かくれんぼしよう1
執務室の書類に向き合うアイディーン。
昨日からこうした座り仕事。部下もいるけども、アイディーンは自分では出来ることは人には回さない。キチンキチンと1つの仕事をやりきりたい男は、本当は丁寧に仕事をしていきたいのだが、いつも邪魔してくる無邪気な悪魔の出現をいつも警戒している。いつファルオスの無茶ぶりがくるか分からない昨今、アイディーンは仕事は立て込み、常に城で寝泊まりしいた。
そんなある日の事なのだ。
ドアが不意に数センチ開く。
スー
その静かすぎる音にアイディーンは気づかない。
ドアの隙間から、霧のような空気がふわーっと漂ってきて、女物の香水の香りもふわー。脳天にまで酔わすような、つい嗅ぎたくなってしまうセクシーさを漂わせた香り。その香りだけで、アイディーンは誰の香水ともわかる。ここにいてはおかしい存在の香りであるのは間違いなく、アイディーンは批難の色が目に浮かぶ。
その香りは霧と共に自分の存在をしめすように、どんどん立ち込めていく。
アイディーンは美貌の顔を歪ませながら、それでもギリギリまで、手にした書類を見続ける。せめてここのページの最後まで頭に入れてから……ああ、ダメか。無情にも持っていた書類に霧がかかって見えなくなっていく。
ここまでか……
と、次、霧が晴れたときには
「ごきげんよう。アイディーン」
至近距離に肌色の谷間が見えた。さっきまで誰もいなかった執務室の机の上にきわどいスリットがギリギリまではいったスカートから組んだ太ももが。さらに、小玉スイカのような2つの肌色の膨らみ。きわまで隠すのはギリギリ感が危ういぐらいのボンテージのコスチュームだ。
その女が、机と椅子のわずかなスペースに無理やり座り、もはや乳に顔が埋まりそうだ。椅子を引いて距離を取るアイディーン。
あきらかに、女だとわかるその人に、アイディーンは
「どいてほしいのですが?」
そして、その尻に敷いている書類も必要なのだが……そうは言ってもアイディーンは書類の最後の行までしっかり読もうとしてる。
女は赤というより、ダークレッドの艶のある唇から
「どうして?私に会えて嬉しいでしょ?」
切れ長い、触れた者を切り裂きそうな凶悪な視線に、どこか面白いような響きをにじませるこの女。
アイディーンは知っている。そうやって違うだかなんだか言って話を合わせると、すぐに巻き込まれる。だから、平静をよそおって
「困りますね。セレーディア」
そう言っておく。かまえばかまうほど、仕事は遅れるのだ。
「つめたいじゃなーい。アイディーン。私と遊んでくれないなんて。」
セレーディアと呼ばれた女性は、それを言いながら、なぜ身を揺するのか。ややかまってもらえた事を喜んでいるらしい。余計に揺れた黒い髪と胸。
アイディーンは見ないようにした。目を合わせてはいけない。メデューサのように目を合わせずにやり過ごしたい。
すると、女性はアイディーンの書類を、ピッとつまみ、長い美しいダークレッドの爪先が書類の紙に食い込む。そのまま、ヒラリと紙は奪われてしまう。
しっかり持ったアイディーンの両手から、破く勢いでひっぱるのだ。たった二本の指で。そしたらもう、離すしかない。
「私より魅力的な物なんてないわ。さあ、アイディーン。私をかまいなさい」
命令的な口調もピッタリとくる。それほどに美しい刺々した空気。アイディーンは無駄だとは思いながらも頼み込む。
「セレーディア。それがないと…」
手を伸ばすセレーディアと呼ばれた女は、
「私に返せなんて…お願いする時はなんて言うの?お願いします。女王様…でしょ?」
面白がるように書類を遠ざけた。
アイディーンはため息をついた。そうだろう。簡単に返す気なんてないだろう。その困ったアイディーンにセレーディアは手を伸ばして来る。爪を器用に触れぬようにしながら、セレーディアの指の腹はアイディーンのアゴのあたりを撫でる。
「ほら…少し痩せたわ。違う…?」
なでなで。
猫にするように、そうして、少しアゴを上にあげられる。
大人しく従うアイディーン。しかし、その目にはなんとかこの事態から抜け出せないか……と言う表情。
自分より下位の者になら、それなりの態度と言う物もあるというのに……セレーディアにはそれもできない。
セレーディアは
「それに、家に帰らないなんて…私を焦らしているの?」
抵抗してこないのが面白いようにそんな事を言っては撫でまわす。
アイディーンはそろそろいいだろうと、その手から逃れながら
「母上…そろそろ仕事をしたいのですが」
椅子をさらに下げる。
するとセレーディアはクスクス笑いながら、腰にさしていた鞭をピシャッとふるい、
「セレーディアよ。私は母ではなくて、いつも女でありたいの。わかるでしょ?」
ちょっとピリッとした。アイディーンの受け継ぐ婬魔の血はセレーディアの物だ。つまり、婬魔の親玉なのだ。
絶世期には霧のように男から男へと渡り歩いた歴史の裏舞台でも暗躍した女。その女が最後、身を落ち着けたかに見えた隠れみのが父、魔王軍将軍。
彼女はその外見と女王様っぷりで、結婚までこぎつける。家事ができない問題を、使用人に。と、難なく解決。アイディーンを産んだ頃には、「乳母と言う者が、どうしてこの世にいると思ってるの。」と、育児もクリア
今も昔も進出気没。霧のような女なのである。
アイディーンは早く帰ってくれ。問題起こす前に。……と、この人が現れるたびに思う。
今日もいったいどうしてこんな……。
「今日はまた、どうしました?」
たずねたら、セレーディアはふふんと笑って
「快感でしょ?いけないことって…」
そう言って、アイディーンの母譲りの吸い付くような唇に指先の腹をツンっと押したのだった。今回、息子をおちょくって遊ぶ。と言った所か。しかし場所が悪い。
こんな魔族を統べる権力の集大成、魔王がこの城にいる。そっちに狙いが行くとまずい。
アイディーンは思う。
(後で変に弟とか、妹できましたとか言われるのは、嫌だ)
現にアイディーンには、腹違いの弟も妹もたくさんいるのだ。一時期、次々に家族が増え、それがアイディーンの一時期グレた原因にもなっていた。
今は落ち着いてるセレーディアだが、新たなペットでも飼う感覚で子供産んだりされたらたまらない。ただでさえアイディーンは長男として面倒見てきた兄弟達は、それなりに結構なモンスターに育った。
特に、魔王の子供は嫌だ。絶対かわいくない。バドルもなかなかセレーディアはほっとかなそうだし、そっちも危険だ。
そんな事を考えていたアイディーンの耳にセレーディアは
「所でアイディーン。あなた、まだ男の子の格好をしているのね」
そう言って、しげしげとアイディーンの体に、視線を這わせた。あまり見なくてもわかるだろう。このペッタンとした胸板を見れば。
アイディーンは居心地悪く
「……男ですから」
そう言った。
アイディーンはセレーディアの血を濃く継いでいる。婬魔である力も、その魔力から推測するになかなかの物である事は間違いない。
セレーディアは
「それで、その力を使って悪さして見ようとは思わないの?私の子なのに」
などと言う。
そう言うのも、婬魔であるアイディーンは男にも女にも変化させる事のできる体なのだ。婬魔の力を使えば、出世して、男に取り入って、仕事なんてしなくてもいいポジションで、使用人に鞭をふるいながら、高笑いして暮らすのも可能。
そこに権力の象徴でもある魔王が転がってるポジションで一口もかじろうとしない婬魔の息子は頭がおかしいのかとセレーディアは思ってる。
そこらの魔族のような顔をして、仕事を黙々とこなしているのは、もはや婬魔の彼女から見たら異常だ。
等と、母は婬魔の生き方を息子に教えきれていないのかと、親らしいことを言うふりして、おちょくって遊ぶとすごくおもしろいのだ。
セレーディアは奪った書類も鼻をかんで捨てたい。こんな紙切れ、鞭をご褒美と思ってる男達にやらせたらいい。
アイディーンはそんなセレーディアの書類に向けて放たれる良からぬ空気を察し、その手から書類を取り、静かに引き出しにしまった。
セレーディアが素直に渡したのは、やっとアイディーンが相手してくれると思ったからだろう。セレーディアは心配してるふりして、
「あなたは女にもなれる…女は素晴らしいわ。それをあなたにも味わってもらいたいの」
そう言うが、アイディーンは思う。セレーディア的に、早く女使って魔王を物にして、自分にブイブイ言わせるポジションをくれ。と。
セレーディア的に今の魔王はタイプじゃないのかまだ手を出してはいない。その魔王は息子が落とす物と思っているのかもしれない。勝手が服着て歩いてるような人なのだ。アイディーンは付き合ってられない。
(逃げよう)
まともにやりあって時間を無駄にするより、煙に巻いてさっさと帰ってもらった方がいい。不本意ではあるが、アイディーンは母と同じ力を使う。そしたら、辺りは霧に包まれ、さささーっとアイディーンの姿はドアの隙間に消してしまう。
セレーディアは
「あーん。意地悪な息子ー」
その場で悶えていた。




