第三十三話 伝言
元達三人は宿屋の一階、食堂から二階の自室に移動した。
元と柏木の部屋だ。
元と柏木はそれぞれのベッドに座り、荒岩は部屋に備え付けの椅子に座った。
二人が座ったのを確認した元は、話し始める。
「それにしても驚いた。魔女とか超能力者って実在したんだな。特に魔女。魔法って地球にもあったんだな」
「…はい。私達、魔を扱うもの達は、表には、出ていませんから。昔は、そうでも無かった、らしいですが。魔女狩りの、経験が、我々を地下に、追いやりました」
「なるほど。迫害された時代があったから、姿を消したのか」
荒岩は頷き、元に肯定した。
「んで、話って何よ荒木。グリーのおっさんいなくていーの? 」
「おっさんは信用できるかもしれないが、今はまだ様子見、だな。あれで真面目みたいだから、聞いたことは報告するだろ。これから先の状況が分からないからな、先にある程度二人には話しておこうと思って。俺の力について」
「さっき聞いたぞ? 」
「軽く、な。おっさんが神聖魔法みたいな物かって聞いたから、そうだって言っただけだ。二人も漫画とかでイメージ出来ただろ?でもそれって俺の話じゃないんだよな」
「確かにな。おっさんが対アンデッドって言ってたから、そういうもんだと思ったぜ」
「基本はそうだな。この世に留まってしまった魂を常世に送る。そう言った力だな」
「…他にも、力がある、と言う、事ですか? 」
「そう言う事」
元が頷くと、二人は黙って話の続きを待つ。
元はどこから話せばいいか暫し考え、簡単に成り立ちから話し始める。
「さっきも言ったが、一族で代々受け継がれてきた力なんだ。始まりがどこかははっきりとは言えないが、荒岩さんと同じ、神々の時代からってのが聞いた話だな。神々の時代なんて言ってるが、大昔ってだけの意味だと思うけど」
「荒木も神様関係なのな。魔法と言いお祓いと言い、神様が居たってのは本当なんだなぁ」
「魔法と似ている、力なんでしょうか?神の血を、受け継いでいる、のですか? 」
「いや、どうなんだろうな?日本の神さん達はそこら中にいるから、子孫がいてもおかしくないけど。西洋の神とは違うしな。うちに神さんの血が入ってるって話は、聞かなかった。代々やってるから血は大事だろうけど、神さんの血は関係ないんじゃないかな」
「昔からある力、って言われてるだけなのか」
「そう言う事。元々は神事に関わる巫女の家系だったみたいだな。流れ的には神道なんだが、そう言う体系が出来る前かららしい。昔は土葬だったからな、起き上がりに対処してたんだ。だから基本は、鎮魂を生業にしてきた」
「じゃあ神様ってのは関係ないのな」
「それがそうでもない」
元がそう言うと、柏木は怪訝な顔をする。
今までの話からは、神との関わりは感じられなかったからだ。
「神話と歴史には整合性は無いが、親和性は存在する。土着の神や自然神が変化したのか、渡来してきた人が神を名乗ったのか、神が渡ってきたのか。それは分からないが、確かに日本には神々が居ついた。日本の神さん達はなんと言うか、他の国の神さん達と毛色が違う。位の高い神さんはそうでも無いんだが、結構人との関わりが深いんだ。酒宴をしたり人と恋愛したりな。数が多いのもあるけど、人の形だったり動物だったり。そんな神々と近い存在が神主であったり巫女だ。神と交信したりその身に降ろしたりする事をうちの先祖はしていたようで、神降ろしの儀式なんかも出来るんだよ。この世界で出来るかは、まだ分からないけどな」
「…て事は荒木、お前神様の知り合いいんの? 」
「…知り合いと言っていいのか分からんが、いるな」
「に、日本には、現代に神が、存在する、のですか? 」
「んー、日本にいると言っていいのか怪しいな。天孫降臨って聞いたことあるだろ?ざっくり言うと、高天原から神さん達が降りてきたってやつ。元々地上にいた国津神達は天津神達に支配権を譲渡した。高天原は天、雲の上って考えていいと思うんだが、地上では無いどこかだって言われている。人には行けない場所だな。暫くは天津神と国津神は地上に居たんだが、ある時から地上から姿を消した。人に地上の支配権を渡して、な。まぁ地上にそのまま残った神さんも居るんだが、大体は高天原へ帰ったんだ。国津神を連れてな。だから日本に居る、ってのとはちょっと違う」
「じゃあ、どうやって知り合ったんだよ。居ないんだろ?日本に」
「人の身で高天原には行けないが、繋がれるんだよ。魂の連絡路とでも言えばいいのか、意識が繋がるんだ。神降ろしの際は身体を神に献上する事で呼び出せるんだ。献上すると言っても、返してもらえるけどな。相性があるから、誰でも呼べるわけじゃ無いが」
「魂で繋がるって、どうやるんだよ。俺でも出来る? 」
柏木が興味深々に元に問いかける。
目は期待に満ちていて、クリスマスプレゼントを待ちわびる子供のようだ。
「無理、だな。柏木、お前魂の存在を感じられるか? 」
「いや、無理」
「即答かよ。他の流派ならどうか知らないが、うちのはまず魂の在り処を知覚しないとダメなんだ。魂は感情の根源で、魂の根元が霊。感情を理解し魂の存在を見つけ、魂を纏め司る霊を感じないと、天と繋がる事は出来ない。修練すれば神の存在は感じられるかもしれないけどな。日本人だし」
「あ、俺パス。なんかめんどそうだ。神とか別に会いたく無いし」
「お前な… 」
唯の興味本位だった柏木はあっさりと諦め、そんな柏木を元は呆れた顔で見る。
「でだ、この神降ろしは今は使えない。日本にいた頃は気にしなかったんだが、どうやら土地の問題らしい」
「土地、ですか」
「ああ。日本から出た事が無かったから実感した事はないが、爺さん曰く、海外では繋がりにくいらしい。日本から離れれば離れるほど、それは顕著だそうだ。日本の神は地に根付く。地上に居ないくせに、土地に縛られるなんて変な話だけどな」
「なんだ、じゃあその力は使えないのな」
「今は、な。この世界でもしかしたら、気に入ってくれる神さんがいれば繋がれるだろ」
「あー、こっち来る前に女神に会ったもんな。この世界にもいるのか神様」
「か、神と、繋がるって、凄いです、ね」
「…不安の方が大きいから、期待はしていないけどな。人と神じゃ考え方が違う。日本にいた時も、酷い目にあった記憶しかない」
「例えばどんなよ」
「…山を噴火させたり、水不足になったり、地割れが起こったり」
「…全部天災じゃねーか」
「力の規模が違いすぎてな。怖くて滅多に降ろさなかった」
「あ、荒木くんでも、怖かったり、するんですね」
「結構普通だぞ、俺。授業中に寝てたのも、爺さんに悪霊退治だとか地鎮だとか夜中に連れ回された結果だしな。図太いんじゃなくて疲れてただけなんだよ」
「そんなことしてたのか。そりゃ眠いわ」
教師の注意も意に介さず授業中に寝ていた元は、荒岩からしたら相当神経が図太いように見えていたらしい。
元の説明の通り、感情を制御するのは心天流の基本。
神界でクラスメイトに置いていかれて落ち込んだり、銃を向けられて咄嗟に敬語で話してしまう元は、確かに普通だ。
感情の制御という面では、まだまだ発展途上で修行中なのだ。
「今までの話で分かったかもしれないが、二人に伝えたかったのは一つ。俺は実戦では役に立たないだろうって事だ。霊的存在にはそこそこ対処できるが、魔物やら魔獣やらには対処できる自信はない」
元は自信ありげな顔で、そう言い切った。