチ清掃店の居住スペースから出て来たシアラと鋭時(えいじ)に気付いたミサヲが店舗スペースの片隅にある事務机に置いた携帯端末の上に展開させたバーチャルディスプレイ越しに声を掛ける。


「それじゃあ今日の駆除は中止ですか……?」

「いや、この間の飲み会でちょっと財布事情がな……悪いけどシアラと鋭時(えいじ)の2人で行って来てくれねえか?」

 呆れた様子で予定を聞き返して来た鋭時(えいじ)に、ミサヲは同じく携帯端末から手前に展開させていたバーチャルキーボードに置いていた手を合わせながら片目を瞑る。

「2人で、ですか……?」

「ああ、ドクはあたしが頼んだ別件で手が離せなくてね……」

 寝室から店舗スペースまでスーツの袖を掴んで着いて来たシアラに目を落とした鋭時(えいじ)が遠慮がちに聞き返すと、複雑な表情で目を逸らしたミサヲが頭を掻きながら協力関係にある発明家の不在を告げた。


「だから昨日は換金所から帰った時に隣の研究所に行ったのか……とはいえ、(おれ)とシアラだけでいいのか……」

「ご安心くださいっ! 教授は必ずわたしが守りますからっ!」

 ミサヲが前日に取った行動を思い出しながら納得して頷く鋭時(えいじ)の隣で、シアラが鼻息荒く気合を入れながらミサヲに話し掛ける。

「シアラは頼もしいな、よろしく頼んだぞ」

「おまかせくださいミサちゃんっ!」

鋭時(えいじ)も頼む! 分け前は多めにしていいからさ」

 安堵した様子でシアラに微笑み掛けたミサヲが立ち上がり、再度両手を合わせて鋭時(えいじ)に頭を下げた。


「分かりました、すいません。(おれ)も実力を確認したいんで2人で行ってきますよ。もちろん分け前はきっちり3等分で、シアラもそれでいいか?」

 必死に頼み込むミサヲを見てようやく自分に課されたルールからは逸脱しないと理解出来た鋭時(えいじ)は気恥ずかしそうに指で頬を掻き、ミサヲに対して了承する意思を伝えてからシアラに声を掛ける。

「はいっ!」

「すまん、恩に着るぜ! そうと決まれば飯にするか、腹が減っては何とやらって言うからな」

 満面の笑みを鋭時(えいじ)に向けたシアラを見ていたミサヲが改めて感謝すると、3人で簡単な朝食の準備を始めた。



「えっへへーっ! 教授とデートっ、ワクワクですっ!」

「おーいシアラさん、デートじゃなくて仕事だからねー」

 朝食を済ませてグラキエスクラッチ清掃店から出ると同時に興奮を隠さぬ様子でテレポートエレベーターに向かうシアラに気付いた鋭時(えいじ)が呆れた様子で釘を刺す。

「わかってますよぉ……でも2人きりで外までお出かけなんですよっ? 気持ちを切り替えないと、もったいないじゃないですかっ!」

「そうだな……今日はミサヲさんもドクもいないし、まずは役割分担を決めよう。(おれ)が前衛に出るからシアラはバックアップを頼めるか?」

 冷水を浴びせられたように顔を沈めたシアラが気を取り直して微笑み掛けると、鋭時(えいじ)は神妙な顔付きで【遺跡】に入った時の役割を提案した。


「えーっ!? それでは教授が危ないですよぉ、わたしが前に立ちますっ!」

「女の子にそんな事をさせられる訳無いだろ、こういう時くらいは格好付けさせてくれよ……」

 案の定立ち止まって異議を唱えて来たシアラに、鋭時(えいじ)も歩みを止めて照れ隠しをするように頭を掻いてから出来る限りの微笑みを浮かべる。

「教授はいつでも充分カッコいいですっ……それにステ=イションでは、王子(おうじ)様は姫騎士に守られるものですよっ」

(おれ)だって男だし人間だ、意地もあればプライドもあるよ……でも、そんな小さな精神論ではシアラを説得出来ないのも分かってる」

 (うつむ)いて頬を赤く染めたシアラがひと呼吸置いて下から鋭時(えいじ)の顔を覗き込むように見上げて悪戯じみた笑みを浮かべると、静かに首を横に振った鋭時(えいじ)は自分の矜持を話しながらも反論の材料にもならない事を自覚して大きく頷いた。


「それじゃあ教授はわたしを後ろから……」

「いや、(おれ)が弱いからこそシアラには(おれ)のバックアップに回って欲しいんだ」

「ほえ? どういう事です?」

 嬉しそうに恥じらいながら背中を見せようとするシアラの言葉を遮った鋭時(えいじ)に、シアラは真顔に戻って聞き返す。

「バックアップの役割はZK(ズィーク)の駆除だけに留まらず、駆除に失敗した仲間の救助や治療、安全圏までの逃走経路の確保なんかも含まれる。持ってる魔力が少な過ぎる(おれ)にそんな大役は不可能だが、魔力が豊富なシアラが後ろに控えてくれてるだけで心強くなる」

「教授の言葉に嘘は無いでしょうけど、わたしは教授の考えた作戦で生き残れたんですよっ? わたしが後ろで教授を助けられる訳ありませんよぉ……」

 【遺跡】における後方支援の役割を説明する鋭時(えいじ)に対してシアラは、信頼された喜びよりも役割に対する不安を口にして静かに首を横に振った。


「そうか……でも今回のバックアップは(おれ)の援護だけなんだし、(おれ)が自分で危険を感じたらシアラに助けを求める。これならいいだろ?」

「さすがは教授ですっ! この方法ならいつでも教授をお助けできますっ!」

 シアラが吐露した不安を汲んだ鋭時(えいじ)が再度考えてから折衷案を出すと、シアラは目を輝かせて何度も頷く。

(おれ)だってDD(ディバイ)ゲートの訓練を突破出来たんだ、慢心するつもりは無いけど負担を掛けるつもりもねえぜ」

「わかりましたっ! カッコいい教授の活躍を見れるんですねっ!」

「色々言いたい事はあるが、取り敢えずそれでいいか……残りは現場で調整するとしよう」

 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた鋭時(えいじ)にシアラが目を輝かせたまま再度大きく頷き、鋭時(えいじ)は小さくため息をつきながらも話が纏まった事に安堵して凍鴉楼(とうあろう)の正面玄関へと向かうべくテレポートエレベーターへと歩き出した。



「おはようございます、旦那様、若奥様。本日の外出はミサヲお嬢様とご一緒ではないのですか?」

 鋭時(えいじ)達がテレポートエレベーターに到着すると同時に朝の所用を終えてグラキエスクラッチ清掃店へと向かおうとするチセリがテレポートエレベーターから現れ、丁寧な仕草でお辞儀をしてから怪訝な表情を浮かべた。


「チセりんおはっよー!」

「おはよう、チセリさん。ミサヲさんは今日、緊急業務で店にいて……えーっと、これには深い事情が……」

「かしこまりました、本日はお二人で駆除に出掛けるのですね。いってらっしゃいませ、旦那様、若奥様。頑張ってくださいね」

 唐突な質問に慌ててしどろもどろに答えた鋭時(えいじ)に対し、チセリは柔らかい笑みを浮かべてから再度お辞儀をする。

「いってきまーすっ、チセりんっ!」

「ああ、いってきます……」

 深々と頭を下げるチセリに向かってシアラが力いっぱい手を振り、シアラのもう片方の手にスーツの袖を掴まれた鋭時(えいじ)もチセリに向けてぎこちなく頭を下げてからテレポートエレベーターのパネルを操作した。



「どうしたんですかっ、教授っ?」

「何でもない……(おれ)達だけで行くって聞いたら引き止められると思ったから、少し肩透かしを食らっただけだ」

 1階に到着しても無言で(うつむ)いたままの鋭時(えいじ)に気付いたシアラが心配そうに尋ね、我に返った鋭時(えいじ)は予測を外した恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻く。

「考えすぎですよっ、教授っ! わたし達は試験に合格してるんですからっ!」

「そういうもんかな……どちらにせよ(おれ)達2人で行くしかないから考えても仕方の無い事だろうけどさ……」

 嬉しさを噛み締めて微笑むシアラに元気付けられた鋭時(えいじ)は、気を取り直すように再度頭を掻いてから正面玄関へと進んだ。



「あら? 今日はえーじ君とシアラちゃんだけでお出掛けなの?」

「おっはよーございますっ、ラコちゃんっ、シロちゃんっ! 今日は教授とデートなんですっ!」

 テレポートエレベーターから正面玄関へと向かう通路側面にある乙鳥(つばめ)商店の前でセイハと何やら話し合っていたヒラネに声を掛けられたシアラは、弾むような声でヒラネとセイハにあいさつしながら満面の笑みを向ける。

「そいつはよかったな、シアラ。王子(おーじ)様にたっぷり可愛がってもらうんだぞ!」

「もっちろんですっ、シロちゃんっ!」

「おーいシアラさん……デートじゃなくてZK(ズィーク)の駆除、お仕事に行くんだからね」

 スライム体で作った大きな手の親指を立てながら片目を瞑って励ましたセイハにシアラが全力で頷き、隣で聞いていた鋭時(えいじ)が疲れた様子でため息をついた。


「え? もしかしてえーじ君達の行先は【遺跡】なの?」

「いくら試験に合格したからって、まだ2人だけなんて危険だろ! ミサ(ねえ)は何を考えてんだよ!?」

 鋭時(えいじ)の言葉を聞いて驚いたヒラネとセイハは、そのまま鋭時(えいじ)を質問攻めにする。

「ヒラネさんもセイハさんも落ち着いてくれ……ミサヲさんは今日中に終わらせる必要のある仕事が出来て、それで2人だけで駆除に行く事に……」

「あはは……事情はだいたい分かったわ。そういう事なら仕方ないわね」

 反射的に半歩下がった鋭時(えいじ)がシアラと2人で【遺跡】に行く事が決まった経緯を説明すると、ヒラネが乾いた笑みを浮かべながら納得して頷いた。


「いいのかよ、ヒラ(ねえ)!? ここはアタシ達が着いて行って……うひゃぁ!?」

「ダメよ、セイちゃん。ワタシ達がえーじ君とシアラちゃんの手助けをするなら、グラキエスクラッチ清掃店の許可が必要よ。でも許可を出す店長のミサヲお姉様は今忙しくて、とても行ける状況じゃないでしょ?」

 鋭時(えいじ)達に助太刀するべくスライム体の服で身を包もうとしたセイハは突然背中に当てられた柔らかい感触に驚いて大声を上げ、セイハの背中に抱き着いたヒラネは耳元で甘く囁くように説得してから抱擁を解く。

「だからってヒラ(ねえ)、このままだと心配だぜ……」

「ご心配ありがとうございますセイハさん。でも(おれ)だって引き際くらいは弁えてるつもりだ、無茶をするつもりは無いぜ」

 抱擁から解放されて立ち直ってヒラネに抗議しようとしたセイハの言葉を遮った鋭時(えいじ)は、遠慮がちに頭を軽く下げてから出来る限りの微笑みを返した。


「分かったよ、ミサ(ねえ)が信じてるんだからアタシも信じるぜ……気を付けて行って来いよ、王子(おーじ)様、シアラ」

「がんばってね、えーじ君、シアラちゃん。いってらっしゃい」

 微笑む鋭時(えいじ)の眼光に強固な意志と自信を見たセイハが自分の手で頭を掻きながらスライム体で作った大きな手の親指を立て、セイハの後ろから隣へと移動していたヒラネも柔らかい笑みを浮かべながら手を振る。

「はーいっ! ラコちゃん、シロちゃん、いってきまーっす!」

「それじゃあ、いってきます」

 励ましながら見送るヒラネとセイハに向かってシアラと鋭時(えいじ)が手を振って返し、2人はそのまま凍鴉楼(とうあろう)を後にした。



「さて、ここからが本番だ。気を引き締めていくぞ」

「はいっ、本番に向けての本番ですねっ!」

 さしたる障害も無く到着した【遺跡】の入口で立ち止まって周囲に注意を払った鋭時(えいじ)の隣でシアラも強い意志を込めて頷き、鋭時(えいじ)は思わず気合が抜けそうになる。

「あのな……まあいい、そういう冗談が言えるくらいの余裕はあるって事だな」

「では教授っ、今日はわたしに索敵術式を使わせてくださいっ!」

 どうにか体勢を立て直して頭を掻いた鋭時(えいじ)が乾いた笑いを浮かべるが、シアラは気にも留めずに微笑みながらウサギのぬいぐるみを着物の袖から取り出した。


「そうだな……(おれ)もだいたいの感覚は掴んだし、ここは頼んでいいか?」

「わかりましたっ! ではヴィーノ、交代してくださいっ!」

 しばし考えてから承諾した鋭時(えいじ)に嬉しそうに頷いたシアラは、手にしたウサギのぬいぐるみを腰に付けたネコのぬいぐるみと入れ替える。

「ん?【反響索敵(エコーサーチャー)】はその服じゃなくても使えるだろ?」

「そうなんですが、ちょっと試したい事がありまして……でもご安心くださいっ、どの仔の結界服もツォーンと同じ強度に設定しましたからっ!」

 和服姿からメイド姿に変わったシアラに疑問を持った鋭時(えいじ)が尋ねると、シアラははにかむような笑顔を見せてからスカートの裾を摘まんで微笑んだ。


「確か普段着てる和服で、戦略術式にも耐えられる……んだったよな?」

「はいっ! でも教授が触った時だけは簡単に破けるよう設定してありますので、記憶が戻っても安心ですよっ!」

 以前聞いた説明を思い出すかのように手を顎に当てて聞いて来た鋭時(えいじ)にシアラは大きく頷きを返し、摘まんだままのスカートの裾を揺らして期待するような笑みを浮かべる。

「あのな……何を期待してるか知らんけど、仮に記憶が戻っても敵地のど真ん中でそんな事する訳無いだろ? いや、安全な場所でもしない……けど。そんな事よりZK(ズィーク)の駆除だ、食い扶持稼がないと記憶探しどころじゃなくなる」

「わかりましたっ、ではさっさと探して駆除しましょうっ!【反響索敵(エコーサーチャー)】!」

 疲れた様子でため息をついてから【遺跡】に来た目的を話す鋭時(えいじ)にシアラは頭を切り替えるように微笑みを返してから髪留めから伸びたウサギの耳のような飾りに意識を集中して索敵用の術式を発動し、2人は【遺跡】へと慎重に歩みを進めた。



「見つけましたよっ、教授っ! あの建物ですっ」

「ああ、分かってる。B型、ブレイズマーダーが5体……奴等は群れで固まる上にすばしっこいから、いつも通り二手に分かれるのは得策じゃないな……」

 何度目かの索敵術式発動後に原形を留めない程まで崩れたショッピングモールの僅かに残った1階の商店を指差したシアラに頷いた鋭時(えいじ)は、シアラと共有する索敵術式の追尾機能を確認しながら難しい顔で考え込む。

「では教授っ、建物ごと吹き飛ばしましょうかっ? わたしも新しい術式を色々と組み上げましたよっ!」

「そんな事したら、すぐ他の縄張りにいるZK(ズィーク)に気付かれるだろ? 最後の手段に取って置くんだ」

 メイド姿から和服姿に戻って様々な結界を操る日傘、メモリーズホイールを手に持ちながら微笑むシアラに、鋭時(えいじ)は静かに首を横に振って(たしな)めるように微笑んだ。


「ではどうしますっ? このまま近付いたらZK(ズィーク)はどちらかに偏りますよっ?」

「その場合狙われるのは(おれ)だろうな、だから(おれ)ひとりで中に入って駆除してくる。シアラは入口で待機しててくれ」

 提案を却下され不服そうな顔で質問して来たシアラに対し、鋭時(えいじ)ZK(ズィーク)の行動を予測しながら単独での突入を決定する。

「それでは教授が危険ですっ、やっぱりここはわたしが行きますっ!」

「落ち着けよ。あれ程度の数ならゲートで何度も駆除して来たんだし、策も手段も無い訳じゃない。それじゃ、行ってくるぜ」

 この世の終わりのような顔をして交代を提案して来たシアラを鋭時(えいじ)が手のひらを前に出して(なだ)めると、そのまま右腕を振ってスーツの袖に組み込んだ収納術式から取り出したアーカイブロッドを手にショッピングモールの中へと入って行った。


「あっ……仕方ありませんね……マハレタ、マフリク、ヴィーノ、お願いねっ」

 既にZK(ズィーク)の縄張りに入ってしまった鋭時(えいじ)に諦め交じりの笑みを浮かべて見送ったシアラは、手の甲まで伸びた和服の袖の中から取り出したヘビ、ヒツジ、ウサギのぬいぐるみを自分の周囲に浮かせながら鋭時(えいじ)の入った店の前まで移動した。



「まだ気付いてないな……【遮光暗幕(ブラックアウト)】……」

 ショッピングモール1階の商店跡に入った鋭時(えいじ)は、近くにあった小さい商品棚に隠れて索敵術式の追尾機能でZK(ズィーク)の動きを確認しつつ手にしたアーカイブロッドに意識を集中して術式を発動させる。


『ギギッ!?』

 術式発動と同時に出現した魔力の暗幕が広がって店内全体を暗闇に包み、割れた窓や壁の隙間からの明かりを頼りに商品棚を物色していたB型ZK(ズィーク)の集団が一斉に驚いた声のような奇妙な音を立てる。

「【圧縮空棍(エアロッド)】」

 身を隠した商品棚から顔を出してもZK(ズィーク)に気付かれないと確信した鋭時(えいじ)が小声で術式を発動し、アーカイブロッドの先端から黒い釣竿状のロッドを出現させた。


『ギギ?』

 【反響索敵(エコーサーチャー)】の追尾機能で正確な位置を把握した鋭時(えいじ)の伸ばしたロッドが1体のB型ZK(ズィーク)に当たり、突然後頭部にロッドの当たったZK(ズィーク)が呻き声のような音を短く響かせる。

「【瞬間凍結(フラッシュフリーズ)】」

『ギェッ!?』

 ロッドが当たった手応えを確信した鋭時(えいじ)が即座に術式を小声で発動し、ロッドが後頭部に当たっていたB型ZK(ズィーク)は短い悲鳴のような音と共に凍り付いた。


『ギギギー!』

(B型お得意の『火炎放尽(パイロクラージ)』を出すつもりか……【遮光暗幕(ブラックアウト)】は光を吸収出来るが熱までは消せない、次の駆除はこいつだ!)

 周囲の異変を確認するために棒状の手からB型ZK(ズィーク)特有の術式に似た火炎攻撃、『火炎放尽(パイロクラージ)』を発動しようとする1体に気付いた鋭時(えいじ)は、密閉空間における燃焼で起きる不測の事態を回避するために【瞬間凍結(フラッシュフリーズ)】の効果を残したまま手元に戻したロッドを再度伸ばしてZK(ズィーク)の額へと的確に当てて凍らせる。


『ギギャッ!』

 再度ロッドを手元に戻した鋭時(えいじ)は小さい商品棚の裏側を隠れるように回り込んで反対側へと移動してからロッドを伸ばし、まだ凍り付いていないZK(ズィーク)の頬に当てて凍らせてから手元にロッドを戻す。

『ギッ!?』

 再度商品棚の裏側を回り込んで元の位置まで移動した鋭時(えいじ)は、伸ばしたロッドをZK(ズィーク)の胸部表面で滑らせるように当てて凍らせた。


『ギッ、ギギッ!?』

(時間切れか!)

「【圧縮空筋(エアシリンダー)】!」

 暗幕術式の効果が切れると同時に窓から差し込んだ光に照らされた仲間の氷像に気付いて奇怪な音を立てながら身構えたZK(ズィーク)を確認した鋭時(えいじ)は、術式で作り出した釣竿状の武器の消滅を待たずに最後のZK(ズィーク)目掛けて術式を発動しながら飛び出す。

「【瞬間凍結(フラッシュフリーズ)】……これで終わりだ【共振衝撃(レゾナンスショック)】」

 スーツのズボン側面に沿って発動させた空気バネを利用して最後のZK(ズィーク)の背後を取った鋭時(えいじ)がアーカイブロッドの先端をZK(ズィーク)の襟首に突き立てた瞬間に凍結術式を発動して凍らせ、間髪入れずに発動した術式の衝撃波によって氷像となった5体のZKズィークが同時に粉々に砕け散った。


「【反響索敵(エコーサーチャー)】」

(ここから先は崩れててどこも入れない……他に入れそうな場所も無い……ここのZK(ズィーク)は今駆除した奴等だけか……昨日追加したマテリアルスケイル判別式も、いい具合に働いてる……)

 B型ZK(ズィーク)5体の駆除を確認してアーカイブロッドを左手に持ち替えた鋭時(えいじ)は目を閉じてから索敵術式を発動して魔力を帯びた超音波を放ち、反射して来た超音波の情報を読み取りながら冷静に周囲の状況を分析する。

「ヨシッ! 駆除は終了だ……!」

「教授ーっ、ご無事でしたかーっ!」

 周囲の安全を確信して閉じた目を開けた鋭時(えいじ)が肩の力を抜いた瞬間、弾むような元気な声が背後から襲って来た。


「結局来ちまったのかよ……持ち場に結界まで張ってやがるし……」

「えへへ……わたし、教授を守るって決めたんですからっ!」

 呆れた様子で振り向いた鋭時(えいじ)に微笑み掛けたシアラは、商店跡の入口付近に発動した結界術式を手にしたメモリーズホイールで制御しながら大きく胸を張る。

「今日は(おれ)だけだから何も言わないけどさ、次から持ち場を離れないでくれよ……この話はここまでだ、【破威石(はいせき)】とマテリアルスケイル拾って帰るとしよう」

「わたしに任せてくださいっ、教授っ! マハレタ、マフリク、ヴィーノ、お願いしますねっ!」

 小さくため息をついてから諭すように微笑んだ鋭時(えいじ)が気を取り直して撤退を決定すると、シアラは自分の周囲に浮かせていたぬいぐるみ達を鋭時(えいじ)が駆除したZK(ズィーク)の残骸となったガラクタの山に向かわせた。



(あ、そっか……手で拾うんじゃなくて収納術式に入れるから問題無いのか……)

「マハレタばかり見てどうしたんですかっ、教授っ? お気に召したのでしたら、初めての時はあの仔を着ましょうかっ?」

 ナース服に包まれてはいるが手の見当たらないヘビのぬいぐるみが【破威石(はいせき)】やマテリアルスケイルを回収する様子を眺めて静かに頷く鋭時(えいじ)に気付いたシアラは、和服の袖を口元に当てて恥じらう素振りを見せつつ小悪魔じみた笑みを浮かべる。

「そうじゃねえよ、ちょっと考え事をしてただけだ……それより回収が終わったら外の警戒を怠るなよ、別の群れと鉢合わせなんて御免だからな」

「りょーかいしましたーっ」

 期待に満ちたシアラの笑みに対して小さく首を横に振って返した鋭時(えいじ)が回収後の注意事項を伝えると、シアラは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。



「なかなかの収穫ですねっ、教授っ! もう少し【遺跡】を回ってみますかっ?」

「いや、さすがに駆け出し2人だけで【遺跡】の奥に行くのは危険だ。これだけの【破威石(はいせき)】があれば当座の食い扶持に困らないだろうし、予定通り引き上げるぞ」

 ショッピングモールから出て来てひとつの袋に纏めた【破威石(はいせき)】を確認してから元来た道とは逆の方向を見詰めるシアラに対し、先に外に出て周囲を警戒していた鋭時(えいじ)が静かに首を横に振ってから元来た道の方を指差す。

「わかりましたっ! ステ=イションに帰って、あのお庭に行きましょうっ!」

「あっ……ここはまだ奴等のテリトリーなんだし、慎重に行くぞー……」

 鋭時(えいじ)の決定に同意して大きく頷いたシアラが再開発区との境界線の方に向かって走り出し、鋭時(えいじ)は小声で注意を促しながらシアラを追い掛けた。



「【反響索敵(エコーサーチャー)】……ヨシッ! 危険は無いようだな……」

ZK(ズィーク)が【遺跡】から出た前例が無いけど、ここは慎重に戻るしか無いよな……)

 シアラに追い付いて先頭に立った鋭時(えいじ)は索敵ポイントに決めた場所まで移動してから索敵術式を使い、内心で自分を戒めながら慎重に移動する。



「【反響索敵(エコーサーチャー)】……ここもヨシッ!」

(200年近く経ってるのにこれだけ【遺跡】が残ってるなんて、後どれくらいのZK(ズィーク)が国内に残ってるんだ?)

 次の索敵ポイントに到着した鋭時(えいじ)が索敵術式を発動してから安全を確認すると、廃墟と化した周囲の建物を見回しながら思考癖を働かせ始めた。



「【反響索敵(エコーサーチャー)】……そもそもZK(ズィーク)と魔法の出現はほぼ同時期なのに、何でジゅう人だけ……」

「どうしたんですかっ、教授っ? 何か難しい事を考えてたようですけど……」

 続く索敵ポイントで索敵術式を発動した直後に考え事を口に出し始めた鋭時(えいじ)は、心配そうな表情を浮かべたシアラに袖を引かれて我に返る。

「すまない、また考え事が口に出てたのか……どうにも(おれ)の悪い癖だな……」

「いいじゃないですかっ、考えてこその教授ですっ! はいどうぞっ!」

 周囲を見回した鋭時(えいじ)が気恥ずかしそうに頭を掻くと、柔らかく微笑んだシアラがネコのぬいぐるみから取り出した細い棒の先に付いた丸いものを鋭時(えいじ)の口の中へと突っ込むように入れた。


「んぐっ!? な……何だ? ああ、こいつは飴か?……確かシアラが最近お気に入りだって言ってた……」

「はいっ、乙鳥(つばめ)商店で買って来たヨーグルトキャンディですっ! いつでもわたしの魔力を回復できますし、棒付きだから教授のお口に入れる事もできますっ」

 突然口の中に広がった甘みと酸味に驚きながらもヨーグルト味のキャンディだと気付く鋭時(えいじ)を眺めていたシアラが嬉しそうに頷き、ネコのぬいぐるみに組み込んだ収納術式から包装紙でひとつずつ分けられた棒付きのキャンディを数本取り出す。

「シアラのお気に入りが増えたんだな……でもいいのかよ? 大事なキャンディを(おれ)がもらっちまっても……」

「欲を言えば今すぐわたしのおくちに入れてほしいですけどもぉ……それは教授が食べてくださいっ! 考え事と言えば甘いものですからっ!」

 口から取り出したキャンディをしばらく眺めていた鋭時(えいじ)が申し訳なさそうな顔で聞き返すと、目を閉じて口を開ける仕草をしてみせたシアラが小悪魔じみた笑みを浮かべてから無邪気な顔へと切り替えて優しく微笑んだ。


「ははっ……ありがとな、シアラ。この礼は必ず……」

「でしたら記憶が戻った時に……」

 気を落ち着かせて礼を述べてから手にしたキャンディを口の中へと入れた鋭時(えいじ)を見詰め続けるシアラは、恥じらうような表情で(うつむ)く。

「分かった、それ以上言うな……何かツケが貯まる一方だな……」

「えへへ……楽しみにしてますねっ、教授っ! そこの角を曲がれば、【遺跡】の出口ですよっ!」

「ああ、取り敢えず続きは戻ってからだ……」

 手のひらを前に向けてから疲れた様子で小さくため息をついた鋭時(えいじ)を嬉しそうに見詰めるシアラが辛うじて原形を留めた廃ビルを指差し、鋭時(えいじ)は諦めとも決意ともつかない顔で小さく頷いてから移動を開始した。



「よう久しぶりだな~、2人とも元気にしてたか?」

「はっ!? 何で署長がここに!?」

 【遺跡】と再開発区との境界線に立てられた車止めの柵を越えた直後に突然声を掛けられた鋭時(えいじ)は、思わず声を上擦らせながら声の主に聞き返す。

 驚き呆れる鋭時(えいじ)の視線の先には顎まで口髭を蓄えてグレーのスーツに身を包み、高さ1m程の円筒形の警備ロボットを複数台従えたステ=イション外周署の署長、真鞍畦三(まくらけいぞう)が立っていた。


「やっほーっ、クマさんっ! お久しぶりーっ!」

「おーいシアラさん、署長さんをあだ名で呼ばないの」

 片手を上げて真鞍(まくら)に気さくに挨拶したシアラに、ようやく気を落ち着けた鋭時(えいじ)が額に手を当てて注意する。

「元気にしてたか? お嬢ちゃん。今日は燈川(ひかわ)君とデートかね?」

「そのとーりっ! 楽しかったですよっ!」

 鋭時(えいじ)を気にする事無く笑ってシアラに挨拶を返した真鞍(まくら)が聞き返すと、シアラは弾むような元気な声で微笑みながら頷いた。


「ただの掃除だぜ……警察署長が事案を作り出さないでくれよ……」

「分かってるから機嫌直してよ、燈川(ひかわ)君。それにお嬢ちゃんはタイプサキュバスのジゅう人、れっきとした成人だ。連れ歩いてるくらいでしょっ引いたりしないよ」

 不機嫌な様子で首を横に振ってからシアラの回答を否定した鋭時(えいじ)に、真鞍(まくら)は頭を掻いてから茶化すような笑顔を返す。

「それはありがたい事で……で? 署長は何でこんな所に?」

「たまには現場に出ないと息が詰まるからね~」

 大袈裟に肩をすくめた鋭時(えいじ)が仏頂面のまま聞き返すと、僅かに顔の緩んだ真鞍(まくら)はスーツのポケットからマイルドセブンのソフトケースを取り出して1本咥えてからライターで火を付けた。


「ここが現場……? まさかと思うけどZK(ズィーク)絡みか……?」

「さすがにZK(ズィーク)じゃないよ、攻撃術式を使って盗みを働いた強盗団を再開発区まで追ってたら見失ってね。それで強盗共を探しながらここまで来たんだ」

 【遺跡】の近くが現場と聞いて慎重に質問する鋭時(えいじ)に、真鞍(まくら)は落ち着いた様子で【大異変】より以前の嗜好品の中でも偉業者が特に心を砕いて再現して復刻させた煙草の煙を吐き出しながら(なだ)めるように笑う。

「そういえば前にミサヲさん達が撃退した奴等が再開発区に潜伏してるって聞いた事があるな……でも署長が出張るほどの事件か?」

「署長と言っても左遷同然の身だからね、好きにさせてもらってるのさ」

 想定し得る最悪の事態は発生していないと理解して密かに安堵した鋭時(えいじ)が怪訝な様子で尋ねると、真鞍(まくら)は肩だけ回すように小さく伸びをしてから開き直ったような笑顔を見せた。


「何だかね……警察の皆さんも苦労が耐えないだろうな」

「そうでもないさ、むしろみんな羽を伸ばして活き活きと仕事をしてくれてるよ。警備ロボをダース単位で僕の護衛に付けてくれてるから心配も無いし」

 呆れた様子で小さくため息をついた鋭時(えいじ)に、真鞍(まくら)は遠い目をして居住区の方角を眺めてから自分の周囲にいる警備ロボットを紹介するように両腕を広げる。

「何か悲しくないか? それ」

「まあそう言うな、こんなのは持ちつ持たれつなんだし。それより強盗団はどこに潜伏してるか分からん上に攻撃術式で武装してる、お前さん達も充分に気を付けて帰るんだぞ」

「ああ、こっちでも何か分かったら連絡するよ」

 思わず肩で小さく笑う鋭時(えいじ)に愛想笑いを返した真鞍(まくら)がひと呼吸置いてから真剣な眼差しを向けると、鋭時(えいじ)も真剣な表情に戻って警察への協力を約束した。


「協力感謝する。デートの最中にスマンな」

 頼もしい味方を得たように強く頷いた真鞍(まくら)は、そのまま顔を崩して茶化すような笑顔を向ける。

「だからそんなんじゃねえ!」

「いーじゃないですかっ、教授っ! クマさん、またねーっ!」

 顔を僅かに赤らめて否定した鋭時(えいじ)のスーツの袖を掴んだシアラがもう片方の手で真鞍(まくら)に手を振り、2人は居住区に向かって横に並んで歩き出した。



「無事とーちゃくっ! 何事も無くてよかったですねーっ」

「強盗団を警戒しながら移動したから思ったより時間を食ったけどな……早いとこ【破威石(はいせき)】を換金しに行こうぜ」

 居住区入口の大鳥居型ゲートを抜けて大きく伸びをするシアラに、鋭時(えいじ)は疲れた様子で完全に舐め終えたキャンディの棒を近くの屑入れに捨ててから警察署の脇に建つ換金所を親指で指し示す。

「わかりましたっ、早くあのお庭に行きましょうっ! 教授と出逢ってから毎日が夢のようですっ!」

「ったく勘弁してくれよな、(おれ)には何も無いのにさ……」

 満面の笑みを浮かべて頷いたシアラが身も心も弾ませながら駆け出すと、鋭時(えいじ)は自嘲気味に呟きかけてから言葉を止めた。


「いや、ひとつだけあった。ステ=イション……(おれ)がここの名前を知ってたのは、(おれ)が本当にシショクの12人の生まれ変わりだからなのか?」

 過去の一切を失った自らが思い出した唯一の記憶、鋭時(えいじ)はその理由を考えながらシアラの後をゆっくり歩いて追いかけて行った。

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