十一話 ミスター・ソックス
満員の国立競技場、そこに赤城コウは立っていた。いつもの通り、全裸の股間にソックスを履かせて。
東京オリンピック決勝トーナメント順々決勝、スペイン対日本は後半十分で三対一。流れを変えるには今しかない。
そう速水監督は見て、審判に交代を告げる。
そして、ベンチ脇のコウに声をかけた。
「出番だ、コウ」
「はい」
「今日も頼むぞ」
チームのムードメーカーたるコウをここで投入する。
全裸の股間にソックスのまま、ピッチに向かうコウ。
ボールが外に出て、コウはピッチインする。すかさず主審が笛を吹きかける。が、満員の国立競技場はブーイングと「コウ」コールの嵐。
主審は笛を吹くのをやめ、コウにユニフォームを着るように促す。
「なんだって?」
スペイン語がわからないコウは主審にではなく、スペイン一部リーグで活躍するタイトに訊いた。
「ユニフォームを着ろ。コウ。そう言ってる」
「馬鹿な! 一発レッドで背水の陣を敷くのが俺の役目……だったはず」
「自信がないのか?」
タイトはそう訊いた。
「一発レッドじゃないなら、この一戦、荒れるぞ!」
コウはそう言い放ち、一度ベンチに戻ってユニフォームに袖を通してピッチに向かった。
「やってこい、お前のフットボールを」
誰に聞こえるでもなく速水監督は言った。
ピッチインしたコウは指を三本立てる。予告ハットトリックだ。素早くスペインのミッドフィルダー、ピエトロからボールを奪うと、ゴールまで三十メートルの位置からロングシュートを放つ。それはキーパーの頭上を抜き、ゴールを揺らした。
「コウ! コウ! コウ! コウ!」
歓声と共に沸き上がるコウコール。これで三対二。コウはボールを取りに行き素早いリスタートをスペインに要求した。
シンイチローはミスターソックスの作業を終え、コーヒーを飲んだ。るるるとヤバイと飲み会のあと、少し書いてみたのだ。悪くない。
ミスター・ソックスの伝説は、彼が道化を辞めることで終わる。そして新しく始まる彼の伝説。
シンイチローはたばこを吹かし、自分の現状を振り返った。レーベルには自分より若い作家が山のようにいる。
自分はその中で伝説となるだろうか?
答えは否、だ。
シンイチローはパソコンのドキュメントフォルダから、豚耳と書かれたアイコンをクリックして、それを読んだ。
豚耳エルフと理想郷。
タイトルだけが書かれ、まっさらな原稿。
俺はこれを書けるだろうか?
自問自答しつつ、シンイチローはコーヒーを口にした。