十八話 魔導迷宮
朝食を済ませた僕たちは部屋の掃除を始めた。
「ここでは掃除と洗濯くらいしかやることがないのよ」
フェイトはそう言いながらはたきで塵を落とし、僕は絞った雑巾で床を磨いた。
少女は表で鶏とたわむれているのか、時折鶏が鳴き、少女の声が聞こえる。やがて掃除は終わり、お腹が空き始めた。
「掃除も佳境だな」
「そうね。お昼の用意をするわ」
そう言うとフェイトは火を起こし、釜のなかのシチューを温め始めた。
「クッキーの味見をして欲しいのだけど」
「バターはないんだろう?」
「豚肉だか何だかの油で代用したわ」
「適当だな」
「味は期待しないで頂戴」
僕はクッキーを一つ食べる。バターの風味のないクッキーはただパサパサしているだけだった。
「どう?」
「そこはかとなく、おいしくない」
「そうよね」
フェイトは暗い顔をする。少女においしいクッキーを食べさせてあげたかったのだろう。
「どうしようかしら」
「シチューが作れるなら塩はあるんじゃないのか?」
「塩? あるけど」
「それを少しまぶしてみよう。少しはましになる」
「塩味のクッキーなんてないわよ」
「あの子はクッキーを食べたことないんだろう? 君の話だと」
「そうよ。クッキーを焼くのは今日が初めてだもの」
「クッキーの味をしらないなら、塩味でもこんなもんだと思うさ」
「それもそうね」
フェイトは塩を一つまみづつ、味気のないクッキーにまぶして言った。
「このくらいかしら」
僕は塩をまぶしたクッキーを食べる。クッキーとは程遠いが、少し塩味がして、ずいぶんマシになった。
「悪くない」
「よかったのかしらね……これで」
「どういう意味だ?」
フェイトは少し言いよどんで、言った。この世界の真実の姿を。
「ここは多分地獄じゃないし、天国でもない。ここは魔導迷宮なんだわ、多分」
「マドウメイキュウ?」
「知らないの? シンイチローのデビュー作、ミスターソックスの次に刊行された初ヒット作、エターナルアイドルルナティックに出てくる魔法よ。そこを脱出するには正しい正解と術者が認めた行動をとらなきゃ駄目なの」
「そんなことを話していいのか?」
「わたしはここを脱出するためいろんなことをしたわ。二度と思い出したくないことまでも。でも、あなたが来るのは正解に近づいた時だけなのよ」
「僕が来た? ますますわからないな」
僕はそのエターナルアイドルルナティックを読んだことがない。フェイトの話は要領を得ず、僕の頭を悩ませるだけだった。