表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

竜の子守り

作者: 八木愛里


 ハーディは、とある家の前で仁王立ちしていた。オレンジ色に近い金髪を大きいリボンで一つにまとめている。


「よし、これからスカウトに向かうわよ」

「……やめた方がいいんじゃないですか。ここに『来客禁止』と書いてありますよ」


 ハーディに無理やり付き添いに連れてこられたミスリルは怯えた声をあげる。ミスリルは黒髪のショートカットで魔道士の証である黒いローブを付けていて、恐る恐る中の様子を伺っている。


 扉には殴り書きのような字で『来客禁止』が貼られている。怯えるのは無理もない。扉に耳をあてると、皿の割れる音や、唸り声が聞こえるからだ。


「お取り込み中かもしれません。今日は帰りましょうよ」

「お取り込みな訳はないわ」


 フフンとハーディは自信のあるように言う。


「リュウト・ロハ、26歳。独身男性。身長170cm。中肉中背。顔はまあ普通ね。借金なし」

「借金なんてプライベートなことも載っているのですね」


 ハーディーは手元にある「剣士図鑑」という本を見ながら、何を根拠にしているのかわからないが、「借金なしならお取り込みの要素がないわ」と言う。


「剣士図鑑に載る人物なら、実力は十分よ」


 魔物を討伐するメンバーとして「剣士図鑑」の中からピックアップした一人である。冒険の難易度によって人数の補充が必要なときに「剣士図鑑」は重宝する。その土地で雇った方がコストが安くなるのだ。リュウト・ロハのところには「向かうところ敵無し、最強」と書かれている。


「入ってみるわ」

「違法侵入じゃないですか!」


 ハーディが扉を押すとあっさり開いた。鍵がかかっていないようだ。


「ごめんくださーい」


 ハーディが顔だけ覗き込むと、砂埃が舞い上がっていた。


「助けてくれ……」


 弱った男の声が聞こえる。


 ミスリルは「風よ」と呟き、伸ばした手に向かって軽く息を吹きかける。風が砂埃を吹き飛ばした。中から現れたのは青年と、赤ちゃん!?


「あぁ……助かった」


 青年は頭の上に乗っかっていたボウルを取り上げる。小麦粉、野菜、肉が散乱している。どうやら料理をしようとしていたらしい。机の上はぐちゃぐちゃだが。


「あれ、お二人は」

「私はハーディ、冒険者。この子は魔導士。他にもメンバーがいるんだけど、前衛が足りなくて。一緒に魔の洞窟に行ってくれる人を探しているの」

「俺はリュウト。せっかく来てもらって悪いが……預かりものがあるので無理そうだな」


 即刻断られた。預かりものとは赤ちゃんのことだろう。左右に揺らしながらご機嫌をとっている。


「まさか、竜の子?」


 赤ちゃんの頭に小さい角が生えていることに気づいてミスリルが声をあげる。


「初めて見ました。竜の子といえば、托卵の習性があって、親になった者は成獣になるまでお世話しないといけないのですよね。でも人間に託卵するなんて珍しいです」


 竜は希少生物であるとともに、寿命が長く1、2回しか子どもを産まない。鳥類に託卵する場合が多いので、竜の子を見かけることはほとんどない。


 急に竜の子が暴れだした。キーキーという声をあげている。


「お風呂に入れろと……わかったわかった入れるから、頭の中で叫ぶのやめてくれ」


 リュウトはこめかみを押さえる。竜の子は親となった者に頭の中で話す習性がある。それは金属を削ったような音で、聞いてはいられない声だろう。


 リュウトが取り出したものを見て、ハーディは驚いた。


「それは火打ち石? そんなもの使ってたら、いつまでもお湯沸かないわよ。魔法で一瞬じゃない」

「俺は魔法自体苦手だ」


 リュウトは自慢でもないのに大きな態度で言う。


「基礎魔法じゃない。専門でない私でもできるわよ。それでよく剣士になれたわね」


 火をおこすのは幼子でもできる。火、水、風は基本中の基本であり、例外を除き、どの属性も皆基本は習得している。


 剣士は自分の得意な魔法で剣を強化して戦う。魔法の力の強さによって剣も強くなると言っても過言ではない。魔法が使えないとなれば丸腰のようなものだ。


「私たちが手伝った方が早いわ。魔法の本業もいることだし」


 ね、とハーディーはミスリルを見る。


 2人の協力により、竜の子をお風呂に入れることができた。竜の子は人間の赤子とは違い、60℃以上のお湯にしないと温かさを感じない。火打ち石では何時間かかってもおかしくはない。


「ありがとうな。竜の子が癇癪を起こすと親の竜が来て、俺の命が危ういところだった」


 竜の子をしっかりと育てなければ、親の竜が焼き殺しにやってくる。命がけの子守である。


「あ!」


 ミスリルは「剣士図鑑」を見て、驚きの声をあげた。


「何?」

「私たちが探していた剣士は1ページ後ろの人でした。人違いしていたようです」


 剣士のベログ。火の強化ができる。「向かうところ敵なしはこの男」と書いてある。それに対して、リュウトのところには強化する属性が空欄になっていた。


「おかしいなと思った。魔法が使えない人が剣士として活躍できるはずがないものね。火おこしもできないなんて」


 ハーディはそう言ったが、一つ疑問が残ったままだった。普通以上の人しか「剣士図鑑」に載らないはずなのに……と。





 3日後、剣士のベログをメンバーに加え、魔の洞窟に向かっていた。


 パーティのメンバーはハーディ(冒険者)、ミスリル(魔道士)、ケア担当の聖魔道士、後衛の弓使い、そして今回追加された前衛のベログ(剣士)である。


「なんか嫌な感じね」


 先頭を歩くハーディは呟く。洞窟の中は薄暗く、魔の気配が中に入る程強くなっている。


「来る! 皆さん気をつけてください」


 ミスリルが叫ぶと、ゴブリンが何体か近づいてくる。


「危ない!」


 一回り大きいゴブリンが振り回す棍棒をベログが受け止めた。剣には火の強化がされていて、棍棒が焼けている。


「おい! このゴブリンは俺に任せて先に行ってくれ」

「でも……」


 ハーディはゴブリンを一体倒し、残りは一回り大きいゴブリン一体になる。


 ベログとゴブリンの力は拮抗していた。ミスリルが加勢して雷撃しようとしたところ、ゴブリンは結界を張る。結界の張れる魔物は中ボス以上のクラスとなる。


 弓使いは気が短いようで「ゴブリンは剣士に任せて行くよ」と言ってハーディを見る。ハーディは少し迷ったようにベログを見るが、ベログが頷くのを見て「わかった。行くわ」と仲間に言う。


 先に進むと道を塞ぐように大きい水溜りがあった、大人の5歩くらいの幅があり、水に浸からないと先には進めない。


「まず、私が行ってみます」


 ミスリルは長いブーツを履いているので、水には濡れず渡れるだろう。


 しかし、一歩を踏み出すと下に引きずりこまれた。上に足を戻そうとするが、足は動かない。


「これは水の化身! 皆引き返して」


 ミスリルが声をあげるが遅かった。


「何これ!」


 意思を持った水は、後ろにいたハーディの足にも巻きつく。他の2人にも水がうねって襲いかかる。


「足がちぎれそう……!」


 張り付けのように高く持ち上げられて、身動きが取れない。巻きつく力は抵抗するほど強くなっていく。


 ミスリルが風の魔法を起こそうとするが、水はびくともしない。


「ベログが来た!」


 ハーディーは前から来る剣士に気がついた。 ゴブリンを倒して応援に来たのだろう。


 しかし、ベログの様子がおかしい。目の焦点があっていなくて、口は「おいしいごちそうだ……」と動かしている。


 ベログの手足がひび割れて、赤い肌が出てきて、顔も四角く変化した。口の犬歯が伸びて、鋭利な歯となる。人間の2倍の大きさはあるオーグルになった。


「人間に化けていたのですね……気づきませんでした」


 魔物は人間の持つ魔力を好物としている。獲物を前にして化けの皮が取れたようだ。


 オーグルが口を開くと火の玉が出現し、水に放射される。水が熱湯になった。


「火傷する……! ミスリル、なんとかできない?」


 「氷!」とミスリルが魔法を詠唱しようとするが、途中で意思の持った水が口にマスクのように張りつく。水の温度は上がり続ける。


 絶体絶命と思ったとき、前方から大きな風が吹いた。水は霧散し、手足の拘束が解ける。魔物の核がなくなったことでミスリルの口も自由になる。


 そこには青年、リュウトがいた。後ろには背の低い子供がいる。


「もう一体片付ける」


 リュウトが持つ剣は太く長い。構えの姿勢を取り、オーグルに照準を定める。魔力がないはずなのに、剣に風が集まる。


「衝撃波!」


 剣を振り下ろすと大きな風が起こり、オーグルの首に直撃する。


 オーグルは後ろに倒れて、姿は消える。魔物が討伐されると、その魂は魔界へと強制送還されるのだ。


「魔法なしで倒せるなんて。すごい」


 ミスリルは呆然と呟く。


 風が通った跡は、土が波のようにえぐれている。魔法ではなく力業で、空気に圧を加えているのだ。


「助かったわ。死ぬかと思った。……あれ? 後ろの子どもはこの前の竜?」


 ハーディーはリュウトの足に隠れるようにいる子どもを見つける。頭には小さな角がある。3日前まで赤ちゃんだったのにもう歩いている?


「竜は外敵に狙われやすいこともあって、歩けるところまで急成長するんだ。……にしても運が良かったな。竜が歩きだした途端、魔物に襲われている君たちを見つけたってわけだ」


 竜の生態は未知なところが多い。竜の子は卵から孵化すると、最初に見た親の姿を真似るので人の姿をとっている。鳥類に託卵した場合は鳥の姿を真似ることになる。


 竜は魔物の気配を察知する能力に優れていて、早く気づくことができたのだろう。


「向かうところ敵なし、最強」の触れ込みは間違ってはいなかった。離れ業、風圧で敵を倒せるのだ。





「リュウト・ロハ。敵には回したくないですね」


 次の土地へと歩きだしたときに、ミスリルは呟いた。ハーディーは頷く。


「魔法使わなくてもあんなに強いしね」

「それもそうなんですけれど。竜が成獣になると、親が呼ぶといつでも助けに来てくれるようで」

「そうなの?」

「義理堅い生き物のようです」


 竜の子守りしている人間なんて見たこともなかったので想像ですが、とミスリル言う。


「それって最強じゃん! いいなー」


 最強の剣士と最強の竜。向かうところ敵なしなのはこのペアなのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ