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第31話【愛しき禁忌】

昼食を取りながら【大異変】の考察を重ねた鋭時(えいじ)達、

その流れで決定した散策の目的地である博物館へと辿り着いた。

「ここが博物館? 随分と寂れてると言うか活気が無いと言うか……」

「普段ジゅう人はここに近付かないんだよ……用があっても建物より周囲の物陰がメインだぜ」

「物陰……? まさか!?」

 凍鴉楼(とうあろう)を出てからチセリの案内で小高い丘の中腹にまで辿り着いた人影のまるで見えない3階建ての建物の周囲を見回した鋭時(えいじ)にミサヲが先に続く階段を指差して悪戯じみた笑みを浮かべ、スーツの両袖をシアラとスズナに掴まれた鋭時(えいじ)は慌てて周囲を見回した。


「そんなに慌てんなよ、誰も鋭時(えいじ)を襲おうなんて思っちゃいないんだからさ」

「いや……何て言うか、他の人達のお邪魔……になるんじゃないかなって……」

 手招きするように手を縦に大きく振りながら笑うミサヲに、鋭時(えいじ)は言葉を慎重に選びながら再度ゆっくりと辺りを見回す。

「それにゃら心配ございません。ここの区画に住むジゅう人の夫婦は全組が出産を終えましたし、新たにN因子を活性化させたジゅう人も今のところいませんから」

「ありがとうスズナさん、確かにそれなら迷惑掛けずに済みそうだ」

 鋭時(えいじ)の懸念を察したスズナが周辺住民の状況を簡単に説明すると、鋭時(えいじ)は安堵のため息をつきながらぎこちなく微笑んだ。


「心配なら、ぼくが持って来た偵察ドローンで周囲を見回って来ようか?」

「いや待て、色々と待て。さすがにそれは本末転倒だろ……スズナさんの話で充分安心したから、そこまでしなくていいよ」

 後ろを歩くヒカルが鋭時(えいじ)達の前まで躍り出て収納術式を組み込んだサロペットの内側に手を入れ始めるが、鋭時(えいじ)は慌てて首を横に振って身を乗り出そうとする。

「分かったよ鋭時(えいじ)お兄ちゃん、ドローンは止めるね。それと周囲に生体反応は無いから安心していいよ」

「じゃあ今はわたし達だけの貸し切り状態ですねっ!」

「おーいシアラさん、(おれ)達の目的は博物館なんだからね……それにしても自分達が住んでる街の歴史が展示されてるってのに罰当たり……はちょっと違うかな、何て言えばいいんだ……?」

 収納術式に入れていた手を(ふち)の赤い眼鏡の蔓に当て直して操作をしてから微笑むヒカルにシアラが目を輝かせながら聞き返すと、鋭時(えいじ)は疲れた表情でシアラに釘を刺しつつ全く人の来る気配のない博物館周辺を呆れるように見渡した。


鋭時(えいじ)の言いたい事も分かるが、ちょいと複雑な事情があってね」

「事情?」

「旦那様が不思議に思うのも無理はございませんが、詳しい事は博物館の中で説明しますので、まずは入りましょうか?」

 複雑な表情で頭を掻いたミサヲに鋭時(えいじ)は疑問を口にし、チセリがミサヲに代わるようにお辞儀しながら博物館の入口へと手を差し向ける。

「そうだな、元からそれが目的だったんだし……チセリさん、よろしく頼んだよ」

「ここに教授の記憶の手掛かりがあるんですねっ! さっそく入りましょうっ!」

「だから袖を引っ張るなよ……建物は逃げないんだからさ」

 入館を促された鋭時(えいじ)が納得して頷くと同時にシアラがスーツの袖を力強く引いて博物館の入口へと向かい、鋭時(えいじ)は小さくため息をついて(たしな)めながら後を追うように歩き出した。



「言っちゃあ何だが、中は案外奇麗なんだな……」

「こちらの博物館は、専用のロボットが毎晩メンテナンスしていますので」

 自動ドアを抜けて驚きとも感心ともつかない表情で玄関ロビーを見渡す鋭時(えいじ)に、チセリがお辞儀してから受付近くの重厚な金属製の扉へ手を差し向ける。

「なるほど……そういう所はきちんとしてるのか……」

「何せこの博物館の建設にはシショクの12人が深く関わったんだ、今の技術でも再現不可能な技術が多数詰められてるって話だぜ」

 施設の整備が自動化されていると理解した鋭時(えいじ)が納得するように頷いて呟くと、応えるように大きく頷いたミサヲが施設の成り立ちを説明しながら親指を立てた。


「シショクの12人って確かステ=イションの創設者達だよな……? だとしたら相当古いのは分かるけど、他に人がいないのは分からないな……」

鋭時(えいじ)の疑問はすぐに分かるぜ、とりあえず先に進もうか?」

 さらに疑問へと深入りして考え込む鋭時(えいじ)に、ミサヲは奥に見える展示コーナーを親指で指し示す。

「ミサちゃんの言う通りですっ、教授っ! 中に入れば教授の知りたい事もきっと分かりますし、記憶も戻りますよっ!」

「分かったから落ち着いてくれよシアラ、博物館は逃げないんだからさ」

 展示コーナーに気付いたシアラが照明に誘われるように勢い良く歩き始めると、スーツの袖を引かれた鋭時(えいじ)が諦め交じりに(なだ)めながら移動を始めた。



「こいつは街並みの変遷を記録した写真か、魔法科学工場を中心に広がったのか。真ん中は国民救済プロジェクトチームの制服に第一世代のジゅう人が教育を受けた施設の模型か……ひと口に歴史と言っても色々あるんだな」

 六角形の部屋の壁に貼られた、工場群の写った写真から順に工場区画に高い壁を建ててから壁に沿うように複数のビルが立ち並ぶまでの写真をひと通り見て回った鋭時(えいじ)は、部屋の中央に並ぶ作業服のような服を着たマネキンやケースの中に入った建物の模型を見て感心するように何度も頷く。

「ところで教授っ、何か思い出せましたかっ!?」

「そういえばそうだったな……個人的な興味と別に、(おれ)の記憶に関わりがあるかもしれないんだった……ここまで歴史的な展示からはさすがに思い出せなかったよ」

 鋭時(えいじ)の隣で展示物を見ていたシアラが興奮気味に掴んだままのスーツの袖を強く引くと、鋭時(えいじ)は本来の目的を思い出しながらも自らの記憶に関する手掛かりが何も見付からなかった事を正直に伝えた。


「言われてみればそうでしたねぇ……わたしもちょっと焦ってたみたいですっ! 今度はあっちに行ってみましょうかっ!」

「だから袖を……スズナさん、大丈夫かい?」

 納得して沈めた顔をすぐに切り換えて入口と反対側の通路を目指すべくスーツの袖を引き始めたシアラに苦言を呈そうとした鋭時(えいじ)だが、反対側の袖を掴むスズナを思い出してさり気なく声を掛ける。

「大丈夫です、えーじしゃま。わたくしもシアラちゃんと同じ気持ちですから」

「それって……おわっ!? 展示物は逃げないから2人とも落ち着いてくれよ!」

 上目遣いで微笑み返したスズナがシアラと呼吸を合わせるように掴んだスーツの袖を引き始めると、驚いた鋭時(えいじ)は慌てて袖を引く2人のジゅう人を(なだ)めつつ歩みを速めた。



「シアラもスズナも張り切り過ぎだぜ……気持ちは分からなくも無いけどさ」

「そうですねミサヲお嬢様。もし旦那様の体に何も問題が無ければ、今夜の繁殖を心待ちにする微笑ましい光景ですのに……」

 繁殖本能を半覚醒させたジゅう人2人の怪力に翻弄される鋭時(えいじ)を見ながら複雑な表情で微笑むミサヲに、チセリも愛おしむように目を細めて眺めながらも本来あるべき行為に辿り着けないもどかしさからか浮かない表情へと変わる。

「確かにそうだな……チセリも行って来ていいんだぜ?」

(ワタクシ)凍鴉楼(とうあろう)の管理人にして旦那様の使用人、役割は充分弁えております。それよりミサヲお嬢様の方はよろしいのですか?」

 頭を掻いてから気を取り直すようにミサヲが微笑むと、チセリは胸に手を当てて自らの役割と矜持を答えてからミサヲに質問を返した。


「あんなに楽しそうな妹達を横から掻っ攫う訳にいかないだろ? それでなくともこっちには手の掛かるお転婆娘(いたずらこぞう)がいるんだからさ」

「ぷはぁっ……ミサヲお姉ちゃん苦しいよ……ここまでしなくても何もしないから放してくれよ……むぐっ……」

 隣の展示室へと消えて行くシアラとスズナを見て目を細めるミサヲの腕が緩むと同時にヒカルがミサヲの胸の谷間から顔を出して抗議するが、抵抗虚しくミサヲの腕に押さえ込まれて再度谷間へと顔を沈めて行く。

「ええ、今はそういう事にしておきましょう。ヒカル様のお世話は引き続きお願いしますね、ミサヲお嬢様」

「ああ任せろ、がんばって来いよ」

 手足をバタバタと動かし続けるヒカルを見て笑いを堪えたチセリが丁寧な仕草でお辞儀をしてから鋭時(えいじ)達の後を追うと、ミサヲはヒカルを押さえる腕と反対の手を振って見送った。



「ここは魔法発見と術式開発の歴史を展示してるコーナーか……さすがに対ZK(ズィーク)用術式の詳細までは載ってないよな……」

 前の部屋と印象が大きく変わった四角い部屋に入った鋭時(えいじ)は魔法元素発見時から術式開発までの写真や年代ごとの代表的な術具などを見て回るが、展示されている多くの術式の説明文が鋭時(えいじ)の予想通りと確認して力無く肩を落とす。

「先日もドクターから説明のあった通り、法定攻撃術式は無断での所持が禁止されています。術式の具体的な効果まで載せてしまいますと、それを糸口に開発されてしまう可能性がございますので詳細は伏せられております」

「確かにそうか……それにドクの話だと、(おれ)の魔力ではロクに扱えないんだよな。やっぱり、こっちの術から考え出すしか無いのか……」

 後ろからゆっくり近付いて来たチセリが術式の展示内容を制限する法的な理由を説明すると、鋭時(えいじ)は納得して頷いてからシアラの握るスーツの袖に目を落とした。


「教授っ、あちらにシショクの12人のコーナーがあるみたいですよっ!」

「そうにゃんですかシアラちゃん!? えーじしゃまも【陽影臥器(グリーフインキュベーター)】の資格を持ってますし、きっと手掛かりになりますよ!」

 展示コーナーの奥に見える案内板に気付いたシアラが鋭時(えいじ)のスーツの袖を引き、スズナも猫のような耳と2本の尻尾をピンと立てながら鋭時(えいじ)に声を掛けて反対側の袖を引き始める。

「そういや(おれ)のIDカードの資格欄にある【陽影臥器(グリーフインキュベーター)】はシショクの12人の別名だったし、何か思い出せるかも……だから引っ張らなくても大丈夫だよ、すぐ行くから」

「少々お待ちください旦那様、あちらの展示は(ワタクシ)に説明させてくださいませ」

 目を輝かせたスズナの言葉により自分が持つIDカードに記載されている資格を思い出した鋭時(えいじ)が考え込む間もなくシアラとスズナにスーツの両袖を引かれるようにして歩き出し、目を細めて微笑んだチセリが狼のような尻尾を左右に振りながら鋭時(えいじ)達の後を着いて行った。



「ここがシショクの12人のコーナー……? 本人達が建設に関わったにしては、別のコーナーに付け加えたようにあるんだな……」

「はい旦那様、こちらの展示が来館者の少ない理由でございます。最初は設計から建設に携わったシショクの12人の意向もあり、全く展示が無かったそうです」

 壁に据えられた大きな展示ケースに挟まれるように設置された台のような小さな展示ケースを見ながら疑問を呟く鋭時(えいじ)に、チセリは丁寧な仕草でお辞儀をしてから博物館建設当時のエピソードと共に来館者の少ない理由を説明する。

「そういう事か……第一世代のジゅう人からすれば恩人同然のシショクの12人に関する展示が無いんじゃ、誰も来なくなるよな……」

「ええ、それで急遽こちらのコーナーが追加されたらしいのですが、やはり評判はよろしくなかったそうで……」

 自分達以外に人がいない理由に鋭時(えいじ)が複雑な笑みを浮かべて頷き、チセリも同意するように頷いてから不満そうに展示物へと目を向けた。


「どれどれ……概要と以前シアラから聞いたシショクの願いが書かれたパネル……ものの見事に文字情報ばかりだな……それとこれは……【愛しき人間】?」

 写真や模型などが全く無い小さな展示ケースの中を半ば呆れた様子で眺めていた鋭時(えいじ)は、文字が書かれたパネルの下に置かれた小さな本に目が止まる。

「こちらの本はシショクの12人がステ=イションの歴史の中でただ1回、強権を持って発行禁止処分をした詩集の改訂版でございます」

「改訂版? じゃあこの本は出版されたのか?」

「はい、詩集の題名と掲載した詩に使用されていた文言を『人間』に変更した事で出版を許可されたのだそうです。著者が依施間(いせま)家初代当主と言うのもありまして、母様からもよく話を聞かされました」

 展示されている詩集とシショクの12人の関係をチセリから聞いた鋭時(えいじ)が質問を返すと、お辞儀して頷いたチセリが詩集の改訂から出版に至る経緯を説明した。


「少し変えただけで出版出来たのか……チセリさん、改訂前に使われてた言葉って何か分かるのかい?」

「申し訳ありません旦那様。忘れ去るのが最大の対処法である以上、例え旦那様といえどお答えする事は出来ません。ただシショクの12人が残した言葉によると、『ジゅう人が愛すべきは全ての人間であり、人間と手を取り合うジゅう人なのだ』とありますので、お察しいただけるかと」

「ああ、何となく分かった。ありがとうチセリさん」

 俄然興味を持って詩集に関する質問をした鋭時(えいじ)だが、深々と頭を下げたチセリの説明を聞いて改訂前に使われた言葉を推測してから微笑みを返す。

「そのせいなのか、ステ=イションでは大っぴらにシショクの12人を讃えるのが何となくタブーになってるんだ。シショクの願いに誓いを立てる時だけしか偉業を意識しないんじゃないかな?」

「わたしも学校でシショクの12人はジゅう人がこちらの世界に転移してきた時のステ=イションの統治者としか教えてもらってませんっ! ステ=イションに来て初めて創設者って聞いたくらいですっ!」

 いつの間にか後ろに来ていたミサヲが頭を掻きながらシショクの12人に関わるタブーと僅かに残った称賛の手段を説明すると、鋭時(えいじ)のスーツの袖から手を離したシアラがミサヲに近付いて上目遣いで興奮気味に新しく得た知識の感動を伝えた。


「そこまで情報が伏せられてるのか……シショクの12人って何者だったんだ?」

(ワタクシ)も学生時代に何度か調べようと試みましたが記録も少なく、『シショク』と言う名にどのような字を当てていたのかさえも解き明かせませんでした」

 自由の戻った右手を顎に当てながら考え込み始める鋭時(えいじ)に、チセリも狼のような耳と尻尾を垂れ下げながら皆無に等しい成果を説明する。

「デパ地下を巡った仲良しグループじゃないのだけは確かだろうけどさ、ちょいと情報が少なすぎるぜ」

「ミサヲお嬢様ったら、また学生時代のご冗談を……ですが収穫が無かった訳でもございません。こちらの展示ケースの中に隠されていたシショクの12人に関する情報を発見しましたので」

 腕組みしたままのミサヲが冗談めいた笑顔を浮かべながら徐々に顔を沈めると、手を口に当てて思い出し笑いを堪えたチセリが自信に満ちた表情に変わって小さな展示ケースに手を差し向けた。


「なんだって!? そんなの初耳だぞ! 何で教えてくれなかったんだよ?」

「あら? 以前こちらの博物館にミサヲお嬢様をお誘いして、断られましたよ?」

 思わぬ収穫を聞いて驚くミサヲだが、チセリは柔らかく微笑んで受け流す。

「そうだったか? まあいいや、それでどんな情報なんだ?」

「口で説明するよりは実物をご覧いただく方が早いでしょう、今から仕掛けを起動しますので少々お待ちください」

 誤魔化すように頭を掻いたミサヲがそのまま質問すると、慣れた様子で微笑みを返したチセリが展示ケースの台座の隙間に手を入れてボタンらしきものをいくつか押し始めた。


「これはシショクの12人……のうち6人の立体映像……? 何でこんな所に?」

(ワタクシ)の推理では、おそらく第一世代のジゅう人達が後の世にシショクの12人を語り継ぐために、本人達の目を盗んで集められる限りの情報を集めて収めたのではないかと思います」

 しばらくして展示ケースの上に円を描くように現れた人間の姿をした6つの立体映像を見て半ば言葉を失うように驚くミサヲに、チセリは自身の推理を織り交ぜて仕掛けの意味を説明する。

「隠れてこんな仕掛けまで造っちまうなんて、ご先祖様も大したもんだぜ……」

「ええ、(ワタクシ)も初めて見た時は驚きました。当時のジゅう人、(ワタクシ)達のご先祖様がシショクの12人をどれだけ慕っていたかが窺えます」

 目の前に映し出された立体映像群を眺めながら感心とも呆れともつかない表情でミサヲが呟くと、胸に手を当てて頷いたチセリが尻尾を軽く揺らしながら先人達の遺産に思いを馳せるように目を細めて微笑んだ。


「それで情報ってのは6人の映像だけなのかい?」

「はい、残念ながら他の方々の情報は入っていませんでした……」

「この立体映像の名前パネル……これでこの人達の説明を表示できるのか。まずは誉城磑(よじょうがい)。【大異変】によって武術の技能を得て、数々の対ZK(ズィーク)用ステ=イション式武術を考案した……ドクから聞いた説明と同じだな……」

 しばらく様々な角度から立体映像群を眺めてから追加情報を尋ねるミサヲに首を静かに振って答えたチセリの横で、鋭時(えいじ)が髭を蓄えた大男の立体映像に触れた事で起動した説明文を読んでから首を傾げる。

「左様でございます旦那様。3年前、ドクターがステ=イションに来てすぐの頃にこちらへご案内しましたので」

「なるほど、シショクの12人に関するドクの知識はここから来てるのか」

 顎に手を当てて考え込む鋭時(えいじ)の疑問に答えるようにチセリが全く同じ立体映像をドクが見た事を明かすと、納得するように鋭時(えいじ)は深く頷いた。


「ねえ鋭時(えいじ)お兄ちゃん、次はこっちの人の説明を見せておくれよ」

「ちょっと待ってくれ、今起動するから」

 シアラと入れ替わるように近付いて来たヒカルにせがまれた鋭時(えいじ)は、立体映像を1人分回して目の前に移動させたヘルメットを被った小柄な男の説明を起動する。

樛窪久守(とがくぼひさもり)、ドクは知ってたんだろうけど聞いた事無い名前だな……【大異変】によって持久力を得て、完成させたばかりの荷電重機関砲を手に数多くのZK(ズィーク)を駆除した……そっか、ZK(ズィーク)を駆除して土地を取り返す人も必要だもんな……」

 起動に合わせて大型銃器を手にした立体映像に切り替わった説明文を鋭時(えいじ)が読み終えると、ZK(ズィーク)の駆除と言う役割の重大性に気付いて納得するように頷いた。


「技術者っぽい人間なのに戦闘員なんだ……人は見掛けに寄らないもんだなあ……どうしたの、鋭時(えいじ)お兄ちゃん?」

「いや何でもない……」

 予想が外れて残念そうに笑うヒカルが鋭時(えいじ)の視線に気付いて振り向き、ヒカルの視線から逃げるように鋭時(えいじ)は慌てて目を逸らす。

「確かにぼくもこの見た目でメスだなんて信じられないよね、ちょっと中身を見てみるかい?」

「そういうつもりで見てたんじゃないんだ。ヒカルさんも女性なんだし、もう少し自分を大切にしてくれよ……」

 悪戯じみた笑みから艶やかな笑みに変えたヒカルが身に付けた白いサロペットの後ろのベルトを外そうとし、鋭時(えいじ)は慌てて両手を広げて止めながらため息交じりにヒカルを(たしな)めた。


「こらヒカル、えーじしゃまを困らせないの!」

「分かったよスズナお姉ちゃん。鋭時(えいじ)お兄ちゃんもごめんね、今日はもう大人しくしとくよ」

 鋭時(えいじ)のスーツの袖を握る手を放してスズナが叱るが、ヒカルは両手を頭の後ろで組んでから再度悪戯じみた笑みを浮かべて離れて行く。

「これで大丈夫です、えーじしゃま。その……次はこの方をお願いできますか?」

「ありがとうスズナさん、この人だね。お次は女性か……」

 ヒカルを退散させたスズナが微笑んでから遠慮がちに作業服を着た長身の女性を指差すと、鋭時(えいじ)はスズナに礼を言いながら立体映像の説明文を起動させた。


兵迅(ひょうじん)トウカ、【大異変】によって怪力を得てから独自にゼロ距離狙撃戦法を編み出して多くのZK(ズィーク)を駆除したスナイパー……まさかミサヲさんの戦い方って……」

「そうだぜ鋭時(えいじ)、あたしの戦闘スタイルもゼロ距離狙撃戦法だ。まさか先代店長に教わったこの技が、シショクの12人にまでつながってたとはねえ……」

 説明文を読み終えて振り向く鋭時(えいじ)に、ミサヲは肩に掛けた放電銃ミセリコルデの入ったガンケースのスリングベルトを掴みながら驚きと感動が入り混じったような複雑な表情を返す。

「トウカしゃまは、みしゃお姉しゃまの大先輩にゃんでしたね! (にゃん)だか雰囲気もみしゃお姉しゃまに似ていますし、きっと強くて優しかったのでしょうね……」

「ああ、きっとそうだぜ。あたし達のご先祖がこれだけ慕ってたんだからな」

「ふみゃあ……」

 嬉しそうな表情を浮かべて近付いて来たスズナの頭をミサヲが優しく撫でると、スズナは目を細めてミサヲの腕に頬を寄せた。


「教授っ、もうひとり女の人がいたみたいですよっ!」

「確かに女性だ、と言うより何となくシアラに似た雰囲気の女の子だな……」

 スズナと入れ替わるように戻って来たシアラの指差す先に気付いた鋭時(えいじ)は、白に近い薄桜色の和服と短い袴にも見える赤いキュロットスカートを身に付けた少女の立体映像を選択して説明文を起動する。

「名前は伊璃乃(いりの)アイリス、【大異変】によって結界魔法を得て術式の開発に多大な貢献……得意魔法までシアラにそっくりだな……」

「なんだか他人の気がしませんっ! 一緒にお茶とかしたらきっと楽しい時間が過ごせそうですっ!」

 説明文を読み終えて思わず顔から笑みがこぼれた鋭時(えいじ)がシアラに目を向けると、立体映像を眺めていたシアラが鋭時(えいじ)の視線に気付いて満面の笑みを返した。


「ははっ……確かに楽しそうだな、どんな会話になるか想像できないけどさ……」

「それもそうですねぇ……ジゅう人同士でしたら教授の話で何時間でも過ごせますけど、人間相手では何を話せばいいのか分からないですものねっ!」

 頭を掻いて乾いた笑いを浮かべた鋭時(えいじ)に、シアラはしばらく考えてから同意するように微笑む。

「いや待て、色々と待て。(おれ)がいない場所でシアラはそんな話をしてるのかよ……それはさすがに勘弁してくれないか……」

「そうですねぇ……わかりましたっ! これからはどんな時も教授から離れなければいいんですねっ! お風呂も寝る時もずっと一緒ですよっ!」

 額に手を当てた鋭時(えいじ)が静かに首を横に振ってから苦言を呈すと、シアラはしばし考える振りをしてから悪戯じみた笑みを浮かべて鋭時(えいじ)を見上げた。


「おーいシアラさん、それじゃあ(おれ)の……悪かったよ、好きな話をしていいんだ。本来は許可も禁止も出来ないんだし……」

「ありがとうございますっ! やっぱりわたし、教授と出逢えて幸せですっ!」

 尚も額に手を当てながら首を横に振ろうとした途中で自嘲気味に呟いた鋭時(えいじ)に、シアラは満面の笑みを返す。

「取り敢えず気を取り直して次行くぞ、残り2人……まずはこっち、服装のせいかドクを思い出すな……」

 期待に満ちたとしか表現出来ないシアラの視線から目を逸らした鋭時(えいじ)は、医者や科学者が着るような白衣を着た男の立体映像をスライドして説明文を起動した。


「名前はドクター・グラスソルエ……? グラスソルエ!? もしかして凍鴉楼(とうあろう)の持ち主だったって言う人か!?」

「その通りでございます旦那様。そちらの説明にもある通り、凍鴉楼(とうあろう)をジゅう人に提供する以外にも、魔法科学工場の建設やZK(ズィーク)を駆除する武器の開発など数多くの技術革新に関わったそうです」

 名前を読んで驚く鋭時(えいじ)が振り向いた先にいたチセリは、尻尾を千切らんばかりに振りながら嬉しそうに微笑んで何度も読み返した説明文の概要を鋭時(えいじ)に説明する。

「ありがとうチセリさん。今までの傾向から考えるに、シショクの12人の中でも記録を残せたのはジゅう人と直接接触した人達だけって事になるな……」

「ほえ? どうしてそんな事がわかるんですかっ、教授っ?」

 チセリの説明を聞き終えて軽く頭を下げた鋭時(えいじ)が顎に手を当て記録された人物の背景を想像しながら呟くと、シアラが不思議そうな顔をして覗き込んで来た。


「いや……上手くは言えないけど、この説明文はジゅう人達が直接本人を見ないと書けないと思うんだよ。それで武術訓練とZK(ズィーク)の駆除に術式や機械の開発、そして凍鴉楼(とうあろう)はジゅう人とシショクの12人の接触があるから記録を残せた説明も付く」

「確かに辻褄が合いますね……すると残りの6名はジゅう人との接点が無い場所で働いていたのでしょうか……?」

 シアラの視線から逃れるように頬を指で掻きながら推測した内容を話す鋭時(えいじ)に、チセリが同意するように頷いてから記録のない人物の背景を推理する。

「ドクの話じゃ名前通りの数とは限らないんだが、おそらくそうなるな……」

「謎解きは帰ってからドクに任せればいいさ。とりあえずまだ1人残ってるんだ、せっかくだから見て行こうぜ」

 チセリの推理を聞いた鋭時(えいじ)がドクから聞いた話と統合しながら概ね同意すると、2人のやり取りを見ていたミサヲが頭を掻いて残る1人の説明文の起動を促した。


「最後の1人は緋河纓示(あけかわようぎ)……【大異変】により警鐘を得たシショクの12人?……ステ=イションの……命名者? 何だか随分と目が滑る文章だな……」

「はい、この方の説明文はどうにも要領を得ませんで……いったい何故ご先祖達はこのような記録を残したのか……」

 最後に残った黒服の男の説明文を起動して読んだ鋭時(えいじ)だが途切れ途切れの文章に何度も詰まり、チセリも以前に読んだ旨を話しながら不思議そうな顔で呟く。

「ん? この不自然な改行……? もしかしてこの説明文は、シショクの12人の手で改竄されたんじゃないか?」

「それはあり得ません! もし仮にシショクの12人が見付けていたのでしたら、ここの記録はすでに削除されているはずです!」

 何度も同じ文章を読み返して違和感の正体に気付いた鋭時(えいじ)がシショクの12人の干渉を示唆すると、チセリは驚いた様子で鋭時(えいじ)の推理を否定した。


「違うんだチセリさん、多分シショクの12人はここの仕掛けに気付いてたんだ。その上で自分達に都合の悪い、例えば改訂された詩集みたいに自分達を必要以上に褒める内容を書き変えてから気付いてない振りをしたんじゃないかな?」

「おいおい鋭時(えいじ)、何でシショクの12人はそんな手の込んだ真似をしたんだよ?」

 推理する鋭時(えいじ)に、今度はミサヲが呆れた様子で質問する。

「さすがに本心までは分からないけど、自分達の記録を残した仕掛けを見付けても消さなかったんだから、ジゅう人の意思を尊重してたのだけは確かだと思うぜ」

「確かにそう考えれば旦那様の言う通り、妙に不自然な文章の説明も付きます……理由までは分かりませんが、神格化を避けたかった事だけは想像が付きます」

 首をゆっくり横に振った鋭時(えいじ)がシショクの12人の密かな心遣いを推測すると、チセリも納得するように頷いてから愛おしむように目を細めて6人の立体映像群を眺め続けた。


「シショクの12人の権限にゃら記録を丸ごと消し去れたでしょうに、(にゃん)とお心の広い方々だったのでしょう……」

「でもスズナお姉ちゃん。完全に消したら違う方法で隠しファイルを作られちゃうから、それを防ぐために残して置いたのかもよ」

 少し離れた場所で鋭時(えいじ)達の話を聞いて陶酔したかのように呟くスズナの横から、頭の後ろで手を組んだヒカルが悪戯じみた笑みを浮かべて自分の推理を披露する。

「ちょっとヒカル! そういう夢の(にゃ)い事言わにゃいでよね!」

「そんなに怒らないでくれよスズナお姉ちゃん、ぼくだったらこうするってだけの話なんだから」

 感動に水を差されたスズナが怒った様子でヒカルに駆け寄ると、ヒカルは慌てて言い訳しながらミサヲの脚に隠れるように逃げ出した。


「ここは博物館だぞ、スズナもヒカルもそこまでだ!」

「ふみゃあ!?」「うわわっ!?」

 脚の間を小動物のように駆け回り続けるスズナとヒカルを同時に素早く捕まえたミサヲは、真剣な顔で叱りながら2人を同時に抱え上げる。

「シショクの12人を理由に喧嘩なんてしちゃいけないよ。こういった話は帰ってからドクにでも分析してもらえばいい」

「ごめんにゃさい……みしゃお姉しゃま」

「ぼくもごめんよ、ちょっと悪ふざけが過ぎたよ」

「分かればよろしい、この話はこれで終わりだ」

「ふみゃみゃ……ふみゃあ……」

「くすぐったいよぉ、ミサヲお姉ちゃん」

 少し悲し気な表情を浮かべたミサヲに諭されたスズナとヒカルが抱えられたまま項垂(うなだ)れて大人しくなると、ミサヲは優しい笑顔を浮かべながら頬擦りをして2人は同時に驚きながらも甘えるような声を上げた。


「何事も無くて良かった……これなら(おれ)に何かあってもシアラも任せられる……」

「教授っ、何か思い出せたんですかっ!?」

「おうわぁ!? そういや、これと関係があるんだよな……ここまでしてもらったのに悪い……何も思い出せなかったんだ……」

 すぐに和やかな空気へと変わったミサヲ達を見て安堵のため息を漏らすと同時にシアラに声を掛けられた鋭時(えいじ)は、大袈裟に驚きつつ当初の目的を思い出しながらも手掛かりが見付からなかった事を正直に明かす。

「教授は何も悪くありませんよっ! それに博物館は逃げない、でしょっ?」

「そうだよな……他にも隠しファイルがあるかも知れないし、時間がある時にでも来て根気良く調べるしか無いな……」

「はいっ! またみんなで来ましょうねっ!」

 優しく首を横に振ったシアラに悪戯じみた笑みを返された鋭時(えいじ)が頭を掻きながらぎこちない微笑みを向けると、シアラは満面の笑みを浮かべながら鋭時(えいじ)のスーツの袖を引いてミサヲ達の方へ向かった。



「なあチセリ。今日の晩飯なんだけど、おでんにしないか?」

「奇遇ですねミサヲお嬢様、(ワタクシ)も本日の夕食はおでんを提案しようと思っていたところでございます」

 博物館を出てから凍鴉楼(とうあろう)へ向かう途中で頭を掻きながら遠慮がちに夕食の要望を伝えるミサヲに、チセリも軽く頷いて要望を聞き入れる。

「それわかりますっ! わたしも今夜はおでんの気分ですよっ!」

「ぼく達も今夜はおでんにしようよ、スズナお姉ちゃん」

「仕方にゃいわね、帰りに乙鳥(つばめ)商店に寄りましょうか」

 ミサヲとチセリの後ろを着いて歩く鋭時(えいじ)のスーツの右袖を掴みながら歩いていたシアラが弾むような声で夕食のメニューに同意すると同時にミサヲと手をつないでいたヒカルも目を輝かせながら振り向き、視線に気付いたスズナは鋭時(えいじ)のスーツの左袖を片手で掴んだまま反対側の手で髪を掬うように払いながら同意した。


「では今夜も(ワタクシ)達とご一緒にどうでしょうか? 旦那様もよろしいですか?」

「ああ、スズナさんとヒカルさんさえよければ構わないよ。でも何で急にみんながおでんを食べたくなったんだ?」

 スズナとヒカルのやり取りを聞いて振り向きながら微笑むチセリに、鋭時(えいじ)は快く頷いてから不思議そうな顔で質問を返す。

「昼に南方の魔法使いの話をしただろ? あの話で盛り上がった後って、おでんを食べたくなるんだよ」

「はい、いわゆる南方あるあるのひとつでございます」

 頭を掻きながら振り向いたミサヲが夕食のメニューの話題で盛り上がった理由を説明すると、チセリも楽しそうに微笑んで都市伝説の奇妙な一面を説明した。


「へぇ……そいつは何だか興味深いな……」

「ですよねっ、教授っ! きっと教授も何か思い出せますよっ!」

「はやる気持ちは分かるけど、そんな強く袖を引っ張るなよ……仕方の無い事なんだろうけどさ……」

 都市伝説と料理のつながりに興味を持った鋭時(えいじ)のスーツの袖をシアラが急に強く引き始め、引っ張られた鋭時(えいじ)は思わず笑みをこぼして歩みを速めて行った。

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