九話 支倉シンイチローという地雷原
僕、早波瑠衣はその原稿を見て言った。
「これは没……ですね」
「なん……だと!?」
支倉シンイチロー先生は原稿を奪い返して見る。
「だれも書いたことのない傑作だぞ?」
僕はカプチーノを飲みながら言った。
「誰も書かないのはね、それが面白くないからですよ」
「異世界恋愛は最新のトレンドだろ?」
「まず主人公が性転換した男の時点で読まれない」
シンイチローは激しくテーブルを叩いて言った。
「新機軸だろう! 合法的男の娘恋愛でもある!」
「新しすぎて感情移入できないでしょう。それに今日はミスターソックスの最新刊を受け取りに来たんであって、そこに新作をブチかまされても」
「他には?」
「あくまでもそれで行きたいならまず前作? らしきものから始めないと。読者が付いていけません」
「読者が付いてこれないスピードで書くのが俺だ」
「それならラストドラゴンをとっとと完結させてください」
「あれはキャラに動くに任せてたら駄作になりつつあるので書き直している。元プロットどおりに」
「僕はいいですけど五木編集長は干す気でいますよ? 勘定は経費で落とすんで。それじゃあ」
そう言って僕は席を立った。
支倉シンイチローは五年前にサッカーを主題として書いたコメディー、ミスターソックスを書いて入賞した自称、天才の変人作家だ。他に異世界ファンタジー、ラストドラゴンを書くも売れず、一発屋という認識をされている。
だが創作にかける熱意はすごく、だれも考えないようなアイデアをひねり出すこともある。
しかし、そのギャグセンスとストーリーテリングの手法はやや古く、僕は最近の若者が読むようなものをとしつこくオーダーしている。
そのざまがこれだ。
最新のトレンドをプライドの高いシンイチローは読み込まないで、キーワードだけで勢いに任せて書くからこうなる。
僕は電車のホームから、進撃文庫、五木編集長のデスクに電話をかけた。
「五木です」
「早波です。お疲れ様です」
「おう、どうだった? 支倉先生は」
「まるで話になりません。消えつつある作家だという危機感がまるでない」
五木編集長は深いため息をついた。
支倉シンイチローは周囲の反対を押し切って編集長が受賞させたのだ。デビュー作ミスターソックスは三巻まで刊行して一巻が十一万部、二巻が六万部、三巻が四万五千部と、打ち切りの話が上がっていて、その最終巻のプロットができたからと言われて僕は行ったのだ。
「もういい、早波。支倉先生には俺が話す。編集部に戻れ」
「お疲れ様です。戻ります」
そう言って僕はスマホを切って、電車を待った。