第28話【敵を知れども】
乙鳥商店で買った朝食を地下訓練室で食べた鋭時達、
ひと心地着いたところで鋭時は改めてドクにA因子について質問した。
「全く実感が湧かないのも仕方ないよ。A因子は人間の脳内にあるにはあるけど、ジゅう人と接触するまでは観測さえされなかった未知の物質だからね」
「あるのに観測されなかった?」
肩をすくめてからA因子と人間の関わりを説明するドクに、鋭時は頭に疑問符がいくつも浮かんだような顔で首を傾げる。
「A因子の発見から約200年経った今でさえ確認出来てる効果はジゅう人女性の繁殖本能を覚醒させるだけで、この物質自体が【大異変】の後で人間が持つようになったのか、それとも遥か以前から存在していたのかすら調べる術が無いんだ」
「人間だけでは何の意味も無い訳か……それでドク、単刀直入に聞くけどA因子の強い人間って何か共通点みたいなのがあるんだろ?」
腕組みしたままのドクが頷きながらA因子を巡る大きな謎を説明すると、鋭時が満を持した様子で含みのある表情をドクに向けた。
「おいドク、そいつは本当なのかい!? だったら人間も機械無しで上物のオスを見分けられるって事じゃねえか!」
「落ち着いてよミサヲさん、どうして鋭時君はA因子の強い人間に共通点があると思ったんだい?」
鋭時の質問から重大な可能性を汲み取り大声を上げたミサヲに手のひらを向けて制止したドクは、コーヒーをひと口飲んで気を取り直してから鋭時に聞き返す。
「俺が学生の頃を思い出せなかった時のドクの言葉にさ……上手く言えないけど、何か引っかかりを感じてね。それに、記憶を失う前の俺がどんな人間だったのかを知れば、記憶を探る手掛かりになるかもしれないって思ったんだ……」
「それが分かったら教授の記憶が戻るんですよねっ!? マーくんっ、ぜひ教えてくださいっ!」
誤魔化すように頭を掻いた鋭時がA因子を調べる理由を話すと、鋭時の向かいに座ってホイップクリームを挟んだメロンパンを食べ終えたシアラが興奮気味に身を乗り出した。
「ふむ……確かに一理あるか……とはいえ【忘却結界】は人格や性格を書き換える術式ではないし、今の鋭時君のような人間が特徴と言えば特徴かな?」
「つまり優しくてカッコいい人間ですねっ!」
顎に手を当ててしばらく考えてからお茶を濁すように愛想笑いを浮かべたドクの回答を聞いたシアラは、目を輝かせて向かいの鋭時を見つめる。
「おーいシアラさん。お褒めの言葉はありがたいけど、俺が知りたいのはA因子の強い人間が同じ人間の目からどう映るかなんだ。悪いけどドク、もう少し具体的に頼めないか?」
「……やれやれ、これはまだ隠しておきたかったんだよ……魔力量や術式の才能と言った傾向はあっても根拠が無いのが現状だ。魔法関連とは別の統計もあるけど、あまり迂闊な事は口走れないんだ」
吹き出しかけたコーヒーを寸でのところで飲み込んだ鋭時がシアラにぎこちなく感謝の笑みを向けてからドクに再度質問するが、ドクは誤魔化すように答えながら静かに首を横に振った。
「いいじゃねえかドク、ここにはあたしとシアラしかいないんだからさ」
「そうは言うけどミサヲさん、確認された傾向はとてもミサヲさんやシアラさんに聞かせられるものじゃないんだ」
頬張っていたおにぎりを飲み込んでから豪快に笑って説明を促すミサヲに、尚もドクは首を横に振って話を渋る。
「ここにはもう鋭時って上物の人間がいるんだ、今さら何を聞いても怒らねえから言ってみてくれ」
「それ言ってミサヲさんが怒らなかった例は無いけど、ここまで来たら引き下がれないか……分かった、情報提供する約束だからね。過去に既婚者や交際相手のいた男のA因子が突然活性化した例もあるにはあるけど、基本的にA因子の強い人間は交際相手がいない独身男性、端的に言えばモテない男が圧倒的に多いんだ」
今にも飛び掛からんばかりに身を乗り出したミサヲが凄むようにして微笑むと、ドクは観念したようにため息をついてからA因子の強い人間の特徴を説明した。
「ほえ? 何が問題なんですかっ、マーくん? 人間のパートナーがいる人間にはジゅう人が覚醒しないんですから、いい事じゃないですかっ!」
「シアラの言う通りだぜドク、人間同士が結ばれるより尊い事は無いだろ?」
「やれやれ……こんな杞憂があるとは思いもしなかったよ。敢えて要約するなら、どんな慈善家も事業資金の足し程度にしか見ない人間の命と人生に正面から真剣に向き合えるのはジゅう人だけって訳だ」
拍子抜けした様子で聞き返すシアラと、シアラに同意するように頷いたミサヲを見たドクは困惑と安堵の入り混じったため息をつきながら肩をすくめる。
「それってA因子というよりジゅう人の要約になってないか?」
「確かに……結局A因子はジゅう人がいないと何も意味が無いからね……」
「でも参考にはなったぜドク、取り敢えず人間から見た俺には特徴と言えるものが何も無いのは分かったんだから。手掛かりにはならなかったけどさ……」
呆れ顔で聞き返して来た鋭時にドクが再度肩をすくめてA因子の根本的な特性を説明すると、鋭時は頭を掻いてから肩の荷が下りたようにため息をついた。
「そうかい? 俺には何か収穫があったように見えるけど?」
「何言ってんだよ、ドク……手掛かりひとつ見付からなかったのに、そんな事ある訳ないだろ?」
気を抜いた瞬間にドクから意味深長な言葉を投げ掛けられた鋭時は、驚き慌てて両手のひらをドクに向けながら必死に首を横に振る。
「教授っ、マーくんっ! 情報が無いのも貴重な情報、でしょっ?」
「ははっ、なるほど参った。シアラさんなら必ず鋭時君の助けになれるよ」
カップに入ったヨーグルトを食べ終えたシアラが緊迫した空気の間に割って入るように微笑むと、毒気を抜かれたドクは額に手を当てて崩れるように微笑んだ。
「俺は充分助けられたよ、これ以上シアラに迷惑掛ける訳には……」
「いいじゃねえか鋭時、これからも助け合えば」
緊迫した空気から解放されても項垂れる鋭時に、ミサヲがペットボトルのお茶を飲み終えてから微笑む。
「ミサヲさんの言う通りだ、もう鋭時君はひとりじゃないんだよ。さて、腹も話もひと段落した事だし訓練を始めようか?」
「そうだな、今は一刻も早く体を動かしたい気分だぜ」
全員が食事を終えた事を確認したドクが立ち上がってからゴミをLab13の中に入れ始めると、同じく立ち上がった鋭時が先送りするしかない複雑で難しい問題を忘れようとゴミ捨てを手伝い始めた。
▼
「まずは今の力量を測る為にDDゲートに入ってもらおうか?」
控室の片付けを終えて訓練室に入ると同時にドクは訓練室の真ん中に移動して、小さな朱色の鳥居を載せた台座、DDゲートを出現させる。
「おいドク、いきなりDDゲートはキツくないか? まず準備運動に構えの復習をさせるとかよ……」
「忘れたのかいミサヲさん? これは掃除屋の訓練なのと同時に鋭時君に掃除屋を諦めてもらう目的もあるんだ。鋭時君に素質があるのなら、この程度の嫌がらせを乗り越えてもらわないと」
訓練開始と同時に死の疑似体験をさせようとするドクにミサヲが苦言を呈そうとするが、ドクは悪戯じみた笑顔で遮ってから鋭時の方へ顔を向けた。
「本人に目的を告げるとか随分律義な嫌がらせだな……でも言いたい事は何となく分かったぜ」
「理解が早いと助かるよ。世の中常に効率のいい選択が出来るって訳でもないし、する人なんてもっと少ない。そろそろ起動していいかな?」
堂々と目的を明かされて呆れながらも納得して頷いた鋭時に、ドクは満足そうに微笑んで肩をすくめてからDDゲートに手を伸ばす。
「ああ、頼むぜドク。また後でな、シアラ」
「はいっ! お互い頑張りましょうねっ、教授っ!」
「シアラ、鋭時、がんばって来いよ!」
「ミサヲさんが再会するのは1分後でしょ。まあいい、起動だ」
訓練に向けて互いを励まし合う鋭時とシアラを眺めていたミサヲが激励し、吹き出しそうになったドクがミサヲに釘を刺してからDDゲートを起動した。
▼
「クリア条件は昨日と同じでZK10体分の【破威石】……ここが夢ん中なんて、いまだに信じられないな……」
ステ=イションの入口ゲートを模した大鳥居型の物体正面に表示された説明文を確認した鋭時は、自分の目の前に広がる光景が機械の見せる夢と聞かされていても尚驚きを隠せずに【遺跡】へ向かって歩き出す。
そのまましばし歩き続けた鋭時は既に訓練の内容を知っているせいもあってか、迷う事無く再開発区と【遺跡】の境目に到着した。
「【振動感知】……昨日も思ったけど、この術式は俺には合わないな……」
慎重に周囲を見回しながら【遺跡】に足を踏み入れた鋭時がアーカイブロッドに組み込まれている既存の探索術式を発動するが、探知した振動の切り分けに困難を極めて眉を顰める。
「せっかく周囲の情報を手に入れても、読むのに時間が掛かれば意味無いだろ……そうか……! だったら自分の使いやすい術式を作ればいいんだ!」
境目まで戻って再開発区に入った鋭時が手にしたアーカイブロッドを眺めながらしばし思考癖を働かせていると、唐突に解決策を思い付いて大声を上げた。
「とはいえ、さすがにシアラの【空間観測】を俺がそのまま使えないよな……」
参考にする探索術式を思案していた鋭時はシアラが使った周囲の空間を観測した術式を思い出すが、魔力の消費量を考えて即座に断念する。
「どうしたもんかな……でもシアラも頑張ってんだ、最初は音と光で脅かす術しか使えなかったのに今では……ん? 待てよ……音……?」
身の丈に合った探索術式を作成するために鋭時が再度思考癖を働かせ始めると、初めてZKと対峙した時のシアラの行動を思い出して新たな可能性を思い付いた。
「さすがに爆音だと敵に見付かるだろうが、超音波なら敵に見付かりにくいだろ。後はこいつに【振動感知】と同じく俺だけが拾える魔力を設定すれば……」
アーカイブロッドに組み込まれている術式を確認した鋭時は、【爆音閃光】の爆音部分を取り出して周波数を変更しつつ【振動感知】の感知設定を追加する。
「完成だ!……【反響索敵】とでも名付けるか、さっそく使ってみよう」
組み上げ終えた探索術式に鋭時が名前を付けると、新たな術式の効果を試すべく再度【遺跡】に足を踏み入れた。
▼
「ここら辺でいいかな?……【反響索敵】」
周囲を警戒しながら物陰へと隠れた鋭時は、完成させて間もない探索術式を発動して右手に握ったアーカイブロッドの先端から魔力を帯びた超音波を放つと同時に目を閉じて意識を集中する。
(見える……! これなら俺でも手早く索敵出来るぜ!)
反射してきた超音波に含まれる魔力を全身で受け止める事によって自分の周囲の地形などを細かく把握出来た鋭時は、興奮を抑えつつ心の中で大声を上げた。
▼
(昨日俺の腹を刺した奴も隠れてやがるな……まずはこいつを駆除するか……)
物陰を伝って慎重な移動を繰り返しながら【反響索敵】を使った鋭時は、近くの廃ビルに潜む4体のZKを感知する。
そして、そのうちの1体が昨日の訓練で自分を死に追いやったZKと同じく腕の外殻を槍のように伸ばしている事に気付くと、鋭時は訓練の成功率を高めるために駆除の順番を決定した。
「今だ!【凍結針】!」
『ギギッ!?』
廃ビルの外壁に背を付けて槍のような外殻を持ったZKの様子をガラスの外れた窓から伺っていた鋭時が背中を見せた隙を突いて刺さった周囲のものを凍結させる針の術式を飛ばすが、術式に気付いた槍のZKは骨が軋むような音を立てて素早く振り向きながら銀色の槍のような腕の外殻で針を弾き落す。
「なっ!? もう一回【凍結……」
『ギー!』
予想外の反応速度に驚愕した鋭時が自分を落ち着かせるように同じ術式を放とうとするが、ZKも同時に槍のような腕の外殻を鋭時に突き出した。
「食らうか! ヨシ、行ける……!」
咄嗟にアーカイブロッドの中心から等間隔の位置に両手で握り直して槍のような外殻を受け流した鋭時が返す刀で術式を発動させようとするが、既に鉤爪を持った3体のZKに取り囲まれていると気付いて言葉を詰まらせる。
『ギギギー!』
「しまっ……ぐっ……!」
(痛い!……命を落とさないと頭で分かってても、死の恐怖が……迫って来る……俺は……あと何回これ……を経験しない……といけないんだよ?……でも諦め……たらシ……アラ……ひとりに……)
骨の軋みとも奇声ともつかない音を上げながら近付いて来たZKが一斉に鉤爪を振り上げながら飛び掛かり、避ける事も防ぐ事も出来なかった鋭時の体は瞬く間に切り刻まれて恐怖と後悔の中で鋭時の意識が遠退いて行った。
▼
「うわぁぁ!? はぁ……はぁ……結局戻っちまったか……一筋縄で行かないのは分かってるけど、1周も出来ないのは悔しいな……!」
「お帰り鋭時君、かなり苦戦してるようだね」
「見てたのかよ……ちょっと恥ずかしいな」
大声が出て呼吸が出来ると気付き、訓練室に戻って来たと理解した鋭時が憤りを隠せない様子で周囲を見回し、心配そうに微笑んだドクと目が合って照れ臭そうに頭を掻く。
「いや、こちらから鋭時君達の様子を見れないよ。誰も見てないからDDゲートの中では各自が全力を出せる反面、誰もアドバイスを出来ない完全な自己責任による個人主義なんだ。まあ仮に中を見れたとしても訓練中の出来事が1分に圧縮されて表示されるから、見れないも同然だけどね」
「なるほど、それなら俺がどんな手を思い付いても安心だ……」
肩をすくめたドクがDDゲートの特性に伴う訓練の不文律を説明すると、鋭時はDDゲートの見せた夢の中にいる時に完成させた術式、【反響索敵】がアーカイブロッドに追加されている事に気付いて納得してからシアラの方へ顔を向けた。
「ところでシアラは大丈夫なのか? その……どこまで行けたんだ……?」
「わたしは3回スタート地点に戻りましたけど、次で油断してしまいました……」
気遣うようにぎこちない笑みを浮かべながら遠慮がちに訓練の成果を聞いて来た鋭時に、シアラも俯きながら遠慮がちに答える。
「もうそこまで出来るようになったのか、やっぱりシアラは凄いな……」
「教授のアドバイスのおかげですっ! わたし、絶対に強くなって教授を守りますからっ!」
索敵用の術式をひとつ完成させただけの鋭時が驚きながら自嘲気味に微笑むと、シアラは満面の笑みを返してから決意を固めた真剣な眼差しを鋭時に向けた。
「ははっ……とにかく俺はあの槍みたいな腕のZKをどうにかしないと……」
「鋭時君の話してるZKはおそらくL型、ランサーシルバだ。K型より硬い外殻を持ったZKだよ」
鼻息荒く見詰めて来たシアラの視線に曖昧な笑みを返しながら頭を掻いた鋭時の呟きを聞いたドクは、鋭時が苦戦したZKの特徴を簡単に説明する。
「K型ってのは【遺跡】で見た鉤爪の奴だろ? 確かドクはナイフ……ロールって呼んでたか?」
「その通り、ナイフロールだね。ZKは発生直後に対応した組織の付けた呼称か、その頭文字で呼び分けしてるんだ」
比較対象としてドクが出したK型ZKについて【遺跡】での出来事を思い出した鋭時が質問すると、ドクは嬉しそうに頷きながらZKの呼称について説明した。
「呼び方にそんな決まりがあったのか……なあドク、ZKについてもう少し詳しく教えてくれないか?」
「ちょうどいいから今日の座学のテーマはそれにしようか」
腕を組んで頷きつつ感心するも新たな疑問に当たって顔を上げる鋭時に、ドクは本格的な説明を始めるべくLab13からパイプ椅子を取り出し始める。
「まずはここに掛けてくれ、並びは昨日と同じでいいかな?」
「相変わらず手際だけはいいな、ドクは……でもよ、シアラ達に変な事を吹き込んだら承知しねえからな」
手際よく3つのパイプ椅子を並べ終えたドクが説明にはやる気持ちを抑えながら着席を促すと、不機嫌な様子のミサヲが左端のパイプ椅子に大股で腰掛け、中央にシアラ、右端に鋭時が続けて腰掛けた。
「分かってるよミサヲさん、と言ってもZKに関しては分からない事が多いんだ。何せ生け捕りが困難な上に駆除すれば【破威石】残して跡形も無く消え去るから、どうしても観測データが中心になるんだよ」
「そうなのか、地球の生物とはまるで違うんだな」
威嚇するように腕を組んで睨み付けるミサヲに肩をすくめたドクがZKの全容が明らかにされない理由を説明し、鋭時は興味深く相槌を打つ。
「現状分かってるのは、ZKがこの世界やジゅう人の住んでた世界とは異なる世界から来た事、対話不可能な事、人間とジゅう人の双方の敵である事くらいかな?」
「それじゃあドク、まずはZKが何でそう呼ばれてるかをシアラと鋭時に教えたらどうだ?」
頷く鋭時に答えるようにドクが複雑な表情でZKの概要を説明すると、ミサヲが組んだ腕をほどいて頭を掻きながらZKの由来から説明するよう助言した。
「確か俺が初めてステ=イションに来た日に警察署で話してたな? 警察では悪性怪生物って呼んでるとか……ああ見えて生物なんだよな?」
「そうだね、鋭時君。発見当初から駆除してた現場では異界の潜兵、さらに縮めてZKと呼んでたんだが、これはZKが単体から10体前後の群れを作って縄張りを守るように限定された区域を周回する習性から名付けられたんだ」
警察署での会話を思い出して質問をする鋭時にドクが答えるように頷いてから、異界の潜兵の呼称が先に付けられた経緯を説明する。
「異なる世界から来て縄張りを守るから異界の潜兵って訳か……」
「ZKは縄張りの中にある人の姿をしたもの、例えば店のマネキンや公園の銅像、果ては地蔵や仏像に至るまで徹底的に破壊するんだ。もちろんの話だが生きている人間やジゅう人にも襲い掛かって来る」
受けた説明を噛み砕いて飲み込むかのように鋭時が何度も頷いていると、ドクは縄張りを作るZKのさらに厄介な習性についての解説を重ねた。
「確か【遺跡】でZKの好物は人間の生き血だって言ってたよな……それも縄張り作りに関係あるのか?」
「いや、人間の生き血は好物ではあるが主食じゃないんだ。ZKの解剖が出来ないから詳細は不明だが、生物の血液が主食ならZKはとっくに餓死して消えてるよ。兵糧攻めは兵器で直接相手を傷付けない平和的かつ人道的な解決手段と言えるが、ZK相手には選択出来なかったんだ」
【遺跡】での出来事を思い出した鋭時の質問に、ドクは遠い目をして首を静かに横に振ってから皮肉を込めた笑顔を浮かべて肩をすくめる。
「確かにそうだな。ZKがこの世から消えりゃあ、居住区の中に閉じこもらないで多くの人間と暮らせるんだからよ」
「その通りだがZKを効率よく駆除する研究も遅々として進んでないのが現状だ、和解も停戦も絶対に出来ないし地道に駆除してくしかないね」
直接戦わずにZKを駆除するアイディアに対してミサヲが同意するように大きく頷くと、ドクは遠くを見るような眼をして頭を掻いた。
「なるほど、確かに対話が不可能で人類の敵って呼ばれる訳だ。居住区を積極的に襲おうとしないのが不幸中の幸いなくらいか……」
「それでも人類は、避難住民の居住区確保とZKへの対抗策を模索する中で多くの犠牲者を出してしまった。だが地道な観測の結果ZKの頭部制御核か胸部動力核、その両者を繋ぐ頸部バイパスのいずれかを破壊すれば駆除が出来る事を発見して、ZKが生物だと確認出来たんだ」
危険極まりないZKの習性に納得して頷いた鋭時に、ドクは人類がZKの正体を暴くに至った歴史を遠い目をして説明する。
「歴史の授業で習ったのを思い出したけど、それで政府もZKの呼び方を怪生物にしたんだったよな?」
「そうだねミサヲさん。当時の臨時政府はこれらの成果を参考にZKの正式名称を旧都市群占拠型悪性怪生物として、関連法案を次々成立させたんだ」
学生時代の授業を思い出したミサヲが記憶を確認するように質問すると、ドクは正解を言い渡すように微笑んでから現在につながる人類のZK対策を説明した。
「へえ、呼び方ってそんなに重要なのか?」
「国という大勢の人の集まりを動かす為には法と言うルールが必要だし、ルールを作るには共通の認識が必要だからね」
ZKに対する最初の行動が正式名称の決定と聞いて呆れるミサヲに、ドクは集団生活における名称の重要性を説明する。
「そういうもんか、でもあんなにあたし達と違うのに生物とはねぇ……逆に気軽な気持ちで駆除出来るけどよ」
「ミサヲさんの言う通り人類には不幸中の幸いだったんだ。ZKがあんな無機質な体組織をしてたからなのか、身勝手な理屈で駆除の妨害をした団体に賛同する人も少なかったんだよ。もしZKに血肉があったら、妨害も深刻になってただろうね」
興味無さそうに頷いたミサヲが気を取り直すように肩のスリングベルトを握って自らの得物、放電銃ミセリコルデの入ったケースを膝の上に載せると、ドクも同意するように頷いてから笑いを堪えるように当時の状況を説明した。
「でも何となく分かるぜ。あんな作り物みたいな奴だったから、俺も最初のZKを駆除した後に何も迷いも無く次のZKを駆除出来たんだ」
「【大異変】直後の人類も最初こそ多くの犠牲を払ったけど安全な居住区を造って多くの国民を救済出来たのは、ZK駆除への意識的なハードルが低かったからだ。なんて話もあるくらいだからね」
【遺跡】でZKに命を狙われた時の事を思い出して乾いた笑いを浮かべる鋭時を気遣うように、ドクは【大異変】当時の逸話を紹介する。
「ところでドク、居住区の安全確保に欠かせないのがZKを駆除した時に手に入る【破威石】なんだよな?」
「そうだね鋭時君。【破威石】無しにここまでの復興は無かったし、これから先の居住区の拡大にも欠かせないものだ」
「今の人類に欠かせないもの……俺はどういう風に関わってたんだ……?」
復興時のエピソードに関する鋭時の新たな質問にドクが笑顔で答えると、鋭時は顎に手を当ててから俯いて考え込んでしまった。
「ふむ……鋭時君はZKと戦闘して何か思い出せそうだと言ってたね? それならZKの種類をいくつか見てみようか?」
「よろしく頼むぜドク。俺の知ってるZKがあるかもしれないし、何か手掛かりを思い出せるかもしれない」
「了解した、今現在知られてるZKのデータをアーカイブロッドに送るから出してくれないか? シアラさんは……」
しばし考えてからZKの詳しい説明を始めようとするドクに鋭時が快く頷くが、Tダイバースコープを起動したドクはシアラの方を向いて操作の手を止める。
「電子データならヴィーノに送ってもらえますかっ? ヴィーノには再生用の術式が入ってますのでっ!」
「了解した、今転送するね。そいつを教科書代わりに開いてくれ」
「届いたぜ、ドク。よろしく頼む」
「こっちも届きましたよっ、マーくんっ!」
データを送る方法を考えていたドクにシアラが手の甲に被るような着物の袖からウサギのぬいぐるみを取り出しながら微笑むと、ドクは安堵した表情で頷いてからTダイバースコープを操作して鋭時とシアラはそれぞれデータの受信を確認した。
「上手くいったようだね、まずはK型から説明しよう」
「確かこいつは【遺跡】で実物を見た奴だな、ヒラネさんも数が多いって言ってたような……」
「そうだね、石を投げればK型に当たると言われてるくらいにZKの中でもK型の比率は大きいんだ。だから多くの人間やジゅう人を手にかけてると同時にデータも多く残ってる」
自分の真横に投影させた黒板型立体映像に鉤爪を持ったZKの画像を映し出したドクに続くように同じZKのデータを開いた鋭時の呟きに、ドクは頷きつつ淡々と説明をしながらも少し顔を曇らせる。
「数が多いとそうなるよな……それでこいつはどんなZKなんだ?」
「K型はナイフロールの異名通り、ナイフのような鉤爪とバネのような脚を使って獲物を狩るんだ。他に生物の判断力を鈍らせる催眠術らしきものを使って来るが、これはさっきヒラネさんからも説明を受けたね」
重苦しい空気を振り払うかのように鋭時がK型について質問すると、ドクは気を取り直した様子でK型の特徴をひと通り説明してから複雑な表情で微笑んだ。
「その流れで【薬物耐性】と【精神防壁】を組み込んだ術具をもらったんだ」
「まさかこういう形で耐性術式を手に入れちまうとはね、俺としては訓練の過程で気付くついでに何かを思い出せればと思ったんだが……」
嬉しそうに微笑んでスーツの右袖の収納術式に入れた術具につながる腕の革紐を見せる鋭時に、ドクは乾いた笑みを浮かべながら小さくため息をつく。
「悪いなドク、耐性術式の話を聞いても何も思い出せなかったんだよ。だとしたら俺は、ZKのいる【遺跡】に耐性無しで立ち入ってた事になるのかもしれない」
「なんだって!? ジゅう人でも耐性術式無しだと生存率が落ちるって言うのに、ロジネル型の責任者はジゅう人より弱い人間に何させてやがんだよ!?」
ドクに思惑を聞かされても何も思い出せなかった鋭時が居心地悪そうに指で頬を掻いてから腕組みして考え込むと、驚いたミサヲが訓練室全体を揺らさんばかりの大声を上げて立ち上がった。
「落ち着いてミサヲさん、ここで怒鳴っても何にもなんないよ」
「すまねえ……ここで怒ってもどうにもならねえのは分かってるけど、つい……」
耳を塞ぐ仕草をしたドクに窘められたミサヲは、ばつが悪そうに頭を掻いてから椅子に座った。
「とは言え鋭時君の話が本当だとしたら、かなり由々しき事態だ。仮に入る目的が駆除だとしても、K型を1体駆除するのにどれだけの犠牲を払っているやら……」
「俺もドクやみんなのアドバイスでZKの硬い外殻を破壊できる術式を作れたから生き残れたけど、まだ何も思い出せなかった……それに俺の術式が通じない奴までいたんだ……」
ミサヲの着席を確認してから安堵のため息をついたドクが顔を曇らせて俯くと、ZKを駆除する手段を得るも記憶の手掛かりを得られなかった鋭時も俯いて新たに立ちはだかった壁に考えを巡らせた。
「さっきも話したけど鋭時君が返り討ちに遭ったのはL型、ランサーシルバだね。左右どちらかの腕から伸びた槍状の外殻はK型よりも遥かに硬いから、それを破壊出来る手段を用意するか腕以外を狙うしか駆除手段が無いんだ」
「俺も腕以外を狙ったはずなのに、気が付いたら腕の外殻に防がれちまったんだ。硬さもだけどスピードも相当なもんだったぜ……」
暗に諦めを促すようにL型の特徴を説明するドクの思惑に気付かない振りをした鋭時は、頭を掻きながら敗因を口に出して情報を聞き出そうとする。
「L型に限らず、ZK全般のスピードはK型を最低基準と考えた方がいい」
「なるほど……K型より大きいから動きが鈍ると勘違いしちまったのか……」
ZKの基本的な能力判断基準をドクが説明すると、反省点に気付いた鋭時は頭を掻く手を止めてから腕組みして考え込んだ。
「見た目に騙され命を落とした人も大勢いたから、油断は禁物だよ。次いいかな? 次はP型、サイコマグノリアだ。複数の板状外殻に覆われていて、様々な催眠術と毒ガスを使って来るんだ。耐性術式が無ければまず勝ち目は無いんだけど、板状の外殻対策も忘れないように」
「ヒラネさんの言ってた毒ガスを使うZKってこいつの事だったのか……」
ZKの基本的な特徴を説明してから新たなZKの説明を始めるドクに、鋭時は乙鳥商店でヒラネから受けたアドバイスを思い出して推測するように呟く。
「そうだぜ鋭時、ヒラネはあたしよりも先に掃除屋になって多くの【遺跡】で武者修行したんだ。歳はあたしよりも下だが経験と知識はヒラネの方がずっと上だぜ」
「きっとこれからも鋭時君達の助けになってくれる、個人的には不本意だけどね」
鋭時の推測を肯定するように頷いたミサヲがヒラネの経歴を紹介して微笑むと、ドクは同意するように微笑みながらも釈然としない様子で肩をすくめた。
「その思惑を堂々と言えるドクには、ある意味感心するぜ……」
「取り敢えず説明を続けようか? 次はB型、ブレイズマーダーだね。打撃と火炎術式のような攻撃を1人に集中して来るんだ。外見はK型の手足を棒に入れ換えた感じで目立った特徴は無いけど、油断しないよう要注意だよ」
「無個性だけど危険な集団か……確かに要注意だな……」
指で頬を掻きながら呆れた鋭時は、新たなZKの立体映像を投影しながら説明を始めたドクに軽くいなされながらも目の前の立体映像を注視しながら頷く。
「あとはI型、インパクトサンドかな? 縦に割れたような形状をしてて、左右のパーツが離れて合わさると同時に衝撃波を撒き散らす。確認された数は少ないけど要注意だよ。昼休憩まではこれらのデータを使って武術の訓練をしてみようか?」
「待ってくれドク。このデータには他にC1型とC2型、あと……従来型ってのが残ってるんだが?」
I型の説明を終えたドクが立体映像を消して次の訓練の準備に入ろうとすると、アーカイブロッドのデータを眺めていた鋭時が呼び止めた。
「C1型、クラッシュグランとC2型、キャノンスタッカーだけど、この2種類はどちらも遭遇例が少ないんだ。クラッシュグランは硬い外殻を利用した近接攻撃、キャノンスタッカーは砲撃に相当する攻撃を得意とするらしいが、データが少なくDDゲートには入ってないんだよ」
「あたしも実物を見た事は無いぜ、ヒラネでも無いんじゃないか……?」
鋭時の質問に申し訳なさそうな顔で首を振ったドクに同意するように、ミサヲも腕組みしながら静かに首を横に振る。
「それじゃあ俺も何も思い出せないな……ところでこの従来型ってのは?」
「記録によるとZKは、空中に開いた別の世界の裂け目から塊の状態でこの世界に飛来したらしいんだ。そして塊から様々なZKに分離して活動したんだが、中には分離しないまま潜伏するものもいて、そいつを従来型と名付けたんだ」
2人の説明を聞いて納得した鋭時が残り1種類のZKについての質問をすると、ドクがZK出現時の状況と合わせて従来型の名前の由来を説明した。
「こいつにコードネームが無いのは、遠距離からの観測データが殆どで戦闘記録が残ってないからなんだ。万が一戦闘になれば無数のZKに囲まれるだろうし、まず生きて帰れないだろうね。それじゃあミサヲさん、シアラさんをよろしく頼むよ」
ひと呼吸置いて従来型の危険性の説明を終えたドクは、ミサヲにシアラの訓練の指導を依頼する。
「まかせとけドク、さあシアラ、あっちで訓練しようぜ」
「はいっ! よろしくお願いしますねっ、ミサちゃんっ!」
喜びを全く隠さずにミサヲが立ち上がると同時にシアラも立ち上がって近付き、2人は手をつないで訓練室の奥へ移動を始めた。
「やれやれ……掃除屋の訓練じゃなけりゃ平和な光景そのものなんだが……まずは俺もデータの確認を……」
「アーカイブロッドに送ったZKのデータには【傀儡演武】の型や技に連動して立体映像を映し出す機能があるから、名前よりも特徴を覚えるんだ。ではこっちも始めようか?」
「なるほど、立体映像のZK相手に決まった型を学ぶのか……」
仲良く手をつないで歩く2人の後ろ姿を眺めながら複雑な表情を浮かべた鋭時が立ち上がると同時にドクがデータの活用法を説明すると、鋭時は感心して頷きつつ【傀儡演武】の術式を発動して杖術の訓練を始めた。