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最後のかけら  作者: 匿名希望のS
3/6

言葉は紡がれ、綻んで

藤崎の場合

 

 藤崎は課長と呼ばれる立場ではあるが、会社を一足出れば頭の中を完全にオフに切り替えるタイプの人間だった。電車に揺られながら、お気に入りの曲を聞き帰宅するのを習慣としているが、今日は全く音楽に集中できなかった。

時刻はすでに夜の10時を回っている。部下である滝川孝明と共にK.Kコーポレーションについて社内にある情報を纏めるため、マーケティング部や一部法務部にあるロッカーをひっくり返し、ありとあらゆる資料を引っ張り出していた為普段よりも遅く帰路に着いているのだった。

 いやな予感がした。子会社時代に社の一進一退をかけた大口の商談や損害賠償の為の交渉など修羅場はくぐってきていたが、長年のサラリーマンの直感として今回の火種は簡単には消えない予感がしたのだ。

 予感だけではない。帰り際に部下の滝川孝明からも驚きの提案をされていた。

 

「藤崎課長、これ見てください。」

 電気がほとんど消えた大阪ニッケル商事のマーケティング部フロアに、ぼんやりと光るスマートフォンの液晶、孝明は昼間に届いた時音からのメールを藤崎課長に見せることにしたのだった。

「なんや、コレからのメールかいな?ええなぁ色男はー。ええんかいな?」

 藤崎課長は普段と変わらない軽妙な孝明に反応を見せる。

『君のメールアドレスが変わってなくてホッとしたよ。ずいぶんと不義理な別れの切り出し方だったからね。それについて謝りたい。』

 メールの出だしを見て藤崎課長はガハハと声を上げて笑った。

「なんやねん、お前フられとるやないか!どんな女・・・」

 関西の芸人のようなツッコミを入れたところで藤崎の目の色が変わったのは、孝明にも一目瞭然だった。

『それについては個人的に詫びなければいけないが・・・メールのややこしい所は文字に起こしてもうまく言いたい事が伝わらない点だ。単刀直入に言おう。君の会社の市場調査などを行う部署(部署名が分からなくてごめんよ。)に井岡氏がいるはずだ。彼について、そして某K社について優先的に話をしたい。今度の金曜日、夜七時にいつもの喫茶店に来られるかい?』

 「おい、どないなっとんねんコレ・・・」

 藤崎課長は大声を出そうとするのを必死にこらえてる。顔が真っ赤になって血が上っているのが火を見るより明らかなのが証拠として孝明のひとみに映った。

 

 ここまで思い出した所で、藤崎の携帯電話が震える。ディスプレイには『たっきー(マーケティング部)』と表示されていた。孝明からの電話だ。

 藤崎は、丁度電車が止まった最寄りでもなんでもない駅で電車を飛び降り、急いで通話ボタンを押す。 

 

 「おう、おつかれさん、なんやたっきー。・・・え、西宮?金曜の夜七時?ちょっと待ってな・・・・・・いけるで。家はまぁ堺やけど・・・ああ、気にせんでええがな。阪急やろ?なんや、メールの女か?ハハッまぁ、詳しくは明日聞くわ。おうおう、おつかれー」

 

 



滝川孝明の場合

 

 孝明は藤崎課長より先に会社を出ていた。上司より先に帰宅というのも個人的には気が引ける所はあったが、役職がついておらず平社員の孝明は労働組合に自然と参加している身分である。大阪ニッケル商事だけでなく、子会社をすべて含めたグループ会社すべては組合員の残業時間を厳しく管理している。これも上場企業ならではの良さではあったが、トラブル時や繁忙期などには弊害も多かった。

 時刻は夜8時半、孝明は最寄り駅で電車を降り、充分に電池の残っているスマートフォンで時音に電話をかけた。

『やあ、久しぶりだね。』

 ワンコールとかからずに、時音はすぐに電話にでた。

『そろそろかかってくるんじゃないかと思っていたよ。』

「久しぶり。」

 二年ぶりに時音の声を聞くと、孝明の胸には熱い物が込み上げてくる。しかし、今は後回しだ。

「色々と、言いたいことはあるんだけど・・・とりあえず、どういうことだ?」

 豪速球のストレートで質問を時音にぶつけた。

『ああ、昼間のメールのことだね。今すぐにでも話したい所だけど・・・申し訳ないが僕の置かれている状況下では言葉にはできないんだよ。エルメスの鳥だ。』

 時音らしい謎かけか?と孝明は思ったが、電話越しにでも彼女の周囲は静寂に包まれていることが解る。生活感が全く感じられないくらいの静かさだ。

「なんじゃそりゃ?」

 カマを掛けるように孝明は返す。すると時音はクスクスと笑いながらこう言った。

『まぁ、僕も九条家の人間なのさ。詳しくはメールの通り、金曜日にらお茶でもしたときに。連れてくる面子は任せるよ。』

「え?」

 不可解な言葉がまた発せられる。孝明は感嘆符だけを言葉にしたように聞き返す。

『悪いけれど、実は今立て込んでてそろそろ切らなくてはいけないんだ。僕を恨まないでくれ。』

 答えにならない答えが延々と繰り返されている気がする。しかし、忙しいのなら仕方がない。

「わかった。いつもの茶店・・・西北でいいんだな?」

『ああ、間違いない。君との素敵な青春を思い出すよ。思い出話に花を咲かせようじゃないか。』

 時音はわざとらしく女の子らしい声色でそう言った。

「忙しい中すまなかったな。それじゃ、おやすみ。」

『ああ、おやすみ。君は本当に、優しいね。』

 

 

 意味深という言葉がジャックポットをひっくり返したような電話だった。

 頭の中を整理する。時音は何かを知っていることは間違いない。いや、それ以前に自分の元から去っていった彼女は、孝明の事を嫌っているわけではなさそうだ。そして、おそらく家にいるであろう彼女の置かれている環境、金曜の夜、来る面子は任せるという言葉・・・

「あー、わかんねえ・・・」

 とりあえず、はっきりとしていることは、時音は家では何も話せる状況ではない、大阪ニッケル商事について何か知っている、そして金曜の夜、誰かをつれてきてほしいと言うこと。

「藤崎課長・・・か?」

 孝明は会社支給の携帯電話を取り出し、藤崎課長に電話をかけた。

 




 九条時音の場合

 孝明からの電話を切ってから30分は経っただろうか。時音は自宅の自室でベッドの上にうつぶせに寝転んでいた。キングサイズと思われる大きなベッドは、彼女の華奢な体のせいでより大きく見える。そのベッドの上で彼女は携帯電話の通話履歴に表示された『孝明』という二文字を見つめていた。

「顔が緩んでしまっていけないな。」

 誰に言うわけでもなく、彼女はそう言った。

「やっぱり、僕も女だね。しかし孝明、本当に頑張ってくれ。」

 彼女は再びつぶやき、携帯電話に充電ケーブルを差し、部屋の灯りを落とした。

時音ちゃんぺろぺろ

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