第41話【新時代のこけら落とし】
掃除屋の最終試験に合格した鋭時とシアラは翌朝、
【遺跡】へと向かうべく居住区のゲートまで来ていた。
「考えてみりゃ、ここに来るのも1か月振りなのか……しかも昼間は初めてだし、なんだか新鮮に見えるな」
「はいっ! 教授に腕を引いていただいてゲートを通ったのが、まるで昨日の事のようですっ!」
ステ=イション居住区の大鳥居型ゲートを複雑な表情で見上げる鋭時の横に立つシアラが、恥じらうような笑みを浮かべてから鋭時のスーツの袖を掴む。
「あの、シアラさん。私のメモリーには、シアラさんが鋭時さんの袖を引いたとありますが……?」
「そう……でしたっけ、レーコさんっ? ま、まあ……過ぎた事よりも未来の事を考えましょうっ!」
「あのな……」
後ろから困惑した表情を映し出して声を掛けて来たレーコさんにシアラが小首を傾げてから誤魔化すように満面の笑みを浮かべると、鋭時は額に手を当てて静かに首を横に振った。
「2人とも初陣ではしゃぐ気持ちは分かるけど、あまり浮かれ過ぎんなよ~」
「別にはしゃいでる訳じゃ……いや、ここから先に俺の安全と命を保障するもんは何もねえんだったな……」
呆れた様子で後ろから近付いて来たミサヲに鋭時は反論しようとするが、厳しい表情で短く首を横に振ってから居住区の外にある状況を自分に言い聞かせるように静かに呟く。
「そんな緊張すんなよ、こいつはあたしから2人に合格祝いだ。ドライスケイルとロックスケイルをベル兄さんの店に持ち込んで作ってもらった特注品だぜ」
緊張をほぐすように微笑んだミサヲは手にした紙袋の中から、中心の円から外に向かって幅の広くなった直線が等間隔で16本描かれた模様を打ち出した金属板を取り出して鋭時とシアラに手渡した。
「この紋様は……! もしかしてトリニティシェードなのか!?」
「ミサちゃんとおそろいの手甲ですねっ、教授っ!」
大鳥居型のゲートや周囲のビルに飾られた魔除けの紋様と見比べて驚く鋭時に、金属板の裏側にあるベルトを確かめていたシアラが嬉しそうに微笑みかける。
「まあ、な……鋭時もシアラも術具持ってるけど、初陣を迎える新入りにこいつを渡すのがうちの店の慣習なんだよ。他にいい方法が浮かばなかったし、とりあえず受け取ってくれ」
「ありがとうございます、ミサヲさん! こいつに防御術式を組み込めば、もっと戦術の幅が広がるぜ!」
羽織った赤いサテン生地のジャンパーの左袖を捲ったミサヲが腕に付けた手甲、トリニティシェードを見せながら気恥ずかしそうに指で頬を掻いて笑うと、鋭時は受け取ったばかりのトリニティシェードを左腕に取り付けてから捲った袖を戻して礼を返した。
「でも鋭時は、自分で防御用の指輪作っちまったんだろ? ちょっとタイミングを外しちまったかな……」
「むしろいいタイミングですよ、身を守る術具は多いに越した事は無いんで」
鋭時の右手人差し指に嵌められた飾り気の無い黒い指輪を見ながら気まずそうに頭を掻くミサヲに、鋭時は指輪と手甲の馴染み具合を確認するかのように伸ばした両手を数度振ってから気恥ずかしそうに頭を掻く。
「そう言ってもらえると嬉しいぜ、ここを抜けたらいよいよ実戦だからな。ドクと万全の注意を払ってるが、何が起きてもおかしくねえから2人とも気を抜くなよ」
「もちろんですっ、ミサちゃんっ! 教授は絶対にわたしが守りますからっ!」
「ああ、俺も守られてばかりじゃないところを見せてやらないとな」
自分の選択が間違っていなかったと確信して微笑んだミサヲに近寄ったシアラが着物の右袖を捲って腕に取り付けたトリニティシェードを見せると、鋭時は優しい眼差しをシアラに向けつつ気合を入れるように右手のこぶしを強く握りしめた。
「それはボクも興味あるな、是非お手並み拝見と行こうじゃないか」
「おいドク! あまり鋭時を困らせんじゃねえぞ!」
「ミサヲさんの言う通りですよ。マスターは好奇心を自重してくださいね」
出発の気配を感じて少し離れた所から興味深そうに近付いて来たドクにミサヲが大声で釘を刺し、続けてレーコさんが厳しい表情を映し出しながら強い口調で注意する。
「これは剣呑、2人のサポートはキチンとさせてもらうよ」
「頼りにしてるぜ、ドク。さあ、出発だ!」
大袈裟に身をすくめる仕草をしてから自信に満ちた表情で頷いたドクに満足したミサヲが号令し、一行は居住区と外界を隔てる大鳥居型ゲートを抜けて行った。
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「【反響索敵】……今度は当たりだ。と言ってもK型が4体だけか……」
さしたるトラブルも無く再開発区を抜けて【遺跡】に入り、2階から上の部分が無くなった廃ビルの近くで右手に持ったアーカイブロッドの先端から数度目の索敵術式を使った鋭時は、ようやく駆除すべき対象の異界の潜兵、通称ZKを見付けて安堵しながらも疑問が入り混じったような表情を浮かべる。
「DDゲートは観測データより多めに設定されてるし、鋭時君が初めて【遺跡】に入った時のようなケースには遭遇しないよ。普段の現場は多くてもこれくらいだ」
「そいつはありがたい、でも油断する気は無いぜ」
鋭時の疑問の意味を察したドクが訓練と実戦の違いを簡単に説明すると、鋭時は軽く安堵したような表情を浮かべながらも緊張感を保った様子で右手に持っていたアーカイブロッドを僅かに強く握りしめた。
「いい顔になったな、鋭時……自動追尾式をあたし達と共有出来るとか、2人とも大した術式を考えたもんだよ」
「えへへ……教授と何度も改良を重ねましたからっ! 教授と初めての共同作業でできた愛の結晶ですっ!」
スリングベルトで肩に掛けたボルトアクション式のライフル銃を模した放電銃、ミセリコルデを構えながら新たな索敵術式の完成度に感心するミサヲに、シアラが満面の笑みを浮かべながら術式の作成経緯を説明する。
「おーいシアラさん、そういう誤解を招く言い方は余りしないでねー……」
「いいじゃねえかよ、別段間違ってる訳じゃ無いんだし。それに、記憶が戻ったら本物の愛の結晶をこさえるのがシアラ達と鋭時の役割なんだからさ」
「ははっ……これはもうどうにもならんな……まずは目の前の役割に集中だ」
全身に張り詰めた緊張感を瞬時に崩されて額に手を当てた鋭時に対してミサヲが悪戯じみた笑みを浮かべながら最も重要な目的を再確認すると、鋭時は邪念を吐き出すように乾いた笑いを浮かべてから命懸けの戦場に赴く空気を纏い直した。
「ところで鋭時さん、索敵術式を使ってもよろしかったのですか?」
「大丈夫だよ、レーコさん。索敵は俺から言い出したんだ、実戦での魔力消費量を体で覚えておきたかったからね」
再び緊張感を損なわないよう真剣な顔を表示して話し掛けて来たレーコさんに、鋭時は余裕を持った表情を浮かべながら率先して魔力を消費した理由を説明する。
「なるほど、鋭時君らしい考えだ。魔力にはまだ余裕はあるんだろ?」
「もちろんだ、DDゲートと何も変わらねえ」
レーコさんの隣で感心しながら頷いたドクが何も心配が無い様子で質問すると、鋭時はアーカイブロッドを廃ビルに向けながら余裕のある表情を浮かべた。
「上出来だ鋭時、訓練の立ち回りを忘れんな。それでどうすんよ、ドク?」
「数は同じなんだし、1人につき1体を駆除するのがちょうどいいだろう」
「おいおい、あたしらのサポート無しでシアラ達に駆除させる気かよ?」
程よく緊張した鋭時の顔を見て力強く頷いてから作戦を確認したミサヲにドクが各個の駆除を提案すると、ミサヲはあからさまな表情で難色を示す。
「鋭時君もシアラさんもDDゲートの訓練を潜り抜けたんだ。1体相手なら後れを取らないし、万一の場合でも間に合うくらいの実力はあるよ」
「でもよ……」
「これからのミサヲさんの仕事は2人を信じる事だよ。【反響索敵】の追尾効果が切れる前に、誰がどのZKを駆除するか決めよう」
鋭時とシアラの能力を冷静に評価するドクにミサヲは尚も難色を示すが、ドクは窘めるように微笑んでから廃ビルの方へ顔を向けた。
「分かった……ここはドクの悪知恵に乗るぜ。シアラと鋭時もそれでいいな?」
「もちろんですっ!」
「こっちもオッケーだ」
諦めながらもドクの出す最適解を期待して頭を掻いたミサヲに、シアラと鋭時が同時に同意する。
「やれやれ……すっかり悪知恵で定着したようだね。気を取り直して……ここから近い2体をミサヲさんとシアラさんで駆除し、少し離れた2体を鋭時君とボクとで駆除しよう。これならミサヲさんはシアラさんをサポート出来るはずだ」
「上等だ、さすがはドクだぜ。そうと決まったら行くぞ、シアラ」
小さくため息をついたドクがZKの位置を確認しながら二手に分ける作戦を提案すると、すっかり機嫌を戻したミサヲはシアラの方を向いて優しく微笑みかけた。
「わかりましたっ。では教授っ、またあとでっ!」
「ああ、気を付けて行って来いよ。俺達も行こうか、ドク」
軽く振り向いてから廃ビルに向かって慎重に歩き始めたミサヲを追い掛け始めたシアラに、鋭時も軽く手を振ってから【反響索敵】で探し当てた廃ビルの通用口に向かって歩き出す。
「そうだね、鋭時君。すまないがレーコさん、入口で周囲の警戒を頼むよ」
「かしこまりました、マスター」
鋭時の方を向いて頷いたドクがレーコさんに頼み事をしてから歩き出し、丁寧な仕草でお辞儀をしたレーコさんを背に一行は廃ビルへと入って行った。
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「さて、ここからが本番だ……行けるな、シアラ?」
「もちろんです……」
廃ビル正面玄関から物陰伝いにZKのいる広間らしき場所に辿り着いたミサヲとシアラは、白骨状の物質とガラクタが寄り集った体にナイフのような鉤爪とバネのような脚を持つ歪な人型の怪生物、K型ZKを2体目視して互いに小さく頷く。
「分かった……あたしが右、シアラが左でいいな? 行くぞ!」
「りょーかいです……【隠形結界】」
再度物陰から顔を出したミサヲが人差し指を向け駆除の分担を決めてから自分の標的が背中を向けると同時にミセリコルデの槓桿を素早く引いて戻しながら構えて駆け出し、続いてシアラも腰に付けたネコのぬいぐるみから結界を操作する小型の日傘型術具、メモリーズホイールを取り出して術式を発動した。
『ギ? ギギッ!』
「遅い!」
背後からの気配を察したK型ZKが鉤爪を構えながら振り向こうとするが、既にZKの背中に取り付いていたミサヲがミセリコルデの銃口をZKの首筋に白骨状の外殻の上から突き付ける。
『ギギ? ギギギ……!』
そのままミサヲがミセリコルデの引金を引くと同時にバチッと言う放電音と共に電光がZKの首を貫き、ZKは焼き切られた頸部バイパスから広がるように全ての白骨状の外殻が灰のように消え去ってガラクタだけが床に散らばった。
『ギギ!?』
「こっちですよっ【幻挿咫】!」
突如消えた仲間に気付いたもう片方のZKが咄嗟に鉤爪を振り上げるが、結界によって完全に気配を消しつつ背後に現れたシアラが手にしたメモリーズホイールを先端に猫の前足のような飾りの付いた金色に輝く短いステッキに変えながらZKの頭の高さまで跳び上がる。
『ギギ……!』
着地すると同時に手にした金色の猫の手ステッキを指で回して逆手に持ち替えたシアラがステッキの先端をZKの襟首に突き立てた瞬間に先端に当たる猫の手から爪を出し、高密度の結界で生成された爪によって頸部バイパスを破壊されたZKは同じくガラクタを残して灰のように消え去った。
「ふぅ、こっちも終わりましたねっ……教授はっ!?」
駆除対象の消滅と周囲の安全を続けて確認したシアラは、共有効果の続いている【反響索敵】の追尾機能に意識を集中させる。
「大丈夫だろうけど、【破威石】拾い終わったら見に行ってみるか?」
「もちろんですっ! マフリク、マハレタ、ヴィーノ、お願いしますねっ」
足元に散らばった鈍く光る黒い結晶、【破威石】のひとつを手に取ったミサヲがビルの奥を親指で指し示すと、シアラが力強く頷くと同時に着物の袖から出て来たヘビ、ヒツジ、ウサギのぬいぐるみが床に散らばった【破威石】の回収を始めた。
▼
「流石はミサヲさん達だ、もう駆除が終わってるよ」
「こっちは向こうより少し距離があるからな……こっちも早く終わらせようぜ」
【反響索敵】の追尾機能を通じてミサヲとシアラがZK2体の駆除を終えた事を確認したドクと鋭時は、廃ビルの外壁伝いに辿り着いた扉の無くなった通用口から中を慎重に覗き込む。
「もちろんだ。ここなら吸着擲弾かな? ボクは奥の方を駆除するから、鋭時君は手前のを頼むよ」
「任せろ、【凍結針】」
多重次元収納装置、Lab13から様々な薬品を撃ち出すショットガン型のレールガン、リニアショットTTRを取り出したドクが黄土色の液体が入った短い試験管を1本装填してから片眼鏡型の立体映像、Tダイバースコープを起動して通用口から見える短い廊下に佇むZKの1体に狙いを定めると同時に、鋭時も背を向けて佇む残り1体のZKにアーカイブロッドで狙いを定めて滑り込むように廃ビルの中へと入って術式を発動した。
『ギギ!?』
「【瞬間凍結】」
周囲の熱を奪う魔法の針、【凍結針】が後頭部に軽く刺さって突然凍り付いた頭部を鉤爪で抱え込むように押さえながら震えるZKに近付いた鋭時は、刺さった針を押し込むようにアーカイブロッドの先端を当てながら接触した対象の熱を奪う術式を発動してZKの全身を凍らせる。
『ギ……ギギッ……!』
「【共振衝撃】……ま、こんなもんかな」
全身の凍結に抵抗するように奇怪な音を立てていたZKの全身が沈黙に包まれ、続けて鋭時はアーカイブロッドの先端から強烈な衝撃波を浴びせて氷像となったZKの全身を粉々に砕いてから周囲を見回した。
「なるほど、数が少なければ針の術式で充分って訳か」
「まあな、こっちの方が僅かだけど消費魔力が少ない……当然って言うか、ドクはもう駆除してるんだな……」
仮初とは言え無数の死線を乗り越えて来た鋭時の危なげない駆除に感心しながら近付いて来たドクに、鋭時は余裕の表情で答えてからドクの受け持ったZKが既に消えている事を確認する。
「ああ。万一に備えてサポート出来るように、と思ってね。そろそろミサヲさんとシアラさんもこっちに来るはずだ」
「ありがたい話で……【破威石】でも拾いながら待つか……って、結構ガラクタが残ってんな……」
リニアショットTTRと入れ換える形でLab13から取り出した弾丸状に圧縮した空気を撃ち出す拳銃、ソニックトリガーを携えたドクがTダイバースコープ越しにビル内部を確認する中、鋭時は駆除を終えたZKの立っていた場所に近付いてから呆れるように呟いた。
「DDゲートのZKは【破威石】だけしか落とさなかったけど、実戦では都市から削り取って体に貼り付けた残骸も残るんだ」
「都市の……それってもしかして」
訓練には取り入れなかったZKの生態をドクが説明すると、手にしたガラクタを眺めていた鋭時はドクに驚愕とも質問ともつかない表情を向ける。
「その通り。ZKに奪われた人類の遺産の欠片、マテリアルスケイルだよ」
鋭時の疑問を察したように近付いたドクは、手近なガラクタをひとつ拾ってから正解を言い渡すように大きく頷いた。
「そっか……名前から鱗みたいな形してると思ったけど、色々な形があるんだな」
「スケイルって呼んでるけど、体に貼り付いてる程度の意味で形状は様々なんだ。ちょうどいいから回収がてら説明しようか?」
疑問が確信へと変わって感心しながら手にした黒い板状の木片を眺める鋭時に、ドクはマテリアルスケイルの簡潔な説明しながら細かい説明を提案する。
「何か思い出せるかもしれないな……以前に聞いた話だと、確か色んな研究の材料になるんだったか?」
「その通りだ。【大異変】前の出来事を調べる資料として買い取ってもらえるし、直接加工する事もある。ただし、加工は専門の業者に頼まないとただのガラクタになってしまう事もあるから要注意だよ」
新たな手掛かりに興味を持った鋭時が以前に聞いた説明の内容を思い出しながら聞き返すと、頷いて正解を言い渡したドクは居住区におけるマテリアルスケイルの用途から説明を始めた。
「肝に銘じとくぜ、それにしても俺の【瞬間凍結】と【共振衝撃】を食らっても壊れないんだから大した硬さだな……」
「ZKの体に張り付いた建材や精密機器などの様々な物質が外殻を構成する白骨状組織に取り込まれてから一定の力で圧縮され、駆除した後でも白骨状組織の崩壊に巻き込まれずに残ったものをマテリアルスケイルと呼ぶんだ」
用途と加工時の注意点の説明を聞きながらマテリアルスケイルの強度に感心する鋭時に答えるように、ドクはマテリアルスケイルが生成される過程を説明する。
「なるほどね……武器や防具に使われるのも納得の硬さって訳だ」
「そういう事だ、じゃあ説明を始めようか? まずアーカイブロッドにも使ってるメタルスケイル。複数種類の金属が無作為に混ざり合った合金として様々な分野で使われてると以前も説明したが、他のマテリアルスケイルと違う点は白骨状組織の圧縮度合いで合金の精度がまるで変わる事だね」
マテリアルスケイルの強度の理由を理解した鋭時が手にしたアーカイブロッドやスーツの袖を捲って受け取ったばかりのトリニティシェードを感心しながら眺めていると、ドクは鋭時の持つアーカイブロッドを指差して使用している素材の特徴を簡潔に説明した。
「だから研究材料になるのか、ZKを駆除するたびに新しい合金が出て来るも同然だもんな……そういやこっちのトリニティシェードに使ってる素材は?」
「ふむ……トリニティシェードに使われてるドライスケイルはちょっと特殊でね、金属のようにも見えるけど複数の物質が複雑に混ざり合って温度の変化に耐久性があるんだ。特殊な加工を施せば相当な耐火、防寒、絶縁効果を持つけど、いまだに工場での再現は出来ずにZKから入手するのみとなってるんだ」
手にしたアーカイブロッドを感心するように眺めてから左腕に付けたトリニティシェードを顔の高さにまで持ち上げて質問して来た鋭時に対しドクは静かに頷き、トリニティシェードに使われている素材の特異な性質と希少性を説明する。
「こいつはそんなに貴重なのか……」
「ああ、うちの店の金庫に入ってたのを使ったぜ」
説明を聞き終えた鋭時が言葉を失った様子で左腕に付けたトリニティシェードを眺めていると、廃ビルの奥に当たる前方からミサヲの声が飛んできた。
「おっと……!? ミサヲさんか……シアラも大丈夫だったか?」
「はいっ! 教授もご無事で何よりですっ!」
「ドクが付いててくれたからな……って、わりぃドク。説明の続きを頼めるか?」
声の主であるミサヲと隣に立つシアラの無事を確認して密かに安堵した鋭時は、軽く深呼吸してから頭を掻いてドクの方を向く。
「ドクの説明って、今までの流れから察するにマテリアルスケイルか?」
「その通りだ、ミサヲさん。以前に説明するって約束したからね」
「だったら、あたしからも説明の続きを頼んだぜ。ドクが変な事を吹き込まないか見張っといてやるよ」
周囲の状況や鋭時の様子を見て推測したミサヲの質問にドクが軽く頷いて答え、ミサヲも軽く頷き返してから近くの壁に寄り掛かった。
「ははっ……ドライスケイルの途中だったかな? ミサヲさんからも聞いた通り、ドライスケイルはそれぞれの店の金庫に仕舞い込む程に希少なんだ」
「そうだぜ、鋭時。あたしもこの稼業に転がり込んでから大分経つけど、駆除したZKから見付けたのは1度しか無いんだ」
壁から飛んできた厳しい視線に肩をすくめながらドライスケイルの希少性を補足説明したドクに続き、ミサヲが自身の経験を語りながら補足を重ねる。
「何せどの型のZKが落とすかなんて見当も付かなければデータも無い、取り込む材料に何を使ってるのかも分からない、と……ないない尽くしの代物だよ」
「そんなに貴重なものをわたし達にくれたんですかっ!?」
更に補足を重ねるようにドクが研究者視点における未解明な部分を説明して肩をすくめると、鋭時の隣に移動していたシアラが右腕に付けたトリニティシェードに触れながら驚いた様子でミサヲの顔を見上げた。
「あたし達掃除屋の目的は土地を取り戻す事で、素材を貯め込む事じゃねえんだ。シアラと鋭時の命を守れるなら安いもんだぜ」
「ミサヲさんの言う通り、どのマテリアルスケイルも次世代の掃除屋達を守る為のものだ。もし運良く見付けても、自分の懐に入れずにミサヲさんに渡すんだよ」
シアラに優しい笑みを向けながら掃除屋の矜持を説明したミサヲに続き、ドクも未来を見据えた掃除屋の不文律を説明する。
「分かったぜ、ドク。そういやミサヲさんから受け取った時に聞いた話だと、このトリニティシェードにはもうひとつマテリアルスケイルを使ってたよな……?」
「ロックスケイルか? こいつはZKに付いた石が……やっぱりダメだ、あたしに説明は向いてない。ドク、続きを頼んだぜ」
掃除屋の目的に則ったルールに納得してから頷いた鋭時がトリニティシェードに使われている素材を思い出して呟き、横から説明を始めたミサヲが途中で断念してドクに説明を投げ出した。
「やれやれ……特定の石材を圧縮したロックスケイルは圧力を分散する特殊構造になってるけど、加工次第で効果が何倍にもなるんだ。だから武器や防具の補強材に使われてるんだよ」
「じゃあドライスケイルやロックスケイルを身に付けたZKには攻撃が通りにくくなるのか? そんなのDDゲートのZKにはいなかったぜ?」
僅かに浮かべた期待を消し去るように小さくため息をついてからミサヲの説明を引き継いだドクに、鋭時は訓練装置での出来事を思い出しながら質問を返す。
「その通りだよ。今までに観測されたマテリアルスケイルの全効果を再現してからZKの体にランダムに配置し、白骨状組織の外殻よりも破壊が困難になる仕掛けになってたんだ」
「つまりガラクタではなく外殻を正確に狙う訓練でもあったわけか……」
「鋭時君の場合は拒絶回避という卓越した反射神経のおかげで確実に狙えてたし、シアラさんの場合は結界のギフトで組み上げた術式で的確にマテリアルスケイルを避けてたけど、普通は外殻を狙う技術を身に付けるのに長い時間を要するんだ」
楽しそうに頷いてから訓練装置に施された仕掛けを明かしたドクに鋭時が意図を分析して感心すると、ドクは更に楽しむような表情を浮かべながら鋭時とシアラの能力を分析しつつ通常の訓練期間が長引く理由を説明した。
「あたしも先代の店長に随分しごかれたぜ。何せこのミセリコルデの放電は、ほぼ全種のマテリアルスケイルに弾かれるからな。それに比べたら2人とも短い期間で外殻を狙うスキルを身に付けるんだから見事なもんだぜ」
「ミサちゃんありがとうございますっ! 褒められちゃいましたねっ、教授っ!」
手にしたミセリコルデを懐かしむように眺めてから感心して微笑むミサヲに対しシアラは満面の笑みを返し、興奮をそのままに鋭時のスーツの左袖を掴む。
「あんま浮かれんなよ……俺達が最短ルートでここまで来れたのはドク達のおかげなんだからさ……」
「確かにドクの悪知恵は育成期間を短縮出来るが、それでも本人に素質が無ければどんな育成も意味がねえ。素質を見抜いたドクも凄いのは確かだけど、鋭時だって少しは自信を持っていいんだぜ?」
シアラの輝く瞳からの視線を躱すように小さく首を横に振ってから窘めた鋭時がドクの方へ顔を向けると、頭を掻いて同意したミサヲは同時に鋭時の素質を認めて片目を瞑りながら親指を立てた。
「ミサヲさんの言う通りだよ、鋭時君。ロジネル型居住区で記憶を封じられ続けて来た鋭時君が今までどんな目に遭って来たのか分からないが、ステ=イションでは歓迎に値する人間だ」
「歓迎ってのは繁殖用って意味で、じゃないのか?」
ミサヲに同意するかのように頭を掻いてから白衣のような黒服のポケットに手を入れたドクに、鋭時は本心を掴みかねて卑下とも皮肉ともつかない質問を返す。
「そいつは違うぜ。もし鋭時にA因子が無くても、普通に仕事が出来る人間として歓迎してたさ。鋭時はジゅう人と話が合うからな」
「前に話したけどステ=イションが……だーくめさんが居住を許可するのは文字の読み書きと四則の暗算が出来る最低限の教養と、人の目が無くても犯罪に走らない遵法意識と道徳観念を持つ人物だからね。この条件は人間性なんて陳腐な言葉より余程信用出来るよ」
静かに首を振って質問を否定したミサヲが鋭時の能力を評価すると、ドクも強く頷いてから持論を展開して肩をすくめた。
「ドクの言う通りだぜ。いきなり胸を張れなんて無理は言わないし、過去の記憶を思い出す事こそ重要だけどさ、少しは前を向いてもいいんじゃないか?」
「確か前にもシアラとセイハさんに似たような事を言われたな……これからは記憶が戻ってからの事も考えないといけないか……!」
ドクに同調するように頷いて微笑んだミサヲのアドバイスを聞いた鋭時が自分に向けられた期待について考え込もうとするが、突然ミサヲの背後に音も無く現れた着物姿の女性に驚いて言葉を詰まらせる。
「すいません驚かせて……皆様が戻るのが遅いので様子を見に来ました。そろそろ離れませんと、別のZKの群れに感付かれる可能性があります」
「ちと話し込んじまったか……おいドク、取るもん取ってズラかるぞ!」
どのような表情で迎えるべきかを無言で考え続けながら顔を引きつらせる鋭時に柔らかい物腰で頭を下げたレーコさんが所要時間の限界を伝えると、素直に警告を受け入れたミサヲが大声で撤退を決定した。
「それじゃ悪役だよ……今回はメタルスケイル3枚とカーボンスケイル……木材を取り込んだマテリアルスケイルが2枚、ってところだね」
「オッケー上出来だ。シアラ、鋭時、今日はもうステ=イションに帰るぞ」
肩で小さく笑いつつ鋭時の質問を遮るように簡潔に説明を織り交ぜて金属の塊と黒く変色した木片を手早く拾い集めたドクに満足したミサヲは、そのまま廃ビルの通用口を親指で指し示す。
「ほえ?【破威石】はこれだけで足りるんですか?」
「【遺跡】に来た最大の目的は鋭時の記憶だ。だが入ってすぐに戻るもんでも無い以上、じっくり腰を据える必要がある。今日は慣らし運転みたいなもんだ」
急に決定した撤収に戸惑うシアラがそのまま疑問を口にすると、ミサヲは優しい笑顔でシアラと鋭時を交互に見詰めながら自身の考え方に基づく方針を説明した。
「1回の駆除で入手出来る【破威石】で数日から数週間は暮らせるから大抵は間を開けて【遺跡】に入るんだけど、鋭時君の記憶に関しては日を置かずに入った方がいいはずだからね」
「そういう事だ。先が長いんだから余裕を持って事に当たるつもりだぜ」
補足するように本来のZK駆除業務と自分達の方針との相違点を説明したドクに強く頷いたミサヲは、そのまま通用口へ向かって歩き出す。
「こんなに早く現場から帰るなんて初めてのような気がするな……」
「何か思い出したんですかっ、教授っ!?」
「いや、漠然としたものだ。これから少しずつ思い出してみるよ」
撤収の理由に納得しながらも新鮮味を覚えて呟く鋭時にシアラが期待した様子で聞き返して来たが、鋭時は申し訳なさそうな表情で手を振ってからミサヲを追って通用口へと歩き出す。
「さっそく成果が出たみたいだが、無理はすんなよ。シアラも慎重に頼んだぜ」
「わかりましたっ! では帰りましょうっ!」
通用口を出た直後に振り返ったミサヲが満足した様子で力強く親指を立て、意を汲んで大きく頷いたシアラが鋭時の隣まで追い付いて優しく微笑み掛けた。
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【ようこそ換金所へ、破威石はこちらにどうぞ】
「それじゃあみんなの【破威石】をここに載せてくれ」
ステ=イション外周署の側面に建てられた換金所の中、黒い帽子とローブを身に着けた少女の姿をした案内用の立体映像が浮かぶATM型の換金装置の前に立ったドクが台座へと手を指し示す。
「全部まとめて換金するのか?」
「誰が何体駆除しても基本は山分けなんだ、数次第じゃ色も付けるけどな」
「完全歩合制だと無謀な駆除に出かねないし、最悪仲間の足を引っ張りかねない。だからと言って結果だけ平等にしようものなら、失敗国家の二の轍を踏むだけだ。まだ試行錯誤の最中だが、何とか上手く運用出来てるんじゃないかな?」
自分の駆除したZKから入手した【破威石】を台座に置きながら疑問を口にする鋭時にミサヲが報酬配分時のルールを簡単に説明し、続いてドクも現行のルールを採用した経緯を説明してから【破威石】を換金する装置の操作を始めた。
「そんな事より早く分け前寄越してくれよ、久しぶりに行きたい店があるんだ」
「また飲み屋巡りですか、ミサヲさん? 鋭時さんとシアラさんもいる事ですし、本日だけでも控えた方がよろしいのでは?」
装置の操作を終えたドクの横で報酬の引き渡しを急かすミサヲに、レーコさんが呆れた顔を表示しながら趣味の自重を進言する。
「固い事は言いっこなしだぜ、レーコさん。あたしも一応は弁えてたんだからさ。という訳で今日はここで解散だ、シアラと鋭時も店の鍵は渡してたよな? 明日の朝まで自由にしていいぞ」
「えー……っと。明日の朝、グラキエスクラッチ清掃店の店舗スペースに、今日と同じ時間に集合すればいいんですね?」
「そういう事だぜ、報連相もしっかりと出来てるじゃないか。それじゃゆっくりと楽しんで来いよー」
黙って差し出したドクの手から紙幣を数枚受け取って豪快に笑いながら手を振るミサヲに鋭時が翌日の予定を聞き返すと、ミサヲは真剣な表情で大きく頷いてから顔を崩して再度手を振りながら換金所を立ち去った。
「いってらっしゃーい、ミサちゃんっ! 教授っ、わたし達もルーちゃんを誘ってお庭に行きましょうよっ!」
「そう……だな」
弾むような声を上げてミサヲを見送ったシアラにスーツの袖を掴まれた鋭時は、歯切れの悪い様子で頷いてから遠慮がちにドクの方へ顔を向ける。
「ボクの事なら気にしなくていいよ? キミ達2人の預かりはあくまでミサヲさんだから。もちろん相談事があれば聞くけど、今回は行先も決まってるみたいだね。お疲れ様」
「まあ、な……シアラのお気に入りの場所だよ。じゃあ明日もよろしく頼んだぜ、ドク、レーコさん」
涼しい顔で業務の終了を伝えたドクが嬉しそうな様子で自分の出番が無い様子を察すると、鋭時は自信に満ちた表情を浮かべて軽く手を振った。
「またねマーくんっ、レーコさんっ、明日もよろしくお願いねっ! さあ教授っ、あのお庭に急ぎましょうっ!」
「だから袖を引っ張るなよ……」
興奮を隠さぬ様子で満面の笑みを浮かべながら手を振ったシアラは呆れる鋭時の袖を引いて換金所を出て行き、2人の初日の業務は無事終了した。