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旅立ち

 それは混沌の時代の終焉――…。

少年がその日、目にしたのは魔王である父が血だまりに倒れ、それを足蹴にし高らかに勝利を叫ぶ、『勇者』と呼ばれる者たちだった――。

少年は、その姿を目に焼き付け、同時に誓った。


――― 絶対に…復讐してやる…! ―――



 魔族と人間たちが争いを続けた混沌の時代が終わり150年ほどが経った。人々は平和に豊かに暮らしている。人々は一つの所に集まりその土地を耕し発展させ、いくつもの大きな街を築きあげた。

 王都と呼ばれる都市部は特に栄え、その周りの町でも農業や漁業などを行い、人々の生活は混沌の時代とは大きく変わっていた。

 そんな人間が暮らすところから遠く離れた秘境に一つの街が存在する。太陽の日も差さない暗いこの土地で世界から淘汰されつつある魔族たちが暮らしていた。そこには立派な城あり、王族や貴族が十数人ほどが暮らしていた。

 その城の一室で一人の青年が窓の外をじっと眺めていた。青年の名はアヴィリオ・クライシス。勇者によって倒された魔王の実の息子である。彼が持つ深い真紅の瞳は王族特有のもので、王位継承権を有することを示していた。

 コンコンコン。

 ノックの音が部屋に響き、一人の老執事が部屋に入ってくる。


「坊ちゃん、失礼いたします。お食事をお持ちしましたので、温かいうちにどうぞ」

「ああ、ありがとう、ディルック」


 ディルックと呼ばれた老執事は嬉しそうに微笑むと椅子を引き着席を促す。

 アヴィリオは素直に椅子に座るとゆっくりと食べ始めた。

 少ししてアヴィリオが食事を終えコーヒーを飲んでいると、後ろに控えていたディルックが静かに口を開く。


「…坊ちゃまもご立派になられましたな。今日で200歳となられましたし、大人の仲間入りでございますね」


 魔族は200歳で大人と認められる。その歳を過ぎれば親の元を離れ旅をしたりする者がいたり、一人暮らしをし自分の店を持ったりと自由が増える。

 そして、アヴィリオにとっては王位を正式に継承できる年齢でもある。


「そうだな…」

「坊ちゃんが幼いころよりお仕えし僭越ながら我が子のように育ててまいりました。本当にうれしく思います」

「立派、か…。俺は父に近づいているのだろうか……」


 そういうとアヴィリオは空になったコーヒーカップに目を落とす。

 アヴィリオの父、前魔王であるルドルゼン・クライシスは魔族すべての者から好かれ、信頼されていた。ルドルゼンが魔王になってからすぐ人間を襲うことを禁じ、無駄に争うことがないように、そして同胞が命を落とすことがないようにと務めた。他にも様々な政治改革や不正を正し、のちに賢王と称えられた。それは息子であるアヴィリオの自慢であった。父のような魔王になること。それが幼いころからのアヴィリオの夢だった。

 しかし今の彼には不安と葛藤があった。ルドルゼンの血をひくのはたった一人。王になるのは至極当然のことである。それでも、アヴィリオにはどうしてもやりたいことがあった。

 だからこそ葛藤していた。父のような王にならなくてはいけない。人間に干渉せず、復讐のために父の作ったルールを破るなんてもっての外だ。でも、野心を捨て煮え切らない状態で立派な王になどなれるのか。そんな自分が本当に王として相応しいのかと、常に自問し続けていた。

 そんな様子を悟ったのか、ディルックはカップにもう一杯コーヒーを注ぎ、静かに微笑んだ。


「坊ちゃんがやりたいようにやればいいのですよ。そのための人生なのですから」


 その言葉は彼の背中を押した。自分の行動に自信がないわけではない。しかし、常に次期魔王の肩書がついて回る。周りに応えたいという真面目な性格が、時に不安を煽った。

 しかし、ディルックの言葉で決心がついたアヴィリオはコーヒーを一気に飲み干すとスッと立ち上がった。


「ディルック、俺は少しの間旅に出る。…仇を討つために」


 その表情は清々しかった。ディルックも嬉しそうにニコニコしていたが、何かに気付いたように首を傾げた。


「しかし、人類すべて滅ぼすのですか?坊ちゃんは人間たちの発展を興味深そうに見ておられましたのに…」

「いや、そんなことはしない。善良な人間も存在するし、そういう者には敬意すら持っている。相手にするのは勇者の一族と冒険者たちだ」


 父を殺した勇者とその仲間の冒険者たち。彼らは何千万と魔獣や魔人を手にかけてきた。

 父の作ったルールによって魔獣は人を襲わなくなったが、冒険者たちは魔獣を襲うことをやめなかった。むしろ悪化の一途をたどっている。

 襲われぬように魔獣は逃げる。そして冒険者たちはそれを執拗に追いかけ、嬉々として襲う。

 実力を見せつけるために。

 素材を手に入れるために。

 冒険者としてのランクを上げるために。

 何もしていない魔獣たちは次々と殺されていった。だからこそ、魔獣も応戦せざるを得なかった。特に群れを作るものたちは仲間のために、殺された仲間の仇を討つために敵に噛みつき爪を立てた。


「彼らを殺すのは父だけではなく、これまで犠牲になったものたちすべての仇だ。…これは俺の役目。同胞に安寧と平和を与えねば、人を襲うなというのはただの綺麗事でしかないからな」

「坊ちゃんはすでに王として民のことをしっかりと考えているのですね」

「俺は王ではない。まだ継承の儀をしてないからな。それまでは次期魔王だ」

「真面目ですなぁ…」


 ディルックはクスクスと笑いながら、食器を台車にのせる。

 朝も昼も夜もわからないこの街を窓から見下ろすアヴィリオの横顔は、幼いながらもしっかりと王の顔をしていた。

 それは遠い日のルドルゼンに似ている、ディルックはそう思いながら鼻の奥にツンとした痛みを感じ、目に浮かんだ涙をぬぐった。


「いつ頃、出発するご予定ですか?」

「明日出る。準備してくれ」

「かしこまりました」


 そういってディルックは部屋を後にした。

 一人残ったアヴィリオはベッドの傍らのテーブルに置かれた写真を手に取る。

 写真には真紅の瞳の男性と金色の髪を持った美しい女性、そしてその女性に抱かれた赤ん坊が写っている。

「……行ってくるよ、父さん、母さん」




 翌日の朝。街の入り口には人だかりができていた。街に住む魔族が全員アヴィリオの旅立ちを見送りに来たのだ。


「わざわざ見送りなんていらないんだが…」


 アヴィリオはあまりの人数の多さに困惑していた。

 みんなが口々に餞別の言葉をかけ、護身用の武器やお守りなど手渡そうとしたり食べ物を渡したりと混乱を極めていた。

 早く出発したい…そう思いながらも民を無下にすることもできないため、なかなか出発できずにいると、人だかりを割って一人の少女が歩み寄ってくる。


「あらあら人気者は大変ね、魔王様?」

「“次期”魔王だ。オリビア…わざとだろう」


 オリビアと呼ばれた銀髪の美しい少女は楽しそうに笑う。

 少女の名はオリビア・サックウェル。名門貴族であり、アヴィリオの婚約者だ。

彼女は澄んだ瑠璃色の瞳を少し濡らしながらポケットから取り出した物をアヴィリオに差し出した。それは小さな魔石の付いたネックレスだった。


「魔力をこめてあるから何かあれば守ってくれるし、駆け付けられるわ。持って行って」

「…もらっておく」


 そういってネックレスを受け取るとすぐに身に付けた。

 その様子に周りから散々冷やかされる。アヴィリオは少し照れた様子だったが、このにぎやかさも当分ないのだと思うと、不思議と嫌な感じはしなかった。


「では、いってくる」


 アヴィリオはそういって荷物を持ち、背を向けて歩きだす。その背中を、街の者たちはじっと見つめていた。次第に姿が見えなくなると名残惜しそうに散り散りに生活に戻っていった。

 街の入り口にはディルックとオリビアだけが残っていた。


「てっきりついていくとおっしゃるのかと思いましたよ」


 遠くを見つめたままディルックが口を開く。それに対し、オリビアは小さく首を振った。


「そんなこと言わないわ。寂しいけど、アヴィが選んだんだもの。私は花嫁修業でもしながら、時を待つだけよ」


 そういいながら街へと歩き出す。良い旅を、そう心の中で呟きながら…。


読んでいただきありがとうございます

細々と書いていきたいと思います

誤字脱字ありましたらすみません。

気付き次第直します。

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