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第3話【逃げる少女、鬼に捕まる】

ジゅう人の聖地、ステ=イションを目指す鋭時(えいじ)とシアラ、

その目の前には見渡す限りの廃墟が広がっていた。

「で、どっちに行けばいいんだ?」

「さ、さあ、どちらでしょうねぇ?」

 呆れた口調で廃墟を見渡す鋭時(えいじ)に、シアラは頬を掻きながら振り向いた。

「参ったな……見たところ地図や標識も無いし、誰もいないから道も聞けないな」

「で、でもターミナルって、もしもの時のために居住区と連絡できる装置があったはずですっ、それで道を聞きましょうっ」

 テレポートターミナルの中に戻って居住区の位置を示すものが無いか探し回る鋭時(えいじ)に慌てたシアラは、緊急時用連絡装置を思い出して利用を提案した。


「待てシアラ、その装置って緊急時のためのものだろ? 道が分からないくらいで使うものじゃない。それに今はまだ人に会うのは得策じゃないからな」

「でも教授っ、このままじゃわたし達どこにも行けませんよぉ」

「分かってる。今は他の方法を探して、それで駄目なら最後の手段に使おう」

 目的地が定まらない不安を必死に訴えるシアラだが、鋭時(えいじ)は人に道を尋ねずとも居住区の位置が分かる手段を探すべく再度ターミナルの中を歩き回った。



「ん? あれは……確か車両用のターミナルだったかな?」

「教授の言う通り、あれはクルマ用のターミナルですっ。【大異変】の前にあった高速道路……というものの代わりでしたねっ。あれがどうかしたのですかっ?」

 しばらくターミナルを歩き回ってから見上げた鋭時(えいじ)は正面の窓から廃墟と異なる大きな建物が見えるのに気付き、後ろを着いて来たシアラも確認する。

「あそこになら地図か案内板があるかもしれないと思ってね」

「そういえばそうですねっ! さすがは教授ですっ、さっそく行きましょうっ!」

 鋭時(えいじ)の発案にシアラも賛同し、居住区の手掛かりを求めて車両用ターミナルへと向かう。

 歩行者用ターミナルと車両用ターミナルの間の道路は舗装されており、鋭時(えいじ)達は苦も無く車両用ターミナルまで歩く事が出来た。


「ここから延びてる道路は……見える範囲だけで5本か……その先も分かれてると考えれば当てずっぽうで行く訳にもな……やっぱ中に入るしかないか……」

 車両用ターミナルの出口につながる道路を確認した鋭時(えいじ)が分岐した先のどこにも目的地を示す判断材料を全く見付けられずに最後の希望を求めてターミナルの方に視線を戻した瞬間、1台のトラックが鋭時(えいじ)達の前を通り過ぎて行った。


「なあシアラ、今の見たか?」

 鋭時(えいじ)は興奮を隠せない様子でシアラに声をかけ、シアラも鋭時(えいじ)の考えに気付いて興奮気味に答える。

「今度は分かりますよっ! トラックの向かった方へ行けばいいんですねっ!」

「その通りだ。今から走っても追い付くのはさすがに無理だが、大まかな方向さえ分かれば後は何とかなるはずだ」

 言うが早いか鋭時(えいじ)は小さくなって行くトラックを目指して歩みを早め、シアラも鋭時(えいじ)の後を追った。



「おかしいな……方向は合ってる筈だが居住区らしいものが全く見当たらないぞ、どうなってるんだ?」

 完全に引き離されたトラックの消えた方角へと歩みを進めた鋭時(えいじ)だが、日が落ち始めても居住区が見つからない上にいつの間にか足元の道も全く整備されていない荒れた状態だと気付いて歩みを止める。

「確かに少しおかしいですねぇ……居住区とターミナルはそれほど離れてないのが普通ですけど、ここは絶対に変ですよっ」

「記憶のない(おれ)ならまだしも、シアラまでそう思うならやっぱり変だよな」

 歩みを止めて同様に周囲を見回すシアラを見た鋭時(えいじ)は、自分達の置かれた状況を整理するべく考え込む。


「やはり道を間違えたか……だがこの暗さの中で戻って道を探すのは難しいな……明るくなるまで待つか?……いや、それは駄目だ。シアラ、ターミナルに戻るぞ」

 しばらく考えてからこのまま進んでも目的地に辿り着けないと判断した鋭時(えいじ)は、テレポートターミナルに戻る決断を下す。

「初めてステ=イションに行けると思ったのに残念ですね……今夜はターミナルに泊まって朝になってからステ=イションを探しましょうねっ、教授っ」

「いや、ここまで付き合わせた上にすっかり遅くなって悪かったよ。シアラはもう家に帰るんだ、帰りの切符も(おれ)が出すよ」

 翌日のステ=イション探索に期待して微笑み返すシアラに対して鋭時(えいじ)は日没まで連れ回した事を謝罪してから帰宅を促したが、シアラは不思議そうな表情で鋭時(えいじ)を見つめる。


「帰るってどこにですか? ちょっと言ってる意味が分からないですよ、教授っ」

「え? 何言ってんだよ……シアラの家はロジネルにあるんだろ? こんな時間になって今さらだが、家族の方も心配してるだろうしさ」

 素直に聞き入れてはくれないと覚悟していた鋭時(えいじ)が全く予想外のシアラの反応に戸惑いながらもしどろもどろに説得を続けると、ようやくシアラも鋭時(えいじ)の言わんとするところを理解した。

「ああっそういう事でしたかっ。でもご心配には及びませんっ、教授っ。わたしは今まで出逢いを求めてひとり旅を続けてましたから、教授と出逢った街にわたしの家はありませんよっ」

「そう、なのか……でもホテルとかに泊まってんだろ? やっぱ戻らないと……」

「いえいえ大丈夫ですよっ、わたしにはこれがありますからっ」

 尚も心配そうな顔で説得を続ける鋭時(えいじ)にシアラは微笑みながら手にしたフリルの付いた桜色の小さい日傘、メモリーズホイールをもう片方の手で指さす。


「夜はたいてい居住区の外で結界を張ってましたのでっ。教授もターミナルに戻る必要がないなら今夜はここに結界張りますので、わたしと寝てくださいっ!」

「いや待て、色々と待て。聞きたい事も言いたい事も山ほどあるけど、知り合ったばかりの女の子といきなり同じ場所で寝られる訳ないだろ。(おれ)は結界の外で仮眠を取るよ、服に組み込んでる術式を駆使すればどうにか出来るからさ」

 自身の理解の範疇を超えた返答を聞いた鋭時(えいじ)が額に手を当てしばらく考えてから近くの廃ビルの壁に寄り掛かると、シアラは不満そうな声を上げる。

「えーっ! そんなこと言わないで一緒に寝ましょうよぉ、教授ぅ」

「あのな、普通は女の子の方が警戒するものだろ? いくら(おれ)に記憶が無いからと言って、ここまで無防備だと逆に心配になるぜ……」

 断っても尚積極的に誘って来るシアラに対して鋭時(えいじ)は頭を掻いて呆れるが、逆にシアラは何故か誇らしげに胸を張った。


「ご安心くださいっ、教授っ! 男の人を入れるのは教授が初めてですからっ」

「何が安心なんだ……あのな、倫理的な問題もあるが、それ以上に(おれ)には拒絶回避みたいな得体の知れない何かが他にもあるか分からない。寝てる間に周囲にどんな影響を及ぼすか想像もつかないんだぜ」

 頭を掻きながら呆れた鋭時(えいじ)が自身に宿る異常な反射神経を上回る危険の可能性を説明すると、シアラは突然手で口を押さえて涙を流し始めた。

「そう……でしたね……ごめんなさい! 教授は何も思い出せなくて不安なのに、わたしひとりで大はしゃぎしてしまって……」

「こんな事で泣かせちまうなんて参ったな……何が悪かったんだ? とにかく今は冷静に考えて、慎重に行動した方がいいと思うんだ」

 大粒の涙を流して声を詰まらせながら頭を下げるシアラに鋭時(えいじ)は慌てふためき、言葉を選びながら慎重に説得を試みる。


「まあその何て言うか、シアラが記憶の無い(おれ)を心配してくれてるの分かったし、その点は感謝するけど、それでここまで着いて来た恩人にケガとかさせたくない。だから(おれ)が自分の体の癖を把握するまでは少し距離を置いてほしいんだよ」

「ごめんなさい取り乱してしまって……でも優しい教授のおかげで、わたしはもう大丈夫ですよっ」

 鋭時(えいじ)が慣れない様子で必死に説得を続けると、ようやくシアラは言葉を弾ませる明るい口調に戻り微笑んだ。

「でも教授っ、こんな場所で結界も無しに寝ても大丈夫ですか?」

「心配かけて悪いなシアラ、とりあえずここに入るよ。こんなボロビルでも部屋の隅なら、吹きさらしより少しはマシだろ」

 落ち着きを取り戻しつつ心配するような眼差しで迫って来たシアラにぎこちなく微笑みを返した鋭時(えいじ)は、先程まで寄り掛かっていた廃ビルの入口へ向かった。



「お邪魔しま~す、って誰もいる訳ないよな」

 誰もいないと知りながらも入口で律義に挨拶する自分の行動に気付いた鋭時(えいじ)は、頭を掻きながら自嘲気味に呟く。

「教授っ。今は結界を張ってますから、誰もわたし達には気付きませんよっ」

「そういえばシアラに結界を張ってもらっていたんだったな、かなり時間が経ったけど魔力は大丈夫なのか?」

 広げた傘を軽く振ってから微笑むシアラを見た鋭時(えいじ)は、シアラが半日近く結界を張り続けていた事に気付いて心配そうに残存魔力を確認する。

「そうですねぇ、タイプサキュバスの魔力量はジゅう人の中でも多い方ですけど、ちょっと疲れましたっ。でも、教授の膝枕で休めばすぐ回復すると思いますよっ」

 いたずらっぽく笑顔を返して接触を求めるシアラに、鋭時(えいじ)は疲れた顔でため息をついた。


「そういう冗談を言える辺りまだ余裕みたいだな、だいたいそんな事をしたら(おれ)がしょっ引かれるだろ」

「いいじゃないですかぁそれくらい。あ、膝枕がダメなら腕枕でもいいですよっ」

 断られてもめげずに接触を要求するシアラに、鋭時(えいじ)は思わず苦笑いを浮かべる。

「何でハードル高くするんだよ……それにさっき(おれ)とはしばらく距離を置かないと危険だと話したばかりだろ? 疲れたんならもう休むぞ、続きはステ=イションを見付けてからだ」

「はーい、分かりましたぁ! じゃあ寝る準備しますねっ!」

 鋭時(えいじ)に釘を刺されたシアラは聞き分けの良い子供のように明るく弾む声で返事をしてからメモリーズホイールを閉じ、人避け結界の解除を終えてから就寝用結界の準備を始めた。


「ん? やけに素直だな? まあ、あれこれ考えてもしょうがないか……!?」

 あっさり引き下がったシアラを不思議に思いながらも休息を優先した鋭時(えいじ)が腰を下ろせる場所を探そうと周囲を見回した瞬間に背後から凄まじい殺気と共に何かが振り下ろされ、鋭時(えいじ)は素早く身を反らしながら距離を取りつつ振り向いた。

「な、なんだ? 何が起こったんだ!?」

「どうしました教授?」

 突然の事に混乱しながらも周囲を確認する鋭時(えいじ)に気付いたシアラは、結界を張る準備を中断しながら振り向いて声を掛ける。

「きゃっ、血が……教授、大丈夫ですか!?」

「大したこと無い、かすり傷だ。それよりシアラ、あいつをどう思う?」

 鋭時(えいじ)が避ける際に咄嗟に頭を庇った手の甲から薄っすらと浮かび上がる赤い線を見てシアラは取り乱すが、鋭時(えいじ)は傷を気にせず視線を殺気の主に向ける。


『ギギギ……』

 鋭時(えいじ)の視線の先には白骨のようなものとガラクタが寄り集まり、ナイフのような鉤爪の付いた手と、バネのように渦を巻いた奇妙な脚をした(いびつ)なヒト型のものが、唸り声にも骨の軋みにも聞こえる音を威嚇するように立てていた。

「な、何ですかあれは!?」

「記憶のない(おれ)に聞くなよ。確証は無いけど、たぶんあれが【大異変】でこっちの世界に来た人間を襲う怪物って奴なんだろうさ」

 唐突に現れた骨の怪物に驚きの声を上げたシアラに平静を装って返した鋭時(えいじ)は、スーツのズボンに組み込んだ【圧縮空筋(エアシリンダー)】をいつでも発動出来るように意識を集中しながら身構えた。


「シアラ、走れるか? どう考えても話し合い出来る雰囲気じゃない、逃げるぞ。どっちが捕まっても恨みっこなしだからな」

「教授を置いて逃げられませんっ! シショクの願いに誓ってお守りしますっ!」

「えっ、おい! 何を!?」

 小声で逃げるように促した鋭時(えいじ)の言葉を遮ったシアラは、メモリーズホイールに意識を込めながら広げて鋭時(えいじ)と骨の怪物の間に割って入り術式を放った。

「【爆音閃光(クラッカーフラッシュ)】! やりましたかっ?」

「おいおい攻撃と同時にそれ言うか!?」

 シアラの放った光の玉が怪物の頭部に直撃すると同時にドォンと鈍い音が響き、しばらく部屋がまばゆい光に包まれた。

『グギギッ!』

「わわっ、【爆音(クラッカー)……」

 だが光が収まるや否や、閃光にも爆音にも怯まなかった骨の怪物が奇声を上げて走り出し、シアラは慌てて同じ術式で迎え撃とうとするが間に合わずに思わず目を閉じた。


「危ない!【圧縮空筋(エアシリンダー)】!……っ!」

 シアラのいる方を向きながら術式を発動させて両足の周囲の空気をバネのように圧縮して跳躍力を上げた鋭時(えいじ)だが、自分の体が自分の意思に反して大きく後方へと跳び出して驚愕と困惑の入り混じった表情を浮かべる。

 しかし次の瞬間、バネ状の脚を伸ばした骨の怪物が鋭時(えいじ)の眼前に飛び込むように迫りながら尖った鉤爪を振り下ろし、鋭時(えいじ)は僅かに回避が遅れて額から赤い飛沫を散らしながら仰向けに倒れた。

「え? 教授……? 教授っ!?」

 自分に向かって来ると思っていた骨の怪物が来ずにそっと目を開けたシアラは、骨の怪物の鉤爪に倒れた鋭時(えいじ)を見て動揺する。


『ギギーッ!』

 骨の怪物は大声を上げたシアラを気に留める様子も無く高く跳び上がり、両手の鉤爪を振りかざして倒れた鋭時(えいじ)に突き立てんとばかりに振り下ろした。

「くっ、させるかっ!」

『ギギ? ギギギ!』

 骨の怪物が着地する直前に鋭時(えいじ)は横に転がり攻撃をかわすと同時に鉤爪はビルの床に深々と突き刺さり、骨の怪物は鉤爪を引き抜こうと必死にもがき続ける。


「ケガは大丈夫ですか、教授っ!」

「何とか生きてる。今回ばかりは拒絶回避に感謝だが、ここからどうするかな?」

 骨の怪物がすぐに動けないと判断したシアラが鋭時(えいじ)のもとへ駆け寄りながら傷の心配をするが、鋭時(えいじ)は額の出血も気にせずに床から鉤爪を引き抜こうとする怪物を警戒する。

「と、とにかく治療しましょうっ、いま治癒術式を使いますからっ」

 慌ててシアラは袖から何か取り出そうとするが、鋭時(えいじ)は静かに広げた手を向けてそれを止めた。

「いや、魔力は温存しておくんだ。下手な消耗はジリ貧につながる」

「嫌ですっ! 教授のケガを治さないとっ!」

「そんなに恐い顔でこっち見るなよ、この程度ならば問題ないからさ。ネクタイに組み込んだ【圧縮空壁(エアシールド)】のおかげで傷は浅いはずだ」

 傷の治療を断られ険しい顔に変わったシアラに苦笑した鋭時(えいじ)は、襟元を指差して自身の無事を強調する。


「でもわたし、これ以上教授が傷付くのを見てられませんっ! あの怪物を倒してから治療しますねっ!」

 致命傷でないとはいえ傷を負った鋭時(えいじ)の身を案じるシアラは、小さな体を恐怖に震わせながらメモリーズホイールに意識を込めて術式発動の構えを取る。

「待てよ、あの怪物が他に何匹いるか分からない状況で戦うのは危険だ。それよりシアラ、人避けの結界を張り直せないか?」

「結界ならいくらでも張れますけど、どうしてですか?」

 唐突な鋭時(えいじ)の質問に、シアラは不思議そうな顔をして聞き返す。

「シアラがあの結界を解くまで、あの怪物は(おれ)達に気付かなかった。あれで隠れてターミナルまで戻ればどうにかなるだろ」

「そういえばそうでしたっ。でも人避けの結界は既にわたし達を認識した相手には通用しませんから、どの道あの怪物からは逃げられませんよっ」

「どういう訳か奴は、術式を使ったシアラには目もくれずに(おれ)の方を狙って来た。シアラだけならここから逃げられるはずだ、それくらいの時間は稼いでみせる」

 骨の怪物の行動を思い出しながら作戦を考えた鋭時(えいじ)が近くに落ちていた足場用の長い金属製のパイプを手に取りながらシアラに廃ビルの中から逃げるよう促すと、シアラは再度険しい表情に戻った。


「嫌ですっ! そんな事をするくらいなら、教授を守ってここで死にますっ!」

(おいおい、どうすればひとりで逃げてくれるんだよ……待てよ? そこまで(おれ)に命賭けれるなら、逆に利用してみるか……)

 決意を固めて強い意志の込められた瞳で見詰めて来るシアラに、鋭時(えいじ)は困惑して頭を掻きながらも一計を案じて神妙な顔付きをする。

「なあシアラ、どうせ死ぬなら2人で生き延びる可能性に賭けてみないか?」

「そんな方法があるのですかっ!? わたしにできる事なら何でもしますよっ!」

 急に雰囲気の変わった鋭時(えいじ)の顔を食い入るように見詰めたシアラは、興奮気味に協力を申し出た。


「簡単な話だよ、(おれ)が奴を引き付けている間にシアラが結界張ってターミナルまで戻って助けを呼ぶ。奴が動き出して(おれ)に向かってきたら、それを合図に結界張って走るんだ」

「た、確かに何でもすると言いましたし、ターミナルで助けを呼んだらあの怪物をどうにかできそうですけど、それでは待ってる教授が危険過ぎますよぉ」

 作戦を聞き協力を渋るシアラだが、それを予想していたかのように鋭時(えいじ)は淡々と説明を続ける。

「拒絶回避と【圧縮空筋(エアシリンダー)】、【圧縮空壁(エアシールド)】を組み合わせれば致命傷は避けられる。それにスーツには【栄養補給(アイヴィドリップ)】も組み込まれていたから、(おれ)の残存魔力なら2日は持ち堪えられる」

 自身の安全確保の手段を説明した鋭時(えいじ)は、真剣な眼差しでシアラを見つめる。


「シアラが早く助けを呼べたら(おれ)達は生きて再会出来るんだ、頼りにしてるぜ」

 最後に鋭時(えいじ)がウィンクのつもりで片目をぎこちなく閉じると、シアラは顔を赤く染めて嬉しそうに頬を緩ませた。

「そ、そこまで教授に頼られたら頑張るしかないですねっ! 助けを呼んで戻って来るまで生きていてくださいねっ! 約束ですよっ!」

「分かった、約束するよ。そろそろ奴が動き出す、準備はいいか?」

 金属のパイプを両手で持った鋭時(えいじ)は、出口とは反対側の壁際に走り出す。


「こっちに来やがれ、化け物! 今だ、走れ! 頼んだぞ、シアラ!」

「お任せください、教授っ! 必ず助けを連れてきますっ!【隠密結界(ステルスシェルター)】!」

 金属のパイプで床を叩いて骨の怪物の気を引き付ける鋭時(えいじ)に促されて意を決したシアラは、結界術式を発動すると出口に向かって走り出した。

『ギーッ!』

 鉤爪を床から引き抜いた怪物は、ビルの外へ逃げたシアラには目もくれずに床を叩いて音を立てる鋭時(えいじ)に向かって真っ直ぐ飛び掛かって来た。


「【圧縮空筋(エアシリンダー)】っと、少しおとなしくしてもらうぜ」

 怪物の攻撃に合わせて術式を発動した鋭時(えいじ)は、攻撃を避けつつ骨の怪物の背後に回り込んで金属のパイプを振り下ろす。

 だが骨の怪物の後頭部に当たった金属のパイプはカァンと乾いた音と共に大きく弾かれ、全く怯む事無く振り向いた骨の怪物は鉤爪を振って鋭時(えいじ)が受け止めようと両手で構えた金属のパイプを音も無く切断した。

(マジかよ!? 破る前提の約束だからって、もう少し時間を稼がないとあいつが逃げ切れないだろ)

 切断された金属パイプの短い方を投げ捨てながら心の中で呟くと、鋭時(えいじ)はビルの奥の方へ走って行った。



「待っててください教授っ、必ず助けを連れて戻りますからっ」

 既に日の落ちた道をシアラはターミナルを目指して必死に走り続けるが、辺りは闇に包まれて自分の歩いて来た道も分からなくなり何度も足が止まる。

「こんな所で迷ってられないのにっ! このままでは教授が……どうすれば……」

 回復術式を使えば長時間走っても体の疲れはないが、道が分からなければ歩みも止まり、日が昇れば道を探すのも容易だが、暮れて間もなくでは夜明けも遠い。

 足が止まるたびに自分を叱咤してきたシアラであったが、打開策が見つからずに途方に暮れて歩む速度も徐々に落ちて行った。



「え……? 人の声?……こんな所で?」

 おぼつかない足取りで歩き続けて心が限界を迎えそうになった頃、遠くの方から話し声が聞こえたような気がしたシアラは足を止めて声のする方へ向かった。


「ダメだミサヲさん、この辺りは同業者が駆除したみたいだ。異界の潜兵(ゾーンキーパー)の習性を考えれば、場所を変えた方が良さそうだ」

「おいドク、なーに他人事みたいに言ってんだよ? 早いとこZK(ズィーク)を見付けないと今夜の酒にありつけないだろ?」

 原形を留めた廃ビルの中から鋭時(えいじ)とだいたい同じの背丈の青年が頭を掻きながら出てくると、ライフル銃に取り付けてあるスリングベルトを右肩に掛けたミサヲと呼ばれた長身の女性が食って掛かった。

「だから落ち着いてよ、ボクだって参ってるんだからさ」

 上から覗き込むような形でミサヲに詰め寄られたドクと呼ばれた青年は、両手で制止するポーズを取りながら(なだ)めようとする。


「分かったよ。ここでドクを責めてもしょうがねえ、もう少し奥に行ってみるか」

「待ってくださーいっ! わわっ!? わぷっ……」

 小さくため息をついたミサヲが背中を反るように大きく伸びをしてからその場を離れようとした瞬間、物陰で様子を窺っていたシアラが慌てて飛び出したまま勢い余ってミサヲの胸元へと突っ込んだ。

「な、なんだぁ!? おい見ろドク、あたしの谷間に天使が舞い降りて来たぞ!」

 話しかける事で人避けの結界が消えて突如現れたように見えたシアラをミサヲが驚きながら抱き上げると、興奮と歓喜の入り混じった表情で抱きしめた。


「うわわぁっ……むぐっ」

「こんな【遺跡】に女の子? 目に見える【証】も無いようだけど何者だ?」

 ミサヲの豊満な胸に顔を埋められて手足をばたつかせるシアラに、ドクは重心を落とした腰から何かを取り出せるよう手を当てて身構えた。

「だから落ち着けよドク、こんなに可愛い女の子が人間の訳ないだろ? この()はジゅう人だよ、タイプは……へぇ、サキュバスとは珍しい」

「ぷはっ、助かった……えーっと、タイプ鬼とタイプレプラコーン?」

 タイプを確認するためにミサヲの胸から解放されたシアラは、自身を囲む2人の顔を見てジゅう人の種別を確認しつつ様子を観察する。


 シアラを抱きしめたタイプ鬼のジゅう人、ミサヲは長い茶髪の中から2本の角が伸びて後ろの髪は持ち上げるように縛ってまとめ、虎の刺繍が施された赤いサテン生地のジャンパーは前をはだけて羽織り、下に着ている裾結びにした短いシャツは豊満な胸に押し上げられて筋肉質の腹部が露わになり、デニム生地のホットパンツからは肉感的な太ももを覗かせて引き締まりながらもスタイル抜群の女性。


 そこから距離を置いて身構えるタイプレプラコーンのジゅう人、ドクは黒い髪を目の上にかかるほどに伸ばして医者や学者の白衣を黒く塗り替えたような服を着た細身の青年であり、シアラがジゅう人だとミサヲから聞いて警戒を解いた。


「ドクはどこまでポンコツなんだよ? 顔を見ればジゅう人だって分かるだろ?」

「どうせボクはジゅう人の出来損ないだよ。それより何で女の子がこの【遺跡】にいるんだ?」

 呆れるミサヲにドクが不機嫌そうに返しながらもシアラの存在に疑問を持つが、ミサヲは意に介せずにシアラを顔の高さまで持ち上げて微笑みかけた。

「まずは自己紹介だろ、あたしは相曽実(あいそみ)ミサヲ。よろしくな、可愛い天使ちゃん」

「わたしは榧璃乃(かやりの)シアラですっ、天使なんかじゃありませんっ! 教授との大事な約束があるんですっ、降ろしてくださいっ!」

 自らを抱き上げて全く離す気配の無いミサヲの手をどうにか振り解こうと必死にもがき続けたシアラだが、全くかなわずに再びミサヲに抱き締められた。

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