結婚だと1
執務室でアイディーンはいつものように仕事をしていた。
涼しい表情で書類に目を落とす。
アンティークの机は広い。その1枚板の使い込まれた風情がすばらしい。作り手の愛情や、使ってきた人達の大切にしてきたぬくもりを感じるから、仕事をし続けるアイディーンのなぐさみとなっている。
すると、そこのドアがコンコンと鳴り、入っていいなどの許可は出していないのに、ノブは回った。
「アイディーン……」
生気吸われて、まだ本調子じゃないバドルだ。しかし、それでも脅威の回復力と言える。普通三日は動けない。翌日にそれだけ動けるなんて化け物か?
そして、その黒い化け物は何食わぬ顔で、向かいの席に座った。
何の用かはわからないが、元気なら仕事をしてはどうだろうか?しないだろう。わかってる。しかし
「仕事……してくれないか?」
アイディーンの目には諦めしかない。
無理だな……だってバドルだもん。
バドルはまるで聞かなかったようにモジモジと
「こ……この前……セレーディアさんという人にあった」
もはやスルーなのか。
「はいはい」
アイディーンは事務的に返事を返す。もはや真面目に仕事した方がいい。その手で書類をペラリとめくった。
バドルはまだモジモジしながら、乙女のような表情をする。
「その……お前の血族と言っていたのだが……」
アイディーンはバドルを見つめる。これまためんどくさいと思った。セレーディアに引っかけられた男は山のようにいるけど、バドルも生気吸われてたから、キスぐらいしてる。身内の惚れたとかそういうのは地味に気持ち悪い。
キスとかって気持ち悪いなー
アイディーンがそう思っていると、バドルは黒くてわかりにくいがほほを染めたらしい。
「あの美しい人はどこにいるんだ?」
わかりやすい男だ。
だからアイディーンはさっさと毒女の仮面ひっぺがしておく。
「あの女、俺の母親だから。魔王軍大将の正妻な」
「が……ん」
バドルはわかりやすくへこんだ。そして
「くっ……別に好きなんかじゃない。そうじゃない。」
なんか机につッつぷして泣こうとするのやめてほしい。アイディーンはササッと書類をどけた。シミ、シワは困る。邪魔だけはしてくれるな。
そしたら、バドルはアイディーンを、ふいに見つめる
ジーーーーー
気味の悪い潤った目だ。バドルはポッとほほを染める。
「好みの顔だ……」
ゾクッとした。次はこちらに火の粉が飛んできたようだ。
だから婬魔だってひけらかさず、慎ましくやってきたと言うのに……お前のような奴がいるから女になれないんだよっそう言う目で見られるの嫌だからだ。
アイディーンはキレ気味に
「冗談はさておいて、仕事するか、邪魔しないか、どっちかに…」
言ったとたんに、バドルはアイディーンの手を握る。
「そうだ。婬魔なら女にだってなれるだろう?」
アイディーンはゾワワっとして寒イボ。
「やだ、キモい」
いつもは隠してる心の声が出てしまった。
そしたら、
「ヒドイだろぉぉぉ!」
泣く。そして、吠えるのだ。
アイディーンはバドルの手を丁寧に払いつつ、
「じょ……冗談だ……急だったから」
バドルは諦めない。
「なら女になってくれ」
立ち上がって、また手を取ろうとしてる。
昨日から、本当にみんなして女、女って。アイディーンは立ち上がって机の向こうで距離を取りながら
「仕事ができない男なんかに見せたりしません~チャッチャと諦めろ」
そう言ったら、バドルは顔を輝かせ
「仕事、仕事だな。まかせろ。ははははは」
愉快に走っていってしまった。いや……なんか怖い。貞操の危険を感じる。あいつ婬魔に対する耐性ひくそうだもんな。力使った事ないけど、即効ですぐ状態異常、魅了がかかりそうだ。魔力低いし。絶対かけないけど……
と、そしたらドアの所で角が二本見える。トムソンガゼルのような立派なピョーンとした角だ。隠れて様子を伺うようにしたファルオスの角に間違いない……
「ファルオス様ですか?」
そしたら、角がササッと隠れ
「鹿だ」
そんな、無茶な。もっとましな嘘つけばいいのに。角ひっこめたけど、鹿の角は枝分かれして…って、もう、それはいい。アイディーンは鹿の登場を促すように
「なら、鹿さん出てきてください?」
そしたら、
「嫌だ」
さっそく断られた。今日は嫌々モードか。きっと昨日冷凍庫で凍結してた事の文句でも言いに来たのか?昨日も恨みがましい目をしてたもんな。
アイディーンは
「お体は大丈夫ですか?」
気遣ったような事を言う。ファルオスは
「アイディーンに冷凍庫で凍らされたのだから、大丈夫なわけなかろう」
自分ですたこらさっさと入ってったんだろうが。こんちくしょう。
「ご自分で隠れたんじゃないですか。まさか冷凍庫の方に入っているとは…私は気付きもしませんでした。ファルオス様は本当に隠れんぼ、お上手ですね」
アイディーンは涼しい顔で言う。
そしたら、
「そ……そうだろ。」
ピョコッと顔がのぞいた。機嫌が治ってきた兆しだ。
あと一押し
「ずっと探してたんですよ。」
本当は探していない。
ただ責任は追いたくない。
お前が悪い。
そしたらファルオスはドアの横から出て来てキチンと立ち
「そんな事で怒ったりはしない」
すっごく気分害していたくせに。なんて転がしやすいお子ちゃま。
ファルオスはニコニコして、執務室に入ってくる。
そして、言う
「結婚しよう?」
「はい?」
ファルオスはキラキラした目を向け、幸せそうに微笑むのだ。
待て……おかしなこといわれた。
結婚
結婚だと
結婚なんて
けけけ……結婚⁉
「おかしな事、言うもんじゃないですよー。ほらほら、今日は何して遊びましょう。」
動揺した。
そしたら、魔王は
「お前の母上から、手紙がきた。信じられなかったのだが、お前は私の事を好いてくれていたのだな。だから、こんなに一生懸命仕事をやっていると……」
真面目に言った。
(あのクソアマーっ‼殺す)
怒りが沸き立つの、収まらない。セレーディアの嫌がらせだ。こんな屈折した手に出てきた。汚い‼
ファルオスは
「わかってやれていなかった。お前が女の姿にならないのは、その気持ちに気づかれるのが怖かったから……と言うことなのだろ?」
それも、手紙に書いてあった事か。
許せん‼
「ファルオス様。都合のいいセレーディアの手紙なんて、捨てて下さい。あの人は子供を魔王家に嫁がせたいだけです。」
ほら、もっと現実見て、ちゃんと薄っぺらい女の浅知恵に気付いて下さい。
ファルオスはここ一番キリリとした目で向き合う。
「なら、聞かせてくれ。その魔王家に入る気はあるのか‼」
バーン
と効果音すら付きそうな迫力だ。なまじ顔が良いだけに、真面目な顔するとすごみがある。
……どうにか、立場上響かないようにやりくりしたい。このままのポジションをキープしたまま、のらりくらりとやり過ごす方法はないか……?
しかし、ファルオスは仮にも魔王。こっちが何を言っても、本人の嫁ぐ希望なしで嫁をもらう事はできるだろう。魔族社会は縦社会なのだから……
くそ、あのセレーディアのクソアマ。外堀から埋めてきやがった。隠れんぼの仕返しか。
「ははは。困りましたね。」
……とは言ったものの、何も思いつかない。ファルオスは黙ってキリッと今まで見せない顔をしてると魔王らしい貫禄を持って威圧感バリバリ。その視線で穴あきそうだ。
「早く答えろ」
それは、嫁ぎますと言えって事だ。ファルオスめ……女っ気がないから、勘違いしやがって……もう少し選べ。少ない中から選ぼうとするな。
そうだ、妹達を連れてくればなんとかなるんじゃないか?なんとか切り返す言葉を見つけ、
「ファルオス様。大変光栄なことですが……」
言おうとしたら、
「ならいいと言う事か。アイディーン。そうか‼」
ファルオス自身ビックリした顔だ
いや、待て。
「まだ続きです。大切なことです。特にあなたは魔王様。簡単に結婚などとおっしゃってはなりません」
そもそも、ちょっと冷静に考えてみろ。
ファルオスはアイディーンを見つめ
「でも、お前が結婚したいのだろう?」
こいつ、上から……あのセレーディアの手紙、何書いてあった。
俺が結婚したくてたまらないビッチだとでも書いてあったか‼
ファルオスは
「お前が結婚してくれ。なのだろう?だからわざわざこうして足をはこんでやった」
二度までも上から。わざわざとかふざけるな‼
アイディーンはそれでも丁寧に
「それ、母の勘違いです……手紙に何書いてあったか知らないですが、すぐに破って捨てて下さい」
なんとか冷静さを保って言った。
ファルオスはこっちの様子をうかがっている。
「お前が仕事を理由に家に帰らないのは、少しでも私のそばにいたいからだろ?仕事を頑張っているのは、私を守るため、違うか?」
いいえ。お仕事のお給料がいいからですよ。
アイディーンはそうとも言えず
「ファルオス様……私は自分一人の力でのしあがって、きちんと仕事がしたいだけなんです。そのために時間が足りないだけで、仕事が終われば帰ります。」
ファルオスはこれも想定の内だったらしい。
「くっ……手紙にも書いてあったが、本当に認めないな。」
あの手紙め……
アイディーンはなんとか切り抜けようと
「ファルオス様は手紙に踊らされていらっしゃる。よく考えてください。あなたは私を嫁にしたいですか?もっとかわいい子は……」
ファルオスは遮る。
「そうとも言うって手紙には書いてある」
忌々しい手紙ーーーー‼
ファルオスはそれで、何か確信したらしい。その態度には余裕すら感じさせる。
「まぁいい。お前は私の事が大好きなのだな。それはよくわかった。」
なにをどうとったら、そう都合よく解釈できるんだ。今の何がどうとったら好きだと?
ファルオスは
「だけど、とりあえず女になれ」
そうキラーンとした瞳で言った。
アイディーンは母の狙いはそこか……とも思う。魔王の絶対命令を使って、女にもなったことのない俺を女に変身させようと……っと言う事は、あのいやらしい女は高見の見物と言った所か?
ブーン
窓の外を目玉が飛んでいる、のぞき見目玉だ。セレーディアめ。あんな所に……
アイディーンはそれより先に、目の前こっちをなんとかしないといけない。
「嫌です。あなたこそ、女の方がいいなら、そっちに行って下さい」
そしたらファルオスは
「なら、男のままでいい。」
急に、ファルオスの姿が迫る。まさか、執務室の机をヒラリと乗り越え、その体は音もなくアイディーンのそばへ。そして、それに驚いてる暇もなく、その形よい唇は近くにあった。息をする暇もなく、逃げてる暇もなかった。
アイディーンの背中に手を回され、下がる事もできずにそえられる。
「なっ⁉」
アイディーンは声を上げた。
けどその声は触れ合いそうなその唇の間で……
ちゅ
その唇と唇が触れたとたん、アイディーンの体が熱く光輝く。その男の体が変化していく事を感じた。ファルオスの背中に回された手が、筋肉の落ちた肌に直に感じる。
さっきまでの抵抗していた腕は無力化されてファルオスの体にそせられるばかり。
そして、光が、収まる頃にはファルオスは赤く、長い髪をした女性を見た。女性の艶やかに潤んだ瞳がパチリとまたたく。
体は細くなり、その肩や体は、ファルオスの胸の中に小さく収まってしまいそうだ。
さっきまでまだなんとかなりそうだった力の差はどうにもならないくらいの差があり、アイディーンは触れていた手を驚いたように離した。
水色に揺れる瞳。その瞳には動揺がある。なのに、その瞳には嬉しいかのように揺れて長いまつげが色どる。
さっきまで胸筋しかなくて真っ平らなそこに、ふっくらと何か張り出している。それはシャツの上からでもわかった。清楚な可愛らしさが漂う華奢な女性だった。
「手紙の通りだな。」
ファルオスは言った。
アイディーンは少女になってしまったか細いアゴまわりに両手をあてながら
「て…手紙には…なんと…」
ファルオスは
「好きなら押さえきれないのだと」
アイディーンは色々考えた。考えても考えきれず、うつむき、頭を下げた
「よろしくお願いします……」
どうやら、思った以上に惚れていたらしい。母は気づいていたのだ。何もわからなかったのは自分だけ。
こうして、めでたく嫁ぐ事になった。
憎たらしい子供のままの人……そんな人に惚れたのだから……わからないものだ。




