ベリーのパイを作るのだ2
飛骨竜に乗って30分。
アイディーンとファルオスは、以前ピクニックの時に来たモンテマリー平原に来ていた。やはり、草原には爽やかで透き通った風が吹く。ここに来たせいで少し心が洗われた気がした。
そんな中、バドルは仕事をさせるため、何も言わずに置いてきた。草原が好きそうな狼男は、はしゃぐと嫌だからだ。色々面倒臭いが増えるとしんどいのだ。
風が心地よい。ここになら、何時間でもいられそうだ。
ファルオスはやたら張り切っている。腕まくりなんてして、本格的に気合いを入れたようだ。
「さぁ、摘むのだ~」
ベリーを摘むため、脇目もふらず、サクサクと進んでいく。シーズンが心配だったが、心配無用。赤々としたモンテマリーベリーはこんもりと繁った木に、たわわに実っている。透明感のある赤が美しい。艶を含んで甘さや水分も充分な木の実を摘んでいく。
ファルオスは前も摘みながら口にしていた。その甘酸っぱさは虜になる事間違いない。
「そのまま、食べても美味しいのだ。アイディーン、あーん」
それを、食べさせようとしてくる。
アイディーンは怪訝な顔で避けて、
「洗ってない物口にもってこようとしないで下さい」
などと言う。
アイディーンは前回も、結局一度も口にしてない。別にその辺に勝手に生えた実など興味がないからだ。普通にフルーツ買って食べるし。
ファルオスは、ガガーンとする。前、食べてても止めなかったのに汚かったのだろうか。それを食べても腹壊さないしとでも思われたのだろうか?
ファルオスのテンションはちょっと下がる。
アイディーンはそれを知ってか知らずか
「さぁ、たくさん摘んで、たくさんベリーのパイを作ってみましょう」
素知らぬ美しい顔で言ってくる。むしろ、機嫌はいいようだ。
ベリーのパイなんて失敗する前提だ。絶対すぐに成功する訳がない。だってファルオスだ。だから、ベリーは山ほどいる。アイディーンは何もかも達観した顔でベリーをたくさん摘んでいく。
ファルオスはやる気のアイディーンに気を良くして、テンションも回復していく。前もこうしていた時、アイディーンは機嫌良かった。そんな普段見せない心穏やかな様子には、こちらの方が心癒されるようだ。
本来、地味な作業に癒されるタイプのアイディーンは、だんだん内面の苛立ちも洗われていく。
最近も色んな事があったからな。
女になれとか、結婚しようとか。
あー……キスもされたな。
もっとちゃんとした、ロマンチックな物だと思っていたが、あっと言う間だった。
もっと手順を踏んで、もっと相手の気持ちを考えた物であるべきじゃないか?
いきなり結婚しようからのキスとか……
アイディーンは思い出して、手の中でベリーを握り潰してしまった。手に広がる赤い汁を含んだベリー……柔らかく熟した実は乱暴な触れ方では許されなかったのだ。
ファルオスは風のように動いた。
素早くその手を取って
「食べるのだ」
ペロッ
「うぎゃぁぁぁ‼」
ナメクジでも触ったかのような感触だった。
し………舌が⁉
ファルオスは見事にベリーから滴る汁すらも、舐めてのけた。アイディーンの手にはもはや、一滴もない所か、糖分を含む物特有のベタベタすらしないだろう。
「アイディーンの味がした」
アイディーンは
「へ……変態‼痴漢‼」
その手をぎゅっと握り混んで距離を取ってる。ちょっとまずかったのだ。ついやってしまったのだ。
ファルオスはなんとか
「ベリー食べたかったのだ。自意識過剰なのだ」
プイッとする。そんなやらしいのじゃないって顔だ。
このっ‼
確信犯の癖に‼
アイディーンはまだ距離をとったままだ。
ファルオスは
「真面目に摘まないとまたやる。早く摘むのだ」
アイディーンは手をプルプルさせながら、舐められたくはないので、また摘み始める。
くそっ、開き直って来やがって。堂々とやるようになるのは困るぞ……。
真面目に摘んでいたらカゴの中は一杯になっていく。あとちょっと摘もうかと思った時、
バッサ、バッサ、バッサ、
上空より、風と共に音何か大きな物が飛んでくる羽音だ。
二人は空を見上げる。
その巨体にあんぐりと口を開けた。
まさか3メートルはあろうかと言う蛾だ。ムチムチと太り、胸元には細かい毛。羽には鱗粉すらもみっちりのってそうだ。グレーと茶色の小汚ないハーモニー。実に相手にしたくないやつである。
しかも3匹。
ファルオスは
「あっ、お前達。育ての父である俺に挨拶か?」
まったく気軽に言う。
育ての父?
こんな能無しがいつこんなデカイ蛾を育てたと言うのだ。
と、とたんに、蛾は昆虫特有のほっそい足をファルオスに伸ばして掴みかかってきた。それをファルオスはすんでの所でよけ、
「なっ、何をする。お前達。忘れたのか?我が魔力によって、ただの虫としての生を終えるお前達に新たな力を吹き込んだと言うのに」
アイディーンは、
(あっ、あのピクニックの時もって帰ってた虫か)
やっと思い至る。あまりにも負の記憶だったから忘れていた。
ピクニックの時、持って帰った三匹の小さな芋虫は、いつしかでっかい芋虫になってファルオスの部屋で、本人が入れなくなってまでドアを押さえてた。何やってるのかと開けたら、虫が出てきた時軽く踏んづけられた。
仕方なく、城内を歩き回る彼等に城のホールを明け渡し、すごく野菜を食べるので、毎日キャベツをやっていた。それはアイディーンの仕事だった。
やっと繭になって、蝶になるかと期待すれば、蛾だった。
開け放たれた窓から放したのに、わざわざここに戻ってきたらしい。故郷が恋しかったのだろう。ホロリとくる話だ。
そして、彼等はファルオスを恨んでいるらしい。3匹でよってたかって攻撃してる。無理やり捕まえられて虫かごに入れられた恨みだ。
アイディーンの事は覚えているのか、攻撃もしてこない。
ファルオスは、
「このっ虫め‼アイディーン、助けるのだ」
どうやらやっぱり自分の手で育てた虫は無下には扱えないらしい。やはり、情といった物があるのだろうか。この男に。一撃で殺せるだろうに、それもしない。
少し見直した。
やれやれ。
アイディーンは霧を発生させる。少しは逃げるの手伝ってやってもいい。ふわーと漂って、アイディーンはファルオスの近くに移動して、
「そろそろ、帰りましょう。飛骨竜の元へ」
声だけ聞こえた。記憶をたよりに、霧の漂う中走った。アイディーンが人の姿に戻ると霧も晴れる。
ファルオスもアイディーンも飛骨竜に飛び乗った。
蛾はしばらく霧のあった辺りを飛んでいたが、飛骨竜にも向かってきた。が、しばらく飛んだら追っ払ったとでも思ったのか帰っていった。
それから、しばらく離れてから
「ひどい目にあった。もう、虫はかわいくない‼」
ファルオスは怒っている。
アイディーンはここぞとばかりに、
「ほら、虫の気持ちを考えないからこうなるんですよー」
取り敢えず、虫の心を気遣ってやる。若干手塩にかけて餌やったアイディーンはもはや親のような気持ちがある。
ついでに余裕があれば、俺の気持ちも考えてもらいたい。
これからファルオスはモンテマリー草原は出禁だ。
「まったく。モテる男は辛いのだー」
ファルオスは困ったと言う顔で言った。
まさか、あれをモテていると?
アイディーンはそのおめでたい思考に驚くのだった。




