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最後のかけら  作者: 匿名希望のS
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開かれたページ

急転直下

「時音さん、あんたもしかして九条財閥の家系の人間ちゃいますか?」

 

 藤崎課長の意外な質問に孝明は、ポカンと口を開けている。時音は表情を変えずにうっすらと何を考えてるかわからない笑顔を浮かべたままだった。

 「いや、課長・・・僕は彼女と付き合ってましたけど、出会ったのは大学の近くのコンビニのバイトですよ・・・仮に昔の財閥の家系だとしたら、さすがにそんなコンビニでバイトは・・・」

 そこまで言った所で孝明の脳裏にはは、閃光が走ったかのようにある結論が浮かんだ。

 

 『オレは時音の家のことについて、何も聞いたことがない。』

 

 途中で言葉に詰まった孝明は、そのまま顔を時音の方に向けた。時音は孝明に一瞬目を合わせるとふぅ、とため息を付き口を開いた。

「さすがですね、藤崎さん。財閥なんて物はもうとっくに解体されて無くなっていますが・・・私は九条家の、それも直系の人間ですよ。まぁ財閥と言っても金融系の中央財閥ではなく新興コンツェルン寄りですがね。」

「まさか・・・」

 孝明は、絶句する。彼女がとんでもないバックボーンを持った人間だったこと。何より、そんな事すら知らずに彼女を愛していた自分に対して絶望を覚えた。

「孝明、恨まないでくれ。これは僕が自ら徹底的に隠していた事柄なんだ。」

「まぁ、K.Kコーポの情報を知っていて、苗字が九条、そして西宮付近にいると考えたらな・・・」

 藤崎課長はそう言うと、真面目な眼光を放った目をしたまま、煙草を再び咥えて煙を吸い込んだ。

「K.Kコーポレーションは関西重化学の子会社ですよね?」

 孝明は会社情報を思い出しながら藤崎課長の言葉を噛み砕くようにたずねた。

「そう、ただし関西重化学も九条ケミカルホールディングスの一社だよ。K.Kコーポレーションは規模としては中小企業だが、自然と連結決算の中で持分法適用会社になってくる。そして何より、僕の今の職場でもあるんだよ。」

 孝明の質問に答えを返したのは時音だった。時音は先程出しそびれた名刺を取り出し藤崎課長と孝明に渡す。

「肩書きは営業戦略室室長となっているがね・・・まぁ僕一人しかいない部署だよ。社内ではグループ創業家の娘ということで肩身の狭い身分さ。尤も九条ケミカルホールディングスと言っても今や九条家は株式の半分を保有しているだけで経営は別の人物だ。社内に九条家の人間はいることはいるが、代表にはならないよ。良くて平の取締役や顧問として在籍しているだけさ。」

「まぁ、今の時代同族経営ってのは良し悪しが取り沙汰されて叩かれる要素になりかねへんからな。」

 時音の説明に、藤崎課長は納得している様子だった。

「時音さんは、多分修行という名目でK.Kコーポレーションにおるんやろうけど、実際は悪さされへん為の監視役やろ?九条家も酷なことを娘にさせよるわ。」

 藤崎課長はそう言うと、二本目の煙草をとりだして、同じ様にマッチで火をつけた。

「ええ、その通りです。そして、悪さをする人間が出てきてしまったのですよ。何より残念な事に、取引先を巻き込む形で。」

 孝明は、時音の真剣な顔を見つめながら言った。

「うちの、井岡部長か?」

「多分・・・まだ確定してはいないが、僕がK.Kコーポレーションには秘密裏で進めている関西重化学との調査では十中八九井岡氏は絡んでいる。」

 時音の言葉に、藤崎課長は溜息なのか煙を吐き出したのかわからないように息を吐いた。

 「完全に見落としてた・・・井岡の野郎、マーケティング部に来る前は営業三課やった・・・」

 力なく灰皿に煙草を押し当て、火を消すと藤崎課長はさらに続ける。

「時音さん、正直うちのほうでは御社が循環取引に関わってるという噂やキャッチしとる。それの発端が、うちの井岡のアホと御社の誰かという認識でええんでっしゃろか?」

「ええ、気がついたのは本当に偶然でした。」

 時音は言葉を選ぶように肯定した。 「偶然?」

 孝明は時音の言葉の中に疑問を覚える。

「そう、奇跡的に気がつくことができたんだよ。新人の事務の人・・・まぁ他社で元々働いていて受発注を担当してくれているんだがどうもおかしなオーダーが時々あるっていうんだ。」

「おかしいってどないな感じなん?」

 藤崎が身を乗り出して時音にたずねる。

「オーダーはFAXやメールでは無い。K.Kコーポレーションでは基本的に親会社と同じくWEBの受発注システムを導入しているんですが、規模の小さい会社では対応しきれない節もあるんで、FAXでの受発注も受け付けています。」

 時音はスラスラと言葉を続ける。

「ただ、基本的にはお断りしている電話での受注があったんですよ。電話をしてきた所の会社名も、一応得意先として登録はあるんですが、今回調べてみたところ実体は無く、月額二万程度で借りれるレンタルオフィスでした。商品名も不思議なもので、『特品』とだけ言うんですね。」

「なるほど・・・その特品が循環取引で回っているブツの名前か・・・」

 孝明はなるほどと思ったが、まだ疑問がある。井岡部長はどこで関与している? 

「そうか・・・で、うちの井岡がどう関わってくるんや?」

 孝明と同じ疑問を持ったと思われる藤崎課長はさらに質問を投げかけた。

「実は、最初に『十中八九』とつけたようにまだ証拠がないんですよ。その特品もまぁ帳簿上は高値で登録されていますが、中身はただの食塩でした。そして、その特品の取引を始めた人間は、既に・・・」

 時音は青汁を一気飲みしたような苦い表情で言葉を詰まらせた。 

「既に・・・?」

 孝明がそのまま聞き返す。

「約一年前に事故で亡くなっているんです。」

 藤崎課長はこの言葉を聞き、ため息をついた。

「そうか・・・まぁ、社内資料も証拠が残らんようにしとるってオチやろな・・・」

 そう言って、新しいたばこに火をつける。マッチの燃える音がやけに大きく聞こえる。

「ただ、その亡くなった人物の業務日報には、井岡部長との面談が多かったんですよ。もちろんK.Kと御社は直接取引はありますが、彼は担当者ではありませんでしたし、面談内容も確かに商談はしているのですが、不明瞭な点が多いのです。分かることは、井岡部長が食塩に適当な特殊品の名につけて大阪ニッケル商事の倉庫に納入を依頼しているということでした。」

「足が着かないように、どこかのダミー会社を通して、か・・・」

 孝明の考えは当たっていたようで、時音は「その通り」というと、冷め切った珈琲の入ったカップを、細い腕で持ち上げ口元に運んだ。

「時音、そのダミー会社の名前は?」

 孝明は重要な事を聞きそびれているのを思い出した。

「ああ、『河内樹脂成型品』という名前だよ。多分、取引先と似た名前をつけているんじゃないかな?」

 点と点がつながった。どうして町工場のような河内樹脂成型が大企業のグループ会社の噂を知っているのかが・・・おそらくは問い合わせが間違ってあったのだろう。

「ありがとうございます。おかげで今後の方針が決まりましたわ。」

 藤崎課長はそう言うと煙草をもみ消しながら立ち上がった。手にはしっかりと伝票を持っている。

「タッキー、会社戻るぞ。台帳と井岡の日報ひっくり返さなあかん。」

「あ、はい。」

 孝明も釣られて立ち上がる。

「孝明、頑張ってくれ。」

 時音は残った珈琲を飲みながら、何事も無かったように孝明に言った。

「そんな不思議そうな顔をしないでくれ。まぁ、すべてが片付いたらだが・・・個人的に君と話をしたいと思っている。否、しなきゃだめなんだ。」

 立ち上がったまま固まる孝明に時音は続けた。藤崎課長はそれを聞くとにっこりと笑顔でこういった。

「うちの滝川を頼んます。まぁ、尤も個人的な話はオレは介入できへんけどな。」

 

 

 

 


 時音との久しぶりの再開から20分後、梅田行きの特急電車に揺られる2人は言葉少なげだった。電車に乗ってから会話は無かったに等しいが、十三駅を過ぎて後わずかで終点につく頃、藤崎課長は前触れもなく言葉を発した。

「タッキー、気をつけろ。あの九条家のご令嬢はとんでもなく厄介や。」

「?・・・まぁ、あんな感じの掴み所が無いのは昔からですが・・・」 

 孝明が疑問符をうかべたまま返すと、藤崎課長は首を横に振る。

「そうやない。今日の話の内容、『嘘は』言ってへんのはたしかやけど、なんかまだあってもおかしないでアレ。」

 『間もなく終点、梅田、梅田です。地下鉄線、JR線、阪神線はお乗り変え・・・』

 孝明は更に質問を続けようとしたが、終点の車掌アナウンスを聞いた藤崎課長が座席から立ち上がったため阻まれてしまった。

 ドアが開き、満員のプラットホームが姿を現したところで、藤崎課長はこう言った。

「仕事では厄介かもしれんが、結婚するならああいうタイプ、悪ぅないわ。」

 

食えないタイプの女の子ってかっこいいよね。

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