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リュータの部屋

作者: えふえふ

ドキドキ・・・


竜太の心臓が脈を打つ。


鼓動と同時に、竜太の股間の千羽鶴にも、脈々と血液が巡るのを感じる。2日前、竜太のインポテンツは突然、何の前触れもなく奇跡的に治癒した。


始まろうとしている。「イボンヌの部屋」が。僕とドラテンの、最後の戦いが!


竜太のペニスは完成した魔塔のごとく、雄々しく天をついた。


ドラゴンクエスト10はMMOとして異例なほどプレイヤーイベントが進化を遂げたゲームであり、毎日いくつものイベントが開催されている。その中でも「イボンヌの部屋」は、司会者とゲストのトークからなるシンプルなものでありながら、抜群の司会力とゲストの魅力ゆえに、最も人気のあるイベントであった。


しかし、主宰者のイボンヌは最近悩みを抱えていた。ゲストの枯渇である。


ある程度有名人でなくてはイベントが成立しないから、いつかはこの問題が生じることは最初から分かっていたが、いよいよ限界が来ていた。前回84番目のゲストとしてブログランキング98位「オーガ男の憂鬱」を呼んだときは、とてつもない盛りあがりのなさに失禁しそうになった。


今回は絶対に成功させなくてはいけない。今までのゲストは全員、ドラゴンクエスト10を基本的に楽しんでいる人を選定してきた。しかし前回のゲストでこれまでの路線には限界があることが明白になった。そこでイボンヌが密かにコンタクトを取って実現したのが、今回のゲストである。運営やプレイヤーに対する舌鋒の鋭さで、この人に勝る人物はアストルティアにいない。博打ではあるが、盛り上がることは確実だ。


竜太は控え室で新しぐさ「ちんちんをいじりながら座る」をして、イボンヌに呼ばれるのを待っていた。


やや手持ちぶさたなこの時間に、竜太は今までの自分の活動を振り返る。


竜太の望んだ世界は何一つ、実現しなかった。


ドラクエ10は一度として新生することなく、従来の延長線を進んだ。バージョン4のディレクターであった安西は、突然吹っ切れたかのように斬新なコンテンツを連発し始めた。人狼ゲームとカジノを融合させた「人狼カジノ」、不人気コンテンツを合体させて奇跡の復活を遂げた「アスフェルド魔塔」、過去作ボスとのハイエンドバトル「追憶の迷宮」。他にも、「ドラクエ麻雀」「新職業ゴッドハンドX」「超新生ピラミッド」「いこいまくりの酒場」。


細かい点では欠点もあり、不満もあったが、安西はこれを極めて速いスピードで実装し、プレイヤーを飽きさせなかった。運営は次々とコンテンツを実装してプレイヤーに変化を感じさせる路線へと舵を切ったのだ。「安西の覚醒」と呼ばれるコンテンツの追加路線は、以後のディレクターにも引き継がれ、「ドラゴンクエスト10をドラクエの遊園地にする」という初代ディレクターフジゲルの理想は実現したと言ってもよかった。


竜太は怒っていた。


全裸でわなわなと震えるまでに怒り、それに伴い怒張したペニスもぷるぷる震えていた。まるで冬眠から目覚めたばかりのハムスターのように。


バージョン4から実質的に引退し、それまでの黒歴史を完全に封印して「ドラクエに詳しいマジカルリュータ」としてユーチューバーへと転身した竜太。ドラクエ11が発売された当時、コバンザメの如くイレブン動画を連発して一発当てた後は、泣かず飛ばず。一時期10000を超えたチャンネル登録者数は徐々に減少していった。


細々と続けたユーチューブ活動で生計が立てられるはずもなく、職業は今や懐かしい響きとなったフリーター。家族もおらず、友達もおらず、あるのは動画をアップした直後にうぽつうぽつ言い合うbotだけ。竜太の人生はどうしようもなく空しかった。


バージョン5の途中頃、それまで抑制して書いていたブログで、突如としてドラテンプレイヤーへの罵倒を再開した。ユーチューブ活動がうまく行かず、心が荒むとドラテンプレイヤーを攻撃する竜太の病は、生涯治療されることはなかった。内容は、旧ブログと全く同じであり、新鮮味はなかったが、旧ブログのことなどもう誰も覚えていなかった。そして新ブログが話題になることもなく、一部のツイッタラーが取り上げて攻撃していたが、そのアカウントにさえいいねが一つもつかなくなってしばらくになる。竜太は誰からもまともに相手にされていなかった。


そんなときに舞い込んできたのが、イボンヌの部屋への誘いである。竜太にとっては渡りに船だった。


昨晩は徹夜で、想定問答を作成し、定型文に入れる作業をずっとやっていた。主宰者が自分をどんな思惑で招いたかは、さすがの竜太にも分かっていた。凡百のドラテンアンチの代表のように扱われるのは心外だが、あえてそれに乗ってやろうと思っている。相手のレールに乗った上で、ブログとユーチューブで培った激烈な言葉で、甘ったれたプレイヤーに喝を入れ、アストルティアに激震を走らせるのだ。そしてイボンヌの部屋はジャックされ、「リュータの部屋」と呼ばれることになる。そう、今日この日を境に!


想定問答1:リュータさんはいつからドラテンアンチになったのでしょうか。


答 「えとですね、まずはっきりさせて下さい。僕はアンチではありません。それどころか、僕は皆さんのほうがアンチだと思っています。だってそうじゃない?今のドラテン、ドラクエですか?皆さんはドラクエ以外のゲームを嬉々としてやっているのではありませんか?それもうドラクエアンチなのでは?


宝珠システムは相変わらず使いにくいまま、特技の数は覚えきれないほどあり、どの職業もできることはほぼ同じ、新規と古参の格差は結局解消されない。最大の楽しみは相方疑似恋愛ゲーとプレイヤーイベントって、これドラゴンクエストですか?僕たちが愛した、ドラクエですか?


特に、バージョン4の途中あたりから始まったバトルトリニティ(だっけ?忘れた)、12人の多人数での陣取りバトルみたいなやつ、最悪でしたね。僕は何度も言ってますけどね、ドラクエのプレイヤーはほとんどがマンガ脳の人なんですよ。マンガ脳にはそもそも多人数のコンテンツは向いてないんです。画面上で何が起こっているのか理解できない。そういう人に向けてバトルは設計すべきなのに、バージョンを経るに従ってどんどん複雑化していくバトル、これMMOの宿命なの?いや知らないですよ、宿命とかw これドラクエですよ?そんな宿命、打ち壊さずにどうするんですか?逆に聞きたいぐらいなんですよね、ドラテンアンチの皆さんにw」


とりあえずつかみはこれでOKかな。


竜太のシミュレーションは完璧だ。


想定問答2 リュータさんはバージョン4からの新生を唱えていたことで有名です。もし新生されていたら、今頃ドラテンはどうなっていたと思いますか。


答 「まず言っておきたい。もし新生されていたら、そういう質問自体が出なかったってこと。FF14を思い出してくださいな。あれは新生されましたけど、「FF14が新生されなかったら今頃どうなっていたか」っていう疑問を抱いている人いますか?いませんよ、だってFF14の新生前は完全に失敗作だったんですから。それに思いを巡らす意味は全くない。ドラテンも同じです。ドラテンは失敗作なんです、少なくともバージョン3以降。FF14と違うのは、その失敗作のまま、ごまかしごまかし延命されてきたにすぎないという点です。キング・オブ・クソゲーの世界に閉じこもって出ようとしない、中途半端なチンカスどもが20万とかそこいらいる、ただそれだけの話なんです。」


完璧だ。竜太は新しぐさ「自画自賛」をした。流れるような言葉の羅列に誤謬論理をそこかしこに振りまいて、相手を不快にさせることに成功している。これで場を支配できる。リュータの部屋は完成する。これこそ真のマジカルリセット!


竜太は想定問答を計100問用意していた。準備万端。竜太の心臓は鼓動を早め、今か今かと開始を待った。


ふと、竜太は控え室から会場をのぞいてみた。


多くの観客がいる。


みなはイベントが始まる前の他愛のないおしゃべりに興じていた。多くの種族、多くのドレア、多くの会話。ドラテンを楽しんでいることが一目で分かった。


「フィルグレア強いよねー今でも強敵だもんね。今度一緒に倒しに行こうよ。どこ住み?」

「そのドレアいいですね、教えてもらってもいいですか。」

「そのしぐさ、どこで取るの?Vジャンプかー、古書店行けばあるかなー」


竜太の決心が揺らいだ。そう、竜太の心には、ドラテンをむちゃくちゃにしてやりたい気持ちと、贖罪の気持ちが、分かちがたく同居していたのだ。


こんな純粋なプレイヤーを不快な気持ちにさせる権利が、果たして自分にあるのだろうか?いや、こんな人生でいいんだろうか?真実を告げると称して、人を不快にさせるだけの人生で、クソみたいな人生で。もう決して若くないのに、僕は・・・


竜太は迷っていた。怒り、悲しみ、贖罪、復讐。どの感情に身を任せればよいのか、自分でも分からない。


イベントが始まる時間になった。


「皆さんお待たせしました。第85回イボンヌの部屋、開催いたします。」


竜太の心臓が脈を打つ。竜太の心は今でも定まらない。


「本日のゲストは、皆さん驚いたと思います。なにせキング・オブ・ドラテンアンチが、このイボンヌの部屋に来てくれのですから。こういう人をゲストで呼ぶのは、先代から受け継いだ長い長いこのイベントの歴史の中で初の試みです。はじめに言っておきますが、モノを投げないで下さいね。暴言も禁止です。不快な思いをする可能性もありますから、参加は自己責任でお願いしますよー」


会場から笑いがあふれた。


・・・・何を笑っているんだこいつらは。僕のことを知らないのか?そんなにドラテンが楽しいのか?僕をこんなに苦しめた、ドラテンが?


イボンヌの司会が続く。


「でも私は思うんです、光あるところに闇あり。ときに闇を見つめ直すことは、光の世界をより輝かせるために必要なことではないかと。長年、ドラゴンクエスト10の闇を見続け、それに苦しめられてきた今日のゲストのお話は、たとえちょっと耳が痛くても、傾聴に値すると思っています。」


そうだ、僕は苦しめられてきた。フジゲルに、リッキーに、安西に、そして何より、僕をバカにしたクソゲーマーどもに。だからかまわない、何を言ってもかまわないんだ。なぜなら僕は、ドラゴンクエストのインフルエンサーなのだから!


竜太は新しぐさ「全裸で立ち上がる」をした。完全に戦闘態勢に入っている。


ぶっ壊す。ドラテンをぶっ壊す。見せてやるんだ。僕の忠告を聞かずにこんなゲームをいまだに続けてるゲーマーどもの世界を、ぶっ壊してやる。そうだ今日が復活の時!マジカルリュータ、ここにあり!


「それでは登場していただきましょう!」


「プレイ時間20万時間の超ベテラン!アンチ記事を毎日書き続け、今やブログランキング2位!」


「廃プレイヤーさんです!!!」


え・・・?


さえない人間男姿の廃プレイヤーは会場に入ると、会場は拍手のしぐさに包まれた。廃プレイヤーはイボンヌに促されて席に座る。二人のトークが始まった。


「廃プレイヤーさんはちょっと緊張されているようですね。廃さんは今ではめずらしいキーボードでチャットしているんですよね。なので少し反応が遅いと思いますが、皆さん我慢してくださいね」


イボンヌがそう言うと、会場から笑いが起こった。それで緊張がほぐれたのか、廃プレイヤーは蕩々と話し始めた。


・・・・なにがどうなっているんだ???


竜太は混乱した。なんで廃プレイヤーがここに?それに、ブログランキング2位?2位はまんまる堂のはずじゃないか。


竜太はブログランキングを覗いてみた。


『初代フジゲルの遺言』

『ハレサ報告書ver4』

『ミルク兄貴のミルク』

『すずめの絵日記』

『シーちゃんが征く』


どれも知らないブログだった。


イボンヌと廃プレイヤーが話しているのが聞こえる。


「俺はもう30年ドラクエ10やってますけど、そのうち28年は完全に時間の無駄でしたね、優秀なディレクターの藤澤以外は全員落第です。まず第一にリッキーの緩和路線、次にリッキー以下の不安罪路線、次に・・・」


30年?そんなバカな・・・


竜太は窓の外を見た。いや、見ようとしたのだ。


しかし首が動かなかった。


病室の天井のディスプレイには、サービス30年目のドラテンの映像が映し出されていた。


そうか、そうだったんだ・・・


竜太は涙を流そうとしたが、水分を失った体からはなにも出ない。


僕はもう・・・


意識が遠のいていく。そこは何もない白い世界。魔法使いも、フレンドも、新生も、ユーチューブも、何もない虚無の世界。


僕は、もう・・・


天井のディスプレイにはドラクエ10の映像が映し出されたままだ。医者が気を利かせて、患者の一番の思い出の映像を映してくれていたのだ。


僕はもう・・・・


死んでいるんだね・・・



【エピローグ】


竜太は全裸で飛び起きた。体はかつてないほどのエネルギーに満ちあふれている。


なーんだ、夢だったのか!


ふと竜太は周りを見渡して、驚愕した。


プクリポがたくさんいる!次に多いのがエル子、ウェディ。オガ男やエル男も若干だがいる。


竜太は自分の姿を見た。バージョン1の頃から慣れ親しんでいる、魔法使いの姿。現実もこうなりたいと憧れたドレア。竜太ではない、その姿は「マジカルリュータ」だ。


そこには、多くのプレイヤーがいた。ゆうかたん、バトルサイボーグ、やなう、ラブハンター、ビジネス、ローラローラ。老いも若きも、男も女も、善人も悪人も。全員がドラゴンクエスト10をプレイしていた。


「おいリュータ!なにやってんだよ!お前もこっちこいよ!」


リュータを呼ぶ声がした。あれはまさか、マハポーシャさん?僕のこと、許してくれたんだ!


「はい!」


リュータは返事をすると、魔法の絨毯ドルボードに乗って、向かっていった。


チリンチリン


ドラキーが永久ディレクターフジゲルからのお知らせを届けてきた。


「次のイベントはクロペン見逃しです。準備をお願いします。」


うおーーーーーーーー!


全員が一斉にチャットを始めた。あるものはBANに怒り、あるものは運営を擁護した。いつまでもいつまでも、議論は続いた。


チリンチリン


「次のイベントはゴールドマンMAXです。」


うおーーーーーーーーー!


あるものは本物だと言い、あるものはでっち上げと言った。いつまでもいつまでも、議論は続いた。


リュータも議論に参加した。小賢しい傍観者的な上からの論評。しかし楽しかった。これこそドラテンだ。僕が大好きなドラテンじゃないか!


チリンチリン


「次はメガザルロックフェスの時間です」

「誰もやらない錬金の依頼が実装されました」

「次はバージョン3スカスカ問題です」


リュータはいつまでも、仲間たちとドラゴンクエスト10をプレイし続けた。もう何にも思い悩むことのない、この世界で。いつまでもいつまでも・・・


(完)

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