ピクニック行こう1
「アイディーン。アイディーンよ…」
爽やかなはずである朝……ああ……聞きたくない声がする。朝のつかの間の惰眠……それを遮る美しすぎる低い声。
「……くっ」
アイディーンは身じろいだ。動けない。さっきから腹の辺りにずっしりと重いのだが。なんだ?
赤い髪を長く伸ばした男、アイディーンはその美貌の顔を苦悶で歪ませ、目を開ける。すると、真っ暗な中角が二本、シューンと伸びた人影が。
その影が言う。
「アイディーン。聞いているか?聞いていないなら、今からありとあらゆる嫌がらせを…」
恐ろしい事を言う。このありとあらゆるの意味はわからない。しかし、けっして味わいたくない。
とたんにアイディーンは跳ね起きた。
「なんですか?ファルオス様」
とたんに、その二本の角はバランスを崩し、近くの天涯付きのベッドの柱をこする。
どうして、ここにこの男が……
「いきなり動くのはやめろ‼転ぶだろ」
そいつはそう言う。言いながらも、体制を建て直しながら、まだ腹の上を陣取る。
暗さにも慣れて、その顔が見える。やたら整った顔立ちを誇り、見るものを魅了するその姿。しかし、その目は子供のような怒りをたたえる。その男が腹の上にいただと⁉
流れるような金髪のロングヘアー。その金髪から伸びる魔王たる証のロングホーン。麗しい美貌の眼差し。その目が咎めるようにこっちを見続ける。われらが魔族の王。ファルオス。
子供のように言う。
「ほら、柱が傷ついたのだ」
それはそっちサイドの問題では?こっちはすごく重いし、勝手に寝室に入られたのだが?
文句を言いたいのはこちらだ。しかしアイディーンは、ぐっとこらえ
「いえ……いきなりで驚いてしまいました……」
(このクソ魔王……)
そんな事、欠片も表面には出さない。アイディーンは、すぐにもニコッとした表情をとりなす。
そんな対応が良かったせいか、ファルオスの目からは次第に怒りがなくなり、子供っぽい機嫌のよい表情に移っていく。ファルオスは、にこっとして、
「そんなことで、怒ってはいない。さぁ、起きるのだ」
機嫌の治ったファルオスはベッドからピョンと降りた。その金の瞳はキラキラと輝き、その目を見るに嫌な予感がする……こんな時はいつも、アイディーンにとって良からぬ事を考えている証なのだ。アイディーンは諦めに近い気持ちでベッドから降りた。
ここ連日、仕事が多いからと、家に帰れない日が続いていた。
仕事のきりのいい所まで片付けたくて深夜……そんな日が続いて、外に出る事もなく、魔王城にこもりがちになっていた。結果、寝込みまでやってくるとは……側近の家業というものも世知辛い。
アイディーンは
「それで、どうしたのですか?こんなに朝早く、あなたがここにくるなんて?」
もはや、来たものを追い返す事もできない。子供に話しかけるように話し掛けた。
ファルオスは生まれて10年。魔王という特殊な生き物なので、生まれてすぐ成人と変わらぬ姿になった。
子供と言えば子供なのだが、歴代の魔王は産まれてすぐ魔王として振る舞うものらしい。だから少し変わってるらしいのだが、生まれたての魔王と関わるのはファルオスだけなので、なんとも言えない。しかし、やはり子供だなー等と思う事は多い。
先代魔王様は素晴らしい人で、同じ年でもありとあらゆる悪事を行ったという。本当に人望も厚い素晴らしい人だった。それと比べると、やはり子供だ。
まったく、どうしてファルオスはポンコツなのか……20歳くらいのその外見に似合わず、頭の中は空っぽでそのくせ魔力は強いので、物凄く手を焼くのだ。
にこー
ファルオスの無邪気な微笑み。
アイディーンはその小綺麗な顔にはださず、いつまで子供のつもりなんだろう。この人。等と思う。
ファルオスは照れ照れと窓までやって来て、その小綺麗な指先でカーテンを撫でるように引く。
「何、たいしたことじゃない。思い付いたのだ。」
すると、カーテンはスルーと開き、その良く晴れた朝の光にアイディーンが目を細めた。ファルオスの微笑みがまぶしくうつし出される。
「ピクニックとはなんだ?」
まさか、そんな言葉が続くなんて……たずねられたアイディーンはポカンとして、頭がフリーズ気味だ。
「外で……お昼を食べるんです……」
とりあえず答えた。いや、待て。これで納得して、ありがとーと言って去っていく男ではないぞ。ファルオスは……やはり案の定、キラキラした瞳で、グーを握りこんだファルオスは
「行こう、行こうー」
はしゃぎ出した。
やはり、そう来ると思ったんだー。アイディーンは、今日こそまとまって仕事ができると思っていたのにーと、心の中で頭をかかえた。仕事終わらないから帰れなかったのに、また帰れないー。
そうは言っても、引かないだろう。アイディーンは
「しましょうか……ピクニック……」
そしたら、ファルオスはやったのだ。って顔して
「お弁当はサンドイッチなのだろ?本に書いてあったぞ」
当たり前のように昼ご飯をリクエスト。
アイディーンは心の中で、
(誰だ。こいつにそんな本を渡したやつは‼)
くわっと、牙を向いた気持ちになった。お陰で、朝の時間も仕事の時間ももはやないに等しい。
しかし、そうは言っても手遅れだろう。このファルオスがごねて暴れでもしたら、せっかく修繕した魔王城が再び傷ついてしまう。この魔王城は、もともと、先代の魔王様の住居で古いのだ。
つい最近、勇者戦で破れたファルオス。人間に手出しはしないとの約束と、魔物の管理とつつましく暮らしていく事で和解した。
……と言うより、頭の悪いファルオスが舌先三寸丸め込まれたのだ。
ファルオスの為に作られた新しい城はその時の戦いによって住めない状態になり、こうして古城に追いやられたのである。思い出しても腹が立つ。だからファルオスには不機嫌よりニコニコしてる方がマシとも言える。暴れると古い城は壊れそうだからだ。
だからと言って、いつまでもニコニコしてそこにファルオスに立たれているのは不快だ。
アイディーンは、いつもと同じ、営業用のスマイルを作り、
「準備ができるまで、自室で待てますか?」
とりあえず、用意には時間がかかるだろう。そんな急にサンドイッチはできない。
そしたら、ファルオスはマントをひるがえした。
「ああ。楽しみにしているぞ。ふはははははっ」
足取りも軽く、駆け足で去っていった。




