ベリーのパイを作るのだ4
アイディーンがいなくなってしまった後、それでもパイを作らないといけない事に気づいたファルオス。
逃げられた妻には、後で出来る男をアピールできるように、作るしかないではないか。仕方なく、ファルオスはコック長とパイ作りを続ける。
コック長は教える立場なので逃げられない。
さっき見た衝撃的な映像がチラチラとコック長の頭にちらつく。
男を口説く男。しかもほっぺたにまでキスした男が、ここに取り残されているのだ。
そのいつもはこの時点でほり出してしまいそうな男が、まだやる気をだして、ここにいる。
ファルオスは
「それで、どうしたらいいのだ?」
ジャムを作り終えた男はそう言うのだ。
そろそろ冷蔵庫に入れたパイ生地を一度折り畳まないといけない。コック長は手慣れたように粉をふり、そこへ生地を置く。めん棒にも粉をふり
「そこで平らに伸ばして、折り返して……」
やはり、気まずい。
ファルオスは全然気にしない。あんなキスした所を見られたのに、当然と言わんばかりの堂々とした様子が違和感すら感じさせない。
「こうか?」
コロコロー
以外とむずかしい。きちんと平らにならない。
だけどコックのはまだ動揺は終わらない。
「こう。キチンと……こうかな」
手際良く転がしていくと、デコボコしてた所は平らになった。
「すごいのだ」
コック長は変な緊張感がある。
アイディーンと違って美形でも、若くもないコック長だが、さっきのを生で見た後安心できない。同じ男として、警戒してしまう。
ファルオスの美形な顔で迫られたら、困るだろう。だいたいの人は見つめられて近付いてきたら固まってしまう。
コック長は内心の動揺を抑えながら
「それで、もう一度折り返して……」
その時、指先が触れ合った。
ドキン……
コック長の胸が高鳴った。
ファルオスは、
「それで、次はどうしたらいいのだ?」
コック長はザワッと全身の毛が総毛立つ。
ホモを差別するつもりはないんじゃが、妻も子もいるんじゃーー
「わしゃ知らんーーーー」
すたこらさっさと逃げていった。
ファルオスは
「……え」
逃げていくコック長を見つめる。まず、意味がわからん。前ベリーのパイ作ったじゃないか。
待て待て。知らんって言われたら……このよく分からない平らに伸ばした後の、折り畳んだ物をどうしたらいい。
手元にはよく冷えた粉まみれの生地がある。
これをどうやってパイにもってくかもわからないし、置いといていい物なのかもわからない。したがって、どっか行くにも行けない。
って言うか、コック長なんで逃げた‼
ファルオスは、取り敢えずさっきと同様に冷蔵庫に入れておいた。
アイディーンが廊下に佇んでいる。そこから外を眺めながら少し口を尖らせる。
急にキスしてくるなんて……人が油断している時に……
キスされた、ほほを撫でながら
「もう……」
若干女の子らしい表情をしているが、やっぱり男だ。
照れたイケメン顔のアイディーン。
そうしていると、コック長が必死に息を切らして走ってくる。
どうしたのだろう。何かあったのか?
「コック長、どうしたんですか?」
コック長はかわいそうなぐらい息を切らして
「アイディーン、戻ってきてくれ。二人は気まずい」
二人っきりのプレッシャーを訴えた。
アイディーンは思う。
ファルオスは仮にも魔王だし、わがままだし、発言も考えがない。普通の人が耐えられる訳がないか。だってファルオスだもん。
アイディーンは動揺してしまったからと言っていなくなってしまった非礼を詫びた。
「すまない。コック長。戻るよ」
ニコッてする。
コック長は安心したように
「ああ。そして、早く作ってしまおう」
そして、早く平安な台所を取り戻したい。やはり、いつも通りが一番なのだ。
作り終わって二人にはパイ持ってテラス辺りにでも行ってもらいたい。
アイディーンを連れて戻ると、
ファルオスはそーっとベリーを摘まんで、うまうまと口にほりこんでいた。
「んっ、戻ってきたのだ?」
はしたなく、盗み食いを……いったい、いくつ食べた?対して減って見えないけど、その調子で食べてたら、10粒は食べてるな。
アイディーンは一応礼儀作法として、軽く叱っておく。
「こらっ、食べちゃダメだろ。ペナルティでみんなより少なくする」
ファルオスは、すぐに被害者の顔をした。
「意地悪やめてほしいのだ。みんないなくなるから悪いのだ」
もっともな顔で、摘まみ食いを正当化してる。
みんないなくなったのは突き詰めればファルオスのせいだ。
まぁ、逃げたのもよくなかったか。アイディーンは思い直す。
そしてシレっとした顔で、ファルオスは冷蔵庫から生地を出して、
「続き教えてほしいのだ」
こうして、過去はすっかりなかった事にして、ベリーのパイ作りは再びスタートした。
今度はアイディーンが生地を平たく伸ばすのにチャレンジする。こんな簡単そうな動きでも意外に難しい。コロコローとするのだが生地が波打っていく。
アイディーンも下手だった。コック長の手直しの後、もう一回する。そしたら、ちょっとうまくなった。
その生地を皿に敷いて、皿の形に整えていく。焼くのは温度の事もあって難しいのでコック長におまかせする。
暖めたオーブンに入れたら、焼いてる間に雑談しながら小休憩。
ファルオスがそこのベリーを狙っていたから、軽くたしなめる。
そーっと伸ばしたその手をアイディーンがペチっとたたく。
ファルオスは
「食べたいのだー」
等と口を尖らせて言う。だから、アイディーンも面倒臭いので、
「一個だけだ」
たった一個あげて黙らせる。恩着せがましくあげた一個をファルオスの手のひらに乗せる。ファルオスは嬉しそうにそれを口に入れた。
「わーいなのだ。アイディーン優しいのだ」
たった一個で多大な感謝をされた。それ以上ほしいと言わず、やたらニコニコしていた。
そんなこんな、三人でスイーツな雑談したりした。アレンジとして、リンゴを甘く煮込んだ物を使うとアップルパイになるとか。
ファルオスは食べたい等と言った。
また作ろうとか言ってきそうだな……そこは触れずにスルーしておく
なんてスイーツな雑談だろう。本当にコック長の語る甘い物はいい。
今日はパイ生地だったけど、タルト生地になると上品な風に仕上がるらしい。どんなフルーツにも合うとか。
そんなこんなしていたら焼き上がった。冷まして、クリームを絞り、ベリーを乗せる。
春の香りが甘酸っぱい、ベリーのパイが完成した。
前回ファルオスが口にした物より簡単なアレンジがしてあるのだか、負けず劣らずおいしいそうだ。
イメージとしてミルフィーユのような仕上がりらしい。
やれやれ、やっと完成した。
テラスでみんなで食べようとなった。紅茶を一緒に入れてもいい。
ちょうど3時。お茶をするのにいい時間だ。なので、そちらも準備する。
ファルオスは、待ちきれない。
「みんなで食べるのだー」
アイディーンは
「バドルも呼んできましょう。コック長もぜひどうぞ」
教えてくれたお礼にぜひ食べてほしい。
しかし、コック長はかたくなに断って、片付けがあるからとか、夜ご飯の仕込みがあるからと、慌てふためいていた。
台所を借りたせいで仕事が押してしまったのかもしれないし、仕方ない。丁寧にお礼を言って、一切れだけ『後で手が空いたら召し上がって下さい』と置いてきた。
なので、結局いつもの3人で食べる事になった。先に二人にはテラスに言ってもらって紅茶やベリーのパイや、コック長がジャムを付けて食べれるようにスコーンも焼いてくれた。
この細やかな気遣いが出来る所がコック長の痺れる所だ。
眺めのいいテラスにそれらを持っていくと、二人は待ちかねたようにそれらを迎えた。
ファルオスは目をキラキラさせて
「うわーきたのだー」
バドルは
「たまには甘い物もいい」
何もしてない男がかっこつけてる。
アイディーンはそれをテーブルに置いていく。
見た目にも小綺麗に置かれていくそれは、テラスから見える雄大な景色を背景の映える。連なる山々。
こちらのテラスからは荒野が見えなくてよかった。風が吹いてきた時点で障気含んでるからきっと埃っぽいし。
アイディーンもやっと席に着く。
「じゃあ食べよう」
やれやれ、やっと食べることができる。これ1つ作るだけで大変な時間と移動距離と労力だった。
ファルオスが
「うーん。うまいのだー。ほっぺがとろけちゃうのだー」
フォークで一口食べほっぺたに手を当てる。
アイディーンも口にする。
パリッとしたアクセントがパイ生地に。香ばしさの後に、生クリームや、ベリーの甘味や酸味が味わい深く混ざりあっていく。
「ふぅ……」
思わず感嘆のため息が……その甘く抜けていく香りが疲れを癒していく。苦労に見合った芳しいベリーがあってこそ……すべてはベリーのためにある。
アイディーンは以外とこういうのを好んでいるのか
「はぁ……」
なんか、日々疲れてるって顔して、紅茶を口にしてる。
紅茶もいい。パイからの紅茶が……
心がほっこりする。日々の疲れが癒されていく。
バドルは拗ねたような顔で
「俺も行きたかったのに、何で言ってくれないんだ」
絶対そうだろうなと思ったんだ。はしゃがれると疲れが2倍になるから……
アイディーンはスコーンを手にとった。
「今回は木苺摘むだけだ。遊んでる暇はない。それに、優秀なバドルには仕事をしてほしかったんだ」
軽く誉めてからバドルはサラッと転がしとく。
アイディーンはジャムを手に取った。スコーンにそっと乗せていく。
もうバドルには興味もない。
バドルは誇らしげに
「ふふーん」
俺は優秀な男だろう。結婚してもいいぞ?
って顔してる。
ファルオスはムカムカした顔で
「アイディーン‼俺だって優秀な男だ」
対抗してくる。目の前で、他の男を誉められるのは腹立つ。
バドルは勝った顔で
「やめとけ、やめとけ。算数ドリル終ったのか?」
数学じゃなくて、算数とか言ってくる。
それも腹立つ。
ファルオスはムカッとして、
「あんな事言ってるのだ。アイディーン」
いつもなら、アイディーンはバドルをたしなめる所だが、もはや俺達はお友達。側近ではない。っと宣言してあるので、スコーンに生クリームも乗せていく。
「友達なら、あれぐらい茶化されるのも普通だ。早く仕事出来るようになってくれ」
うーん。スコーンおいしい。
ジャムも上出来。
おいしー。
バドルはファルオスをこき下ろし
「はっはっはー。友達はいいなー」
もはやアイディーンは俺に惚れてるだろって顔だ。アイディーンはうざいなーと思う。
ファルオスは
「友達は選びたいのだ。バドル友達をバカにする心が狭くて腐った男なのだ。大嫌いなのだ。」
バドルは慌て
「やめろ。傷付くだろ」
若干、嫌いな人にも嫌われたくないタイプのようだ。
人生損してる。ファルオスごときに嫌われた所でなんて事もないだろうに。
アイディーンは、
「うーん。紅茶おいし」
素知らぬ顔で紅茶を口に運ぶ。
今日わかったことは、たまには苦労して何かを作ってもいいな。という事だった。なので、プライベートのように、午後のティータイムを楽しむのだった。




