第三十二話 本音
「おっさんが思ってる通り、俺にも力がある。二人とは別の系統だけどな。簡単に言うと死者の魂をあの世に還す、そんな力だ」
座っている椅子の背もたれに寄り懸りながら、三人の顔を見渡して元は話し始める。
「お祓いとか除霊って言えば分かりやすいかな。代々そんなことを生業にしてる一族なんだよ、うちは」
『こちらの世界で言うと、神聖魔法のような物か? 』
「多分そうなんじゃないか?魔法とは別物だとは思うが。日本では科学で証明されていない物は如何わしい物って事で、研究とかされてないだろうから、絶対とは言えないが。荒岩さんと俺じゃ素風症の症状が違うから、魔力だか魔素への耐性も無かったみたいだし」
『成る程、確かに別物だと考えた方が納得出来るな。…では質問を変えよう。除霊といったな?それはつまり霊的な力を駆除する力だな。レビアタの件はお前がやったのか? 』
「レビアタ? 」
『テレルで起きた、海からグール…死体達が上陸した事件の事だ。あの町に司祭はいたが、攻撃的な神聖魔法を行使する使い手はいなかった。お前はあの晩、夜中に抜け出していたな。グールの集合体、レビアタを倒したのはお前か? 』
「あー、気付いてたのか。ここで隠してもしょうがないから白状すると、そうだな、俺がやった」
『そうか…。三人が三人とも異質だな、お前達は。ユリは魔法という事でまだ理解できるが、ユウとゲンは未知の力だ。俺も仕事だから上へと報告させて貰うが、覚悟はしておいた方がいいかもな』
グリーは三人に言い含めるようにそう言った。
三人は顔を見合わせ、柏木がグリーに問いかける。
「覚悟ってなによ? 」
『チョウノウリョクと言う未知の力、神聖魔法以外のアンデッドへの対処法。この世界は人族達の争い、魔物や魔獣、同族同士でさえ争う事が日常茶飯事だ。力はあるだけ損はない。聞き取り程度で済めばいいんだが、な』
「嫌な話だな、おい」
柏木は顔をしかめて言葉通り、嫌そうにそう言った。
グリーが何故わざわざこんな事を言うのか元には不思議だった。
今はまだ公都とやらへの移動途中だ。
暗い未来を暗示させる事を言って、三人が逃走を図るとは思わないのだろうか、と。
『不思議そうな顔をしているな、ゲン。…お前の考えている事は分かるがな。初めに言っておくが、俺にお前達を逃す気は無い。仕事だからな。これでも、どんな奴が出てくるかわからない召還魔法で喚ばれた奴の護送任務を受けた立場だ。そこそこ腕は立つんだよ』
グリーは少し皮肉気に笑いながらそう言った。
しかし続けて言われた言葉に、元達は少し驚いた。
『だが、仕事は仕事として、個人の意見は違うと言う事だ。確かに、伝承として残っているのは召喚された英雄達の話が殆どだ。喚ばれた者達は協力的で、喚んだ国や人物に益をもたらす。しかしな、どんなのが出てくるか分からんのが召喚魔法だ。異世界の常識や生態、言語、見た目、能力。今回はたまたま運が良かったが、下手をすれば損失が出ていた事も考えられる。自分達の都合で喚んでおいてこんな事を言うのもアレだが、召喚する必要があったのかも怪しい。周りの国への牽制や、戦争の為、外の力が必要だったのか、とな』
三人は黙ってグリーの話に耳を傾ける。
グリーと真面目に話す機会など今まで無かったのだ。
この世界の人間の考え方という物がどういう物なのか、グリーという人物はどう言った考えなのか、知るにはいい機会だと三人は思った。
『それにな、お前達はまだ若い。この世界では十六で成人だが、子供と変わらんだろ、成人したてなんて。この世界の都合を押し付けた挙句、争いを押し付けるような行為だ。何とも情けなくてな。大人が来れば良かった、と言う事でも無いがな。これは俺の感情論だ』
「何だおっさん、そんな事考えてたの?意外にお人好しなのな」
『茶化すな。お前達と極力接しなかったのも、感情に流され無いようにしていたのだ。国に勤める立場上、嫌だからやらないとは言えんだろ。大人ってのは個人の感情を殺さなければいけない事が多々ある。お前達の世界ではどうなのかは知らんがな』
柏木が口を挟みながらも、グリーは淡々と語っていく。
『お前達も知っての通り、召喚魔法が成功した直後、この世界からステータスが消失した。未だに世界はその現象に戸惑ってはいるが、暫くすれば落ち着くだろう。しかしステータスが消失した事により、お前達を戦争利用する考えが保留された。過去の英雄達の様に、急激なステータスの上昇が見込めなくなったからだ。幸い、お前達は教育機関に所属していた成人だ。戦力にならずとも異世界の知識を、と考えた上層部が各国への振り分けを再選考して今に至るんだが、ここでまた問題が起きた』
「素風症…」
『そうだ。ユリの言う通り、一週間程前から召喚された者達が一斉に素風症になった。俺達にとって当たり前すぎて、考えつく事が出来なかった事態だ。お前達三人以外、移動は終わってるはずなので、治癒師が間に合わなかった訳では無い。そもそも、素風症は病気といえる物でも無いので、対処療法しかする事がないのだ。魔素や魔力への拒否反応など、対応しようがなくてな。魔素から魔力への変換過程は未だに研究中でな、どうしようも無かった。それでも、高位神官が高熱への対処で助かったり、お前達の様に別の力が関係しているのか、素風症とは別の現象を起こした奴らは助かっている』
そこまで話して、グリーは手元のコップに手を伸ばし、中身を飲み干す。
店員に声をかけ新しい飲み物を注文して、俺達に向き直る。
『何にせよ、お前達が助かったのはいい事なんだが、ここでまた問題が出てくる』
店員が持ってきた新しいコップを受け取り、グリーは続きを話し始める。
『お前達以外にも現象が起こった奴がいる事は話たな。まだ詳しくは俺にも伝わって来ていないが、お前達のことを考えると何がしらの力は持ってると思われる。そうなると、召喚魔法には別の利用価値が出て来てしまった。ステータスの消失で、急激な戦力増強には繋がらないまでも、新たな力の確保が可能だと証明されてしまった。過去の英雄達が抜きん出ていたのも、もしかしたらそう言う理由があるのかもしれない。そうなると、他国が黙っていないだろう」
「他国、ですか?それはまた、どうして?」
『今までの召喚魔法についての認識は、強力な個人戦力確保が目的だった。いくら強力だとは言っても、国が対処出来ない強さを誇った英雄は少ない。そうなると大国になる程、個の強さ持つ召喚者は扱いづらくなる。強い故に無碍にも出来ず、かと言って軍で対応できない事柄は少ない。召喚者が国に従えばいいが、強いが故に発言力も増す相手が、従わなければただの厄介者だ。しかも何人召喚されるか分からないときている。故に、大国は召喚魔法に興味は示さない傾向にあった。逆に小国はと言うと、召喚魔法を発動するための触媒の確保、儀式を遂行する実力のある術者の確保が、資金や人材の関係から現実的ではなかった。叛逆された場合の軍事力も無かった訳だからな。なので正直、余り使われる事が無いのが召喚魔法だった。だが、大国にも使い道が出来てしまった。未知の力の確保と言う使い道が、な』
そこまで聞いて元達三人は気付いた。
自分達の存在が、召喚魔法の有用性を証明してしまったことに。
元達が喚ばれた理由は、元々は戦力の確保、及び諸外国への牽制だった。
小国の集まりと言う、資金面でも人材確保でも、そしていざという時の抑止力たり得る軍事力も、一国では無理でも協力すれば可能な状況が、今回の召喚魔法を実現させた。
小国故の必要性と、集団故の実行可能な事だった。
しかしステータスが消失した事により、戦力確保には至らなかった。
対価に対して実利が伴わなかった連邦は失望と共に、せめて知識を求めた。
そこに今回の素風症による未知の力が確認されたのだ。
大国が動いてもおかしくは無かった。
『とは言え、情報が漏れるまでにはまだ時間がある。対策は上が考えるだろう。連邦の中でも、各国によって持っている情報が異なるしな。現象が起きた召喚者がいる国では力に気付いてるだろうが、いない国は情報収集に走るだろう。何が起こったのか、とな。現象については情報を共有してはいるが、力について知られた場合、どうなるか。お前達三人が、別の国へ連れてかれる可能性もある』
「げ、また移動すんのかよ。ちょっとは休みてーんだけど。いやまぁ三日程寝てただけなんだけどさ」
「寝込んでたのは寝てた、とは言わないだろ」
「バ、バラバラに、なるんですか。ちょっと、寂しい、ですね」
『まぁまだどうなるかは分からん。うちの国としても、むざむざ渡す気は無いだろうからな。入国した時点でお前達は各国の所属だ。三人は当然、ガウニアの所属になる。つまり国民だな。国民を渡せと言われた所で、渡す訳にはいかんからな。そこも踏まえて、上と相談する事になるだろう。まずは公都に着く事が先決だな』
グリーは喋り疲れたのか、喉を潤して一息つく。
元達はもうすぐで移動が終わり、落ち着けると思っていた所にこの話だ。
梯子を外された気分である。
とは言っても、ここでこれ以上話していてもしょうがないだろう。
各国の動きや公国の意向がわからない以上、どうすればいいのかの判断材料が無いのだから。
グリーが初めに言ったように、逃してはくれないだろう。
逃げた所で、行き先もない。
『今日は一日休養として、明日の朝に出発する。公都までは馬車での移動だ。しっかり休んでおけ』
グリーはそう言うと、席を立ち、馬車の手配をしてくると言って宿屋の外へと向かった。
「さて、どうすっかね、お二人さん」
そう言って柏木は元と荒岩を見る。
「…今後の事も話し合いたいが、二人に話しておく事がある」
元も二人を見てそう切り出した。
二人も話があるのか、無言で頷いたのだった。