第四十二話 三時間
瓶の前まで来た元は、中を覗いて見た。
中には無色透明な水が湛えられ、ほんの僅かばかり発光しているようだ。
波紋もない水面には、目付きが鋭い自分の顔が映っており、発光している事を除けばただの水のように思われた。
「この瓶の中にある水は結晶水と言う。固有魔力血晶、通称、血晶と言われる魔力伝導媒介魔導具を錬成するための水だ。血晶の使い道は様々あるが、基本は魔法を使う時の魔力伝導を助けるための物だ」
グリーは三人に説明しながら、それぞれに針を渡していく。
「練成の仕方は簡単。その水に自分の血を混ぜてやればいい。指先を針で突いて血を垂らせば終わりだ」
グリーは三人に「さぁやれ」とばかりに視線を向けながら腕組みをする。
暫し逡巡した後、三人は自らの指に針を突き刺し、ぷくりと玉となって指先に出て来た血を結晶水に垂らした。
「おっ」
元が結晶水に血を垂らすと、水面に波紋が広がる。
結晶水が放つ光が僅かばかり強くなると、徐々に水面が渦を巻いて回転しだした。
「おぉ、回りだした。すげー」
柏木がぐるぐる回る水面を楽しそうに見つめている。
元も回る水面を暫く見ていたが、特にそれ以上の変化は見受けられない。
「血晶が出来るのは三時間ほど後だ。その間に魔法適性検査を受けてもらう」
グリーはそう言った後に、検査は別の部屋で行うと三人に説明する。
検査のために血晶練成室から別室へ移動するため、グリーを先頭に廊下へ出る六人。
検査をするための部屋への移動中、喋りながら歩いていた元達三人は、たわいない話からこれから行われる検査の話へと話題が移っていった。
「魔法適正検査ってさ、魔法が使えるかどうかの検査って事か? 」
柏木が徐にこれから行われる検査についての疑問を零す。
魔法適性検査についての説明自体は、まだ誰からもしてもらっていなかった。
元も柏木同様、魔法が扱えるかの適性を見るための検査だと思っていた。
「そうなんじゃないか?魔法の適性があるか検査するんだろ、多分」
なので、思っていた事をそのまま柏木に元は伝える。
「あら、そうではありませんよ、二人とも。東方でも魔法が使えない人は殆どいないでしょう?魔法が使える事が前提の検査ですよ」
元と柏木が検査について話していると、前を歩いていたメリアが二人の会話に入ってくる。
そのまま魔法適性検査についての説明をし始める。
「魔法適性検査とは、どの様な魔法に適性があるのかを診るための検査です。まずは物質魔法と現象魔法、どちらの適性があるか。物質魔法ならばどの物質に適しているか、現象魔法ならばどの様な現象を起こせるのか。若しくは、精霊魔法に適性があるのか。そういった検査から始まります」
メリアは元と柏木の二人、そしてその後ろで黙って聞いている荒岩に対して魔法適性検査について説明する。
三人は意別の間で現象魔法と物質魔法については説明を受けていた。
現象魔法は自然現象を媒体無しで起こす事ができる魔法だ。
火、風、雷などが代表的な現象魔法となっている。
燃えるものがない場所に火を起こしたり、なんの脈絡もなく風を起こしたり。
物質を介することなく現象を直接起こす事ができる魔法である。
対して物質魔法。
こちらは自然界に存在している物質を操る魔法となっている。
代表的なものは鉱物。
鉄や銅、銀などの金属であったり、水晶やダイヤモンドなどの宝石であったり。
純粋な物質の適性が示される。
物質魔法に適性がある者は、適性のある物質を操ることはもちろん、魔力を適性物質に変換することも出来る。
魔力量は個人差があるので、変換できる量は個々人によって変わってくるが、適性があれば大なり小なり変換することは可能だ。
そういった理由から、この世界では鉱物の価値などはあまり差がない。
需要が多ければ価値が高くなり、低ければ安くなる。
もちろん、適性者が多くなく、産出量も少ない物は価値が高いのだが。
そして精霊魔法。
精霊魔法は現象魔法と物質魔法の両方の側面を持つ。
精霊は、ありとあらゆる物に宿ると言われている。
便宜上、魔力によって形作られているとされる魔法生物。
精霊魔法は、現象魔法や物質魔法の様に魔力を直接魔法に変換するのでは無く、精霊を介して力を借りる魔法だ。
精霊との意思疎通が出来なければならない。
しかし精霊魔法に適性がある者でも、精霊を見る事ができる者は少ない。
存在を感じ、自分の意思を伝える事が必要とされる。
現象魔法と物質魔法、両方の側面を持つというのは、火の精霊に適性がある者は現象魔法の火の適性がある者と同じ様に火を扱える。
鉄の精霊に適性がある者は、物質魔法の鉄の適性がある者と同じ様に鉄が扱えるのだ。
精霊魔法が現象魔法や物質魔法と違う所は、純物質ではない混合物も扱えたり、人工物に適性があったりする事だ。
例えば、土や空気といった混合物。
物質魔法ならば土そのものを操る事はできない。
土中に含まれる鉄や硫黄等を、単体であれば操る事ができるが、土そのものを操るには土の精霊の適性が必要になる。
人工物であれば剣や鎧、服などが挙げられる。
単一物質の集まりである純物質でも無く、様々な物質が混ざった混合物でもない。
素材の集まりと呼ぶべき人工物にも精霊は宿るのだ。
剣の精霊の適性があると刃こぼれしにくくなる魔法が使えたり、鎧の精霊に適性があると壊れにくくなる魔法が使えたりする。
精霊魔法は適性範囲が広い魔法だと言えるだろう。
土の精霊魔法に適性があれば、土地が変わって土の組成成分が変わっても操る事が出来る。
土の精霊と意思疎通さえできれば、土の組成成分などは関係ないのだ。
そうかと言って精霊魔法が現象魔法や物質魔法よりも優れているという訳ではない。
現象魔法や物質魔法は、魔力さえあれば行使する事が出来る。
火がなくても現象魔法であれば火を扱える。
鉄が無くても魔力さえあれば物質魔法ならば鉄を作り出す事が出来る。
しかし精霊魔法はその場に適性のある精霊がいないと扱う事ができない。
火の精霊に適性がある者は、火を起こす事が出来る道具がないと火の魔法は扱えない。
土の精霊の適性があっても、周りが砂ばかりだと魔法が扱えないのだ。
「ですから、どの系統でどの現象、物質に適性があるのかを検査するのです。適性によって学院でのクラスなども変わってきますから」
柔らかな微笑みを口元に讃えながら、メリアは三人への説明を終わらせ振り返り立ち止まる。
三人は歩きながらメリアの説明に聞き入っていたが、気づけば魔法適正検査をする為の部屋の前に辿り着いていたらしい。
先頭を歩いていたグリーは、三人を一瞥すると特に言葉を発することもなくその部屋へと入って行く。
元が部屋の扉の上に視線を向けると、「適性検査室」と書かれたプレートが張り付いていた。
「さて、楽しい楽しい検査の始まりです。どうぞ、お入りくださいな」
メリアはにっこりと笑いながら、三人に部屋に入る様に促すのだった。