結婚だと2
ついさっき、キスをした。
初めてのキスはあまりにも突然で、あまりにもあっという間の事だった。男だった淫魔のアイディーンがファルオスにキスされただけで女になるくらい惚れているのだという話……
アイディーンにはまだ信じられない。
唇にはまだキスの名残がありありと残っている。その見てるだけだった形のいい唇が意外にも柔らかかった事。その感触に触れて女の子になったアイディーン。
唇を指でなぞれば折れそうなほど儚い。女になると言う事がこんなにも心もとない弱さや儚さを持っている事なんて知らなかった。
アイディーンは深呼吸する。その吐いた息はため息のようになって、甘い。
女になって全身が恋する乙女に変わってしまったみたいだ。その感覚は何もかもが夢のよう。ふわふわと浮き足だって止まらないのだ。
女になるなんて……
誰かに求愛され、婚約するなんて事。まだ信じられないのに……
なのに、今、キスの名残を惜しんでいる。
魔王城の自室と成り果てたその部屋で、ベットにポンっと座り込む。すると、女の子になった体は筋肉も落ちて軽くなったためか、お尻まわりが柔らかくなったためか、衝撃も軽い。
何もかもが違う。
鏡に写る顔は頬を染めて少し顔をしかめた女の子になった。
もっとも、いつもの顔じゃなくて、それすらも儚さを持った少女の面差しですると、まるで機嫌の悪い自分をかまってくれと言わんばかりのなのだ。恐ろしいぐらいの変化だ。その変化は全身におよぶのだから……
服はサイズが合わす、そでも肩も合わなくなっている。無理やり男の服を着てる姿でも、女の子らしさは隠せない。
そうしていたら、もう見ている事もしんどくなって、頭の中を整理する事にした。
まだ驚きやなんかで働かなかった頭も、やっと動いてくれそうな気がする。
こうやって一人で静かにしていれば……
『結婚しよう』
アイディーンの頭にファルオスの凛々しい顔が浮かんだ。
ファルオスはキリリとした切れ長い瞳が美しいとも思わせる。
その目で見られるだけで身がすくむほどの美貌であり、それだけで魔族を統べる事もできるだろう。威圧感のあるその瞳は雄弁に語り、魔王としての叡智や、思慮の深さを感じられる。
完璧な姿。長いブロンドの髪。魔王の血統たるロングホーン。
ただ、それは見た目だけの話で、中身はまったく美しい事はない。子供のようにわがままで奔放に振り回してくるような男なのだ。
何度も殴ろうかと思った。
それを嫌いだとか、ウザイとかは思っていたアイディーンだけど、まだ好きなんて信じられない……
キスされたあの時、何も考えられなかった……
時間がたって、冷静になったアイディーン。
そのアイディーンが気づいたのは、これは大変な事だと言うことだ。
魔王家の血を継ぐ者はファルオスのみとなった。その魔王と結婚するということは、その血を継ぐ者をこの世に産むという事。
そうすれば今の体勢を覆すような力もおのずと働く可能性がある。魔王が変われば時代も変わる。その子供が魔王ファルオスより有能であれば、この一時の平穏など破られてしまうだろう。
不安なのはアイディーンの母、セレーディアもそうだ。あの権力が好きそうな女が力を持つことは間違いない。
等々の事………
本当はどうでもいい。アイディーンは逃避してた頭をキリッと本当の問題に目を向ける。
本当に結婚なんてしていいのか?
ポンッ
アイディーンの体が光を放ち、そこに、男の姿をしたアイディーンに戻っていた。
肩幅や袖……華奢になっていたゆる~としてるのに、胸回りだけ、ちょっと突き出ていた服が、再びちょうどよく戻ってアイディーンは胸を撫で下ろす。
鏡に写る見慣れた小綺麗な顔はやはり、男の物だ。まちがっても、儚さや、清純さなどない。元々の作りは一気には変わらないのか、元々女顔であった事に気づく。しかし、それはいい。
そう……冷静になってよく考えてみよう。
相手はファルオスではないか。あんなお子様な思考してるどこか世の中なめたような男だ。頭はポンコツで、言う事もお子様。
男女の関係なんて皆無のファルオスがどれだけ知っているかわからないが、結婚なんてしようものなら……
子供をなす……と言った事なら……
アイディーンは頭を抱えた。
(無理無理無理無理無理……)
できない。無理だ‼
アイディーンは必死に否定し始めた
できないって事は愛してないってことだ。愛してないってことは、結婚できないって事だ。だいたい、勢いに飲まれ、良しとしない結婚を了承したのはキスされたのに驚いたからだ。
女になったのだって、今までキスなんてした事なかったから。
婬魔である体は、そういう事に反応して女になってしまっただけで、俺はファルオスを愛していない‼
アイディーンは納得する。と、ともに、心の動揺も収まっていく。
そうだ。
なんで俺がファルオスごとき頭の悪い男のプロポーズなんか受けないといけないんだ。
アイディーンは腕を組みふんぞり返る。
何が結婚。何がよろしくお願いしますだ。
そんな都合よく手近な所で済ませようなんて思ってもらっては困る。
そんな軽い気持ちでキスなんてされても困るのだ。人の気持ちを何だと思ってるんだ。
だいたい、ファルオスから好きなんて言われてない。
それも今となっては腹が立つ。
人にだけ好きって言わせたような物ではないか‼
あの姑息なお子ちゃまめ‼
許せん‼
そしたら、そこのドアがコンコンっとなった。
アイディーンはビクッとする。
誰だろう。ファルオスか……?
心の中でなじった後の今、顔を合わせるのは気まずい。しかし、アイディーンはドアをあける。
すると
「アイディーン‼仕事できたぞ」
バドルだった。
嬉々としてやってきた男は、アイディーンの平らな胸に、書類の束を押し付ける。
やめてくれ。男と言えども、あんまり触れられたくない。
アイディーンは多少不機嫌に書類を受け取り、
「早いな。手を抜いたんじゃないのか?」
ペラリとめくりながらチェックをする。どれもまともで、キチンと仕上がっている。隅々まで手を尽くされた仕事は非の打ち所がない。
バドルは
「俺が怪力なだけのバカな男だと思っていたのだろう?」
ああ、もちろんだ。
心の中で、言ってから、書類をバドルに突き返し
「よくやった。完璧だ」
珍しくやる気になった男のお陰で、貯まってた仕事はなくなった。やれやれ、これで今日はぐっすり眠れそうだ。こんなにサッサとできるなら、早くやってくれないか。
今まで手を抜いていたのか?
側近にしては頭が悪いと思ってはいたが、前魔王様はやはり、人を見る目があるようだ。
いつまでたっても帰ろうとしないバドルに
「よくやってくれた。もう帰っていい。」
むしろさっさと帰ってくれ。
アイディーンはこの前、女がどうとかバドルが言っていた事を結婚騒ぎのせいで、スコーンと忘れていた。
バドルは
「それで……アイディーン」
急にガシッと肩を捕まれ、アイディーンはビクッとする。
バドルは
「約束通り、女になってくれ」
アイディーンは固まった。
えっ、やだ
アイディーンは女になるなんて約束した訳じゃない。
仕事もしない男には女になった姿なんて見せない。
そんな事はいったが、こんなスケベそうの男の前で女になる気なんてない。
「やだ。消えろ。黒筋肉」
つい、本音がポロリ。
バドルは
「のぉぉぉぉぉっ!?」
泣いた。
やれやれ、薄々思っていたが、すぐ泣くな。うざい。アイディーンは肩に食い込む手を外そうとしたが、その力はアイディーンをはるかにしのぐ。
バドルは
「女になるまで放さない」
ちょっと鼻グスグスしてる。汚いな。このバドルとかいう男が見ただけで満足して手を離すかはわからない。危険だ。
アイディーンは
「対して変わらない。だからはなせ」
バドルは
「頼む。巨乳がいい」
残念だったな。俺は巨乳じゃない。形は良くても、お碗型だ。
バドルはさらに
「清楚系で巨乳がいいんだ‼」
言われても困る。贅沢言うな。
アイディーンは
「なら、見たら手をはなせ。いいな?」
別に巨乳じゃないからいいや
こいつの理想は、この前母のセレーディアに生気吸われてたし、あれを清楚にした感じだろう。セレーディアの乳は小玉スイカのようにでかい。
なら、俺のは安全な範囲か。
アイディーンは集中する。
ポンッ
バドルの掴んでいた肩がスッと細くなる。背丈もいくらか小さくなる。清楚な艶やかになった瞳。唇は色づいたように艶も現れる。そしてその胸は………
バドルは叫ぶ。
「のわぁぁぁぁ‼」
ノーブラだった。
パチーーーーン
アイディーンは思わず叩いてしまった。
「死ね。見るな‼」
アイディーンは緩んだバドルの手から逃れ、ドアを閉じた。バドルは恋に落ちてしまった。
ノーブラを見たお詫びに結婚するしかないと思った。




