初めての農村に到着!
アヴィリオが街を離れて早くも5日が経ち、のんびりと森の中を歩いていた。
それまでは森の木々を飛び移りながら移動していたが、つい先ほどやっと整備された道に出たのだ。
元々、魔族たちの住む秘境は人が住むところから物凄く離れている。5日間で道に出れたのは良いほうだろう。
しばらく歩いていると森が開け小さな村を見つけた。見たところ農村のようだ。村から離れたところまで田んぼが広がり、たくさんの畑も見て取れる。
さっそく村に近づいてみると、入り口から少し離れた畑で一人の老人が作業していた。
アヴィリオは老人に近づき声をかける。
「すまない、旅をしているものだがこの村に宿はあるか?」
老人はゆっくりとアヴィリオのほうを振り向くと、少し驚いたように目を見開いた。
「こりゃ驚いた。こんな辺鄙なところに旅人がくるとはのう…。残念じゃが、この村に宿はないのう」
「そうか…。なら、どこか雨風しのげるところはないか?馬小屋とかでも構わない」
「いやいや…そんなところに泊めるわけにはいかんわい。村長に聞いてみるからついておいで」
老人はそういって腰が重そうに立ち上がる。そして収穫したばかりであろう新鮮な野菜がどっさり入ったかごを持ち、足を引きずるように歩き出す。
アヴィリオはそのかごをスッと持つと隣をゆっくりと歩き出す。
「仲介してもらう礼だ」
その言葉が予想外だったのか、老人は一瞬驚いたような表情をした後「わっはっは」と声をあげて笑った。
「いやはや、変わったやつじゃのう。気に入ったわい!わしはトーマス、見ての通りのおいぼれじゃ」
「…アヴィリオだ。変わっているとは心外だな」
そういってムッとするアヴィリオを見て、トーマスは「すまぬすまぬ」と言って手を振って見せる。
「悪い意味ではないでの」
アヴィリオは小さくため息をつく。村に入ると思いのほか民家が多く見て取れる。外から見るより広いようだった。
村人たちはほとんどの人たちが農作業したり、子どもたちは村中を走り回ったりと活気に満ちていた。
歩いている途中、何人かの村人が声をかけてきたので軽く世間話をする。それから程なくして村長の家の前までやってきた。トーマスが先に入り、少しすると手招きして入ってくるように促す。促されるまま家に入ると、眼鏡をかけた若い青年が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。村長のリーユエです」
「アヴィリオだ。今日一晩、雨風がしのげるところを探している」
「雨風…泊まれるところということですか?」
リーユエは顎に手を置いて少し考え、提案する。
「この家でよければ空いてる部屋もありますし、使ってもらって構いませんよ」
「いいのか?」
「はい、せっかくの来訪者ですしおじいちゃんの紹介ですからね」
「おじいちゃん…?」
アヴィリオがそういって首を傾げると、トーマスがピースしてにかっと笑う。
「なるほど…。村長にしては随分と若い気がするが何故だ?」
アヴィリオはついでにと言わんばかりに率直な質問を送る。リーユエは「んー…」と軽く頬を掻く。言い辛いのか中々言葉が出てこないのを見かねて、トーマスが代わりに答えた。
「リーユエの父…わしで言うと息子じゃな。あやつはこういうまとめる立場の仕事が全く向いとらんでのう…。いつも近隣の村や港町まで出向いて野菜などを売りに行ってるのじゃ」
「やれやれ…」と言わんばかりの大げさに肩をすくませる。リーユエは否定せずただただ苦笑していた。
何はともあれ若くして村の長を担っていることにアヴィリオは少なからず共感を持った。
「ただ泊めてもらうのも悪い。なにか手伝えることがあれば手伝おう」
「それなら畑の手伝いをしてあげてください。皆さんその方が喜びますから」
「そうか。……畑と言えば、ここは森に近いのに動物に全く荒らされないんだな」
村の中ならば人がいるからそうそう野生の動物も寄り付きはしないだろうが、ここは村から少し離れたところにも田んぼなどが広がっている。ぱっと見た限りではあるが全くと言っていいほど荒らされている形跡がない。そのことがアヴィリオは最初に見た時からずっと気になっていた。
「それは少し特殊な理由があるんですよ。……見てもらったほうが早いですね、ついてきてください」
そういってリーユエは森のほうへ歩き出す。
森に入る数メートル手前で足を止め、森のほうを指さす。
「“彼ら”が守ってくれているんです」
指の示す先には白銀色の毛並みを持った大きな狼のような魔獣…『フェローウルフ』の群れがいた。フェローウルフは魔獣の中でも特に仲間意識が強い種類で、忠誠心が強いのが特徴だ。
フェローウルフたちが村を囲むようにいるのであれば確かに野生の動物たちは近づけない。よって野菜なども荒らされないということだった。
じっと見ていると一匹のフェローウルフがアヴィリオたちに気付き、駆け寄ってきた。その表情は嬉しそうに目をキラキラさせている。その後ろからもぞろぞろと数匹ついてきている。
先頭の一匹がアヴィリオに飛び掛かろうとする。すると、アヴィリオは片手を前に出して一言言い放つ。
「待て」
その言葉に向かってきていたフェローウルフがピタッと止まりその場に座った。本当は飛び掛かりたいのか前足がその場で足踏みしているように動き、尻尾をぶんぶんと振っている。
近くにいたリーユエは驚いたように目を見開き、口をあんぐりと開けていた。トーマスに至っては驚き過ぎたようでしりもちをついていた。
アヴィリオは不思議そうに首を傾げる。その様子にリーユエは声をあげた。
「ア、アヴィリオさん!あなたは一体…?!というか、こんなことは初めてです…!」
ずれた眼鏡を直しながら、リーユエはアヴィリオの後ろに隠れる。
「怖いか?」
「怖…くはありませんが、こんなに近くにいることはなかったので…正直戸惑っています」
トーマスも同じらしくしりもちをついたまま後ろに後ずさった。
ここ十年くらいの間フェローウルフがこの村の周りに住み着き、野生の動物を追い払っているらしいがこうして近づくことはなかったようだ。近づいても危害を加えないことは知っていたが、かといって万が一を考え近づくものはいなかった。フェローウルフたちも特に近づく様子もなかったらしい。
「安心しろ、こいつらは人懐っこい。撫でてみろ。こちらから危害を加えない限り襲ったりはしないから安心していい」
「本当ですか…?」
「ああ」
リーユエは少し怯えながらもそっと近くのフェローウルフの頭を撫でる。するとウルフは嬉しそうに撫でられた。
その様子を村人たちも見ていたようで三人の後ろから「おおー!」という声が聞こえる。
すると次から次へと村人たちが前に出てウルフたちと撫でたち触ったりし始める。トーマスも立ち上がりおずおずと手を伸ばす。子どもたちも嬉しそうに乗ったり抱き付いたりしていた。
アヴィリオはすっと手をおろしその様子をただ傍観していた。
少しすると幸せそうな顔をしたリーユエが駆け寄ってきた。
「実はずっとこうしてみたかったんですが勇気が出なくて…。そう思っていた村の人たちも多いと思います。アヴィリオさんは彼らについて詳しいようですが、魔獣の研究などをしているんですか?」
心なしか興奮気味のリーユエはキラキラした目でアヴィリオを見上げる。それに対してアヴィリオは小さく首を横に振ると、なんでもないように答える。
「詳しいのは俺が魔人だからだな。同胞のことは流石に知っている」
「なるほど、魔人なんですね。それなら納得です。…………今なんと?」
リーユエは驚きすぎたからか目が取れるのではないかと心配になるほど目を見開いた。もちろん、辺りにいた村人にもアヴィリオの発言が聞こえたらしく、全員彼に注目していた。
「魔人だ。驚かせてすまないが、こればかりは偽るつもりはない」
しーんと辺りは静まり返る。その場の全員が驚きで固まったようだった。
そんな空気を破ったのはリーユエだった。彼は興奮気味に早口で言う。
「ま、まま魔人なんですか!僕、魔人とあってみたかったんです!まさかこんな形でお会いできるとは…」
リーユエは最初にあった者と別人かと思うほど好奇心に満ちた目でアヴィリオを見る。その様子からよほど嬉しいのだと察することは容易だった。
リーユエを皮切りに村人たちもアヴィリオを囲み質問攻めにする。
アヴィリオは予想外のその事態にただただ驚き目を白黒させるしかできなかった。そんな彼の様子をよそに、何やら今夜アヴィリオの歓迎会も兼ねて宴会をしようという話が持ち上がり、あれよあれよという間に準備が始まった。
その行動力の早さに面食らいつつも、冷静さを取り戻しアヴィリオも準備に参加する。魔人は人間たちより魔法に長けているので、重いものを浮かせて運ぶなどいろいろ役に立つようだ。
何はともあれあっという間に準備も終わった。太陽が沈むころには村の中心にある広場には大きな焚火が燃え上がり、その周りで酒を飲んだりご飯を食べたりと宴会が始まった。
アヴィリオは隅の方で静かにしていようと思ったが、村の男たちにつかまり散々酒を飲まされた。
「旅人さんは魔人なんだって~?すげぇなぁ~!」
「魔人と知り合った記念にかんぱ~い!!」
と、そんな調子で常に乾杯しているような状態だ。
何とか酔っ払いたちから抜け出すと、村の女性たちが「乾杯の理由がほしいだけだから、許してあげて」と少し申し訳そうな笑みを浮かべて言いにくる。
「悪い気はしていないからいい」
「そう?アヴィリオさんは人ができてるのねぇ」
「うちのとは大違いだわ。アヴィリオさんに娘と結婚してほしいくらい!」
「私も思ってた~」
女性たちは女性たちで盛り上がり始める。アヴィリオが「婚約者がいるからな…」と真面目に答えると、
「もう!冗談よ~」
と楽しそうに笑い、大いに盛り上がっていた。
アヴィリオは女性たちの話に軽く付き合った後、焚火の前に腰を下ろした。焚火の火は力強く、それでいて時々ゆらゆらと揺れとても美しかった。
ぼーっと火を眺めていると、一人の影が近づいてきた。リーユエだ。
「…隣いいですか?」
「かまわない」
リーユエはアヴィリオの横に腰を下ろし、手に持っていたジュースを少し口に含む。それから思い出したように話し始めた。
「そういえば、村の人たちがアヴィリオさんに散々飲ませたのに顔色一つ変えなかったって悔しがってましたよ」
「ああ…だいぶ飲まされたがまだ平気だな。酒には強いらしい」
魔人の飲酒が許されるのは150歳からだが、アヴィリオは普段から飲む方ではないため自分でもあまり酔ってないことに驚いていた。
それから少しの間、二人とも焚火を眺めていた。パチパチと音を立てながら燃える炎は暗い夜空にくっきりと浮かび、その周りを明るく照らしている。
そんな静寂を破ったのはリーユエだった。
「僕、魔人にずっと会ってみたかったんです。好奇心というか、魔獣が襲ってこないなら魔人だってそうなんじゃないかって思ってました。それなら一緒に暮らしていけるんじゃないかって…」
将来の夢を語る子どものように話すリーユエの横顔は、昼間に見た彼より幼く見えた。それから少し魔族の話をした。魔人がどこに住んでいるか、どんなふうに住んでいるのかなど、主にリーユエの質問にアヴィリオが答える形だった。
「やはりアヴィリオさんは素晴らしいですね」
ひとしきり話した後、リーユエがそんなことを言った。
突然の言葉にアヴィリオは面食らってそのまま固まってしまった。
その様子に気付いたのかリーユエは「あははっ」と声を出して笑った。少し酔っているようだ。
「言葉の通りですよ。こんなに優しくて義理堅くてしっかりしている…人間でもそうそういませんよ。それこそ勇者様に見習っていただきたいくらいです」
『勇者様』その単語にアヴィリオは眉を顰める。
「勇者様……?」
「ああ、魔族のほうまでは話は届いてませんよね。何年も前に今の勇者様のおじいさんが魔王を倒したらし…ってすみません!こんな話…」
「いや…」
リーユエは魔人であるアヴィリオの前で言うのは悪いと思ったらしく、バツの悪そうに俯いた。
「気にしなくていい。むしろ勇者のことは聞きたいんだ。その勇者に倒されたのは…俺の父だからな」
「ッ!……そう、だったんですね」
リーユエは一度アヴィリオの顔を見てまた俯いた。それから少しずつぽつぽつと話し始める。
「先ほど話した魔王を倒したという勇者様はもう亡くなっていて、今勇者と名乗っているのはその孫にあたる人です。勇者様はそれはもう縦横無尽で自分以外の人を見下してるような人です。魔族が危険とかそういうこと言うのも主に勇者様が発端だと聞いたこともあります」
アヴィリオはリーユエの話を黙って聞いていた。
それはもう真剣に。
怒りや恨みといった気持ちを表に出さないように努めながら。
しかしその努力はリーユエの最後の言葉で水の泡となる。
「そして勇者様は冒険者の3人とパーティを組んで、その……よく、魔獣を狩って回っている、らし……」
バキンッ!
アヴィリオが持っていたコップを握りつぶした。その手からはコップに入っていたであろう赤ワインが滴っている。
リーユエは握りつぶした音にびっくりしたのか大きく体を震わせ、アヴィリオのほうにそーっと目を向ける。そこには殺気をダダ漏れにし、怒りをあらわにするアヴィリオがいた。リーユエはその“魔人”の姿にゾッとして冷や汗を流す。
アヴィリオは恐怖してるリーユエの目線に気付くと、一度大きく深呼吸する。すると、駄々漏れていた殺気が消え、落ち着きを取り戻したようだった。
「すまない…驚かせたな。カップも壊してしまった」
そういうとアヴィリオの手元に魔法陣が浮かぶ。すると散らばった破片が集まり、瞬く間にコップがもとに戻る。
「すごい…!そんなあっさり直せるなんて…!」
あっという間に直ったのが興味深かったのか、リーユエはまた目を輝かせた。どうやら魔法や魔族などの話に興味があるらしい。
魔法は人間にとっても魔族にとっても生活の一部である。そのため最低限度の魔法は例外なくすべての人間が発動できる。
しかし、物を直したり生み出したり、傷や病気を治す魔法は魔力の操作が難しく扱えるものは少ない。特に、規模や範囲によっては膨大な魔力を必要とするため、それに特化した専門職があるくらいだ。
アヴィリオはもう一度深呼吸すると、リーユエのほうを見る。
「すまないが、もう少し勇者とその仲間について教えてもらえるか?」
「それはかまいません。でも、噂のようなものもあるのですべて正しくはないかもしれませんが、いいですか?」
アヴィリオは縦に首を振る。すると、リーユエは勇者の仲間のことから噂のような話までたくさんのことを話した。アヴィリオは最後までしっかり聞いていた。
一通り話し終えるとリーユエは立ち上がる。
「そろそろ帰りましょう。明日に響きますから」
「そうだな、有意義な話を聞けた。ありがとう」
リーユエは笑顔で返すと周りの人たちに話をして、宴会を終了した。全員が帰ったことを確認してリーユエが水魔法で焚火を消し帰路につく。
家に着くとアヴィリオには二階の一室が割り当てられた。
その部屋の窓からは月がよく見える。焚火の明かりでよく見えなかったが、星もよく見え真っ黒な空を彩っている。
アヴィリオはベッドに横になり、焚火の前で聞いた勇者の話を思い返してみた。
勇者の名前はリオン・ハウルード。剣術と魔法の両方に秀でた優秀なオールラウンダー。特に剣術が得意で今まで負けなしという噂だ。
仲間は冒険者3人で、大男のダーディオンは体格からは想像できないほど俊敏に動き大剣を振り回す。魔法使いのキャメロットは多彩な魔法で支援から攻撃までできる万能型。シスターのエリッサは主に身体強化などで支援を行うらしい。その上賢いためその場での最善の策を打てるらしい。全員、世界有数の最高ランクの冒険者とのことだ。
倒すとしたら手こずるのだろうか、四人も相手にするのは骨が折れそうだ、などそんなことを考えながら目を閉じ、深い眠りに落ちた。
読んでいただいてありがとうございました!
誤字脱字あってらあとでなおしていこうと思います。