第三十一話 微力
柏木は右手に持ったコップをグリーの前に置き返す。
三人が無言で見つめる中、柏木は照れながら頭の後ろで両手を組み、目線を上に上げる。
「どったのそんなに無言で見つめちゃって。荒岩さんが魔女だって言ったから俺も話したのに。驚きすぎでしょ」
柏木はいつも通りの軽い調子で口を開き、三人を眺めた。
自分の魔力の暴走で元と柏木に迷惑をかけたと思っていた荒岩の反応は、驚きと共に少しの安堵が伺えた。
少なくとも、柏木には今回の素風症で起こった現象に心当たりがあったようだ。
自分の影響ではない可能性が出て来て、少し気が楽になったのだろう。
元は、荒岩に続き柏木にも人とは異なる力を持っていた事を知って、只々驚きがあった。
戦争をしている国に送られるという事から、特に行き先や同行者の希望をしなかった三名が選別された訳だが、この結果は出来すぎではないかと勘ぐったのだ。
それと同時に、クラスでは目立たず親しい友達がいなかった荒岩と、親しいどころか友達もいなかった元とは違い、明るく社交性もある柏木がどこでもいいと言った理由に納得もしていた。
明るくクラスにも馴染んでいたであろう柏木は、自分の力を隠すために特別親しい友達は作らなかったのだろう。
もしかしたら荒岩も、クラスで目立たず静かにしていた理由は同じかもしれない。
そしてグリーの反応は…。
『チョウノウリョクシャ?なんだ、それは?』
疎通の魔道具で翻訳されている筈のグリーが、柏木に問うた。
「え、何って言われると困るんだけど。超能力を使う奴のことを、超能力者って言うんだよ。あれ、もしかしてこの世界には超能力って無いの?」
こくり、とグリーが頷く。
問われた柏木はどう説明したらいいか考えてしまう。
同じ日本出身の元と荒岩は、超能力を見たことがなくとも何となく、どんなものかは分かっている。
疎通の魔道具で翻訳されれば通じる、と柏木は思っていた。
「うーん、なんて言えばいいんだ?魔法みたいな魔法じゃない能力、とか?」
『魔法じゃない魔法みたいな能力?確かに発動の言葉も起動式も見えなかったな。どんな原理の能力なんだ?』
「知らねーけど? 」
柏木は小首を傾げてグリーに答えた。
『知らない?誤魔化そうとしてる…訳じゃないのか。二人の反応を見る限り、チョウノウリョクが何であるのかは分かっていそうだが、同時に驚いてもいた。使える者は少ないのか? 』
「さぁ、どうなんだろ?超能力自体は日本人ならみんな知ってんじゃねーかな。ただ、超能力者に会った奴ってのは少ないとは思うけど」
『能力は知っているが会えない、か。何か特別な階級に位置付けられているとか、隔離されているとかか?人数が少ないとも考えられるが』
「んー、階級とか隔離とかじゃねーよ。人数は少ないだろーけど。…俺こう言う説明とか苦手なんだよなぁ。荒木、パス!」
「いや、こっちに振られても困るんだが。超能力者の事は柏木の方が詳しいだろ、超能力者なんだから」
「そうは言ってもな、荒木。俺は自分以外の超能力者に会った事ねーし。それ関係のテレビとか本も禁止されてたからなぁ」
「そうなのか?普通、調べたりしないか、自分で。親が騒いだり」
「その親から禁止されたんだから、しょーがねーだろ。うちの両親は頭が固くてな、俺の力も認めよーとしなくて。静電気だの偶然だのってな。そのくせ、そう言う事は外でやっても言ってもいけません、ってな」
「認めないくせにやるなって矛盾してるな」
「ま、そーいう両親なのよ。だから超能力についてはよく分からねーんだ。漫画みたいにどっかの組織が会いに来たりもしなかったしな」
柏木はからからと笑いながら自分の両親をそう評した。
超能力者だと言う柏木が、超能力について分からないと言っていることに、グリーは納得できなかった。
『理解できていない力をなぜ使うことが出来るのだ?基本的に、魔法や魔術は理論や体系を理解し、構築式によって発動される。魔法とは違うと言ったが、この世界の天才達のように感覚的に魔法発動式を構築しているとか、そう言う可能性は? 』
グリーは柏木に聞いても答えが返ってこないと判断したのか、地球での魔法に詳しいであろう荒岩に視線を向けて聞く。
「た、確かに、私達の世界でも、無意識に魔法を発動する、天才はいたと思います。外的魔素が無く、内的魔素が、枯渇した世界だったので、微々たる力、だったとは、思いますが。ですが、超能力、と言われている、力は、全くの別物、だと思います」
『そう考える根拠は? 』
「グリーさんも、分かっているはずです。柏木君の力は、魔力を使っていません。超能力の研究は、されていたとは思うんですが、私達が住んでいた国では、胡散臭いもの、と言う、認識が強かった、です。アメリカやロシア、などの国では、超能力の研究は、国がしていた、そうですが。私達が、超能力に殆ど無知なのは、国柄、ですかね」
『有用だと思われる力を研究していなかった、と?国としてはどうなんだ。よく分からないなら解明するために研究するものでは無いのか? 』
「胡散臭いものは子供の教育に良くない、って考えの大人が多かったんじゃねーかな。勉強していい大学へ、大手の企業への就職を。そんな大人が多いんじゃねーか? 」
『未知の能力よりも、生活の安定を優先する国だった、と言うことか。お前達の国は平和だったそうだからな、軍事転用出来そうな力も、国民にとっては興味ない、と』
「興味はあったんじゃねーか?昔はテレビでよくやってたみたいだし。ただ、超能力者ですって言うと途端に胡散臭い奴だと思われるんだよ。たとえ目の前で力を使っても、インチキだ!ってな。暇つぶしとして興味は示しても、異質なものや少数派は排斥されんのが俺たちの国さ」
柏木は皮肉気味に口許を歪めて笑って言った。
気軽に見える柏木にも、色々あるんだなと元は思う。
元達三人が話すようになったのはこの世界に来てからであって、未だ親しくなったと言える程では無い。
それでも、日本から異世界へ飛ばされ、同じ国へ行くことになった三人には、少しずつではあるが仲間意識が芽生え始めていた。
今回の素風症の一件を通し、秘密を打ち明けた事からも、信頼関係が築かれていると言えるだろう。
『そうか…。力の原理についてはこれ以上聞いても分からなそうだな。では、他には何が出来るのだ?そのチョウノウリョクと言うのは、小さな電気を発生させたり、物を動かしたりするだけか? 』
「…どうだろうな。超能力って色んな種類があるみたいだけど、俺の力はそんなものじゃねーかな」
『そうか。その力の有効範囲や、使用限界などは? 』
「んー、さっきも言った通り、親から禁止されてたからな。そこまで試したことはねーんだ。使える距離は二、三メートルくらいじゃねーかな?ほら、隣の机の端くらいまでの距離だよ」
柏木はメートルがグリーに通じ無いと思い、隣の机を指し示した。
「後、子供の頃に調子に乗って使ってたら、頭がすげー痛くなった。使いすぎると気絶とかすんじゃねーかな」
『成る程。有用ではあるが強力では無い、か。手が使えない時に物を取るのに便利ではあるが』
「あ、それいいな。今まで滅多に使って来なかったから、便利な使い方考えるのも楽しそうだ。もう秘密にしなくてもいいし」
柏木は秘密を話して肩の荷が下りたのか、楽しそうに喋る。
「俺の事はこんなもんかな。予測でしか無いけど、この力が魔素って奴と反応したんじゃないかと思うんだよ。だから気にしないでいいよ、荒岩さん」
柏木は荒岩に顔を向けて、笑顔でそう言った。
日本から召喚された元達三人は、魔素というものに馴染みがない。
荒岩にとっても、外から魔素を体内に取り入れた経験はない。
魔素がどんな影響を三人に与えたのかは、予測しか出来なかった
魔素が溢れているこの世界では、魔法が使えないことの方が少なく、知らず知らず魔力の影響を受けていたと考えられる。
荒岩の魔力の影響と考えるよりも、自身の能力に魔素が反応したと考えた方が納得できると、柏木は言いたいのだ。
『今は詳しく調べる事は出来ないが、そう考えた方が納得はできるか。だがそうなると… 』
グリーが元に視線を向けて問いかける。
お前はどうなんだ、と。
元はグリーの視線を受け止めて、はぁ、っと溜息をつく。
荒岩と柏木の二人が秘密を打ち明けたのだ、元もこれ以上自分の力を秘密にしておく気は無かった。