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第27話【疑惑】

未覚醒のジゅう人を疑似覚醒させるAリマインダーを作ったヒカルだが、

ヒラネに手渡そうとした瞬間、ミサヲが捕まえてヒカルは宙に浮いてしまった。

「放してよ、ミサヲお姉ちゃん! ぼく何も隠してないって! ヒラネお姉ちゃんからも何とか言ってくれよ!」

「それはどうかな、ヒカルちゃん? ドクが分析するのを見越した仕掛けが隠してあるんでしょ?」

 ミサヲにサロペットの後ろの交差したベルトを掴まれて宙に浮かんだまま暴れるヒカルだが、ヒラネは動じる事無く覗き込むように顔を近付けて微笑む。

「そ、そんな事するわけ無いじゃない……」

「ヒラネの言う通りだ。ドク! 得意の分析眼鏡でフィルムも見てくれねえか?」

 優しく迫って来る笑顔から逃げるようにヒカルが目を逸らすと、ミサヲは確信を持った様子でドクに声を掛けた。


「もう見てるよ、なるほど巧妙に隠したものだ。フィルムを挿入してシャッターを切ると、本体に組み込まれた【睡眠煙霧(スリープミスト)】が作動する仕組みになってるよ」

「【睡眠煙霧(スリープミスト)】って、人を眠らせる術式の?」

 Tダイバースコープを通じて再度Aリマインダーを解析しながら呆れるドクに、鋭時(えいじ)が記憶を辿って効果を聞き返す。

「そうだね鋭時(えいじ)君。このAリマインダーには疑似覚醒フィルムを挿入して撮影した時だけ、【睡眠煙霧(スリープミスト)】で周囲一帯にいる生物を眠らせる仕掛けがあったんだ」

「周囲一帯ってどれくらいの範囲なんだ?」

「この店の中全部、と言ったところかな?」

 感心するように頷いてからAリマインダーに隠された効果を説明するドクに再度鋭時(えいじ)が質問すると、ドクは商品の陳列棚が並ぶ店内をひと通り見回しながら涼しい顔で算出した効果範囲を答えた。


「なっ!? それじゃあシアラもみんなも眠っちまうじゃねえか!」

「ご安心くださいっ、教授っ! わたしの結界服はどの仔でも大抵の術式や薬物に耐えられますからっ!」

 釣られて店内を見回しながら驚愕する鋭時(えいじ)を落ち着かせようと、シアラが着物の裾のフリルを摘まみ上げながら誇らしげに微笑みかける。

「そうだぜ鋭時(えいじ)。シアラには強力な結界があるし、掃除屋稼業をしてればこの手の術式への対策は常識だ。ついでに言えば作ったヒカルもな」

「ちぇ……やっぱりお姉ちゃん達の目は誤魔化せなかったかぁ」

 シアラに続いて大きく頷いたミサヲが背中を掴んで捕まえているヒカルに笑顔を向けると、宙に浮いたままのヒカルは観念したように項垂(うなだ)れた。


「つまり、この中で眠ったのは(おれ)だけって訳か……」

「どうかしら?【睡眠煙霧(スリープミスト)】みたいな術式は咄嗟に息を止めれば効果が薄まるし、そもそもの発生時間も短いの。えーじ君が寝ちゃう確率も半々だったでしょうね」

 呆れと自嘲が混じったような表情を浮かべる鋭時(えいじ)を眺めて首を傾げたヒラネが、Aリマインダーに組み込まれていた術式の特徴を説明する。

「ボクも調合した睡眠ガス弾を鬼畜中抜きに使う事はあるけど、術式よりその場に長く留まるガスでさえ効けば御の字、ほとんどは牽制か煙幕に終わるよ」

「なるほど、そういうものなのか……敵はZK(ズィーク)だけじゃないものな……」

 ヒラネの説明を補足するようにドクが化学薬品とジゅう人の関係を説明すると、鋭時(えいじ)(うつむ)いて考え込みながら呟いた。


「そういえばえーじ君も掃除屋を目指してるのよね? ZK(ズィーク)は数の多いK型でさえ判断力を鈍らせる催眠術を使えるし、他にも毒ガスみたいなものを使うZK(ズィーク)もいるから、薬物耐性や精神耐性の術式を身に付けるのも大事なのよ」

「催眠術……? だから、あの時……!」

「どうしたんですかっ、教授っ!?」

 優しく微笑むヒラネのアドバイスを受けた鋭時(えいじ)が初めてZK(ズィーク)に遭遇した時の事を思い出して愕然とした顔になり、シアラが心配そうなで表情で覗き込む。

「いや、何でもない! あー……すまないシアラ、今は本当に何でもないんだ……ヒラネさん、貴重な情報をありがとう。後で術式を探してみるよ」

「それなら他では手に入らないような、いい耐性術式があるわよ。人間の魔力でも使えるほど消費魔力も少ないし、きっとえーじ君を助けてくれるわ」

 シアラに心配を掛けまいと必死に否定しながら誤魔化すように礼を述べる鋭時(えいじ)の顔を見て微笑んだヒラネは足元の潜行魔法に潜り、縦に伸ばして楕円にした球体を長さ80cm程の筒の先端に取り付けた飾り気のない杖を持って戻って来た。


「そんな術式が……それ、ぜひ譲ってください!……出来れば少し安く」

「うふふ、そうね。今日は初めてだからお安くするわよ」

 掃除屋が実戦で使う耐性術式に興味を持ちながらも愛想笑いを浮かべる鋭時(えいじ)に、ヒラネは思わず吹き出しそうになりながら優しく頷く。

「なあヒラ(ねえ)。商売もいいけど、アタシ達は王子(おーじ)様にツバ付けらんないのかよ? このままだとウラ(ねえ)を探しに行く方法を考え直さないといけなくなるのかい?」

「いや、フィルムの疑似覚醒効果は本物だ。【睡眠煙霧(スリープミスト)】の術具だけを取り外せば目的は果たせるし、もう取り外したよ。後は鋭時(えいじ)君の協力次第だね」

 商売っ気を前面に出したヒラネにセイハが苛立ちを隠せない様子で問い質すと、ヒラネに変わってドクがAリマインダーを手に取りながら楽しそうに頷いた。


「それじゃあワタシとセイちゃんがえーじ君の写真を撮影させてもらう代わりに、耐性術式を組み込んだ術具をひとつあげるのはどうかしら?」

「写真撮るだけで特に何か減るもんでもなし、そこまでしてもらわなくても……」

 拍手するように両手を合わせて微笑むヒラネの提案を鋭時(えいじ)は遠慮がちに断ろうとするが、ヒラネとセイハが半歩詰め寄ってそれぞれ口を開く。

「そんなに遠慮すんなよ王子(おーじ)様、対価としてはこれでも安い方なんだ。もっと色を付けたいくらいだぜ」

「そうよ、えーじ君? ここでは人間自体が珍しいの。記憶探しと掃除屋の訓練で難しいかもしれないけど、えーじ君はもう少し自分の価値を知ってちょうだい」

「分かりました、そこまで言うなら今回はお言葉に甘えますよ」

 背中から伸ばしたスライム体で作った手の親指を立てながら片目を瞑るセイハに続きヒラネが諭すようにステ=イションに置ける人間の価値を説明すると、鋭時(えいじ)は頭を掻きながらヒラネの提案を承諾した。


「よかったですねっ、ラコちゃん、シロちゃん。教授も早く写真を撮ってもらってくださいっ、でないと朝ごはんを食べる時間が遅くなってしまいますよっ!」

「そういやあたし達も朝飯買いに来たんだったな」

「じゃあ(おれ)が写真撮ってもらってる間に選んでてください」

 写真撮影の準備をする鋭時(えいじ)に冗談めかした微笑みを向けたシアラを見たミサヲが当初の予定を思い出し、ばつが悪そうに頭を掻いた鋭時(えいじ)は別行動を提案する。

「わかりましたっ! 教授の分はどうしますかっ?」

(おれ)のはパンを2個ほど適当に選んどいてくれ、それと出来ればコーヒーも頼む。分からなかったらドクに相談してくれ」

「おまかせくださいっ、教授っ! ミサちゃん、マーくん、行きましょうかっ!」

 朝食を選びに行こうと買い物かごを取ったシアラの質問に鋭時(えいじ)がドクの方へ目を向けてからぎこちなく微笑むと、シアラは満面の笑みを返してからミサヲとドクの先頭に立って商品の並んだ棚の陰へ消えて行った。



「やっと降ろしてくれたよ、ミサヲお姉ちゃんは乱暴だなあ……」

「ところでヒカルちゃん、それはどう使うのかしら?」

「普通のカメラと同じだよ、フィルムをセットしてから鋭時(えいじ)お兄ちゃんにレンズを向けてシャッターを切るだけさ」

 腰の辺りを擦りながら愚痴をこぼしたヒカルは、質問して来たヒラネにドクから返されたAリマインダーの操作方法を簡潔に説明する。

「ありがとうヒカルちゃん、さっそく写真を撮りましょうか? えーじ君、そこの棚の前に立ってもらえるかな?」

「これでいいか? 店、普通に営業中なんだろ? 早く済ませてくれないか?」

 ヒカルに礼を言ったヒラネが鋭時(えいじ)に顔を向けてからレジカウンター真ん中を手で指し示すと、鋭時(えいじ)は言われた通りの場所に移動しながらも居心地の悪そうな表情を浮かべた。


「なあヒラ(ねえ)王子(おーじ)様の言う事ももっともだ。もっと色気のある場所で撮ろうぜ」

「そんな事しちゃダメよ、セイちゃん。えーじ君をここから連れ出しちゃったら、シアラちゃんが心配しちゃうでしょ?」

 落ち着かない様子で店の入口を何度も見る鋭時(えいじ)に気付いて場所の変更を提案するセイハに、ヒラネは商品を並べた棚の方へ目を向けてから静かに首を横に振る。

「それもそうか……ならさっさと終わらせようぜ」

「まずワタシからでいいわよね? セイちゃん先にしたら、そのままウラちゃんを探しに飛び出しちゃうでしょ?」

「確かにそうかもね、じゃあヒラネお姉ちゃんからどうぞ」

 同じく商品を並べた棚の方へ目を向けたセイハがAリマインダーを受け取ろうと出した手を遮るようにヒラネが手を出すと、ヒカルは迷う素振りを見せる事も無く手にしたAリマインダーをヒラネに手渡した。


「おいヒカル、後で覚えとけよ」

「セイちゃん? ヒカルちゃんに何かしたら、承知しないわよ? 失礼するわね、えーじ君」

 ヒカルに小声で凄むセイハにヒラネが優しく微笑んで釘を刺し、そのまま鋭時(えいじ)にAリマインダーを向けてシャッターを切る。

「うっ……分かってるぜ、ヒラ(ねえ)……ってもう終わりか?」

「そうだよ? セイハお姉ちゃんでも操作出来るよう簡単な設計にしたから、早く次どうぞ」

「あのな……まあいい、この話はまた今度だ。こっちもすぐに終わらせるぜ」

 ヒラネの微笑みに身をすくめつつも撮影がすぐ終わって呆れるセイハにヒカルがカードのようなフィルムを差し出すと、セイハは口から飛び出しそうになる文句を堪えてフィルムを受け取ると同時にスライム体で作った手を伸ばしてヒラネからもAリマインダーを受け取り、複数の手を器用に使って手早く写真を撮った。


「ふむ……鋭時(えいじ)君のA因子との間に疑似的な紐付けが出来てるね、これならキミ達2人が他の人間を見ても覚醒しないよ」

「おっと……戻って来てたのか、ドク」

 背後でTダイバースコープを覗いて感心するドクに気付いた鋭時(えいじ)は、振り向いて安堵のため息をつく。

「ああ、鋭時(えいじ)君の分は選び終わったからね。それにこっちも興味あったし」

「そんな事よりドク、これでウラ(ねえ)を探しに行けるんだな?」

 心底安心した表情を浮かべる鋭時(えいじ)に自分の行動を弁明するようにドクが買い物の進捗を説明すると、セイハが割って入るようにドクに質問を投げ掛けた。


「セイちゃん、まだよ。他にも準備しないといけない事がたくさんあるでしょ?」

「分かってるよ……このまま闇雲に探しても見付からないって言いたいんだろ? とにかく今日は店にいるよ」

 ドクが回答するより早く微笑みを向けたヒラネに、セイハは観念したように頭を掻いてから白いタキシードのような服を脱ぎ始める。

「セイハさん!? いきなり何を……って、その服スライム体だったのかよ……」

「まあな、普段はだいたいこんな服だ。でもさ、ウラ(ねえ)と決着が付いたら王子(おーじ)様の好きな服を着てやるし、着ないのがお好みならそれでもいいぜ。じゃあ、ちょっと裏に行ってるよ」

「いや、だから(おれ)は……って、もう行っちまったよ……」

 慌てて後ろを向こうとした鋭時(えいじ)が床に落ちて粘液に姿を変えた服に気付いて安堵すると、体に沿って起伏のあるラインを浮かび上がらせるトレーニングウェア姿のセイハが嬉しそうに笑って鋭時(えいじ)が言葉を返すより早く店の奥に消えて行った。


「ところでヒラネお姉ちゃん、ぼくの買い物の会計をお願い出来るかい?」

「ちょっとハプニングはあったけれど、ヒカルちゃんの発明に助けてもらったのは確かだからフィルムのお礼でタダにするわね。さなちゃん、ヒカルちゃんの会計はワタシがするから、ちょっとだけ交代してくれるかしら?」

「はーい、さなは後ろに下がりまーす」

 いつの間にか買い物かごに複数の商品を入れて持って来たヒカルの当初の提案を了承したヒラネは、さなを下がらせながら潜行魔法でレジカウンターに入る。

「ありがとうヒラネお姉ちゃん、じゃあこれをお願いね」

「はい、かしこまりました。ふふっ、やっぱり2人分でも控えめなのね。あら? このキウイのサバラン、もしかしてスズナちゃんが食べるの?」

 嬉しそうに笑ったヒカルの持つ買い物かごを受け取って中を見たヒラネが優しく微笑みながらサンドイッチやおにぎりなどを手に取ってバーコードを読み込ませてレジ袋に入れるが、最後のプラスチック容器のバーコードを読ませる手が止まってヒカルに聞き返す。


「うん、スズナお姉ちゃんに頼まれたんだよ。昨日耐マタタビ術式を買ったから、効果を試したいんだって」

「そっか、昨日はあのままあたしの店に来たから試せなかったものな」

 楽しそうに頷くヒカルの後ろで、ミサヲが頭を掻きながら納得する。

「うわ!? ミサヲお姉ちゃん、もう選び終わったの?」

「ちょっと面白そうだから見に来ただけだ。スズナの事も聞きたかったしな」

 後ろから降って来た声に驚いたヒカルが慌てて振り向くと、両手に何も持たないミサヲが手を振りながら悪戯じみた笑みを浮かべつつ目を細めて微笑みに変えた。


「スズナお姉ちゃんだったら今日は休みだから、色々と試してみたい事がたくさんあるんだって。おかげでぼくも付き合わされちゃったけど」

「たまにはいい薬だな、ヒカル。スズナの事、よろしく頼んだぜ」

 指先で頬を掻きながら照れ笑いするヒカルの肩をしゃがんでから数回軽く叩いたミサヲは、そのまま頭を優しく撫でてから真剣な眼差しでヒカルの目を見つめる。

「そんなに悪い気はしないよ。じゃあまた新しい発明出来たら持って来るよ!」

「ありがとうございました、スズナちゃんにもよろしく伝えておいてね。ところでミサヲお姉様の方はよろしいのですか?」

「いけねっ! シアラを待たせたままだったぜ!」

 新しい遊びを見付けた子供のような笑顔を浮かべつつ店を出るヒカルを見送ったヒラネがミサヲの方を向いて遠慮がちに質問すると、ミサヲは慌てて商品の並んだ棚へと戻って行った。



「うふふ、ミサヲお姉様は相変わらずなんだから。お待たせしました、えーじ君。この中から好きなものを選んでちょうだいね」

(髪飾りに指輪か……こういうのってシアラには似合いそうなんだけどな……)

 呆れた笑顔でミサヲを見送ったヒラネが会計奥の棚から取り出したケースを見た鋭時(えいじ)は、女性向けのアクセサリーが並ぶケースに苦笑しながら目を走らせる。

「あら、それでいいのかしら?」

「え? ああ……無意識に掴んでたけど、この首飾りはいい感じだな」

 ヒラネの言葉で我に返った鋭時(えいじ)の手には、銛のように鋭い先端と釣り針のように湾曲した返しを合わせて根元に革紐を通したペンダントが握られていた。


「それは海で使う道具に似せて作ったらしいの、いつかZK(ズィーク)を全て駆除して自由に海に行けるよう祈りを込めたんだって」

「もしかして(おれ)の知り合いに海と関りのある人がいたのか……? これ持ってたら何かを思い出せるかもしれないな」

 銛の形をしたペンダントの由来をヒラネから聞いた鋭時(えいじ)は、いまだ思い出せない自身の記憶に期待を持ちながらヒラネに手渡す。

「ワタシもえーじ君の記憶が早く戻る事を祈ってるわね。それじゃあ始めるわよ、組み込む耐性術式は【薬物耐性(レジストケミカル)】と【精神防壁(マインドガード)】ね」

「ありがとうございますヒラネさん、さっそく使わせてもらいます……ネクタイが邪魔して上手く掛けられないな……一旦取るしか無いか……」

 優しく微笑みながら手にした杖を銛の形をしたペンダントにかざして耐性術式を組み込み終えたヒラネが鋭時(えいじ)にペンダントを手渡すと、拒絶回避が暴発しないよう慎重に受け取った鋭時(えいじ)は何度か首に掛けようとしてから観念したようにネクタイに手を掛けた。


「ちょっと横着し過ぎよ、えーじ君。でもね、こっちの紐を腕とかに巻いて残りを収納術式に入れておいても効果があるのよ。ちょっとした掃除屋の知恵かしら?」

「そんな方法が……確かにそれならアクセサリーに気を取られる事も無いか……」

 (たしな)めるように微笑んで自分の腕に巻いた革紐を見せるヒラネに感心した鋭時(えいじ)は、同じように革紐を腕に巻いてからアーカイブロッドの入っている収納術式に銛型のペンダントを入れる。

「これからもきっとえーじ君の助けになるわよ。さなちゃん、後はお願いね」

「はーい、さなは会計に戻りまーす」

「終わったか鋭時(えいじ)? 今こっちのレジで会計中なんだけど、4人分だからちょいと量が多いんだ。鋭時(えいじ)は店の中でも見て待っててくれないか?」

「分かりました、それじゃあ終わったら呼んでください」

 術具の装着と収納を完了した鋭時(えいじ)を励ますように微笑んだヒラネがさなと場所を入れ替わると、隣のレジカウンターに買い物かごを置いたミサヲが頭を掻きながら商品の並んだ棚を指差し、鋭時(えいじ)も軽く頷いてからレジカウンターを離れて行った。



「棚から商品を選ぶレトロスタイルの店か……品揃えはコンビニと同じみたいでも安いな……ん? コンビニ?」

「この店は魔法科学工場から直売してるようなものだから値段も安いんだ」

「そんな事より教授っ、何か思い出したんですかっ!?」

 食料品や飲料水などが並んだ棚をひと通り眺めてから呟いた鋭時(えいじ)の後ろでドクが疑問に答えるが、説明を遮るようにシアラが鋭時(えいじ)のスーツの袖を引く。

「駄目だ……さっきから色々頑張ってんだが、シャッターとコンビニと寝床以外は何も思い出せねえ……」

「理由は何となく推測できるよ、守秘義務に魔法が絡めばそんなもんさ」

 自分で発した言葉に疑問を感じた鋭時(えいじ)が記憶をさらに辿ろうとして断念すると、ドクは肩をすくめてからため息をついた。


「おそらく鋭時(えいじ)君の覚えてる品物の大半は、【大異変】以前に売られていたものと同じものだろう。ロジネル型にステ=イション型独自の商品は卸してないからね」

「【大異変】以前のものを……? いったいどういう事だ?」

 ロジネル型居住区の事情から鋭時(えいじ)の思い出したものの推測をするドクに、鋭時(えいじ)は呟くように質問を返す。

「ステ=イション、というかシショクの12人は何よりも優先して【大異変】前の嗜好品を復活させたのさ。とはいえ、味や香りをただ再現してもよく出来た偽物でしかないし、パッケージまで似せたら違法な模造品になる。だから彼らは商標権や特許権を持つ企業関係者を優先して保護したのさ」

「自分達のためにそんな事を……」

 呆れるように肩を何度もすくめたドクが住んでいる街の創設者達の取った方針を説明すると、鋭時(えいじ)も驚き呆れて言葉を詰まらせた。


「シショクの12人は神でも英雄でも無いから独自の基準で優先順位を付けたのも仕方ないさ。実際は彼等が保護したジゅう人達が多くの人間を助ける協力をして、彼等はその裏で政府とのパイプを繋げたに過ぎなかったんだけどね」

「ちょっと待ってくれ!【大異変】以前の嗜好品の復刻に何で政府が絡むんだ?」

「酒や煙草に限らず、数多くの商品を作る材料には様々な利権が絡むものなんだ。シショクの12人は、【大異変】によって以前の利権を失った官公庁との間に強い繋がりを持つ事にしたんだ」

 さらに肩をすくめて街の創設者達が選択した手段を説明したドクは、驚いて聞き返して来た鋭時(えいじ)に涼しい顔で手段を選択するに至った時代背景を説明する。


「そういう事か……当時は政府もまともに機能出来なかっただろうからな……」

「特に警察なんかは【大異変】前の利権を多く失ったからか、ステ=イションから提供された警備ロボットの製造や整備に関する企業は新たな利権と天下り先として大いに重宝してるって話なんだよ。おかげでジゅう人へのお目こぼしもスムーズに行った、って訳だ」

「治安を守るロボットを造ったまではいいとして、ジゅう人を守るためにそこまでするなんて恐れ入ったぜ……」

 【大異変】直後の政治情勢を想像しつつ納得するように頷く鋭時(えいじ)にドクが警察とジゅう人の関係を説明すると、鋭時(えいじ)は頭を掻いて呆れながらも感心した。


「大抵の権力者は利益さえ得られればどちらにでも向くものさ、だったら自分達の都合の良い方へと向くように利益を用意すればいい。おそらくシショクの12人はそう考えたんだろうね」

「言いたい事は何となく分かるけど、よく思い切ったな」

 涼しい顔で複雑な権力構造の中のシンプルな要素を説明したドクに、鋭時(えいじ)も半ば呆れて頷く。

「当時は何を拗らせたのかまでは分からないけれど国民の安全保護を優先するのに躊躇した権力者もいたんだが、異世界から来た難民であるジゅう人への支援という名目で最終的に国民救済政策に協力する形になったんだ」

「ジゅう人支援が国民の救済に……?」

 嫌な事を思い出すように遠い目をしたドクが穏やかな表情に変わってジゅう人が【大異変】後の復興に協力した歴史を説明すると、鋭時(えいじ)は全く理解の追い付かない様子で聞き返した。


「権力者がジゅう人を支援し、ジゅう人は帰化してその国の人間に尽くす。そして生活が充実した人間が税を納めてジゅう人を支援する資金にする。ジゅう人以外の移民や難民で同じ事をしても国民の負担になって復興は出来なかっただろうね」

「なるほど……権力者と国民の間の溝をジゅう人が埋める形で発展したのか……」

 【大異変】後の復興政策に於けるジゅう人の役割をドクから説明された鋭時(えいじ)は、ジゅう人の担った役割をようやく理解する。

「ロジネル型居住区にジゅう人がいないのが国民にとっては不幸だが、いかんせんジゅう人もロジネル型の座標を知らないから、窮地を知りようが無いんだよ」

「窮地ね……確かに(おれ)も既に解放されてたロジネルに迷い込んでなければ、ここに来る事無く消えてたんだろうな……」

 不完全な復興によって生じたロジネル型居住区の(ひずみ)を懸念しつつも打つ手を全く見出せないドクが肩をすくめると、鋭時(えいじ)も既にジゅう人が溢れる街に変貌していたロジネル型居住区最古の街、ロジネルを彷徨っていた自らの数奇な運命に感謝ともつかない不思議な感情が込み上げた。


「ミサヲさんの方も会計終わったみたいだし、この話はまた今度だ。だいぶ時間を食ってしまったし、このまま訓練室で朝食にしよう」

「待ってくれドク、一旦帰って部屋の片付けをしないと……」

 レジカウンターの方を見て直接地下の訓練室に向かおうとするドクだが、鋭時(えいじ)は慌てて手のひらを向けて難色を示す。

「片付けと言っても布団畳むだけだろ? どっちにしろチセリは布団を広げて……た、畳み直すだろうし、とにかくこのまま任せてやってくれねえか?」

「ほえ? チセりんは鼻がいいですから今頃は教授の布団で……むぎゅっ!?」

 会計を済ませて大きく膨らんだレジ袋を軽々と持ち、一瞬言葉を詰まらせてから誤魔化すように親指を立てたミサヲを眺めていたシアラが小首を傾げながら疑問を口にしようとするが、ミサヲは素早く袋を持っていない方の手でシアラの顔を胸に埋めさせるようにして持ち上げた。


「シアラもずっと立ってて疲れだろ? あたしが下の部屋まで担いでやんよ」

「むぎゅぎゅぅ……ぷはっ! わかりましたっ、ミサちゃんにお任せしますっ!」

 悪戯じみた笑みを浮かべながら囁くミサヲに、ようやく胸から脱出したシアラが意図を理解して満面の笑みを返す。

「シアラにも色々と負担掛けてたのか……それに布団だって昨日は奇麗に畳まれて乾燥機に入ってた……下手に畳むと余計な仕事を増やすかもしれないし、もう少し別の形で協力できるよう考えておくか……」

鋭時(えいじ)は真面目なんだな、だからチセリもスズナも何も変わらずにいられるんだ。改めて2人を覚醒させてくれた事を感謝するぜ」

 目の前のやり取りを見て自分の行いを顧みた鋭時(えいじ)が考え込んで呟くと、ミサヲが優しく微笑んでから神妙な顔付きをして頭を下げる。


「感謝だなんて、そんな……(おれ)はただ迷惑かけてばかりで……」

「そのうち分かるよ。あたしの親父も最初は戸惑ったけど、容赦なく押し倒したら観念したってお袋が言ってたぜ。さあ買い物も済んだし、早く下に行こうぜ」

 唐突な感謝に戸惑いながら頭を掻く鋭時(えいじ)に、ミサヲは悪戯じみた笑みを浮かべて朝食の入ったレジ袋を見せながら移動を促す。

「いや待て、色々と待て。今さらっととんでもないこと言わなかったか!?」

「気のせいですよっ、教授っ! 今日も訓練がんばりましょうっ!」

 思わぬ言葉に耳を疑った鋭時(えいじ)が慌てて聞き返そうとするが、ミサヲに抱えられたシアラが遮るように真剣な眼差しを向けてから満面の笑みを浮かべた。


「今はそういう事にしとくよ、他に手は無いからな……」

「ふふっ、ずっと見てても飽きないくらいにかわいいわね。またいらっしゃいね、シアラちゃん」

「はいっ、教授と一緒にまた来ますねっ! いってきまーすっ!」

 観念していながらも実感の湧かない様子で頭を掻く鋭時(えいじ)を見て微笑んだヒラネがミサヲに抱えられたシアラに手を振り、シアラもヒラネに手を振り返す。

「ったく、いい気なもんだな……まあ次来るのは否定しないけどさ……」

「えーじ君もいってらっしゃい。掃除屋の事で分からない事があったら、ワタシとセイちゃんも相談に乗るから頑張ってね」

「ああ……ありがとうございます。セイハさんにもよろしく伝えといてください、それじゃあ行ってきます……」

 店を出たミサヲとシアラの後を追いながら頭を掻いてぼやいた鋭時(えいじ)にもヒラネが優しく声を掛けると、思わず立ち止まった鋭時(えいじ)は気まずそうに軽く頭を下げてから足早に店を出て行った。



「確か訓練室は地下4階のDだったな……先に行くぜ、ドク」

「その通りだ鋭時(えいじ)君、だいぶ操作に慣れて来たね」

 目的地を確認しながらテレポートエレベーターのパネルの操作を始める鋭時(えいじ)に、ドクが頷きながら微笑む。

「でも、慣れた頃が一番危ない……そんな木登りの話を聞いた気がする……」

「ふむ……学校で習う話だね。他に何か思い出せそうかい?」

 ドクの言葉に手を止めた鋭時(えいじ)がパネルを指で確認しながら唐突に思い出した事を呟くと、記憶の内容に心当たりのあるドクが他の手掛かりを聞き出した。


「いや……脳が思い出すのを拒否してるのか、何も思い出せねえ」

「それも仕方ないかな……A因子の強い人間は充実した学生生活を送ったケースが少ないらしいんだ」

 学校というキーワードから他の記憶を思い出せずに深く項垂(うなだ)れる鋭時(えいじ)に、ドクも諦めの表情を浮かべながら静かに首を横に振る。

「そうなのか? なあドク、下に行ったらA因子について教えてくれないか?」

「お安い御用だ。と言いたいとこだが、ボクの知ってる情報も少ないんだ。朝食を取りながら軽く説明するよ」

「それで構わない、よろしく頼んだぜ」

 興味深そうに説明を求める鋭時(えいじ)にドクは頬を指で掻きながら承知すると、鋭時(えいじ)は満足そうな顔で頷きながらパネルを操作して姿を消した。



「教授ーっ! こっちですよーっ!」

「だから落ち着けよ、そんな大声出さなくても聞こえてるんだからさ……」

 突然変化する目の前の光景には慣れてもシアラの弾むような声にはまだ慣れない鋭時(えいじ)は、複雑な表情で頭を掻いてから(たしな)めるように呟く。

「構うもんか、この階はあたし達以外に誰もいないんだからさ! それより鋭時(えいじ)、だいぶ時間かかったみたいだけど何かあったのか?」

「何でも無い、ドクに説明を頼んでただけだ。ちょっと気になる事あってね……」

 シアラより大きな声でミサヲが豪快に笑ってから到着の遅れた鋭時(えいじ)に心配そうな顔を向けると、鋭時(えいじ)は僅かに身を逸らしながら移動前の出来事を説明した。


「もしかして何か思い出せそうなんですかっ、教授っ!?」

「いや、前から疑問に思った事を聞くだけだよ。個人的な興味を優先させちまってすまないとは思ってるけど、ちょっと気になる事があるんだ」

 新たな手掛かりに期待を寄せて迫って来たシアラに対し、鋭時(えいじ)は拒絶回避で身を仰け反らせながら申し訳なさそうに頭を掻く。

「そんなの気にしないでくださいっ! 教授は今までもマーくんから話を聞いて色々思い出しましたっ、きっと今回も何か思い出せますよっ!」

「そうだねシアラさん、(オレ)もそれを期待してるから説明を引き受けたんだ」

 力いっぱい首を横に振ったシアラが丸い目を見開き鼻息荒く鋭時(えいじ)を見詰めると、鋭時(えいじ)の背後からもシアラに同意する冷静な声が飛んで来た。


「ここに来るなり人間に戻るなんて、ドクにしちゃあ随分と気が利くじゃねえか」

「そういう約束だったからね、まず部屋に入ろうか? 万が一にも他のジゅう人に(オレ)が人間だとバレる訳には行かないからね」

 冗談めかして笑うミサヲに涼やかな笑みを返したドクは、ジゅう人に成り済ますカード型の機械を服の胸ポケットにしまいながら訓練室への入室を促す。

「そうだな、飯は控室でいいか?」

「ああ、鍵を掛けておけば(オレ)がジゅう人に化ける時間くらいは稼げる」

 ドクの提案に素直に同意したミサヲが大きなレジ袋を持ち上げると、ドクは再度服の胸ポケットからカード型の機械を取り出して静かに頷き、一同は訓練室の扉を開けて中に入って行った。



「総菜パンに菓子パンにおにぎり、それとヨーグルト……随分買い込んだな……」

「まあな、腹が減っては(いくさ)が出来ぬって言うだろ?」

 訓練室の手前にある背もたれの無いソファの並ぶ控室、その中央のソファの上にレジ袋から出した数多くの食物に驚く鋭時(えいじ)に隣のソファを引き摺って来たミサヲが豪快に笑ってから複数のおにぎりを手元に寄せる。

「これが鋭時(えいじ)君の分だね、取り敢えず食べようか?」

「ありがとうドク、話は後で聞かせてくれ」

 ミサヲと反対側のソファを引き摺って来たドクが焼きそばパンとコロッケパン、そして紙のカップに入ったコーヒーを鋭時(えいじ)の前に置くと、軽く頭を下げて感謝した鋭時(えいじ)はドクが引いて来たソファの端に座り焼きそばパンの袋を開けて齧り付いた。


 抵抗なく噛み切れるコッペパンと僅かに抵抗しながら小気味よく歯に千切られる焼きそばの感触と同時に鋭時(えいじ)の口の中に甘辛く複雑な味のソースの香りが広がり、工場の機械で作られた焼きそばパンは、材料のパン、ソース、麺のどれもが特別な味や食感を主張する事無く鋭時(えいじ)の口の中で焼きそばパンの味をそのまま形作る。

 期待外れではないが期待以上の付加価値も無い、ただ単に栄養を体内に取り込む燃料という食糧を口にした鋭時(えいじ)は緊張の糸が緩むような安堵と共に焼きそばパンを食べ終えた。


(今のこの感覚はさすがに口に出せないな……)

 自身の身に湧き上がる奇妙な安堵感を隠すように紙のカップに入ったコーヒーを口にした鋭時(えいじ)は、酸味を抑えた苦味の中にほのかな甘みが広がる定番の味に改めて安堵する。

 続いてコロッケパンの袋を開けた鋭時(えいじ)が取り出したコロッケパンに齧り付くと、期待通りの柔らかさで抵抗なく千切れたコッペパンとポテトコロッケの食感が何度噛みしめても余計な主張が無いソースの味と共に喉の奥へ吸い込まれて行った。


「じゃあ約束通り、そろそろA因子の説明をしようか」

「よろしく頼むよ、ドク。そもそもA因子って何なんだ?」

 隣でホットドッグを食べ終えたドクがコーヒーを口にしてひと息つくと、同じく食べ終えたコロッケパンをコーヒーで流した鋭時(えいじ)が神妙な顔付きで聞き返した。

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