第九話 受理
「この申請用紙ってのはどうやって使うんだ?ボールペンかなんかでこの空欄に願い事を書けばいいのか?」
「文字を書くのにはこのペンを使って。特殊なインクを使う必要があるから」
そう言ってアクリミナは地球の万年筆の様なペンを渡してくる。
飾り気の無い黒地に、青味が掛かった銀色のラインが入っている。
「これ、日本語で書いていいのか?」
「大丈夫よ。この申請用紙を作ったのは知識の神。文字を読み取ると言うより、文字自体の概念を読み取るみたいだから」
日本語でいいなら問題はない。
しかし文字を読み取るという事は、漢字を使って書いた方が意味は正しく伝わりやすいだろう。
日本語には同音異義語があるから、ひらがなやカタカナで書くと意味が変わってしまうかもしれない。
元は漢字を確かめようと、スマホを探してズボンの後ろポケットに手を伸ばす。
しかし後ろポケットにスマホは無く、学ランの内ポケットも探すがやはり無い。
「何探してるの?」
「いや、スマホを…。授業前にカバンの中にでも入れたっけか?」
「すまほ…?」
元はアクリミナにスマホの説明をしようとするが、面倒臭いのでやめた。
別に元は漢字が苦手というわけでは無い。
一応の確認がしたかっただけなので、早々に気持ちを切り替える。
「気にしないでくれ。それより、書き間違いたくないから練習用に普通の紙とかないか?」
「あるわよ、はい。あなたって意外に慎重なのね」
何もない空間から当たり前のように紙を取り出すアクリミナ。
その紙を受け取りながら元は、本当に神なんだろうなぁと思っていた。
「小心者なだけさ」
口に出しては言わなかったが。
練習用の紙に書いた漢字に間違いがないか確認しながら、元はアクリミナに話し掛ける。
「因みになんだけど、受理されるかどうかってのはどうやってわかるんだ?」
「書き終わった文字が青く光ったら受理されたって事になるわ。却下された場合は文字が消えるから、別の願い事を書けばいいわよ」
「却下されたら使えなくなる訳じゃないのか、なら安心だな」
必ず一つは願いが叶うらしいことが保証されて、元は少なからず安心した。
最悪、書いた願いが却下され、申請用紙の効力が無くなる事も考えていたのだ。
安心した元はそのまま申請用紙に願い事を書き込んでいく。
「それで元はなんて書いてるの?」
「ん?読めないのか?」
「この世界の文字じゃないもの。元が申請用紙を読めるようになったのも、私の力じゃなくて申請用紙の力だもの」
ならばあの指を鳴らす行為はなんだったのか。
ただ格好付けてみたかっただけなんだろうか。
正直、元はアクリミナを信用していない。
情報に関しては疑っていても話が進まないので良しとしたが、アクリミナの言葉が、態度が、胡散臭いのだ。
なので元は質問に答えずこう返した。
「受理されてからのお楽しみ、って事で」
「…まぁいいわ」
「っと、良し。こんなもんかな。」
元は申請用紙に書き込んだ文字を見て満足気に頷いた。
暫くすると書き込んだ文字が青く光りだし、願いが受理されたことを教えてくれる。
「お、受理されたな。結構イケるもんなんだなぁ」
「それで、何て書いたの?」
「あぁ、この世界か…」
そこまで元が口にした時、申請用紙にあるアクリミナのサインと、判子の様なものが赤く光る。
フワリと申請用紙は元の手から離れ空中に浮く。
突如申請用紙が燃え上がり、青の文字と赤の文字だけが空中に浮いている。
「何が起こるんだ…?」
元が呟いた瞬間、赤の文字であるアクリミナのサインと判子の様な模様、円の中に文字と幾何学模様が並んでいる魔法陣が弾けて膨れ上がった。
「なっ!」
驚愕の表情を浮かべて後ずさった元…では無く、アクリミナは魔法陣を見つめている。
元とアクリミナが見つめる間も魔法陣は膨れ上がり、重なり、文字の様な記号の様な数字の様な、元には分からない形達が繋がり、並び、空中で巨大な球体を作り上げていく。
「なんだこりゃ…」
元は首が痛くなるほどの角度で球体を見上げ、口をぽかんと開いて言う。
赤々と光る立体的な魔法陣は尚も大きくなっていく。
「あ、あなた…何を願ったの?」
ふと元が横を見ると、アクリミナが膝をついて座り込み息を乱している。
「こんな規模の魔法陣、世界創造の時くらいしか使われないわ。多重立面どころか多次元展開してるじゃない!」
「何って言われても…」
元は目線の高さに浮いて青く光っている文字を見る。
魔法陣が展開されてからも消えず動かずそこにある文字は、こう書かれていた。
[この世界からステータスの概念を破棄する]