好きでこえれぬ物2
ファルオスが隠れて思い出していた。母の事だ。母は言った
『お前はもはや私の手を離れた』
金の髪と金の瞳を持った女性である母は成長しきったファルオスにそう言った。それが最後の言葉になった。子供を産む役目が終わった勇敢な女の戦士は、ベットの上でのうのうとはいられなかった。
赤ん坊ほど、手の掛からなかった自分の元にはいてくれなかった母。それを今になって思い出した。アイディーンはその頃から一緒にいてくれた。
母がいなくても平気だった。アイディーンがいてくれたからだ。なのに……
ファルオスの胸に染みのように広がっていく不安をぬぐう事はできない。絶対与えられない物……それをバドルは持ってる。バドルだけじゃない。みんな持っている。そして、アイディーンは……
「ファルオス様?」
アイディーンはその武器庫をのぞく。そして
「見えてますね。その角は鹿さんですか?鹿さん出て来て下さい?」
柔らかい声がする。飛び出た角を見てアイディーンはすぐ見つけてくれた。その喜びよりも、何よりも、今はアイディーンの顔を見る事が怖い。
ファルオスは
「鹿はいない……」
そう言った。アイディーンは
「なら、かわいい男の子がいたと思うんです。ほっぺがとってもかわいい子なんです。知りませんか?」
ファルオスはそしたら、急に今、自分がしてる姿がどれだけ滑稽な物かと思った。自分にはない10才の子供の姿をしている。
偽物の子供だ。
「う……うぅ……う」
こらえきれず泣き出したファルオスの声を聞いたらアイディーンは
ポン
「ファルオス様?」
女の子の姿になってのぞきこむ。アイディーンはアイリーンの姿になった。
「……」
アイリーンは静かに手を伸ばし、ファルオスの涙に触れる。白い指先が涙をぬぐってくれる。そして、
「初めてですね。泣いたの……」
そう言った。
ファルオスは
「負け……たのだ。俺」
そう言った。なのでアイリーンは小綺麗な顔を傾け
「うん……?」
慎重に耳を傾ける。ファルオスは
「俺は幸せに……できない男なのだ」
そう言った。ファルオスは気づいてしまったのだ。魔王である自分がゆえに与えられない物。
自分と結婚しても、赤ちゃんを授けてやれない事を。その子供はすぐに成人する。これほどまでに子供を愛する人に、それを与えてやれない。その他大勢が与えられる物なのに、そんなささやかな幸せすら与えられない。
自分を選ばなければ幸せになれるその人。それが悲しかった。
「………」
アイリーンは静かに見つめ、その白い手を、ファルオスの震える頭を撫でる。ファルオスは
「幸せにしてあげられないのだ……二人の子供はすぐ大人なのだ」
そう言ってむせび泣いた。その子供の姿のファルオスをアイリーンは抱き寄せ、そっと背中をポンポンと撫で、あやす。
アイリーンは
「私の幸せってなんですか?」
たずねる。柔らかく抱き締めた感触は優しい。けどその声はまっすぐファルオスの耳に届く。
ファルオスは
「幸せは……子供なのだ」
アイリーンは静かに首をふる。
「そうでしょうか……」
ファルオスは
「なら、アイリーンの幸せはどうやったらなれるのだ⁉」
バドルの顔がすぐにでも浮かんだ。あいつの赤ん坊の姿……産まれてくるであろうかわいい子供達。それを抱き締めるアイリーンの微笑み。
アイリーンは
「一緒に幸せになっていこうって……言ってくれたら、幸せな気持ちになるかもしれません」
ファルオスはむせび泣き
「一緒にいてほしいのだ……あいつではなく、俺を選んでほしいのだ……けど、それはアイディーンの幸せを奪ってしまう物なのだ‼」
アイリーンは
「……ですよ」
静かになにか言った。
ファルオスは
「アイリーン……」
アイリーンは聡明な眼差しを向け涼しく澄んだ声で
「いいですよ?」
事も無げに言った。その目がファルオスを見つめる。その瞳はウソでもなく、真っ直ぐにファルオスを見つめる。そらさない。そのままの引力で、アイリーンは
ちゅ
キスをした。初めてのアイリーンからのキスは、優しさに満ちていた。




