第四十四話 適性検査②
「じゃあ次はチェレサ家のユリ」
呼ばれた荒岩はランドルの前に進み出る。
人見知りの荒岩は小さな身体を縮こまらせながら、おずおずとランドルを見上げる。
ランドルの身長は一八〇センチは超えているであろう高身長。
対して荒岩は一五〇センチ前後の低身長。
ただでさえ身長差がある二人だが、荒岩が縮こまっているせいで数字以上の高低差が生まれていた。
「そんな怖がらなくても痛い検査じゃ無いから大丈夫だぞー。あんまり怖がるとお前の後ろのじーさんが俺を睨むからやめてくれ、マジで」
ランドルの前に出てオドオドとしている荒岩が後ろを振り返ると、ゲニアが心配そうな視線を荒岩に向けている。
出会ってからまだ二、三日目しか経っていないが、ゲニアは荒岩に対して過保護っぷりを発揮していた。
荒岩はゲニアの心配そうな視線を受けて苦笑し、体から緊張を解くとランドルへと向き直る。
「よ、よろしくお願い、します」
ぺこりとランドルへと荒岩は頭を下げる。
ランドルも苦笑して「よろしくな」と荒岩へと答え返した。
荒岩の緊張が緩んで和やかになった雰囲気を見て、ゲニアはランドルを悔しげに睨む。
どうしろというのか。
「そんじゃパパッと調べんぞ」
そう言ってランドルは机の上に積まれた石版を一枚取り上げ、空いていた机の上に置く。
三〇センチ四方位の石版には細かい魔法陣が描かれており、基本的な魔法文字しか分からない元達には一部しか読めなかった。
陣の形も円が中心にあるものの、四角や三角が折り重なっていて、一目で複雑な物だと分かった。
「この石版はまだ魔力制御が未熟なやつ用に作ってあって、現象魔法の発現を一定にしてくれる。昔は屋外で調べてたんだが、室内だと火の海になったり薬品が吹っ飛んだりするからな。この石版は一定の発現に抑えてくれるからその心配がない。魔力制御に失敗して怪我をすることもないから安心してやってくれ」
そう言ってランドルは石版の上に手を置いて魔力を注ぐように、荒岩に指示する。
荒岩は元達に自分は死霊術使いだと言っていた。
この世界において死霊術がどのような扱いなのか、元はグリーに聞いてはいない。
慌ただしくて聞くタイミングが無かったのだが、事ここに至っては後の祭りだ。
元は自分とは真反対の力を持つ少女の検査結果を、興味深く見守る。
「…いきます」
一言呟き、荒岩は石版に手を置いて魔力を注いでいく。
その顔は少しばかり強張り、一度払拭した緊張が戻ってきているようだ。
荒岩自身もどのような結果になるのか、心の中に不安があるのかもしれない。
石版に刻まれた文字が白く光り、石版がブブブブブ…と僅かに震えた。
文字から光が消えると同時に、石版の震えは収まった。
「…えっと」
石版から手を離した荒岩が、困惑してランドルを見上げる。
荒岩の視線を受けたランドルも、右手で頭を掻きながら困っているようだ。
「あー、なんだこれ。初めて見たぞ」
この異世界クルセリアにおいての現象魔法は火や風、雷と言った自然現象が代表格となっている。
その他には光や影が多かった。
現象魔法は適正者が最も多い魔法で、適正現象も上記の五つが殆どであった。
火ならば小さな火が灯り、風ならばそよ風が、雷ならば小さな放電が起こる。
光ならば淡い光の玉が浮かび、影ならば文字の光でできた影が僅かに動くだろう。
しかし今回は石版が震えただけである。
珍しい所では劣化、爆発、加重などがある。
劣化の一定に抑えられた魔法の発現では反応がわからないので何も起きないだろうし、爆発であればパチンッと小さな音がなる。
加重であれば本人の手が抑えられているような感覚があるのだが、石版が震えるようなことはない。
ランドルが今まで受け持った検査では見られなかった現象に、別の検査が必要かとランドルは考える。
「…恐らく、振動じゃろ」
黙って検査を見ていたゲニアが口を開く。
頭をひねっていたランドルがゲニアの発言に顔を上げ、ゲニアに顔を向ける。
「儂も一人しか知らんがな。滅多にお目にかかれん現象魔法じゃ」
その場にいる全員の視線がゲニアに集中し、ゲニアはコホンッと一つ咳をすると講義をするように話し始めた。
「魔法適性は幼少期の経験が大きく作用するとされているのが定説じゃ。生まれてきた時には決まっているとする先天性を主張する者達もおるが、生まれた時に適性魔法が決まっておるならば素風症の発症時に兆候が表れていてもおかしくは無い、と言われておる。あまり幼い時に適性検査を受けても、適性が見つからないことも多い。そのようなことから、生まれてからの成長過程で何かしら影響を受けているのだろうと考えられる。
火傷を負ったことから火に強い印象を持つだとか、嵐の日の風の音に怯えただとか。成長過程において、身近で強い印象を与える出来事が関わっているのでは無いかと考えられているわけじゃ。強い印象だけではなく身近である必要性は、繰り返されることによってその印象がより高まるからだと考えられている。特に、現象魔法使いにはその傾向が強いようじゃ。まぁ確定しているわけでは無いがな。この国で振動の現象魔法の使い手が恐ろしく少ないのは、その考えをもとに考えると納得する要因の一つじゃな」
他の国では知らんがのう、と言ってゲニアは話を締めくくった。
振動と言った場合、一番身近な現象は声や音だろうか。
声や音は空気の振動で伝わるもので、とても身近なものだ。
しかし印象と言った意味では薄いのも確かだろう。
耳の聞こえる者にとっては当たり前に存在している物であり、普通に生活している上で無音とは縁遠い。
声や音が振動によって存在していると意識する事も殆どないだろう。
現代日本人であれば教育課程で教わることではあるが、この世界では義務教育は存在していない。
声や音が振動であることを知らない人々の方が多いだろう。
日本で普及している携帯電話やスマートフォン等のバイブレーション機能や、車や電車と言った乗り物で感じる振動、地震などの自然現象もこの世界のこの国では縁遠い。
幼少期から馬車に乗れる者はごく一部であるし、魔工列車はできて間もない。
乗車賃も決して安い物ではないし、島国であるガウニア立憲公国に魔工列車は未だ存在していない。
振動といった現象は、この国で身近とは言えないのである。
「振動、振動ね。まー先生が言うんだから間違いないか。検査長からも聞いたこと無い現象だから再検査も難しいだろーしな」
ゲニアの説明で一応の納得を得たのか、クリップボードに挟まった荒岩の検査用紙に『振動』とランドルは書き込んだ。
その後ろにはカッコ書きで、要経過観察と付け加える。
前例が少ない現象魔法なので、今後の情報管理のための観察対象にするようだ。
今は孫養子の前でいい格好ができたと上機嫌なゲニアと、経過観察について後で相談しなければならないランドルは小さく溜息を吐く。
元は荒岩が適性を示したのが振動魔法だと聞いて、頭をひねっていた。
自分の魔法は死霊術だと説明した時の荒岩は、嘘を言っていたようには見えなかった。
元がなんの力もないただの一般人だったならば、この世界に来る前から魔法が使えると言った言葉を信じなかっただろう。
小説か漫画の読みすぎか、厨二病でも患っていると見下していたかもしれない。
しかし心天流を継承し、霊的な存在と相対する力を持っている元は荒岩の話を信じた。
だからこの適性検査でも、それらしい結果が出ると思っていたのだ。
しかし結果は振動魔法。
死霊術と関係があるようには思えなかった。
荒岩曰く、魔女術の一つである死霊術は修行中であり未熟であると言っていた。
未熟であるから別の魔法適性になったのか、そもそも魔女術とは別物なのか。
地球の魔法とこの世界の魔法が全く別のものとも考えられる。
結果としては死霊術らしい適性は現れず、考えたところで分からないだろうと元は思考を放棄した。
荒岩は荒岩で検査が終わると後ろに下がり、床を見ながら顎に手を添えて考え込んでいるようであった。
荒岩の横ではゲニアが上機嫌で才能がある、希少な現象魔法使いはそれだけで素晴らしい等と褒め称えているが、荒岩は考え込んでいて全く聞いてはいなかった。




