5 メモリー・ ホライズン。
十三年前。
深夜一時、グラスフェルト王国、王城ワイルドリーフ、物見塔最上階。
そこで鎧姿の短髪赤髪の白人系の美丈夫が、簡素な陣内用の椅子に座り朱塗りの大盃を干している。
眼前には夜営する推定五万の大軍勢。
今、グラスフェルト王国は滅びに瀕していた。
「クックック……」
男は笑っていた。
「城塞都市に兵を送った途端にコレか。愚か者共め。このような難治の地が欲しいとは恐れいる。まったく救いようが無いな。人類同士で争ってる場合じゃなかろうに。そうは思わぬか」
「……此方に居られましたか、我が王よ」
階下から一人の偉丈夫現れた。
身の丈は二メートル近くあり、恐らく赤髪の男が立ち上がってもその身の丈には届くまい。
全身筋肉で重厚な鎧を身に纏い、背には身長に近い長さの大剣を背負っている。
黒い髪には白いモノが混じり歳は壮年いや、老人に近い。口元や顎には豊かな髭を蓄えていた。
「来たか。お前もまぁ、やれ」
「王……」
「我が王国最後の夜だ。楽しまなくては損だろう?」
「最後になど、私がさせません。ですがとりあえず…… 頂きます」
王は大盃を渡し並々と酒を注いだ。
偉丈夫が大盃を干すまで彼は待った。
「見事。種族からして強いが流石よな」
「恐れ入ります」
「……そなたが戦ってくれれば、まぁ、勝てるかも知れんな“黒の剣聖”」
「無論」
「だが生きて勝てるか? 無茶であろう?」
“黒の剣聖”は無言。無言を持って答えとした。
無理ではない。だが無茶ではあるのだ。
参戦すれば生存の可能性は極めて低い。
「そなたの参戦で戦況は五分にはなるだろう。だが、そなたの生死をこの様な小国の存亡にかけてはイカン。“大海嘯 ”が始まった。そなたは人類領域の存続の為にこそ必要な男なのだ、我が友よ……」
「俺は此処を死に場所と決めた。年寄りの最後のハレ舞台奪ってくれるな、幼き友よ」
「もう、一児の父ぞ? 幾ら三百歳上でも
子ども扱いはしないでくれよ。人間は成熟が早いのだ、ヴェル」
「ならばこそ、死に急ぐな」
「一人で逃げろとは言わんよ…… 父親だからな」
「待て! あの子を俺に託すつもりか!? 止めてくれ。俺にこの歳で子守りをしろと言うのか!!」
「そなた以外になど託せん。託したくない……。どうか我の最後の頼み…… 聞いてくれ後生だ……」
それまで遠く軍勢を見ていたグラスフェルト王は“黒の剣聖”に向き直り手をついて頭を下げた。
「馬鹿野郎!! 俺に、俺を、俺がっ!! オマエッ!!」
軽い足音の後、もう一人いやもう二人が表れる。
美姫と呼ぶべき金髪の線の細い女性と赤髪の乳飲み子だ。
子の首には王家の紋章が入った首飾りがかかっている。
「ヴェルグストリ。私からもどうかお願いします。どうかこの子を安全な場所へ……」
「王妃よ、それは出来ぬ……」
“黒の剣聖”ヴェルグストリ カザド ヘルマンが断った事が切っ掛けか、赤子は火がついたように泣き出した。
その赤子を王妃は彼に差し出した。
「お、おい!!」
彼はその小さな命を受けとる気は無かったが、受けとってしまった。
途端に泣き止む赤子。
「まぁ」
「決まりだな」
バキリとヴェルグストリの奥歯が鳴る。
まさに憤怒の形相だ。
だが赤子は笑っていた。
「一生恨むぞ。グリム……」
「ああ、一生感謝する。ヴェル」
「短けぇよ、馬鹿……」
そっと王と王妃が寄り添った。
「おい、死ぬのはそこの馬鹿だけで良くないか」
恨みがましく剣聖は王を睨んだ。
「私はここで死ななければなりません。恐らく相手の狙いの一つは皇位継承権の保持者でもあるかと。その子の誕生は公にはしていません。まだ逃げ切れると思うのです」
「そうか…… 最後にもう一度抱くか?」
「いえ、別れは済ませました。もう一度抱けばきっと手離せなくなる……」
「解った……」
「ヴェル。そなたと飲んだ酒の味は忘れぬ」
「俺もだ……」
三人は短く別れを済ませた。
“黒の剣聖”は去った。
残された二人の影が強く重なり王妃の嗚咽が尖塔に染み込んで行く。
約六百年の歴史を誇るグラスフェルト王国は此処にその歴史を閉じた。
そしてその物語の再開は十三年の先。
山間の山村から一人のニートと共に、リスタートする。
カザドで剣聖の種族に思い当たる奴はファンタジーの読みすぎだと思ふ。