第20話【新たな難題】
どうにか掃除屋の試験に合格した鋭時は、
別行動を取るシアラとミサヲを見送りながら次の訓練に備える。
「やれやれ、本当に大丈夫なのかな?」
「あの趣味はともかく腕の方は本物だ、教え方も含めてね。ミサヲさんが教えればシアラさんの上達も早くなるよ」
手をつないで歩くシアラとミサヲの背中を見送る鋭時が心配そうに頭を掻くが、ドクは落ち着いた様子で強く頷く。
「そこまでドクが言うのなら信じるよ……それにしても時折説得力が増すなんて、いったいどんな仕掛けなんだ?」
「やはりこれも隠し切れないか……種明かしはするけど、他言無用で頼むよ」
ドクの言葉に嘘が無いと直感した鋭時が頷きながらも新たな疑問を口にすると、小さくため息をついたドクは白衣のような黒服のポケットからグリップスイッチのような小さな機械を取り出した。
「こいつは俺が正確な情報伝達を目的に作った機械でね、本当の事を話してる時は聞いてる人の脳に直接本当の事を話してると伝える音波を乗せる事が出来る」
「なるほど……だから後から考えたらとても信じられないような話も、すんなりと受け入れられたのか……」
機械の説明を聞いて納得する鋭時に、ドクは苦笑しながら説明を続ける。
「俺はジゅう人に成り済ましてる上にこんな性格だからね、先程のように人間だとバレた時にも腹蔵なく本心を明かして誤解を解けたって訳だ」
「確かにその機械が無ければ、あの状況で信じてもらうのに時間も掛かるよな……ここまで素晴らしいと俺も欲しくなるぜ」
ミサヲにドクが人間だと知られても短時間での弁明を可能にした機械と知った鋭時が手放しでドクの発明品を褒めるが、ドクは照れ笑いして首を横に振った。
「そんな立派なもんじゃない、欠点もあるんだ。こいつを使ったまま嘘をつくと、相手の脳に嘘をついていると伝える音波を発してしまうんだ。昨日もミサヲさんを助けに入った時にスイッチを入れるタイミングが早すぎて苦労したよ」
「つまり、あの時は機械のスイッチが入ってたから嘘が下手になってたのか……」
ドクから発明品の欠点を説明された鋭時は、鬼畜中抜きのウラホと対峙した時の事を思い出しながら納得して呟く。
「その通り、だから副作用も含めてこいつにオネストライアーと名付けたんだ」
「随分と皮肉のこもった名前だな、でも確かに使うのが難しい機械ではあるな」
自らの発明品の由来をドクが説明すると鋭時は思わず吹き出してしまい、同時にオネストライアーの使用が自分では困難と気付いて苦笑を浮かべた。
「さて、そろそろ鋭時君の訓練の話に戻ろうか?」
「話の腰を折ってすまなかった。あいつがミサヲさんに教わってるし、俺はドクにステ=イション式柔術を教わる流れなのか?」
当初の目的を思い出した鋭時が自身の訓練方針を聞き返すと、ドクは静かに首を横に振った。
「鋭時君にはアーカイブロッドを使ったステ=イション式杖術を覚えてもらうよ。ロッドにマニュアル送ったから、まずは確認してみてくれ」
「なになに……まずは暴魔の構え」
ドクから受け取ったマニュアルの立体映像をロッドの先端に表示させた鋭時は、そのままロッドの中心から等間隔に両手で握って斜めに構える。
「お次は闘魔の構え」
ひと呼吸置いた鋭時は、ロッドを構えたままマニュアルを確認してからロッドの端を両手で並べるように握って刀のように構える。
「最後に獣魔の構え……っと、名前の割には随分と地味なんだな」
再度マニュアルを確認した鋭時が両手に握ったロッドの中間を右手に持ち替えてから半分を背中に隠すように半身に構えてロッドの先端を前に向け、しばらくして構えを解いてから恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ステ=イション式杖術は対ZK用の武器や術式を使う前提に棒術や剣術といった多くの武術はもちろん、野球やゴルフにビリヤードと使えそうな動きを何でも取り入れた、武術としては亜流邪道の類だ」
ロッド先のマニュアルを見ながら3種類の構え方を覚えようとする鋭時にドクが杖術の来歴をひと通り説明し、肩をすくめてひと息ついてから説明を続ける。
「だから本物の武術と比べれば足元にも及ばない代物だが、掃除屋の前身に当たる特務機関の時代から多くの駆除従事者の命を守った実績だけは本物だよ」
「術式を使う前提の杖術……これを使いこなせるようになれば俺の【瞬間凍結】も当てやすくなる訳だな」
ドクの説明を聞き終えた鋭時は手にしたアーカイブロッドと、その先端部分から映し出された立体映像のマニュアルを頼もしそうに眺めた。
「まあそんなところだ。マニュアルには3種類の構えを切り換えながら全部の技を順番に使う術式、【傀儡演武】も備わってる。ステ=イション式杖術の基本的な動きを覚えるのが最初の訓練だ」
「それは面白そうだな、どれどれ……防御の技が51種類で攻撃の技が54種類、結構多いんだな……」
訓練課題をドクから聞いた鋭時がロッド先端のマニュアルを確認するが、そこに記された技の多さに閉口する。
「武術は個人の癖が如実に反映されるからね、まずひと通り覚えてから自分の体に合ったものを伸ばしてくのさ。鋭時君の拒絶回避、並外れた反射神経なら文字通り体ですぐに覚えて使いこなすと思うよ」
「拒絶回避か……まさか記憶を戻す最大の障害が生きる頼みの綱になるとはね」
杖術上達の鍵が自分の最大の懸案事項であるとドクに指摘された鋭時は、複雑な表情でため息をついてからマニュアルにある術式の項目を開いた。
▼
「それじゃあ始めるぜ、【傀儡演武】」
周囲の安全を確認してから術式を発動した瞬間、鋭時の手足に目に見えないほど細いが強靭な魔力の糸が絡み付いてアーカイブロッドを両手で持つ杖術の構え方を自動的に取らせる。
「まず暴魔の構えから闘魔の構え、次はそのまま獣魔の構え……なるほど、全身をこういう風に動かすのか……!」
手にしたアーカイブロッドを滑らせるように動かして持ち方を変えながら同時に足を動かした鋭時は、体全体の動かし方を理解して興奮しながら呟いた。
「お次は獣魔から闘魔……そうか、構えが3種類だから今使ってる構えから2つのどちらにもすぐに切り換えられる寸法なのか……」
3種類の構えを数回同じ順序で切り換える訓練をしばらくしてから逆の順序へと切り換わったと気付いた鋭時は、同時にステ=イション式杖術の構えが3種類ある意味にも気付いて感心しながら呟く。
「その通りだよ、鋭時君。ステ=イション式杖術に限らずこの世界の全ての武術は人間と言う自然界の弱者が生き残る為に考えた知恵の結晶だ、構え方や技の意味を考えて理解するのも強くなるには重要な事だよ」
「おっと、また考え事を口に出してたのか……それにしても体で覚える仕掛けまで用意しながら動きの意味も考えろ、か……それはドクが付け加えたのか?」
またしても思考癖を暴走させていたと気付いた鋭時が複雑な表情を浮かべながら疑問を口にすると、ドクは目を閉じて静かに首を横に振った。
「いや、これは対ZK用のステ=イション式武術を考案した誉城磑の方針だよ」
「へえ、考案者がね……その人は武術の達人なんだろ? ちょっと意外だな」
アーカイブロッドを高く持ち上げるように構えつつ前後左右への移動を繰り返す鋭時が考案者の方針に驚くが、ドクは反応を予想したかのように説明を始める。
「そうでもないさ。何も考えずに体が勝手に動く、いわゆる感じる状態になるには相応の才能を持った者が相当の修行を重ねる必要があるんだよ。でもZKの脅威が差し迫ってる時に、悠長に人を探して修行を付ける余裕なんて無かったからね」
「だからまずはZKを駆除出来る武器で術者の身を守る方法を考えた、って訳か。確かにこれなら俺でも短期間で習得できそうだ」
ドクの説明を聞いて感心するように頷いた鋭時は、【傀儡演武】に設定された動きに任せてアーカイブロッドを力強く振った。
「それでも本来は身体能力の高いジゅう人用に考えられた武術だからね、鋭時君の拒絶回避みたいに特別な力が無ければ人間にはとても扱えない代物だ」
「そうなのか……って、ちょっと待てくれ。それなら人間しかいないロジネル型の居住区はZKをどうやって駆除してたんだ?」
肩をすくめてステ=イションで考案された武術の目的を説明したドクに、鋭時は半円を描くように歩きつつアーカイブロッドを半回転させる動作を繰り返しながら質問を返す。
「ロジネル型はステ=イション型から【破威石】を融通してもらってるだけだよ、とはいえこっちも掃除屋になる人が減ってるから供給量も減る一方だけどね」
「じゃあロジネル型はいつまで経っても居住区を広げられないじゃないか……」
「その通りだよ、だから忘却刑だなんて馬鹿げた方法で口減らしをしながら貴重な労働力を使い潰してるのさ……」
ロジネル型居住区の実情を聞かされ愕然とする鋭時に、説明を終えたドクは遠い目をして呟いた。
「何かやるせないよな、どうにかしてやれないのか?」
「残念だけど、今のキミや俺に出来る事は何もないよ」
左右の脚を守るようにアーカイブロッドを交互に構えつつ摺り足で前進と後退を繰り返す鋭時に、ただドクは涼しい顔で首を横に振る。
「でも今の、って事は何か手を考えてんだろ?」
「その通りだ。まあ、打てる手が見付かるかどうかは鋭時君次第だけどね」
真意をすぐ鋭時に見抜かれたドクは、こめかみ辺りを掻きながら曖昧に答えた。
「俺次第ってなんか気になるな、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「そんなに難しい事じゃないよ。昨日話したと思うけど、キミが記憶を戻すまでの副産物が俺の目的であり打てる手になるってだけだ」
全身のバネを使ってロッドを突いたり払ったりしながら興味深そうな顔を向けた鋭時に、ドクは肩をすくめて答える。
「何だよ……結局そっちも俺が記憶戻さないと、どうにもならないんだな……」
「そういう事だ。キミは物語の主人公みたいな特別な人間でもないし、戦う義務を負った軍人でもない。ZKの駆除以外にも記憶を戻す手段はあるだろうけど、今は目の前の訓練に集中してもらうとしよう。取り敢えず【傀儡演武】をあと10回繰り返して体で覚えるんだ、魔力は問題ないかな?」
当初の目的を裏打ちする答えを聞いた鋭時が拍子抜けした様子で呟くと、ドクが意地悪そうに微笑んで残りの魔力を確認した。
「な、なんだって!? 術式の発動で消費する魔力は少ないから問題無いけどさ、あと10回も演武だなんて体の方がもたねえぜ!」
「【傀儡演武】は最も疲労が少ない動き方が設定されてるから、魔力さえ持てば問題ないよ」
訓練の回数を聞いて思わず聞き返す鋭時に、ドクは涼しい顔で答える。
「マジかよ……ドクって案外スパルタなんだな」
「短期間で即戦力に育てる以上、多少は無茶しないとね。それと本当に体が限界を迎えたら自動で止まる安全機能もあるから、自分の限界を知るいい機会だよ」
マニュアルに組み込まれた術式の特性に鋭時が驚き呆れると、ドクは楽しそうに訓練の本当の目的を説明した。
「確かに掃除屋の仕事は体力勝負な部分もあるよな……体力回復に使う分の魔力も考える必要もある訳か……」
「まあそんなところだ。俺は次の訓練の準備があるから少しだけ離れるよ、何かあったら呼んでくれ」
「分かった、よろしく頼んだぜ。っと、術式はここで終了か……【傀儡演武】」
ドクの方針を聞いて理解した鋭時は術式がひと通りの動作を終えた事に気付き、再度訓練用の術式を発動する。
術式に組み込まれた3種類の構え方を切り換える訓練から始めた鋭時は、術式に組み込まれた動作が終わるたびに訓練用術式を発動して体を動かし続けた。
▼
「ふむ、6回目の途中でダウンか……この分なら何とかなりそうかな?」
「そいつはどうも、でも本当に大丈夫なのか?」
1時間ほどで動けなくなった鋭時は、片膝を突き肩で息をしながら【活性灯】の光を浴びて疲労を回復させつつTダイバースコープを起動したドクに質問する。
「現場では随時体力回復術式を使うから、術式無しでここまで出来れば上出来だ。それに【傀儡演武】は基礎体力を付ける訓練にもなるし、今後もきっと鋭時君の手助けになると思うよ」
「そこまで計算に入れてるとは恐れ入ったぜ……」
分析結果を包み隠さず話しつつも訓練の有用性を説明するドクに、鋭時は片膝を突いた体勢のまま呆れて苦笑した。
「長い目で見ればそっちの方が重要だからね。それに杖術の技と同時に術式を発動すると物語に出てくる必殺技みたいになるから、今度DDゲートで試してみなよ」
「話題を逸らす気満々なのはバレバレだけど、それだけはちょっと面白そうだな。今日の訓練の最後にでもまた挑戦出来るんだろ?」
明らかな話題逸らしに乗りつつDDゲートへの再挑戦に意欲を燃やす鋭時だが、ドクは静かに首を振ってから真剣な表情を向ける。
「今の鋭時君が挑んでクリア出来る自信はあるかい? 再挑戦は明日以降だよ」
「うっ……痛いところを突いて来るよな~……確かにロクな進展は無いだろうし、今日はひたすら杖術の訓練だな……」
ドクに実力不足を指摘された鋭時は、立ち上がって頭を掻きながら呟いた。
「いや鋭時君、シアラさん達もひと段落ついたみたいだし今日の武術訓練はこれで終わりだ。鋭時君達の方が詳しいだろうが、おさらいも兼ねて今から魔法の講義をしようと思う」
「魔法か……今は術式を何となく使ってる気がするし、改めて学べば何か思い出すかもしれないな……分かったドク、よろしく頼むぜ」
壁際に移動しながら遠慮がちに座学の話題を切り出すドクだが、虫食いのような記憶と靄がかかったような直感に不安を覚えていた鋭時は快く承諾する。
「その講義を聞いたら、きっと教授を守れる術式も作れますねっ! マーくんっ、ぜひお願いしますっ!」
「おわっ!? 戻ってたのか……ところでミサヲさんの訓練はどうだったんだ? その……大丈夫だったのか……?」
いつの間にか隣に戻って来ていた和服姿のシアラに大袈裟に驚いた鋭時は、やや遠慮がちに武術訓練の内容を聞いた。
「基本の型をひと通り教えてもらっただけで、危ない事はしませんでしたよっ」
「そうか……辛い事があれば言ってくれよ、出来る範囲で協力するからさ……」
両手の握り拳を交互に打つ仕草をしてから見上げて微笑むシアラに、鋭時は目を逸らして頬を指で掻きながら呟くように答える。
「ご安心くださいっ! わたし、強くなって必ず教授を守りますからっ!」
「いや、だから……」
「よく言ったシアラ! 今日あたしが教えた事を必ず守るんだぞ!」
見開いた目で逸らした目を追いかけてくるように覗き込んで来たシアラに鋭時が苦言を呈そうとするが、後ろから来たミサヲの大声でそれを遮られてしまった。
「おっと、当たり前だけどミサヲさんも戻って来てたのか。まさかとは思いますがミサヲさんも魔法の講義を……?」
「まさかそんな。ドクは時々変な事を言い出すからね、あたしは見張りって訳だ」
背後からの唐突な大声に動じる様子も無く質問した鋭時に、ミサヲは胸を張ってからドクの方へ顔を向ける。
「ははっ、ミサヲさんにも有意義な話にする予定だからお手柔らかに頼むよ」
「ったく、こんなもんまで用意しやがって……変な話しやがったら容赦しねえぞ」
いつの間にか3人分のパイプ椅子を用意していたドクが気さくに笑い掛けると、ミサヲは不機嫌な様子で左端のパイプ椅子に腰掛けた。
「鋭時君とシアラさんも腰を掛けてよ、立ったまま聞くのは疲れるだろうからね」
「じゃあ俺はこっちに座るから、シアラはミサヲさんの隣に座ってくれないか?」
「わっかりましたーっ!」
着席を促されて右端のパイプ椅子に座った鋭時に続き中央のパイプ椅子に座ったシアラを確認したドクは、満足そうに頷きながら壁にホワイトボードのような立体映像を映し出した。
▼
「じゃあ始めるよ、まずは魔法元素の説明からだ。これは【大異変】によって発見された元素サイズの新しい物質なんだけど、生物の強い思念を受けると物理法則を無視した状態変化をさせつつ周囲の物質にも影響を及ぼすと分かった。その特性が【大異変】より前に語られて来た魔法としか呼べなかったから魔法元素と言う名が付いたんだ」
「思念で変化……その時に消費するのが俺達の持つ魔力って訳か?」
魔法の根本的な原理の説明をしたドクに、鋭時は自身が曖昧な記憶と直感だけで利用してきたものの正体を探りながら聞き返す。
「その通り。と言っても、その魔力が何なのか完全に解明されてないのが現状だ。魔法元素に変化を促す思念を送った時にのみ消費をするけど単なる疲労や概念ではなく、人に渡せたり機材に溜めたり出来るれっきとした物質として存在するんだ」
「多分記憶を失う前から何となく使ってたんだろうが、そう聞くと確かに変な話に思えるな……そこまで曖昧なものを今の今まで使い続けたもんだぜ……」
もはや身近な技術となった魔法がいまだに持つ大きなブラックボックスをドクが説明すると、鋭時は納得しつつも呆れてため息をついた。
「【大異変】直後は居住区の確保が優先だったし仕方ないさ。それに今の居住区は工場をはじめとして魔法が無ければ5秒と持たずに破綻するし、解明を続けながら使い続けるしかないからね」
「確かに魔法科学工場が無いと生活そのものが成り立たないものな……でもドク、魔法元素って未知の物質をどうして工場みたいな大きい施設に取り入れて使う事が出来たんだ?」
苦笑して居住区を取り巻く事情の説明をするドクに、鋭時も苦笑して頷いてからさらに質問を重ねる。
「既存の技術との共通点を見付け出し、それと魔法を組み合わせる事で技術革新のきっかけにしたんだ。それでも今の形にするまで試行錯誤があったらしいけどね」
「へえ、そいつが魔法科学の成り立ちなのかい? ドクも随分面白い話をするじゃないか、じゃあ術式も元々の技術とやらから生まれたのかい?」
鋭時の質問に答える形で魔法を科学と融合した歴史をドクが簡単に説明すると、横からミサヲが自分のジャンパーの左袖を捲って隠し手甲、トリニティシェードを見せながら興味深そうに質問した。
「相変わらずミサヲさんは興味があるとすぐに食い付くね~、でもその通りだよ。術式魔法、通称術式は魔法元素の操作方法をプログラムやアプリケーションなどに当て嵌めて開発したものなんだ」
「アプリ? パソコンや携帯端末のあれが術式と同じなのかい? いまいちピンと来ないねえ~」
唐突な質問に苦笑しながら説明するドクに、ミサヲは難しい顔で首を捻る。
「なあドク、つまり術式って電気信号を魔力に置き換えたアプリって事か?」
「そうだね鋭時君。発見当初の魔法は発動する為に脳内で魔法元素の性質変化から結果までの過程を纏めた思念を構築するのに、呪文の詠唱と言う形で長く集中する必要があって不便だったんだ。そこであらかじめ道具に結果までの思念パターンを圧縮した光学紋様を組み込んで、必要な時に魔力を消費してすぐ発動できる術式を開発したんだ」
次の質問を出しあぐねるミサヲに代わって鋭時が質問すると、ドクは魔法発動の仕組みと術式の生まれた経緯を説明した。
「そういえば俺は、記憶を失ったと気付いた時に術式を書いた紙切れを見付けたんだけどさ、あんなメモ書きで術式が発動できたのは魔法元素に送る思念パターンが書かれてたからか?」
「俺は肝心の実物を見てないけど、そうだと思うよ。術式は脳内で魔法元素に送る思念を構築する為のメモ書きのようなものだ、書いた本人がイメージ出来るのなら極端な話、へのへのもへじを書いた紙切れでも術式の発動が出来るよ。まあ流石にコピーや編集は出来ないけどね」
術式の説明を聞いていた鋭時が手にしてすぐに消失した紋様の書かれた紙切れを思い出して質問すると、ドクはしばし頷いてから術式の特徴を説明する。
「なるほどね、アプリを使う端末が術具じゃなくて術者自身って訳だったのかい。だから術式を発動する時は自分の口から声を出すんだな」
「その通りだよミサヲさん。理論上は無言でも発動できるんだが、実際に使う時はどの術式を使用するか周囲に伝える為と、術式を発動出来る程に強い思念を確実に魔法元素に送り込めるという理由で術式名のみを詠唱する方式が定着したんだよ」
ようやく科学技術と術式魔法の共通点を理解したミサヲに、ドクは微笑みながら術式発動時に定着した習慣の経緯を説明した。
「詠唱ってそんなに大切だったのか……時折忘れるし、気を付けないと……」
「それわかりますっ! わたしもつい術式名を言い忘れる時がありますっ、教授とお揃いですねっ!」
「シアラでも忘れるのか……俺の悪い癖かと思ったけど違ってて安心したぜ……」
「ゴホン、そろそろいいかな?」
互いに術式発動時の詠唱を忘れる癖を持つと知って盛り上がる鋭時とシアラに、ドクの咳払いが割り込んだ。
「講義中だったなスマン。ところでドク、術式ってどういう経緯で作られたんだ? 思念で自在に変化する魔法元素から、どういう基準で術式を作ったのか教えてくれないか?」
「それ、わたしも知りたいですっ! マーくんっ、教えてもらえますかっ?」
慌てて誤魔化すように質問する鋭時とシアラに、ドクは小さくため息をつく。
「キミ達は……まあいいか。術式は【大異変】の前にあった伝承や創作に出て来る魔法を再現するところから始まったんだ。その中から生活圏の獲得やZKの駆除に役立つものなどを選んで改良を重ねたって訳だね」
「なるほど、空想上の魔法をお手本にしたから魔法元素って訳か……」
術式のルーツが魔法元素の由来にも関係すると気付いた鋭時が納得して呟くと、ドクは楽しそうに頷いて説明を続けた。
「そういう事だ。逆に言えば【大異変】の前に各地の伝承等に語られてきた魔法が魔法元素を利用したものだったのか或いは全く別の技術だったのか、今となっては実在したのか含めて調べる手段が無いから関係性が全く分からないけどね」
「確かに伝承の再現を出来る物質だし、逆説的な証明は難しいよな……でもドク、そこまで魔法元素は伝承の魔法と瓜二つなのか?」
説明を終えて肩をすくめたドクに、鋭時は納得して頷きながらも質問を重ねる。
「ああ、ひと口に魔法と言っても世界各地に様々な伝承があったんだが、その中に世界は火、水、土、風の4種の元素ないしは精霊で成り立ってるって思想の魔法があるんだ。そして、その考え方は多くの創作でも設定として使われてたんだよ」
「つまりそれが今俺達の使ってる術式魔法のモデルって訳か……そういやシアラのぬいぐるみも4つあるし、魔法元素もその4種類に分かれてるのか?」
Tダイバースコープを起動したドクがデータベースを参照しつつ代表的な伝承を説明すると、鋭時は一旦シアラに目を向けてからドクに質問した。
「確かに魔法元素も火、水、土、風の4属性が大きく占め、その他の属性が隙間を埋めるように混じって大気中に広まってるんだが、鋭時君は火属性の魔法元素から凍結術式を作り出し、逆にシアラさんは光を屈折させる結界術式を作ったように、魔法元素は属性でさえ各個人の思考や発想に左右される曖昧なものでもあるんだ」
「……俺達の発想次第でDDゲートの訓練を突破出来る術式も作れる、と……」
ドクの説明を聞き終えて魔法元素の曖昧な特性を理解した鋭時は、課題クリアの糸口を見つけたかのように呟く。
「鋭時君もシアラさんもZKを駆除出来る術式を自分で作る実力は持ってるんだ、それさえ出来れば後は使える手札を増やすだけでいい」
「わかりましたっ! どの仔を着てても教授を守れる術式を作るんですねっ!」
鋭時の呟きに答えるかのように頷いたドクが今後の訓練方針を説明すると、突然シアラが立ち上がって大声を上げた。
「おーいシアラさん。何を思い付いたか知らないけど、今は自重しようね」
「わわっ!? わたし、つい興奮しちゃって……ごめんなさいマーくん……」
額に手を当てて呆れた様子を見せた鋭時に窘められたシアラは、恥ずかしそうにその場で頭を下げる。
「構わないよ。それに鋭時君もシアラさんも術式が重大な生命線だ、新たな術式の開発が今後の課題と気付いただけでも今日は大収穫だからね」
「だから初日に魔法の説明をしたのか……確かに貴重な話が聞けたし、すぐにでも新しい術式作りに取り掛かりたくなる気分だぜ」
温和な笑顔でシアラの謝罪を受け入れたドクが座学の意図を説明すると、鋭時は納得しながら興奮してスーツの袖からアーカイブロッドを取り出した。
「待って鋭時君。もうすぐ昼だし、ここでの今日の訓練は終わりだよ。午後からはチセリさんにステ=イションを案内してもらう予定だよ、これは昨日チセリさんと約束した事だから訓練としてきちんと受けてもらうよ」
「確かにそういう約束だったよな……俺の記憶の手掛かり、この街のどこかにあるかも知れないんだよな……」
慌ててドクに止められた鋭時は、ばつが悪そうに頭を掻いてアーカイブロッドを袖の収納術式に仕舞う。
「そうだぜ鋭時。ドクの試験に合格したからって言っても鋭時の役割はシアラ達を幸せにする事に変わりねえ、充分英気を養うんだぞ」
「英気を養う、ね……何だか実感湧かないな、本当に俺はステ=イションと関りがあったのか……?」
立ち上がって気さくに笑うミサヲに鋭時が頭を掻きながら複雑な表情で呟くと、シアラが突然歩いて来て覗き込むように顔を近付けた。
「弱気になっちゃダメですよっ。教授が名前と一緒に思い出した街なんですから、きっと色々思い出せるはずですっ!」
「そう……だな。俺が思い出した言葉なんだ、俺が責任を持たないと……」
「シアラさんの言う通り弱気になるのは禁物だが、そう気負うもんでもないさ。今必要なのはキミとステ=イションの関係よりも拒絶回避か分子分解術式の解除方法なんだからさ」
シアラの言葉を聞いて思い詰めたように俯きながら立ち上がった鋭時に、ドクが優しく微笑みながら肩をすくめる。
「確かにドクの言う通りだけど、そう都合よく思い出せるもんかね……?」
「猶予は1年あるんだし、きっと思い出せるよ。それに、思い出せなかった場合に備えての対策を考える事も出来る」
戻す記憶の優先順位を指摘された鋭時が納得しながらも苦笑して呟くと、ドクは自信に満ちた笑みを浮かべながら再度肩をすくめた。
「失敗した時の事まで考えてたのかよ……何て言うかドクには恐れ入るぜ……」
「そう特別な事じゃないよ、ボクは人間とジゅう人が共生する世界が好きなんだ。ジゅう人に好かれる人間を助ければその世界はさらに広がる、それだけの事さ」
驚き呆れてため息をつく鋭時に、ドクが涼しい顔で楽しげに答えながらシャツの胸ポケットに入れたカード型の機械を操作する。
「いきなりジゅう人に戻ってんじゃねえよ、でもドクの言ってる事には賛成だぜ。鋭時の……、人間のために働けるなんて最高の楽園じゃないか!」
「わたしもマーくんの考えに大賛成ですよっ! 教授にご奉仕できる以上の幸せは考えられませんからっ!」
唐突にジゅう人の気配を纏ったドクにミサヲが不機嫌な表情を見せつつも発した言葉に手放しで賛同すると、シアラも賛同しながら鋭時のスーツの袖を掴んだ。
「ああ……確かにジゅう人と人間が暮らせるなら、それに越した事は無いな……」
「そんなに照れなくていいじゃないですかっ、わたしと教授は運命で深く結ばれた仲なんですからっ!」
言葉を濁してから逃げるように視線を逸らしてしまった鋭時に、シアラは視線を追いながら微笑みかける。
「別に照れてる訳じゃねえ、ちょっと引っ掛かる事が……いやなんでもない……」
「どうしたんだい、鋭時君? 気になる事があるなら何でも質問してよ、ボクなら大抵の事について説明できるからね」
シアラの言葉を否定しつつも煮え切らない様子で鋭時が首を横に振ると、ドクが心配そうに声を掛けて来た。
「ドクにまで迷惑を掛けてすまない。何て言えばいいのか……引っ掛かりというか疑問がまだ上手く纏まらないんだ」
「ふむ……確かに昨日の今日で途方も無い情報が鋭時君の頭に入り込んだからね、質問は疑問点をまとめてからでいいよ」
頭を掻きながら愛想笑いを浮かべて回答をはぐらかした鋭時に、ドクは顎に手を当ててしばし考えてから頷く。
「そうしてくれると助かる、もしかしたら俺の思い違いかもしれないしさ」
ドクの気遣いに鋭時が苦笑しながら感謝すると、隣で会話が終わるタイミングを見計らっていたシアラが掴んでいた鋭時のスーツの袖を引っ張り始めた。
「でしたら早くデートに行きましょうよっ、教授っ!」
「おーいシアラさん、街の散策は訓練の一環だろ? 案内してくれるチセリさんに失礼な事を言わないようにね」
はやる気持ちを抑えきれずに小さく跳ねるシアラに、鋭時はため息をついてから窘める。
「ほえ? チセりんも教授が好きなんですから、教授を挟んでわたしとチセりんでデートに行くんですよねっ?」
「いや待て、色々と待て。確かにチセリさんも覚醒させちまった以上は俺が責任を取らないといけないけどさ、昨日の今日でいきなりってのはな……」
不思議そうな顔をしたシアラがチセリの覚醒状態を指摘すると、鋭時は額に手を当てて複雑な表情で俯いた。
「ご安心ください教授っ! わたしもチセりんもジゅう人なんですし、人間がするようなデートなんて望んでませんよっ!」
「そういう意味じゃ無くてだな……逆に俺だって記憶が無いんだし、頼まれたってどうにも出来ないからありがたいけどさ……」
自信満々で胸を張るシアラに、鋭時は呆れと安堵の交ざったため息をつく。
「シアラ、鋭時、話はまとまったか? まずは腹拵えだ、ドクも来るだろ?」
「そうだね。今後の訓練の方針とか説明したいし、ご一緒するよ」
鋭時とシアラの会話が終わったタイミングでミサヲが昼食に誘うとドクも頷いて同意し、一行は訓練室を後にした。