ピクニック行こう2
アイディーンは仕事をするための執務室に腰を落ち着け、棚から取り出した地図を眺めた。
しっとりと落ち着いたアイティークの家具がアイディーンの心を慰めてくれる。その座り心地の良さはアイディーンにとってこだわった所だ。その椅子に背中を預けながら、足を組み、アイディーンは思う。
(まさか、荒野はない…か)
しかし、有りかもしれない。あのクソガキを連れてって凝らしめるにはもってこいかもしれないじゃないか。闇の障気の多いそこは、風も乾燥して強く、ファルオスの長い金髪が、大漁旗のようになびくのは見物だろう。
それを想像してうさを晴らしていたアイディーン。いいきみだ。人の寝室に勝手に入ったりするから。
しかし、真面目な仕事を信条としてるアイディーン。よもや、それはできなかった。まともに選ぶとしたら、モンテマリー平原がよさそうだ。ハイキングに最適な見晴らしのいい空気の綺麗な所だ。ここにするとしよう。
アイディーンはピクニックのプランを考える。
飛骨竜で30分
お昼
軽くバドミントンでもして、汗をかく
散策
野生のモンテマリーベリーでも摘ませる
だいたいこんなもんだろうか。そして、夜の五時くらいに飛骨竜に乗ってあっちから帰ってくればいい。
夜のデザートにその時摘んだベリーでパイでも焼いてもらおうか。頑張った分嬉しいってのを学んでもらって、美味しいパイが出てきたらきっと喜ぶ…
と思いかけて、アイディーンはなんか腹が立った。いや、こういうのもいい。
荒野でバドミントン
羽をなくす
ファルオス泣く
羽を探せといびる
見つからなければお昼抜き
ショボくれた奴を前にサンドイッチ完食
最高じゃないか。
むしろ、これだ。
胸がスーっとする。
それも胸にとどめ、アイディーンは諦めてモンテマリー平原への準備を始める。
次はバドミントンだ。
庭の倉庫に向かって歩いていくアイディーン。城の門のへと続く赤い絨毯の向こう、誰か人影が立ちふさがった。
黒い影だ。
いつまで行っても、それは黒い。向こうから照らす朝の光が眩しすぎるからか?影がにかっと笑う。
「そんなに見るな。俺だ。アイディーン」
衝撃的な事に、あまりに黒いので、影かと思ったらただの色黒の男だった。その口元にだけ白い歯を見せつける男に向かって
「バドル…お前か」
アイディーンは頭がいたくなった。朝からこってりした奴には会いたくない。仕事しないのに、なぜかこういう時にはタイミング良く現れる。城の門からの逆光で、探偵物の黒づくめみたいだ。
バドルと呼ばれた男は、シルエットでも、ガチムチを隠せない。腕や太ももはアスリートのように太いのだ。
アイディーンは近くまで来たけど、まだ黒いな…と思いながら、じっと見る。
「やれやれ、お前の相手をしている隙はない」
軽くそれだけ言って、その脇を通り抜けようとした。そしたら、バドルがアイディーンの手を素早くつかみ、
「知っているぞ。また何かめんどくさい案件をかかかえているな?」
なら、わざわざ触らなくていいのに。ゾッとする。アイディーンは乱暴に振り払い
「知っているなら、止めるな」
ついでに、手汗かいていそうだから触るな。筋肉がうつる。アイディーンが冷たくあしらおうとすると、バドルはニヤリと笑い
「なーに、これがいると思ってな」
その手にはバドミントンのセットがあった。
まさにそれを取りに行こうと……しかし、この男……どこでその情報を嗅ぎ付けた?
いや、それはいい、もはや、よこせ
アイディーンは
「それを渡してもらおう」
手を差し出すと、バドルはやれやれとオーバーな外国人のような動きをした。
「さっき俺の手を振り払ったのはお前だ。それを、簡単に渡すなんて思ってはいないよな?」
バドルはやれやれという顔をする。めんどくさいやり取りが始まってしまった。
もう、諦めてビーチボールでも膨らませてファルオスにはじゃれさせておけばいいじゃないか。
アイディーンが行こうとすると、バドルはその手を掴み、
「まさか、無視するつもりじゃないだろうな?」
余裕ぶって言う。近くで見ると、逆光が和らいでバトルの顔がよく見える。男らしい顔つきに、顔までは筋肉がつかないらしい。整った顔をしているのだ。男らしい……と言っていいワイルドなイケメン。
そして、次の瞬間
「む…無視するつもりじゃ…ぐすっ」
なぜ泣きそうなんだ。
アイディーンは見てはいけない物を見た気がする。
「時間があまりない物で…」
あまり見ても悪い。若干引き気味に言うと、バドルは
「そうだろう。なら、話は早い方がいい」
表情がもとに戻って立ち直った。立ち直りも早い。バドルはアイディーンの腕をはなし、そして向かい合い、バトルは余裕ぶって
「俺も連れていけ」
話も早かった。この男……そもそも外出はついてきたがる所もある。急いでくっついてこうと算段したのだろう。
アイディーンは
「そうか。お前いきたかっ…」
とたんに、声が被さる。
「勘違いするな‼これは仕事だ。側近である俺が魔王様の外出に付き添う。まっとうな業務だろう。そうだろう」
バドルがわざわざこっちの声を遮ってまで、そう言った。
まったくめんどくさい。さっさと行きたい連れてけ。でいい。
しかし、アイディーンは思った。
この二人がバドミントンする。
アイディーンはそれを見る。
うわー上手ですねーとか言っとく。
そうすれば完璧だ。バドミントンは三人でできないのだから、この怪力の男にまかせればいい。その間にのんびりする時間が作れるじゃないか。
たとえ魔王でも、バドルはなかなか体力に関しては評価できる。
パワーだけで見たら、魔王にもひけを取らないと言われているこの側近ナンバー2の男バドル。サクッとまかせればいいではないか。
アイディーンはバドルの肩にポンと手を置き
「頼れる男だ。バドル」
キラキラとした視線を送る。
バドルは
「か…勘違いするな。俺は……俺は……」
なぜか嬉しそうだ。誉められ慣れしてないのだろう。
アイディーンは
「とても助かるよ。」
にこっ
アイディーンは淫魔の血族だ。とても爽やかな笑みを繰り出した。
すると爽やかな春の風が吹き抜けた。…かに思えた。
バドルは
「…ふ。なにも…」
バドルはきびすを返した。そして、
「お前のためじゃないんだからなー」
一瞬で消え去るように走り去った。
なんだそれ。男のツンデレなんて流行らないだろ……
アイディーンはげっそりとした。
「やれやれ…」
アイディーンは次はコック長の元へ向かう。
ピクニックに行きたいとごねている人がいるから、なんとかサンドイッチを作ってほしいと……それをお願いするためだ。
急な変更を彼ならではの優しさで包み込む。かっぷくの良いおじさんのような姿をしたコック長。いい人なので大変申し訳ない。
コック長はさっそくパンを切る作業から始めてくれた。あっと言う間にバスケットの中に、サンドイッチは詰められていく。
サンドイッチはこれで大丈夫。
あとは、レジャーシートに紙コップに、紙皿。サンドイッチを入れたバスケット。水筒。ウエットティッシュ。テントまでは必要ないだろう。
バドミントンはバドルが持っていってくれる。だいたいはこんな物でなんとかなるだろう。あと必要な物は何だろう?
あとはファルオスの拾った本とやらを確認させてもらおう。ピクニックがキャンプだったら困る。
アイディーンはうやうやしくファルオスの自室の扉を叩いた。ファルオスは目をキラッとさせ戸を開ける。
「用意できたのだ?」
そう言った。もはや待ちきれなくてたまらないのだろう。待てをしたままずっと待っていた犬のようだ。しかし、もう少しだけ待ってもらわないといけないかもしれない。
アイディーンは
「あと少し……よろしいでしょうか?ファルオス様の拾った本がみたいのですが」
アイディーンは中に入れてもらった。ファルオスは机の上に置いてあった本を手に取って渡す。そこにはこう書かれていた。
『春のレジャーガイド、ピクニック特集』
誰だ。こんな色んなレジャーものってそうな雑誌、渡したやつは。他にも春にオススメのレジャーとかのってる。これ全部やりたいとか言ったらどうする。さりげなくこれは没収だ。
「これは参考のため預かって置きますね」
さりげなく回収成功。
『パラッとめくったら、のどかな丘でピクニック』
等の煽り文。
レジャーシートをひいて、家族が仲良く過ごす写真が……
お父さん、お母さん、ちっちゃな子供……
アイディーンは
「…」
黙りながらそれを見た。まずい。ファルオスの父、母はもう亡くなってしまっているのだ。家族で過ごす事が叶わなかった時間。それに、ファルオスは親がいても、勇者との戦いの中、危険のない場所に引き離されていた。ファルオスと親が過ごした時間より、もはやアイディーンと過ごした時間の方が長い。
『かけがえのない家族と過ごす時間。大自然の中、お母さんの手作りのお弁当。お父さんも張り切って子供を肩車。みんなの笑顔あふれる、こんな特別な1日をいかかがでしょう?』
ファルオスがキラキラした目で、
「きっと楽しいのだ」
そういった。
家族のいないこの10年しか生きていないファルオスは、これを何を思って見たのか…アイディーンの目頭が熱くなる……と
ファルオスはアイディーンが持ってる本のページをめくって
「それより、これだ。」
嬉々として指差した。バーベキューの写真が‼
アイディーンは見なかった事にして
「今日はスタンダードなピクニックを楽しみましょう?いいですね?」
そしたらファルオスは
「肉」
口を尖らせる。
アイディーンはもはや、サンドイッチができてるのを無駄にはできない。
「サンドイッチって言ったから、今日はサンドイッチです。バーベキューはまた次の機会になさい‼」
ファルオスは口を尖らせたまま
「肉~…」
いささかがっかりしていた。
これでわかった。こいつに家族に対する淋しさなんて有る訳ないのだ。アイディーンはうっかり母親っぽい事をした方がいいのかとおもった。
アイディーンは
「それで、これを誰からもらったのですか?」
その本を閉じる。
ファルオスにたずねると、
「そこの廊下に落ちていたのだ。だから拾った。ただそれだけだ」
などとケロッと言った。
まったく。後で落とした奴はいぶりだしてやる。だがしかし、アイディーンはその本のスタンダードなピクニック形態と、自分の描いてた物に差異が無いことを確認した。これで文句言われる事はないだろう。
これで準備は整った。アイディーンは
「さぁ、では出発しましょうか。ファルオス様」
力強く言ったら、ファルオスは
「待ちかねたぞ」
そう言った。




