農村を旅立ち、次の街へ
アヴィリオは気づくと薄暗い部屋にいた。そこはとても見覚えがある。間違えるはずもない。昔、アヴィリオの両親が住んでいた部屋だった。
バタバタバタと廊下から足音が響く。既視感を感じながらも廊下に出ようとしたところで乱暴に扉が開く。
扉が開いた先にはアヴィリオの父、ルドルゼンの姿があった。
ルドルゼンはアヴィリオを見ると涙を流しぎゅっと抱きしめる。
懐かしいにおい、抱き締められた感覚、すべてが愛おしかった。アヴィリオも抱き締め返しルドルゼンの背中に手を回す。すると、ルドルゼンはアヴィリオの手を握り玉座の間に連れてくる。アヴィリオは覚えている。ここは父の死んだところだと。
アヴィリオがゆっくりルドルゼンを見上げると優しい顔をして口を開いた。
「 」
「お父様…?何て言ったの…?」
ルドルゼンはアヴィリオを玉座の裏にある両手開きの隠しスペースに隠す。そして人差し指を立て唇に当てる。静かにしてて、という合図だ。
(これは、知ってる。この光景はお父様が殺される直前の光景…)
そして間もなくして勇者一行が玉座の間に乗り込んできて話し合おうとするルドルゼンに問答無用で剣を突き刺した。
「うわぁあああああああああああああ」
アヴィリオはガバっと飛び起きる。顔や背中には冷や汗をびっしょりとかいていた。アヴィリオは乱れる息を整え、大きく息を吐く。
カーテンからこぼれる光が少し赤みを帯びている。どれほど眠っていたのかも分からない。少し震えている腕を握りながら、すぐに外に出る。
外に出ると太陽が少し西に傾いていた。村の人たちは畑仕事やら夕飯の準備などをしているのか忙しそうだった。
アヴィリオに気付いた村人たちが駆け寄ってくる。
「アヴィリオさん!よかったぁ!気が付いたんですね!」
「おーい!アヴィリオが起きてきたぞー!」
それまで忙しそうに動き回ってた村人たちがアヴィリオの顔を一目見ようと集まってきた。アヴィリオの周りはあっという間に人だかりとなる。
「アヴィ!」
遠くから銀色の髪を揺らしながらオリビアが走ってくる。
オリビアは嬉しそうにその手に持っていた布をアヴィリオの顔の前に突き出した。
「見て!染物を教えてもらったの!すごい技術よ!魔人じゃまず思いつかないわ!」
オリビアの持っていた布は綺麗な淡い緑色をしていた。アヴィリオが眠っていた間に村の女性たちに教わったらしい。オリビアはキラキラとした瞳で無邪気に笑っている。
「オリビアちゃん、覚えが早くてすごいのよー」
「そんなことないわ。サリーさんの教え方が上手なのよ」
そういって女性たちと笑い合っている。刺繍も教わっていたようでそれもアヴィリオに自慢する。随分と打ち解けているようだった。
「というか、まだいたのか…。もう帰ったかと思っていた」
アヴィリオのその言葉にオリビアはにっこりと笑う。しかし、明らかに怒っているようだった。
「あらぁ、ずいぶんなお言葉ね?自分が一体どういう状態だったか、わかっているのかしら?」
オリビアは笑顔を崩さない。アヴィリオは知っている。笑顔で怒っているときこそオリビアが本気でキレているのだということを…。
アヴィリオは顔を真っ青にして頭を下げる。
「す、すま…いや、ごめんなさい」
冷や汗だらだらで謝っているアヴィリオを見て、その場が一気に笑いに包まれる。
「あっはは!次期魔王様も女房にゃ形無しだな!」
「オリビアちゃん!しーっかり叱っておくんだよ!」
「ふふっ、はーい」
周りが笑いあっている中、アヴィリオだけがポカンとしていた。
会話の中にあった言葉は、アヴィリオが誰にも言っていない言葉だった。
「次期魔王って……」
半ば困惑気味で口に出す。すると村の人たちは少し顔を見合わせると笑って口を開く。
「実は、オリビアちゃんに全部聞いたのよ」
アヴィリオはバッとオリビアのほうを振り返る。オリビアは微笑むだけだった。
「最初は魔王とかいろいろびっくりしたけど、お前が俺たちにしてくれたこととか考えたら全然怖いとか思えなくてなぁ…」
「むしろ自慢になるよ!次期魔王様に作業手伝ってもらったってな!」
「違いねぇ!」
そういって男性たちはけらけらと笑っていた。なんとも肝が据わってるというか、おおらかなのかとアヴィリオは内心笑ってしまう。
和気あいあいとしていると遅れてリーユエがやってきた。その顔からは疲れが滲みでていた。
「アヴィリオさん!来るのが遅くなってすみません、うたた寝していたみたいで…。改めて村を直していただいてありがとうございました」
そういってリーユエは深々と頭を下げる。それからアヴィリオが丸2日間眠っていたことや魔人について詳しい話をオリビアが村人にしたことなど、倒れた後の話をアヴィリオに説明した。アヴィリオは説明を聞いた後、「なるほど…」と頷いた。
「気持ちばかりですが宴を用意しました。もう少しで準備できるので待っててください」
リーユエは満面の笑みでそういうと足早に準備しに行った。アヴィリオは遠慮すると言おうとしたがすでにリーユエの姿はなく、中途半端に伸ばした手が空をかいた。
そんな様子を察したのか男性が数人アヴィリオを囲み、肩を組む。
「おいおい!遠慮するとかいうなよー?」
「そうだそうだ!今日こそ潰してやるからな!」
「お前は潰される側だろう~?」
「んだと?!」
そんな会話繰り広げており、おかしくてアヴィリオはつい笑ってしまう。
周りもけらけらと笑っていた。
ひとしきり笑ったところで村の人たちは宴の準備に戻っていった。
その場にはアヴィリオとオリビアだけが残る。
楽しい雰囲気から一転し静かで穏やかな空気が流れる。アヴィリオはふと夢のことを思い出す。
(勇者と戦ったからあんな夢を見たんだろうか…)
表情は変えずに俯いたアヴィリオの手をぎゅっとオリビアが握る。
「顔色が悪いわ。怖い夢でも見たの?」
「……敵わないな…。何故わかった?」
「あてずっぽうよ」
アヴィリオはその回答に少し拍子抜けする。
その後すぐに村人たちが二人を呼びに来る。そして宴が始まる。それはアヴィリオが来た時よりもずっと豪華になっていた。
村の男性陣はアヴィリオに飲み比べを挑んではことごとく返り討ちにされる。女性陣はオリビアと楽しそうに話をする。
そんなこんなで宴は一晩中続いた。
翌日、日が昇る前にアヴィリオたちは村の人たちを起こさないよう静かに村を出た。これ以上いる必要はないと判断したからだ。
村から少し離れたところでリーユエ宛てに書いておいた短い手紙を魔法で飛ばす。鳥の姿に変わった手紙はまっすぐ村のほうへと飛んで行った。
「…オリビア、どこまでついてくる気だ?帰らなくていいのか?」
「帰らないわよ。お父様からも許可は出てるし」
「は?」
親からの許可が出ているということは、正式に旅に出たということになる。オリビアが旅に出る必要はないと思っているアヴィリオは首を傾げる。
その様子にオリビアは呆れたようにため息をついた。
「なに?ついていっちゃいけないの?言っとくけど、ルドルゼン様が殺されたのは魔族すべてが怒りを覚えてる。あなただけの問題じゃないの」
「そうだとしても、君が来る必要はないだろう。危険だ」
「私の称号を忘れたわけじゃないでしょ?心配いらないわ。やっと200歳になってあなたを追ってこれたんだから、そんなに邪険にしないでよ」
そこでアヴィリオは思い出す。オリビアとアヴィリオは誕生日が近いこと。そして、オリビアの誕生日がつい3日前だったことを。
「まさか…最初からついてくるつもりで…?」
その問いにオリビアはにこっと微笑むだけだった。
アヴィリオはガクンを肩を落とす。その時から、二人の旅が始まった。
次に向かうのは、水の都と呼ばれる都市。不安にも近い何かを感じつつ、アヴィリオたちは歩みを進めた。
第一章終了です。
次の投稿から第二章となりますが少し期間が空きます。