十六話 その名は、あい
僕が絵本を読み終えると、奥のベッドから少女が目をこすりながら起きて来た。僕と目が合うと、寝ぼけ眼が驚いたように変わり、フェイトの影に隠れて少女は言った。
「だれ? ラストドラゴン?」
僕は笑いながらこう答えた。
「違うよ。僕には翼も牙もない」
僕は両手を広げて敵意のないことを示す。
「じゃあ、お父さん」
「それも違うな。僕はただのお客さんだよ」
「フェイト、ほんとう?」
少女はフェイトに訊いた。
「そうね。お客さんよ」
少女が目を輝かせる。
「お客さんだ! フェイト。じゃあ、クッキーを焼こう!」
「そうね。クッキーを焼きましょう」
フェイトはそう言うとキッチンに立つ。
「クッキーの材料はあるのかい?」
「それらしき粉は。焼いたことはないけど」
「バターと卵もいるはずだ」
「ああ、それでか」
フェイトはなにか得心したようだった。
「どうした?」
「裏庭に鶏が居るのよ。なんでいるんだと思ってたけど。卵がいるのね、クッキーには」
「バターは?」
「何とかするわ。卵を取ってきてちょうだい、アラタ」
「わたしも行っていい?」
少女がフェイトに言う。
「いいわよ。四つ取ってきてちょうだい」
「はーい。行こう?」
少女は目を輝かせて言う。
「行こうか。君、名前は?」
「なまえ?」
僕はフェイトに聞いてもた。
「フェイト、この子の名前は?」
「シンイチローしか知らないわ」
「名前か」
「あなたは知ってるんじゃないの? 彼を知っているんでしょ?」
「知らないよ。彼は設定とか明かさないんだ」
「なまえ、ないの?」
少女は涙ぐみながら言う。
「いや、名前は、そうだなー、あいちゃんかな? 愛してるのあいだよ」
「あい? わたし、あい?」
「うん。そうしよう」
少女は目を輝かせてフェイトに言った。
「そう、そうね。今日からあなたは愛よ」
フェイトは泣いているのか、肩を震わせて涙をこらえながら言った。
「フェイト、どうした?」
僕はフェイトに言った。フェイトは背を向けて、こう言った。
「何でもないのよ。ただ、うれしいの。その子には名前がなかったから」
「君が付ければ良かったじゃないか?」
僕はその言葉の残酷さに気が付かずに言った。
「わたしじゃ、だめなのよ。でも、もう大丈夫。あなたが来たから、今日は明日が来ると思うから」
「よくわからないな……。まあいいさ。卵を取ってくるよ」」
そう言うと僕は少女の手を引いて裏庭に向かった。