第2話【はじまりの地】
記憶喪失の人間、鋭時が名前と同時に思い出した言葉、ステ=イション。
その意味をジゅう人の少女、シアラに尋ねると意外な反応が返って来た。
「ステ=イションを知ってるのか!? むしろ俺が知ってると変な言葉なのか? その……ステ=イションっていうのは……」
「変と言うか……何て言えば……ステ=イションと言うのは、わたし達のご先祖のジゅう人がこちらの世界で最初に降り立った街、いわばジゅう人の聖地とも言える場所ですので……」
シアラの意外な返答に鋭時が戸惑いながら聞き直すと、シアラは頬を掻きながら言葉を濁す。
「なるほど確かに……ジゅう人に関する記憶が全く無かったこの俺が、ジゅう人の聖地だけを知ってるのは妙な話だ。何かを思い出すどころか逆に謎が深まったな、どうしたもんだろ?」
自らの名前と同時に思い出した言葉が逆に疑問を増やしただけに終わり、鋭時が次の手掛かりを探すべく考え始めるとシアラがスーツの袖を引いてきた。
「でしたら教授っ、いっそのことステ=イションに行ってみませんかっ?」
「俺もそれは考えたんだが、ジゅう人の記憶がまるで無い俺がジゅう人の聖地に行ってもいいものか悩むし、そもそもステ=イションがどこにあるのかも知らん。シアラは知ってるのか?」
首を捻って考え込む鋭時が呟くようにステ=イションの場所を聞くと、シアラは我が意を得たりとまでに目を見開いて顔を近付けてきた。
「おまかせください教授っ! ステ=イションまでわたしがご案内しますっ!」
「おいおい待てよ、さすがに街の外へ連れ歩くのはマズイって。ひとりで行くから場所だけ教えてくれないか?」
今すぐにでも出発する勢いのシアラを慌てて押し止めて場所だけを聞き出そうとする鋭時に、不服そうに唇を尖らせたシアラはふと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「でも教授っ、ステ=イションはジゅう人がいないと入れませんよ? おひとりでどうされるつもりですかぁ?」
「それ本当か? 本当ならどうしようもないな……」
「そうですよっ、だから~わたしも連れて行ってくっださいなっ~」
「何か隠してるのバレバレだ……まあいい、案内をお願いする。ただし、ジゅう人同伴でないと入れないって話が嘘だったら、そこからはひとりで行動するからな」
声を弾ませながら同行の催促をして来たシアラの思惑を何となく察した鋭時は、条件をつけて道案内を依頼した。
「ありがとうございますっ! シショクの願いに誓って絶対にステ=イションまでご案内しますっ! シショクの願いに誓って……ああ……この言葉を使う日が来るなんて、まるで夢のようですっ!」
「シショクの願い? 何だかまた知らない言葉が出てきたな」
自分の発した言葉の余韻に浸るシアラを見て、鋭時は不思議そうな顔で呟く。
「よく聞いてくれましたっ! シショクの願いは、わたし達ジゅう人の最も大切な言葉ですっ! 【大異変】によってこちらの世界に来たご先祖はステ=イションに辿り着き、当時の統治者【シショクの12人】に助けられたそうです」
「なるほどね、何も知らない異世界に飛ばされたジゅう人達は、ステ=イションを聖地とするほどの恩をシショクの12人に受けたって訳か……」
シアラの説明を聞き終えた鋭時は、自分の名前と同時に思い出した言葉の意味と謎が増えた手掛かりを噛みしめ飲み込むように頷いた。
「そうですっ! でもご先祖がシショクの12人に恩返しを申し出た時に、彼等に『人間を守り、人間を愛し、ただ思うまま自由に生きてくれ』と願いを託されて、こちらの世界で生きるための様々な知識や技術を学んだそうですっ」
「ふーん、何というかそのシショクの12人というのは相当な人物だったんだな」
今までの会話の中で最も嬉しそうに説明するシアラに、鋭時は考え事をしながら適当に相槌を打つ。
「はいっ! シショクの願いに従って人間と出逢う事こそがジゅう人の夢、教授に出逢えてわたしは最高に幸せですっ!」
「そいつは良かったな……俺の方はいつ通報されて不幸のどん底に叩き落されるか気が気じゃねえけどな」
自らの夢が叶い満面の笑みを浮かべるシアラに、鋭時はため息をつきながら頭を掻く。
「おまかせください教授っ、人に見られなければいいんですねっ」
いまだに不安の色を隠せない鋭時を見たシアラは、帯に取り付けたシアラと同じ服装のネコのぬいぐるみに沈めるように手を入れてから着物と同じようにフリルがあしらわれた小さな桜色の日傘を取り出した。
「なるほど、そのぬいぐるみには収納術式を施してあるのか」
「さすがは教授っ、そのとーりですっ! と言っても、この仔の中に入れてるのはこのメモリーズホイールといくつかの小物だけですけどね~」
ぬいぐるみにどのような術式が組み込まれているのか把握した鋭時に、シアラは照れ笑いながらフリルの付いた小さい日傘、メモリーズホイールを広げる。
「では教授っ、あまりわたしから離れないでくださいねっ!【隠密結界】」
シアラが意識を集中して術式を発動すると同時に日傘の先端が淡い桜色に光り、灯った光は幕となってシアラと鋭時の周囲を覆うほどの大きさに広がった。
「これは認識阻害……? いや、人避けの結界術式か……術具も日傘の形をしてるからこのまま持ち歩ける上に、日傘よりも広いからスペースにも余裕があるな……こいつは見事なものだ」
「ほえ~、教授がここまで術式に詳しいなんてちょっと意外ですっ。先ほども認識阻害の術式使ってましたし、わたしもっと教授のことを知りたくなりましたっ!」
周囲を見渡して結界の完成度に感心する鋭時を、シアラは驚きと羨望の混じった眼差しで眺める。
「俺が認識阻害を? ああ、たぶん財布に入ってたあの紙切れだな。でもシアラ、あれはもう消えちまったし、俺が何者だったかを知る手掛かりなんてもう無いぜ」
シアラの指摘で鋭時は手に取った瞬間灰となって消え去った紙切れが認識阻害の術式を記したものであると気付くが、同時に失った手掛かりでもあり肩を落とす。
「そんなことありませんっ! 今も教授はわたしの術式を褒めてくれましたっ! ステ=イションへ行けば、きっと教授の正体も発見できますよっ!」
「はぁ、ここまで前向きだと呆れるを通り越して感心しちまうね……他に選択肢は無いし、しばらくは仕方ないか」
明るく微笑みながら跳ぶように歩くシアラの後ろ姿を、鋭時は頭を掻きため息をつきながら追うしかなかった。
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「ところでシアラ。人が多ければ結界の効果も弱くなるってのは理解出来るけど、それにしては随分適当に歩き回ってるようだが……いったいどこに向かうんだ?」
歩き始めてしばらく経った頃、人通りの少ない裏通りを選びながら何度も方向を変えて歩くシアラに不安を覚えて鋭時が尋ねると、シアラは満面の笑みを返す。
「もちろん、テレポートターミナルですよっ! 他の居住区に行くには、それしかありませんからっ」
「テレポートターミナル? 少しだけ記憶にあるな、確か【大異変】で分断された居住区同士をつなぐ大規模な魔法科学の装置だったか?」
目的地を聞いて記憶をたどる鋭時を、シアラは不思議そうな顔で眺める。
「こういうのは思い出せるんですね~、どうして教授はジゅう人についての記憶は思い出せないのでしょう?」
「そんなの俺に聞くなよ……それよりもシアラ、念のためテレポートターミナルについて説明してくれないか? 俺の記憶と合ってるか確かめたいし、もしかしたら何か思い出せるかもしれないからさ」
「おまかせくださいっ、教授っ!」
鋭時に説明を頼まれたシアラは、200年前に起きた【大異変】によって異なる世界から現れた人間を襲う怪物から身を守るために人々が僻地に建設した居住区に暮らし始めて分断された事。
同じく【大異変】によって発見された魔法の技術を基に作成した瞬間移動装置を各居住区にテレポートターミナルとして設置し、点在する居住区同士の往来をする新たな移動手段として使用している事などを説明した。
「ありがとなシアラ、俺の記憶もだいたい同じで安心した。それで確かその怪物が侵入した場合に備えて、居住区と離れた場所にターミナルがある。だから、俺達は街外れに向かってるんだよな?」
「そのとーりですよっ、教授っ! この街のテレポートターミナルも他の街の例に漏れず、居住区から少し離れた再開発区の中にありますからっ!」
「そうと分かれば急ごう、帰りが遅くなってはシアラに悪いからな」
「待ってくださいよ~、教授っ。ターミナルは逃げませんし、わたしから離れると結界の外に出てしまいますよ~っ」
目的地をはっきりと理解した鋭時は歩みを早め、シアラは慌てて追いかけた。
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「ここまで何事も無く来れるなんて、さすがは人避けの結界だ」
いくつもの裏通りを抜けるまでの間、誰にも見咎められる事無く居住区の出入口付近に到着した鋭時はシアラの結界の効果に感心する。
「えへへっ、嬉しいですけどちょっと照れますね~。それにこの結界術は他の仔を着ている時には使えないですから、全然たいしたものじゃないですよぉ」
「他の仔? 着る?」
照れながら謙遜するシアラに、鋭時は思わず聞き返した。
「そういえば、まだ紹介してませんでしたねっ。マハレタ、マフリク、ヴィーノ、教授にご挨拶してくださいなっ」
シアラが声をかけると手の甲までを隠すように伸びた袖口の中から、ナース服に包まれた丸く短いヘビ、ドレス姿のヒツジ、メイド服を着たウサギのぬいぐるみが飛び出し、鋭時の顔の高さで止まると3体が横に並んで同時にお辞儀した。
「ぬ、ぬいぐるみ!?」
ひとりでに浮かんで動き回った目の前のぬいぐるみ達に鋭時は驚くが、シアラは気にも留めず興奮気味に説明を始める。
「そのとーりです教授っ! でもこの仔達はただのぬいぐるみではなく、わたしの結界魔法の最高傑作ですっ! こちらのヘビさんが水系術式を担当するマハレタ、このヒツジさんが土系術式担当のマフリク、こっちのウサギさんが風系術式担当のヴィーノ、今わたしが身に付けているネコさんが炎系術式担当のツォーンですっ」
「なるほど……それぞれのぬいぐるみに別系統の術を担当させる事で術者の負担を軽減させ、さらに腰のぬいぐるみを変えることで効果の上昇までできるのか」
ひと通り説明を聞いた鋭時がそれぞれのぬいぐるみを見ながら感心していると、シアラは食い付くように近付いて説明を続けた。
「さすがです、教授っ! でも効果より重要なのは、わたしがこの仔達と同じ服に着替えられるところですっ! 今は着替えられませんけど、今夜は教授のお好きな服でお相手しますねっ!」
「いや待て、色々と待て。聞きたい事も言いたい事も山ほどあるけど、これだけは言わせてくれ」
手を額に当てて苦言を呈そうとする鋭時だが、シアラは気にせず言葉を続ける。
「それに服は結界魔法ですので教授からのリクエストがあればどんな服でも作って着れますし、破いたりしても大丈夫ですっ。もちろん無い方がいいなら、それでもオーケーですっ!」
「おーいシアラさん、そういう悪ふざけで大人をからかうのは止めなさい。確かに飽きるまで着いて来ていいとは言ったけど、さすがに夜までには帰りなさいね~」
「悪ふざけじゃありませんっ! わたし、本気で教授の傍にいたいんですっ!」
疲れた口調の鋭時に注意されたシアラは、目に涙を溜めながら反論した。
「だからね、そういうのはもう少し大人になってから大切な人に言いなさい。君は充分可愛いんだから、きっと素敵な人に出会えるよ」
出来るだけ平静を装った鋭時は、今にも泣きそうなシアラ相手に、慎重に言葉を選びながらどうにか説得を試みると、途端にシアラの顔が赤く染まった。
「か、可愛いだなんて……さすがに真正面から言われると照れてしまいますよぉ。ああ、やっぱり出逢えたのが教授でわたしは幸せですっ」
「ったく……いきなり泣き出したかと思ったら急に笑って、本当に調子狂うな~。とにかく子供を夜まで連れ歩くわけにもいかないんだよ、今も充分ヤバいんだし」
くるくると表情を変えるシアラに戸惑いながらも、鋭時は説得を続ける。
「わたしは子供じゃありませんっ! 人間の子供みたいな見た目をしてますけど、立派なジゅう人の大人ですっ!」
「大人ってまさか……いやあり得るか。なあシアラ、もしかしてだけどジゅう人と人間って成長速度も違うのか?」
自分を大人と言い切るシアラに鋭時は苦笑するが、目の前の少女が人間ではなくジゅう人であるのを思い出すと同時に浮かんできたひとつの疑問を口にした途端、シアラはハッとして口に手を当てた。
「そういえば説明するのを忘れてましたっ! ジゅう人はある程度まで成長すると条件を満たすまで外見の成長が止まるんですっ! 成長が止まる時期にも個人差はあるのですが、わたしは早い方でしたよっ」
「シアラの話が本当ならば、俺が一緒にいても事案にはならないんだろうけどさ、なんていうかもうひとつ確証が欲しいんだよね」
慌てながらも絶対的な自信を持った強い眼差しで説明したシアラに、鋭時は頭を掻きながら疑う態度を取る。
「むーっ、教授のいじわるっ! わたしの言葉が信じられないなら、ここで結界を解いて周りの皆さんに聞いてみますかっ?」
「いやいや、ちょっと待て。今ここで人目に付くのは得策じゃない」
唇を尖らせて日傘に手を当てつつ結界を解除しようとするシアラに対し、今度は鋭時が慌てて説得しながら止めに入る。
「それじゃどうしますかぁ~? このままだといつまで経っても、教授の欲しがる確証は得られませんよぉ~」
「ったく、こういう時には妙に知恵が回るんだな。分かった……ステ=イションで確認するから道案内を頼む、これでいいんだろ?」
いたずらっぽく微笑みながら質問するシアラに、鋭時は再度同行を許可するより他なかった。
「さっすが教授っ、話が早くて助かりますっ」
喜びのあまり抱き付いてきたシアラを、鋭時は僅かに体を逸らして躱す。
「わわっ、教授ぅ~っ、何で避けるんですかぁ~?」
「っとわりい、無意識に体が動いた。どうやら俺は人と触れるのを無意識のうちに拒絶して回避するみたいだ」
「『みたいだ』って、冷静に言わないでくださいよぉ……これならどうですっ?」
まるで他人事のように自身の拒絶回避を説明する鋭時に腹を立てるが、ある事を思い出したシアラは鋭時のスーツの袖を掴んだ。
「あはっ、捕まえたっ。先ほどもそうでしたが、この袖までなら避けようとしないみたいですねっ!」
「確かに袖は何度も掴まれたからな、ここまでなら反射的に回避しないのかよ……でもまさかターミナルまでこのまま行く気か?」
拒絶回避されずに上機嫌なシアラに、鋭時は無駄と悟りつつ袖を引きながら聞き返す。
「もっちろん、そうですよっ? 少しでも教授の傍にいたいですからっ!」
「そういう言葉は大事な人に言えよ……俺は蓼ですら無いんだ、勘違いするなって自分に言い聞かせるのも疲れるんだぞ……」
「ほえ? 勘違いって何がですかっ?」
「何でもない、それより急ぐぞ。ステ=イションで確認する事が増えたからな」
聞こえないように呟いたはずの独り言を聞かれて慌てた鋭時は、誤魔化すようにシアラを急かして居住区を抜けた。
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「ここがテレポートターミナルか……何だか懐かしい気がするけど、俺は来た事があるのか?」
居住区を抜けて再開発区の中心を通る道を真っ直ぐ歩き続けた鋭時達は、看板に【ロジネル テレポートターミナル】と表記された小さなビルの前に辿り着く。
(あの街はロジネルって名前だったのか……こっちも変わった名前だな……)
「どうしたんです教授? ボーっとしてないで早く中に入りましょうっ」
「分かった、分かったから引っ張るなって」
はやる気持ちを抑えらないシアラはビルの入口まで歩き出し、考え事をしていた鋭時も引かれるままに続く。
先を歩くシアラが近付くと同時に開いた自動ドアの前方には重厚な金属製の壁に埋められた自動改札機のような機械が複数並び、側面の壁にはシンプルなベンチが取り付けられただけの待合所が、反対側の壁には自動券売機が据えられていた。
「確かこいつで行先の居住区を選んで切符を買ってから、そこにある改札を通れば目的地に瞬間移動出来る寸法だったな」
「はいっ、何でも【大異変】の前にあった鉄道……の駅を参考にしたそうですっ」
声を弾ませるシアラの説明を聞きながら目の前の券売機を興味深く観察していた鋭時の頭に、僅かだが記憶がよみがえる。
「鉄道……【大異変】の前は街中の路面電車に使ってるレールと同じものを国中に張り巡らせて人や物を運んでたらしいな。確か本で読んだ記憶がある」
「教授って時々わたしより物知りになりますねっ。でも、あそこまでゆっくりした乗り物で運んでいたなんて昔の人はのんびりさんだったんですねぇ」
「今みたいに瞬間移動の魔法があったわけじゃないから仕方ないさ、それに記憶はおぼろげで上手く説明できないが、路面電車より長くて速いものだったらしいぜ」
路面電車以外の鉄道を全く知らずに不思議そうな顔をするシアラに、鋭時は頬を指で掻きながら思い出したばかりの知識を説明した。
「路面電車より長い乗り物なんて、なんだかおもしろそうですっ! 今度じっくり聞かせてくださいな、教授っ」
「こんな話でよければいくらでも聞かせてやるよ、ただその前に当面の生活の場を見付けて記憶を戻さないとな。悪いけど、落ち着くまで待ってもらえるか?」
ようやく恩返し出来る手段が見付かって表情の和らいだ鋭時に、シアラは満面の笑みを浮かべる。
「もちろんですっ、教授の記憶が戻るまで待ちますよっ! まずステ=イションに行って手掛かりを探しましょうっ!」
「あ、ああ……そうだな、まずは行先を選択すればいいんだな」
シアラの勢いに気圧された鋭時は券売機の上に設置された行先の一覧が書かれた料金表を見るが、現在地であるはずのロジネルの料金を表記する部分には斜線まで引いてあるにも関わらず何度探してもステ=イションの表記が見当たらない。
「あれ? ステ=イションはどこだ? この中にあるんじゃないのか?」
料金表に目的地の名が見当たらずに焦る鋭時の横で袖から手を離したシアラは、広げたままのメモリーズホイールの柄を券売機にかざして安堵の表情を浮かべる。
「やっぱり結界でしたかっ、教授だけでは絶対に見つけられませんでしたねっ」
「結界だって? 券売機の中にそんな仕掛けがあったのか……シアラに着いて来てもらって正解だったぜ」
「そ、そうですねっ、わたしもこんな仕掛けがあるなんて思いませんでしたっ……じゃなくて、わ、わたしの言った通り、ジゅう人同伴が必須だったでしょっ?」
結界を見つけ出した能力を手放しで称賛する鋭時に、シアラは動揺を隠しながら胸を張る。
「そういう事にして置かないと、あそこで袖を掴まれたままでここに来れなかっただろうからな」
自分に着いて来るためについた嘘をいまだに隠そうとするシアラに、鋭時は頭を掻きながら嘘に気付いていたと種明かしをした。
「うっ、まさか教授には最初からバレてたなんて」
「まあな、でも実際助けてもらったんだから結果オーライだ」
最初から嘘だと分かっていた上で話を合わせてもらっていたと気付いたシアラは恥ずかしさのあまり顔を耳まで赤く染め、さらには鋭時の気遣いを意識して陶酔と興奮が入り混じったような表情に変わった。
「あははっ、嘘だと分かっていながらここまで優しくしてくださるなんて、教授と出逢えてわたしは幸せですっ」
「そいつは良かったなー、ロジネルからステ=イションまでは手持ちの金で何とかなりそうだし、とっとと行くぞー」
事あるごとに幸せに浸るシアラに慣れた鋭時が軽く流して券売機を確認してから財布の小銭を取り出して切符を2枚買い、1枚をシアラの前に差し出した。
「わわっ!? 待ってください教授っ、わたしの分は自分で出しますよっ!」
「こういうのは遠慮するんだ、なんか意外だな。まあ、ここまでの案内のお礼だと思ってくれればいいよ」
今まで何かと積極的であったシアラが慌てて遠慮する様子を見た鋭時は、思わず吹き出しそうになる。
「だって教授、お金そんなに持ってないでしょ? それなのにわたしの分まで……やっぱり悪いですよっ」
「気を使ってくれてありがとな、シアラ。でもさ、俺ひとりなら多分金が無くても何とかなる、気にすんなよ」
申し訳なさそうに上目遣いで見つめてくるシアラに、鋭時は視線を避けるように頭を掻きながら答えた。
「ひとりじゃないですっ! わたし、教授の傍にいるって決めたんですからっ!」
「ああそうだった、今は心強い道案内がいるなー。ありがとなー、シアラ」
さらに強い意志を込めた眼差しで正面から見詰めて来たシアラに、鋭時は疲れた表情を浮かべながら棒読み気味に礼を返す。
「あはっ、教授のお役に立てたと思うと嬉しくなりますっ。あ、お礼はハグだけでいいですからっ」
「無理だな。俺は拒絶回避で無意識にシアラとの接触を避けちまう、まあそれ抜きでも、そんな犯罪じみたこと出来る訳無いけどさ」
無機質な返答にも無邪気に喜びささやかな報酬を要求するシアラに対し、鋭時は頭を掻きながら要求をそっけなく拒否した。
「それじゃあ困りますっ! 教授ぅ、どうにかなりませんか?」
「あのな……どうして拒絶回避するのか分からないってのに、どうにか出来る訳が無いだろ」
切実な声で訴えるシアラに、鋭時は自らの拒絶回避にお手上げと言わんばかりに両手を上げる。
「でもまあ記憶が戻れば拒絶回避の理由くらいは判明するだろ。それで拒絶回避を抑えられるようになったらハグでも何でも好きにして構わないぜ、事案にならない範囲でだけどな」
「本当ですかっ!? では早くステ=イションに行って記憶を戻しましょうっ! 切符の代金は向こうに着いてから支払いますからっ、さあ急ぎましょうっ!」
今にも泣き出しそうに目を潤ませるシアラを気遣うように鋭時が頭を掻きながらひとつの提案をすると、シアラの目は輝きを取り戻して鋭時の手から切符を素早く取った。
「さあ教授っ、この改札を通ればいよいよステ=イションに到着ですよっ」
「正確にはステ=イション近くのテレポートターミナルだけどな。ターミナルから居住区までどれ位かかるか行ってみないと分からないし、案内板や地図でもあればいいんだが……」
「教授って結構心配性ですねっ。でもご安心くださいっ、シショクの願いに誓って必ずステ=イションまでお連れしますからっ」
慎重に切符を確認した鋭時が転送先で取るべき行動を考えながら壁に埋められて行き止まりになった自動改札へと切符を通し、同時にシアラもすぐ隣の自動改札に切符を通す。
瞬間2人の目の前の壁が消えてターミナルの待合室の光景が広がり、振り向くと金属製の壁が背後にあった。
「えっと、もう到着……でいいんだよな?」
「そうですよっ、教授っ! すぐ到着するので最初は戸惑いますが、あれを見ればすぐ分かりますよっ」
気が付いた時には壁を背にして困惑する鋭時を見たシアラが指し示した天井から下がった案内板には【ようこそステ=イションへ】と書かれており、隣で案内板を確認した鋭時はようやく安堵する。
「どうやら無事到着したみたいだな……後は居住区に向かうだけだが、見たところ地図とかは無いみたいだな」
「地図なんて無くてもどうにかなりますよっ! どのターミナルでも居住区までの道は真っ直ぐにつながってるものですか……らっ、あれ?」
不安そうな顔で周囲を見回す鋭時をよそにシアラは意気揚々と出口に向かうが、そこで動きが固まった。
2人の目の前には見渡す限りの廃墟が広がっていたのだ。