十五話 なきむしドラゴンとえいえんの少女
二部屋しかないその小さな小屋には、少しの調理器具と、クローゼットが一つあるだけだった。ここが憎悪の魔王フェイトの住処なら、僕が知る限り、名もない少女がフェイトと暮らしているはずだった。それがラストドラゴンのグランドフィナーレだ。改心した魔王が小さな女神と暮らす世界。それがピュア・ホワイト・プロミスドランド。永遠に終わらない春だけの世界。シンイチローが書き渋ったラストドラゴンの設定書にだけ出てくる世界の最終的な姿だ。
フェイトは僕にイスに座るように促し、自分は奥に行った。
「この子が起きたら朝食にしましょう。時間がなくてもお腹がすくのよ。食べるものは決まってシチューなのだけど」
「シチュー?」
「初めのころは何のために畑があるのかもわからなかったけど、シチューの材料になるだけの作物はあるのよ。ここには明日が来ない。だから夜は巻き戻りの時間で作物も元の畑に生えるのだけど」
「そうなのか? いつからここにいる?」
「ずっとよ。気が遠くなるほどずっと昔から。ここには時間がないけど、もう何万年たったのかしらね……」
「何万年?」
「そう、何万年もわたしたちはあなたが来るのを待ってた。それがこの絵本」
そう言うと、眠る少女の枕元に置いてある絵本を取ってそれを僕に渡した。タイトルはなきむしドラゴンとえいえんの少女。作者の名前は支倉シンイチロー。
僕はそれをめくって読んでみた。鈴蘭の咲き誇る少女と憎悪の魔王フェイトの一日の物語だ。朝はシチューを仕込むことから始めて、朝ご飯を食べるとフェイトと少女は手を繋ぎ、スズランを積んで花のかんむりを作る。昼ご飯を食べるとフェイトは洗濯に、近くの小川まで。少女は川ではしゃいでいる。夕方になるとフェイトは言う。「ラストドラゴンが来るから帰りましょう」少女は問う。「ラストドラゴンってなに?」フェイトは答える。「世界を救うためにドラゴンになった龍よ。でもそれを忘れてしまった。世界の救い方を忘れてしまったから彼は泣きながら火を噴くことしかできない」。少女はなおも問う。「フェイトなら勝てるよね?」フェイトは答える。「昔のわたしならね。でももう勝てないわ。奇跡のイチジクを食べた罪で、わたしは神に呪われて魔法が使えないから」ごうごうという不気味な音がする中、フェイトは子守唄を謳う。そんな他愛もない話だ。眠った少女にフェイトはこう言い残して終わる。「明日になったらお父様に合えるから」と。