最期の戦い2
夜明けと共に進軍を始めた人間達の軍勢。その埋め尽くす影は黒く地を埋める行進。ガチャリとした鎧の武骨な音は一万もとなれば、この城にもその行進の音を響かせるように命知らずに進みでた。
こちらの部隊も前線のでは戦いを始めてる。人間にとっては障気の風が吹くの中、それを食い止める効果にも限りがあるの進軍をやめようともしない。
過酷な環境をおしてでも、進んでくる蟻の群れのような集まりは無機質で愚かとしか言いようがない。心が通わぬ者達……それはいつかここにたどり着き、自分を殺すだろう。
アイディーンは目を閉じる。荒野を突破されるのも時間の問題だろう。いつまでものんびりはしていられない。
飛骨竜に合図を送ると、アイディーンの目の前に降り立つ。その背にヒラリとまたがり軽やかに飛び立った。自分が魔王であるかのような姿を印象付けるため、飛骨竜に乗ってグルリとめぐる。
前線の部隊は苦戦していた。戦況は思いの外芳しくない。勢いや戦況に飲まれ、向こうは士気が高いようだ。
アイディーンは恐れない。戦って死ぬのならそれは誉れとなる。逃げれば一生悔いる呪いとなってこの身を縛るだろう。
宣伝がわりに高らかにその美しいよく通る声で、
「我は魔王ファルオス。その目に焼き付けるがいい。我の姿を見た者が生きて帰れると思うは愚弄なり」
その戦禍の中、魔法を放つ。大地をえぐり、ホコリのように人の姿が舞う。命など軽い。それは、自らの命と言えどだ。
「あははははは。滅びるがいい。愚かなる者共よ。勝てるなどと思っている、もっとも愚かなる者は来るがいい。我が居城へ」
飛骨竜をひるがえす。
人の中でもローブを着た者達か空に向けて魔法を放つ。その一斉に放たれた火の矢は空を埋め尽くす散弾の玉のように放たれる。
その数……逃げ場もなくアイディーンはその手に力を込める。アイディーンを火の魔法が傷つけられる訳もない。その手を掲げると、魔法の一端はその力に相殺され、焼けただれた炎は霞のように消えて、そこに残ったのは矢だった。
魔法の矢の中に火をつけた本物の矢も交えて放っていたのだ。
「くっ」
矢が胸に迫る。それをかわし、矢はかわしきれず肩に刺さった。
「うああっ……」
その矢は肩を突き抜け、矢じりの先は飛び出す。自らの力を驕り、過信した。その一瞬が回避を遅らせたのだ。
いかに飛骨竜の扱いに長けたアイディーンでも打たれたそれの急所を外すのが精一杯だった。いくつも放たれた雨のような矢をくぐり抜け、一本ですんだのは奇跡かもしれない。
飛骨竜が振り返り
「ぐきゅう……」
アイディーンを見る。仲間であるアイディーンが傷付いた事がわかるからだ。
アイディーンは
「平気だ。こんな物」
そう、強がるしかなかった。
物理に強い飛骨竜は無事……火が直撃したらわからなかったが、矢なら問題はない。関わりのない彼等は守る事ができた。それでも彼等は心配そうにこちらの様子を伺う。
「大丈夫だ。これぐらいで死んだりしない。お前達は時がきたら好きな所へ行け」
アイディーンは城に戻ってきた。無様に逃げてきた。
貫通した矢を折って、矢じりの側はそのまま抜く。壮絶な痛みと放たれた血液。塞ぐ物がなくなって止めどなく溢れ出す。
布を破き、その片方をくわえ、ぐるぐると巻くも、うまくいかない。最後、結ぶところが片手ではできないからだ。
唇が震える……
惨めで不甲斐ない自分への怒りと悔しさで。
血も止まらない。布も真っ赤に染め、滴り始める。その姿を飛骨竜が見ている。
「心配するな。俺はまだ死んだりしない……」
そう、繋がってただけでもありがたいくらいだ。このぐらいで死ぬなら、影武者なんてできない。
血がダクダクと流れ、今後、迎え打つも、そう長期戦はもたないかもしれない。無様すぎる自分に腹が立ち泣きたくなる。
そしたらバドルが走ってきて
「大変だ。ファルオスが‼」
自分の弱さが悔しくて目に涙を浮かべたアイディーンの元に、駆け付けてくるそのバカな男の姿……
「アイディーン。なぜケガを……その姿は……」
ファルオスが瞳に涙を貯め駆け寄り、布をくくる。それから血が止まるようにその傷を押さえた。
鈍いファルオスにもわかる。その金髪や金の目。それでも見続けてきた美しい姿がどうして自分と同じ姿をしているか……アイディーンが何をしようとしてるのか。
惨めな姿をファルオスに見られたアイディーンは、あと少し気付かずにいれば良かったのにと思う。自らの想いを踏みにじってこんな所まで来たバカな王を少しでも望みがあるなら、逃がしてしまいたい。
その痛みに耐え、平静な声を出す。アイディーンの瞳はいつもと同じ、静かにファルオスを見つめる。
「……私の気持ちを踏みにじりたくなかったらこのまま、逃げてください?」
アイディーンは静かに言った。その間も血は止まらない。
ファルオスはアイディーンのキズを押さえながら止まるように祈り、涙を流し
「俺のせいか‼俺を守れなんて頼んでない。こんな事望んではいない‼」
ファルオスは子供のように言う。
アイディーンはそれとは対照的に穏やかだ。愛しい者を見るように、そこには生きる事を諦めた澄んだ眼差しがあるだけだった。
「あなたの子供のような所は嫌いじゃありませんでした。生きて下さい。それが、俺の望みです」
アイディーンは血にまみれた手の平を、ファルオスの手の上から重ね、離すようにうながす。
いつもならそうしただろう。ちゃんと言う事聞いただろう。でも今は違った。ファルオスは首を振ると、涙がアイディーンの膝まで飛んだ。
「違うのだ。愛する者のいない世界で生き残った、俺の気持ちを少しでも考えてくれたのか?二人生きてないと意味がないのだ。それを欠片も思ってくれなかったというのか?」
「……」
アイディーンは答えない。
望みが一つ確実に叶える事ができるのなら、アイディーンは二つ望んだりはしないからだ。アイディーンはもはやファルオスの瞳を見る事ができない。
ファルオスは怒りでザワリと髪が、魔力の波動で揺れる。
「平和の条約など破棄する。俺を……魔王を見くびるな。愛する者を守れなくて、何が魔王か……平和など生ぬるい物は必要ない。この世界を血で染めてやる。お前を傷付ける者など……偽りの平和など滅べばいい‼人間が魔王を倒せるなんて、そんなおごりは許さない。血を持って知るといい‼」
ファルオスの魔力が怒りで膨らんでいく。周囲を抑えていた魔力が赤黒く渦巻き始める。本気を出したファルオスの力はアイディーンでも止める事はできない。巨大な魔力の胎動……
「やめてください。ファルオス様」
アイディーンにはファルオスが何をしようとしてるかわかる。
今までの歴代の魔王と同様、憎しみに染まっていく。そんな事をすれば勇者と戦う事になる。再びどちらの命をも貪る過去に戻ってしまう。それはいつしか血の沼に自らを沈めるだろう。
「戦ってはいけません……逃げてください」
アイディーンはファルオスの体にすがり付いて泣いていた。アイディーンは諦められない。優しかったファルオスの作ってきた平和を……バカにされながらも作り上げた希望を諦める事ができないからだ。その手を伸ばす。赤く染まった指先を……
「お願いです。お願いですから……」
もはや、アイディーンの言葉は届かない。今のファルオスはもはやアイディーンの知るファルオスじゃなかった。魔王の最終形態……そうなれば、もはや戻る事は叶わない。
(なら……私もあなたと共に)
アイディーンはその体を抱き締め、最後を二人、迎える覚悟をする。
邪悪な空気は膨らんでいく。




