十七話 その名はシン
僕は少女に案内されて裏庭に行った。そこには小さな畑と、鶏が二羽いた。
「ここだよ?」
少女は卵を見つけて一個手に取る。僕は三個取って二個をジーンズのポケットに入れた。
「鶏以外には生き物はいないのかい?」
「鶏以外の? お魚ならいるけど」
「ここに僕のように誰か尋ねてきたことは?」
「ないよ」
この少女の言うことが本当なら、フェイトの言う通りここはある意味地獄であり、天国でもあるのだろう。多くの人間はいさかい、争い、殺し合う。ここの住人がフェイトと少女の二人きりである限り、ここは天国であり続ける。いかにもシンイチローらしいシニカルな世界だった。
僕は少女の手を引いて、家のなかに戻った。
「卵はあったよ、フェイト」
「ありがとう。今日は目玉焼きよ、あい」
「やったー」
僕は少女に聞いてみた。
「昨日の朝ご飯は?」
「昨日? 昨日ってなに?」
「今日の前の日の事さ」
「しらない……フェイト、昨日ってなーに?」
フェイトは一瞬僕を睨み、少女に笑顔を浮かべて言った。
「いい子にしてたらくるものよ」
「そーなんだ。わたし、悪い子なの?」
「いい子よ、だから明日はきっとくる。アラタ、朝食の準備を手伝って頂戴」
「かまわないが」
「あいはそこで座って待っていてね」
フェイトにそう言われ、「うん」と元気な声で少女は上座に座った。僕がフェイトに近づくと、小声でフェイトは言う。
「余計なことを吹き込まないで頂戴。まだ信じていないの? ここは明日が来ない世界なのよ。まあ明日になればまた今日の朝がやってきて、彼女も今日の事をわすれるわ」
「どういうことだ?」
「ここは世界最後の日なのよ。そういう設定らしいの。夜が来ればラストドラゴンがやってきて、全てを焼き滅ぼす。あの子も含めて。わたしはなんどもラストドラゴンと戦ったわ。でも勝てない。あのシンには」
「シン?」
「ラストドラゴンの名前よ。わたしはそう呼んでる。シンイチローのシンでもあり、神のシンでもある」
「君の口ぶりだと、君はシンイチローを知ってるのか?」
「……知ってるわ。わたしは彼の妻だもの。私の知るシンイチローは、世界的ヒット作、ラストドラゴンの作者で、いろんな国で彼のアニメが上映されたわ。でも、最終巻を書ききる前に彼は刺殺された」
「誰に?」
「言わなくていいことよ。過ぎたことだもの。わたしにとっては。でも、彼にとってはそうじゃない。だからアラタ、あなたが選ばれた。それは意味のある事なのよ」
フェイトはそう言うと、目玉焼きを焼き始めた。