十話 るるるとヤバイ
「なぜだ! なぜこれが理解できん!」
シンイチローはレモンサワーを煽りながら一年後輩の結城るるるにくだを巻いて迫った。
「近い、近いです支倉先生」
結城るるるは進撃文庫の女子向けBLレーベルの作家でシンイチローの一年後輩に当たる。デビュー間もないシンイチローに進撃大賞の下読みの仕事が回ってきて、彼女が書いた怪盗男子という小説を二次に上げたのがシンイチローだ。
怪盗男子は賞レースを勝ち抜け、最終選考で金賞に輝き、通巻八巻目、売り上げもコンスタントにあり、世間的にも認知度はシンイチローよりるるるのほうが上だった。
「とりあえず、読み終わりました」
るるるは原稿の束をそっと置く。シンイチローはそれをリュックにしまい、言った。
「で、どう思うるるる」
「性転換の手段が下品。というか、突然一年後に話が飛んで、作家本人が出るとか、アウトじゃないですかね?」
「ここから話は勇者の軍団のリーダー、フェリスとシンイチロー、魔王軍幹部のライラとの四角関係で話が盛り上がるのだ! それを!」
「なんでそこまで書いてないんです? ていうか未完成でプロットもなし。それじゃあ編集さんも受け取りませんよ。担当、早波さんですっけ? ミスターソックスどうするんですか? 次回作書いてる場合じゃないでしょう?」
シンイチローは軟骨揚げをつまみながら言った。
「どうなるかどうかは、書いてみないとわからん!」
「もしかしてノープロット?」
るるるは髪をかきあげ、横からシンイチローをのぞき込んで訊いた。
「プロットなんか書いたらキャラが死ぬ」
「そうかなー。プロット書いた方が作品は良くなると思うんですけど」
「死ぬ。俺が進撃の佳作取るまで何年かかったと思ってる? 十年だ。毎回設定からプロットまでガチガチに決めて十本以上! でも通ったのはナンセンスノープロットハイスピードギャグ、ミスター・ソックスだ。世間は俺がノープランで書くことを望んでいる!」
「デッサンもなしに書くようなもんだな。しんいちは印象派だ、あはは」
シンイチローの後ろから小柄な女性がのしかかってくる。ミスター・ソックスの絵師、ヤバイ先生だ。ミスター・ソックスでは耽美系さながらの筋肉男子を書いて、満悦した絵師ライフを送っている。
「そうだ。記録に残るより伝説の一本を書く! 作家たるもの! 編集や大衆に媚びてはならんのだ」
「多少寄り添ったほうがいいけど、しんいち先生は」
「俺は誰ともなれ合わん!」
「あっしはともかく、るるる先生と居るのはなれ合いでは?」
「うっ、ぐ。かもしれんが! ビール!」
「飲みすぎじゃ、先生」
るるるがそれをたしなめる。
シンイチローの前にはからのジョッキが大量に並んでいた。