第18話【落とし穴】
掃除屋の試験に向けて攻撃術式を組み上げた鋭時は、
合格を確信してそのまま試験本番の朝を迎えた。
「ごめんくださいミサヲさん、そちらに入ってもよろしいでしょうか?」
「お? 噂をすればなんとやらだ、いいぜレーコさん!」
扉越しに聞こえて来る柔らかく落ち着いた声に、ミサヲは上機嫌で声を返す。
「では、お言葉に甘えて失礼します」
「おっはようございまーっす、レーコさんっ!」
「あ、おはようございます。ドクの準備が出来たんですか、レーコさん?」
ミサヲの許可を受けた完全立体映像式アンドロイドのレーコさんが扉を開けずにすり抜けて店内に入ると同時にシアラが弾む声で挨拶を返すと、鋭時も半歩遅れて頭を下げた。
「皆さんおはようございます、試験の準備が終わりましたのでお呼びに来ました。地下訓練場、第4戦闘訓練室でマスターがお待ちです」
鋭時達が座るテーブルまで音も無く近付いて来てから丁寧な仕草でお辞儀をしたレーコさんに、鋭時は不思議そうな顔で呟く。
「地下訓練場? 凍鴉楼にはそんなものまであるのか……」
「そうだぜ鋭時、新しい武器や術式を試す時はそこを使うんだ。詳しい事はドクが説明してくれるぜ」
「私の方でもDMCCCが今朝早くドクターに第4戦闘訓練室とDゲートの使用許可を出したログを確認しました。時間も長く取ってありますので、試験はそこで行うつもりなのでしょう」
鋭時の疑問に答えるようにミサヲが簡単な説明をすると、チセリも丸眼鏡の蔓を何度か操作して情報を確認した。
「ん、どういう事だ? 凍鴉楼の管理もだーくめさんがしてるのか……?」
「左様でございます、旦那様。DMCCCは魔法科学工場や公共施設はもちろん、住居や商業施設の管理を同時並行で処理できますので」
新たに浮かんだ疑問を口に出した鋭時に、チセリはステ=イションで使用されている管理AIについて慣れた様子で説明をする。
「そういえば昨日ドクにも同じような話を聞いたな……それに凍鴉楼の成り立ちを考えればだーくめさんが管理するのも当然か……」
「もちろんDMCCCだけでは処理できない部分は、各施設のオーナーや管理人が随時対応していますのでご安心ください」
チセリの説明を聞いてドクとの話を思い出した鋭時が納得して呟くと、チセリは柔らかく微笑んでお辞儀した。
「ありがとうチセリさん。他にも色々聞きたい事はあるんだけど、そろそろ試験に行かないと……あ、その前に片付けか……」
軽く頭を下げて礼を述べた鋭時が立ち上がって出口に向かおうとするが、すぐに立ち止まってテーブルの上を見回してから居住スペースの引き戸に目を向ける。
「後片付けでしたら私がしますので、旦那様方は試験場へ向かってください」
「いつもすまないなチセリ。鋭時の寝てた部屋は一番手前だ、よろしく頼んだぜ」
「かしこまりました、そちらは旦那様が戻られる前に仕上げておきます」
気さくに手を振ったミサヲの言葉の意味を理解したチセリは、嬉しそうに尻尾を左右に振りながらも表情を崩さずに丁寧な仕草でお辞儀した。
「待ってくれよチセリさん、何もそこまでしなくても……」
「野暮は言いっこなしですよっ、教授っ! さあ、試験がんばりましょうっ!」
寝室の片付けに行こうとするチセリを鋭時は慌てて断ろうとするが、いつ間にか近付いて来ていたシアラにスーツの袖を引かれて言葉が止まる。
「シアラの言う通りだぜ鋭時、ここはあたしに免じてチセリに任せてみてくれよ。じゃあチセリ、鍵は持ってるから終わったら戸締りよろしくな」
「ミサヲさんがそこまで言うなら……じゃあチセリさん、すいませんけどよろしくお願いします。そろそろ行きますので」
「それじゃあチセりん、いってきまーっす!」
「かしこまりました旦那様、若奥様。行ってらっしゃいませ、ご武運を」
ガンケースに収納したミセリコルデを担いで外出の準備を終えたミサヲの説得で寝室の片付けを了承した鋭時がぎこちなく頭を下げてから店の出口へと向かうと、チセリは深々と頭を下げて3人を見送った。
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「ところでレーコさん、地下訓練場までは昨日みたいにテレポートエレベーターを使って行くのか?」
「はい、それが最短ルートですので。皆さんが地下に移動した事を確認してから、私も地下へ移動します」
外套を被っている間に先を歩き出したシアラとミサヲ後ろ姿を眺めながら尋ねる鋭時に、レーコさんは微笑みの表情を表示しながら回答する。
「あー……よく考えたら、レーコさんはテレポートエレベーター使えないか……」
「はい、私の身体は立体映像ですので機械の操作は出来ませんが、地下階までの最短ルートを飛ぶ事ができます」
「なるほどね……メリットでデメリットを補ってるのか」
微笑みの表情を表示しつつ静かに隣を飛ぶレーコさんを見た鋭時が感心しながら考え込んでいると、フロア片隅に置かれたテレポートエレベーターの前でシアラを抱えたミサヲが声を掛けて来た。
「先に行ってるぜ鋭時、昨日の要領で地下4階のDを選べばいいぜ」
「早く来てくださいねっ、教授っ!」
言うが早いかミサヲがパネルを操作して期待に満ちた笑みを向けて来たシアラと共に鋭時の目の前から姿を消し、鋭時は頭を掻きながらパネルの前に移動する。
「やっぱこの光景、昨日の今日じゃ慣れないな……えーっと、今度はこのパネルで地下……4階のDだな」
「はい鋭時さん、移動先の設定操作に問題ございません。そのまま【移動】キーを押せば目的地に移動できます」
「ダブルチェックありがとうレーコさん、助かるぜ。じゃあまた下でよろしくね」
パネルを操作する前の念入りな指差し確認を横から眺めていたレーコさんに礼を述べた鋭時は、【移動】キーに指を当てて姿を消した。
▼
「ここが訓練場……に続く通路だろうな、さすがに……」
昨夜と同じく目の前の壁が瞬時に別の風景へと変化して戸惑う鋭時であったが、2度目という事もあり冷静に周囲を見回す。
「こっちですよーっ、教授っ! 中でミサちゃんとマーくんが待ってますよっ!」
「分かったシアラ、今そっちに行くよ」
人が通るには充分広いが戦闘訓練するには狭すぎる廊下をシアラの声が聞こえる方へと歩いた鋭時は、入り口に【第4訓練室】と書かれた部屋の前に辿り着いた。
「いよいよ試験か、シアラの方は準備いいか?」
「もちろんですっ! ミサちゃんからアドバイスをもらって仕上げましたっ!」
緊張を紛らわすように質問する鋭時に、シアラは腰に付けたネコのぬいぐるみの収納術式からZKの外殻を再現した白い板を取り出して鋭時の人差し指が通るほど大きく開けられた穴を見せる。
「こいつは見事なもんだ……俺は針の穴を開けるのがやっとだったからな……」
「え……? もしかしてダメ……だったんですか? 教授……」
感心しながら自身の組み上げていた術式を思い出した鋭時が自嘲気味に呟くと、シアラは心配そうな顔で見つめて来た。
「取り敢えず破壊出来たし、後はドクの採点次第だ。もう後には退けないからな」
鋭時は鼻の頭を掻いて曖昧に答えながら訓練室の扉を開けて入ると、その先には壁にロッカーが並び中央に背もたれの無いソファが並ぶ小さな部屋に出る。
「これが……訓練室?」
「いやまさか。ここは訓練の準備をする部屋だろう、向こうにも扉があるぜ」
不思議そうな顔で周囲を見回したシアラに肩をすくめた鋭時が脱いだ外套を脇に抱えて部屋の奥にある扉を開けると、器具や設備が何も無い空間が広がった大きな部屋の中央にドクとミサヲ、そして凍鴉楼の壁を最短ルートで抜けて来たであろうレーコさんが立っていた。
「おはよう鋭時君、昨夜はお楽しみだったかな?」
「何だそりゃ? ステ=イション特有の挨拶か?」
唐突な挨拶に鋭時が顔をしかめると、ドクは気まずそうに頭を掻く。
「いや、一度言ってみたかったセリフってだけだ。気にしなくていいよ」
「おいドク! 下らねえ話してないで、とっとと試験始めようぜ!」
「それもそうだね、ミサヲさん。鋭時君、試験の前にこいつを渡しておくよ」
隣に立つミサヲにも呆れられたドクは、苦笑しながら楕円の上下に小さな円盤をひとつずつ付けた金属の輪を鋭時に投げ渡した。
「おっとっと……こいつは何だい、ドク?」
「その機械はA因子を遮断するフィールドを体に沿って展開する機能がある。その外套のままだと何か不便だろうから、帰ってから作ったんだ。ベルトのバックルに嵌めるといい」
少し慌てながらも金属の輪を受け取った鋭時の質問に、ドクは機能を極力簡潔に説明する。
「確かにこいつはちょっと不便だと思ってたんだよ、でも何でベルトに?」
「アクセサリーだと付け忘れたりするけど、ベルトならば必ず身に付けるし普通は人前で外さないから確実だ」
「なるほど、確かにその通りだ。サンキュー、ありがたく使わせてもらうぜドク」
ドクの説明を聞いて納得した鋭時がスーツのボタンを外して金属の輪をベルトのバックルに重ねると、輪がバックルに合わせるように縮んで奇麗に収まった。
「これで外套を着るのと同じなんて見事なもんだな……あ、それじゃあこの外套は返した方がいいのか?」
スーツのボタンを留め直してから両肩を回して感心する鋭時が丸めて脇に挟んだ外套に気付いて差し出すが、ドクは手のひらを向けて静かに首を横に振る。
「それは念の為の予備として持っていてくれ、同じものならLab13にいくらでもあるからね。かさばるようなら帰ってから専用の収納装置でも作るよ」
「これくらいなら収納術式で充分だぜ、組み込むのは帰ってからになるけどさ」
「何か不便があったらすぐ言ってくれ、今はまだ鋭時君のA因子を他のジゅう人に見られるのは好ましくないからね。それじゃ試験を始めようか」
満足そうに頷いたドクがLab13から何かを取り出そうとするが、今度は鋭時が手のひらを向けてそれを止めた。
「ちょっと待ってくれドク。試験の前に確認したいんだけどさ、ドクってやっぱり人間だよな?」
「おいおい鋭時、いくらドクの行動がおかしいからってそいつは無いぜ。人間にはちょっと分かりにくいけど、ドクの顔はタイプレプラコーンそのものだ」
鋭時の唐突な質問をミサヲが全力で否定し、それを聞いたドクが苦笑する。
「ボクの行動の評価については議論の余地があると思いたいが、他はミサヲさんの言う通りだ。鋭時君はどうしてボクが人間だと思ったんだい?」
「あまり上手くは言えないけど、俺に説明をしてくれてた時のドクの目線は人間に詳しいジゅう人と言うよりも、ジゅう人に詳しい人間に思えたんだ……」
質問を返して来たドクに鋭時が困惑しながらも直感をそのまま答えると、ドクは観念したように大きくため息をついた。
「やはり先入観の無い人間相手には隠し切れないものだな……鋭時君の言う通り、俺は人間だよ」
「ほらな、ドクだって人間って……おいドク! それ本当なのかよ!?」
「落ち着いてミサヲさん、今から種明かしと説明するから」
驚きのあまり噛み付く勢いで怒鳴るミサヲを宥めたドクは、シャツの胸ポケットからカードのような機械を取り出してスイッチを操作する。
「え……? どういう事ですか? マーくんの顔が……」
「本当だ……こいつはどうなっていやがる? ドクがタイプレプラコーンどころかジゅう人ですらなくなったぞ」
「シアラもミサヲさんもどうしたんだ? 俺には何が起きてるのかさっぱりだ」
機械を手にしたドクの顔を見て困惑する2人のジゅう人の様子に鋭時も困惑して考え込み始め、軽くため息をついたドクが手にした装置の説明を始める。
「ジゅう人は人間には見えない波動を感知できるけど、ジゅう人自体も種別による固有の波動で覆われてる。でもって俺はタイプレプラコーンの固有波動をこいつで再現してたって訳だ」
涼しい顔で手にした装置を簡単に説明したドクは、ひと息ついて説明を続ける。
「何せタイプレプラコーンは人間と見た目や能力が変わらない上に、男だけの種別だから人間との繁殖も出来ずジゅう人同士から極稀に産まれる程度。このまま俺がタイプレプラコーンを名乗っても比較対象が無けりゃ不自然も無くなるって訳だ」
「驚いたな……昨日まではジゅう人をまるで知らなかったのに、世の中にはこんな技術まであったのか……」
「そんな御託はどうでもいい! 今まであたし達を騙してたのかよ、ドク!」
説明を終えて肩をすくめるドクに鋭時が感心していると、怒った様子のミサヲがドクに噛み付かんばかりに大声で怒鳴った。
「騙すつもりは無かったと言えば嘘になるけど、これもジゅう人独自の文化を尊重しての事さ」
「あ? どういう事だ、そりゃ?」
緊張した空気の中で弁解するドクに、ミサヲは尚も凄みを利かせて問い詰める。
「だから落ち着いて聞いてくれよ。昨日俺の研究のテーマがジゅう人独自の文化や言語だって話したと思うけど、それらがあるのはジゅう人を最初に受け入れた街、ステ=イションしかないと思ってね。それでジゅう人としてこの街に入ったのさ」
「つまりドクは、人間が相手だとジゅう人が遠慮や気遣いで独自の文化を隠すかもしれないって考えたのか?」
横で鋭時がドクの真意を確認すると、ドクは安堵のため息をついて頷いた。
「その通りだ、鋭時君。そしてここでも見付からなければジゅう人の故郷、便宜上ここではジゅう人界と呼ぶけど、その異世界に俺が直接行こうと思ってね」
「あたし達の先祖が住んでた世界だって!? そんなの考えた事も無かったぜ!」
完全に意識の範疇の外にあったドクの目的を聞いて驚き呆れるミサヲに、ドクは頷いてから説明を続ける。
「ミサヲさんの言う通り、誰も知らないどころか考えた事すら無い世界だからね。それにジゅう人界へ行く方法を見つけても、人間がジゅう人界に入ってしまっては何が起きるか想像すら付かないから念の為ジゅう人に化ける装置を作ったのさ」
「やれやれ、まだ何も手掛かりが見付かってないのに律義なこった……分かった、この件はこれで終わりだ。普段のドクはタイプレプラコーンのジゅう人、あたしとシアラ以外のジゅう人がいない時は人間に戻る。シアラも鋭時もそれでいいな?」
調子を取り戻したドクの説明でジゅう人に対しての誠意を汲み取ったミサヲは、頭を掻いて手打ちを提案した。
「すまないドク、まさか俺の疑問がこんな事になっちまうなんて……」
「構わないよ、これで鋭時君が俺の正体を探りに【遺跡】までこっそり着いて来る可能性は無くなったんだから。ただ出来れば、ここだけの秘密にしてほしい」
申し訳なさそうに頭を掻く鋭時にドクは、まるで胸のつかえが取れたと錯覚するほどに晴れやかな笑顔を見せる。
「確かに俺は興味が勝ったら自分でも何しでかすか分からないからな……そこまで考えてもらって悪かった。ドクが人間だって件は誰にも言わない、約束するよ」
「わたしも誰にも言いませんよっ! 教授が決めたんですからっ!」
「だから何で判断基準が俺なんだよ……今回は助かるけどさ……」
自分の性格と行動をドクに見透かされていた鋭時は、鼻息荒く同意したシアラの言動も相俟って力無く笑うしかなかった。
「ようし、決まりだな! 話もまとまった所で本題に入ろうぜ!」
「それでは気を取り直して試験を始めよう。ところで鋭時君、アーカイブロッドを持ってないようだけど?」
ミサヲの号令の下でLab13からZKの外殻を再現した白い板を2枚取り出したドクだが、鋭時が手に何も持っていない事に気付いて手を止める。
「ちゃんと持って来てるぜ。これでいいんだろ、ドク?」
ドクの疑問に答えるように鋭時が右腕を下に向けて僅かに振ると、スーツの袖の中からアーカイブロッドが出て来て鋭時の右手に収まった。
「なるほど、袖の内側に収納術式を組み込んだのか」
「普段は隠せるし、必要な時すぐ手に取れる。それに術式の魔力は数日持つから、毎日寝る前に魔力を補充すれば負担にならない。これもマキナさんのアドバイスのおかげだぜ」
「それは重畳。準備も出来たし、まずシアラさんから試験しようか? こっち側の低い方でお願いするよ」
誇らしげにアーカイブロッドを握る鋭時に感心するドクだが、その間にも2つのスタンドと高さの違う2本の細い支柱をLab13から取り出して組み立て、先端に白い板の固定を終えてからシアラの方へ顔を向ける。
「この流れでシアラからかよ……なんか恥ずかしいんだけど……」
「鋭時君の結果が先に出たら、シアラさんがどうなるか分からないからね」
手にしたアーカイブロッドでこめかみ辺りを掻くような仕草をしながら苦笑する鋭時に、ドクも苦笑しながら試験する順番の理由を説明する。
「そういう事かよ……でも俺だって中々の術が出来たぜ」
「教授のカッコいいポーズはいつまでも眺めていたいですけど、まずわたしの試験からですねっ!」
ドクの思惑を理解した鋭時がロッドの先端を支柱に固定した白い板に向けるが、シアラは年下の男の子をあしらうように微笑みながら腰に付けたネコのぬいぐるみから結界を操作する小さな桜色の日傘、メモリーズホイールを取り出した。
「いや、ポーズ決めたわけじゃないんだけどな……」
「見ててくださいね、教授っ!【幻挿咫】!」
再度苦笑してこめかみ辺りをロッドで掻く鋭時にアピールするように手を振ったシアラが術式を発動した途端、手にしたメモリーズホイールが光に包まれて先端に猫の前足のような飾りの付いた金色に輝く短いステッキに変化する。
そのままシアラが自身の頭と同じ高さに立てられた白い板まで駆け寄って金色の猫の手ステッキから突き出た爪を当てると、爪はZKの外殻と同等の硬度を持った板をあっさり貫いた。
「マーくん、どうでしたかっ!」
「心配はなかったけど見事なもんだ、流石はタイプサキュバスだね。残りの魔力も余裕が充分あるし、これは文句なしの合格だよ」
板を貫いた棒を何の苦も無く引き抜きメモリーズホイールに戻してから胸を張るシアラに、Tダイバースコープで観測していたドクは感心しながら合格を伝える。
「どうですかっ、教授っ!……って、うわわっ!?」
「凄いじゃないか! やっぱりシアラは最高だぜ!」
合格の喜びを伝えようと鋭時の方へと勢い良く振り向いたシアラだが、たちまちミサヲに抱きかかえられて驚きの声を上げる。
「いきなり抱き付かないでくださいよっ、ミサちゃん」
「シアラが可愛くてつい、な……このまま特等席で鋭時の活躍を見ようぜ」
やや不機嫌気味に振り向くシアラに笑って誤魔化すミサヲは、そのままシアラの両脇を掴んで前を向かせる。
「ふわわっ、教授が目の前に……これはこれで悪くないですねぇ……」
「な、いいもんだろ? しばらくこのままあたしと見ていようぜ」
視界正面に鋭時の顔を捉えたシアラが頬を僅かに赤く染めて嬉しそうに呟くと、ミサヲが顔を近付けて囁いてから鋭時の方へ顔を向けた。
「……そろそろいいか? あと支柱も壊しちまうかもしれないけどさ……」
「まだたくさん持ってるし安物だから別に構わないよ、それじゃあ始めようか」
シアラとミサヲの会話が終わるタイミングを待ちながら白い板に近付いて術式を発動しようとする鋭時に、ドクは快く頷く。
「それじゃあ遠慮なく、【瞬間凍結】!」
気合を入れるように軽く右肩を回した鋭時が手にしたロッドの先端を板に当てて術式を発動すると、たちまち板が支柱の上半分ごと凍り付く。
「上手くいった……続けて【共振衝撃】!」
術式の正常動作を確認した鋭時が衝撃波を放つ術式を板に当てたロッドの先端に発動すると同時に、凍り付いた板が支柱の上半分ごと粉々に砕け散った。
「さすがは教授ですっ! でも……【活性灯】と【魔力贈与】が合わさってるようにしか見えないのに、何か不思議な術式ですねぇ……」
「なあシアラ、仲間の手の内を知らない事が仲間を助ける時もあるんだ。慣れないうちは余計な詮索をしない方がいいぜ」
「わかりましたっ! これからも教授と一緒ですから、いつでも見れますねっ!」
喜びながらも不思議そうな顔で鋭時のロッドを眺めていたシアラだが、ミサヲの助言を聞き入れて素直に頷いてから期待に満ちた眼差しを鋭時に向けた。
「どうだいドク? 魔力の少ない俺でも破壊出来たぜ」
「これは驚いた……凍結と衝撃波、この2つの術式の消費魔力を合わせても1桁に収まってるよ。しかしまさか対象の熱を逆流させて奪う術式とはね……」
担ぐようにロッドを肩に乗せて得意満面で振り向く鋭時に、Tダイバースコープ越しに観測していたドクが舌を巻いて唸るように呟く。
「確かに見事だけど、これで合格は難しいかな?」
「なんだって!? 課題通りに破壊しただろ?」
「そうですよっ! 教授はマーくんの言う通りにしましたよっ!」
「おいドク! ここまで来て失格とはどういう了見だ!」
しかし、床に散らばった破片とTダイバースコープの記録を交互に見直していたドクが合格への難色を呟いて3人が一斉に抗議の声を上げた。
「ああゴメン、言葉足らずだったね。確かに最初の試験は合格だ、だが次の試験の突破は難しいと思うよ」
「次の試験? そういや昨日、板の破壊は最初の試験とは言ってたような……」
多方面からの抗議に気付いて苦笑しながら理由を説明するドクに、鋭時は昨夜の食事中にドクから受けた説明を思い出しながら呟く。
「板の破壊は次の試験に必要不可欠な技術だからね、ここからが本番だよ」
疑問ともつかない鋭時の呟きに答えるかのようにドクが頷き、Lab13の中からバレーボール程の大きさの白い球体を取り出す。
そのままドクが球体表面のパネルを操作すると球体が広がり、バネのように渦を巻いた奇妙な脚を持ったヒト型に姿を変えた。
「何でZKがこんな所に!?」
「落ち着いて鋭時君、こいつは今までのデータを基にZKの動きを再現したダミーロボットだ。駆除機能試験用だから攻撃能力は無いけど、移動速度と外殻の硬さは本物そっくりに再現してる。これを5分以内に行動不能にするのが合格の条件だ」
慌ててシアラを抱えるミサヲの前に移動しつつ目の前の脅威に身構えた鋭時に、ドクは苦笑しながら起動したダミーロボットの説明をする。
「なるほど、機械屋連中の使うダミーとは考えたな」
「元々こっちが俺の専門だからね、それに今後の試金石にもなるだろうし」
落ち着いた様子で次の試験内容に感心するミサヲにドクが頷きながら答えると、危険が無いと理解した鋭時が部屋の中央に移動したダミーロボットに目を向ける。
「硬い外殻……駆除試験……つまり動くこいつの頭か首か胸の急所を、さっき板を破壊した術で壊せばいいのか……?」
「その通りだよ鋭時君。ダミーロボットならLab13にいくらでも入ってるから、キミ達の術式で跡形もなく破壊してくれても構わないよ」
「了解した、でも何で5分以内なんだ?」
「巨大化して3分、決戦兵器なら5分で怪生物を駆除したとされる【大異変】前の記録に載ってた故事に倣ったんだよ。何にせよZKの生態を考えれば駆除は早いに越した事は無いからね、これもシアラさんから試験しようか?」
頷いてから合格条件の理由を聞いた鋭時に対し気さくに答えたドクは、そのままシアラに声を掛けた。
「あのロボットを倒せばいいんですねっ! 見ててくださいっ、教授っ!」
「だからどうして俺に……分かったから無理すんなよー」
ミサヲの腕から飛び降りて手を振りながら歩くシアラに、鋭時は頭を掻きながら控えめに激励の声を掛ける。
「それじゃあ始めようか? こいつは親善試合なんかじゃないし向かい合う必要は無いから、シアラさんがダミーロボットに設定した縄張りに入れば試験開始だ」
「わっかりましたーっ! さあ行きますよーっ!」
ドクの説明を聞いたシアラがそのまま頷くと、訓練室の中央部を小さく歩き回るダミーロボット目掛けて真っ直ぐ駆け出した。
「【隠形結界】!」
ある程度ダミーロボットに近付いたシアラがメモリーズホイールを広げて術式を発動するとシアラの姿が消え去り、ダミーロボットの周囲が静寂に包まれる。
「ふむ、シアラさんを認識してる俺達の前から姿を消せるのか……人避けの結界をここまで強化するとは、さすがは結界のギフトだ……」
Tダイバースコープを通じても姿を見失ったドクがシアラの才能と努力に小さく唸った刹那、ダミーロボットの背後にシアラの姿が現れた。
「【幻挿咫】!」
ダミーロボットの頭を越す高さまで跳び上がったシアラがメモリーズホイールを閉じて金色の猫の手ステッキに変化させ、指で回して逆手に持ちダミーロボットの襟首に当たる部分に突き立てる。
『ギギギ……ピー……』
シアラに猫の手ステッキを襟首に突き立てられたダミーロボットが振り向こうと異様な機械音を発した瞬間、猫の手ステッキから伸びた爪がZKの急所を再現した機器に刺さって機能を停止した。
「お疲れ様シアラさん、文句無しの合格だね。ダミーロボットは俺の方で回収するから、こっちに戻って来てよ」
「はーいっ!」
Tダイバースコープを確認して合格を告げたドクが崩れ落ちたダミーロボットに向かうと、シアラが入れ替わるように戻って来る。
「見事なもんだ、合格おめでとう……次は俺の番か……」
「ありがとうございますっ! 教授もきっと合格できますよ……うわわっ!?」
自身の試験を気にしてか上の空でシアラを労った鋭時を逆に励ましたシアラは、再度ミサヲに抱きかかえられて足が地面から離れた。
「も~、ミサちゃん。いきなり抱き付かないでくださいよ~」
「固いこと言うなよ、また特等席で見せてやるからさ」
笑って誤魔化したミサヲは、抱き上げたシアラを新たなダミーロボットを置いた場所へ向けさせる。
「やれやれ……ミサヲさんの癖は相変わらずだね。シアラさん、悪いけど鋭時君の試験が終わるまで付き合ってやってくれないかな?」
「それくらいなら、まあいいですよ……がんばってくださいねーっ、教授ーっ!」
苦笑するドクにシアラが渋々頷いてから鋭時の方を向き、満面の笑みを浮かべて手を振りながら大声で激励した。
「期待しすぎだろ……もう行っていいんだよな?」
「ああ、準備は終わってる。ところで鋭時君の術式も相手に直接触れないと効果が無いようだけど、何か近付く算段があるのかい?」
期待に満ちた眼差しで手を振るシアラに苦笑する鋭時がダミーロボットの方へと歩こうとすると、Tダイバースコープを起動したドクが試験の意思を再確認する。
「何も浮かばねえよ、でも拒絶回避で躱し続ければ何とか近付けるだろ」
「分かった。今から5分、試験開始だ」
外套を床に置いてから軽く手を振ってダミーロボットの方へゆっくり歩いて行く鋭時に、ドクはTダイバースコープを操作しながら試験開始を宣言した。
「【遺跡】でZKと戦った時もギリギリで避けて攻撃を当てられたんだ、弾かれたけどさ……その要領なら何とかなんだろ、当てれば終わりなんだし」
シアラのように素早く動くには多くの魔力を必要として姿を消す術式も持たない鋭時であったが、初めてZKと遭遇した時の事を思い出しながらダミーロボットの側面に慎重に回り込む。
『ギギッ!?』
「やっぱりこの程度の小細工は意味ないか……いいぜ、かかって来いよ!」
近付いた人間の気配を感知したのかZKの発する音に似せた機械音を立てながら振り向いて脚のバネを縮めるダミーロボットに、鋭時も足の動きを止めてロッドを構えながらダミーロボットの動きに集中し始めた。
『ギー!』
「その動きは見慣れてる、【瞬間……!?」
ZKと同じく真っ直ぐ向かって来ながら突き出したダミーロボットの腕を難なく躱した鋭時がすれ違いざまにロッドを横に振りながら術式を発動しようとするが、ダミーロボットの遥か手前で空を切るロッドに気付いた鋭時は慌てて術式の発動を中断する。
「踏み込みが足りなかったのか?……確かに【圧縮空筋】を使ってなかったけど、タイミングは合ってた……はずだ……!」
『ギギー!』
攻撃を当てられなかった理由を必死に考え込んでいる最中にもバネのような脚を伸ばして跳び掛かって来たダミーロボットに気付いた鋭時は素早く動いて躱しつつロッドを振り下ろすが、またしてもロッドはダミーロボットの手前で空を切った。
「またかよ……!? いくらなんでもビビり過ぎだろ俺……」
ダミーロボットとの距離を無意識に開けていると気付いた鋭時は、本物のZKと異なり手の先が鉤爪型のゴムか何かで出来たものを突き出すダミーロボットを見て自嘲気味に笑う。
「今さら考えても仕方ねえ……幸い向こうの方から来るんだ、当たるまで近付けばいい……」
他にロッドを当てる方法が浮かばなかった鋭時はダミーロボットの攻撃を何度も躱しながらロッドを振るが、何度振ってもロッドは宙を切るばかりであった。
(ダメだ近付けねえ! どうしても回避のタイミングが早くて離れちまう……俺の拒絶回避はZKの危険性を学習して距離を置くのを優先しちまってるのか……? そんな事より、このままじゃ時間切れだ……!)
もはや千日手の如く回避と空振りを繰り返す鋭時は、自身の拒絶回避の対処法も見付からずに焦りを募らせ始めていた。