第二十話 借馬車舎
魔工都市ディライゼルを出発してから二日経ち、列車は予定通り港のある国を走っていた。
国の名はテムネニ民政国。
ファウトア神聖連邦に所属する、海に面した国だ。
漁業と酒造に盛んな国で、海運も行なっている。
比べて畜産は殆ど行われておらず、食肉は他国に頼っている。
酒の原材料であるブドウや麦の畑は国土の半分を占めているが、野菜を育てる畑は極端に少なくもある。
本来国とは、それ一つで成立するものだ。
輸出入や特産品があるのは当たり前だが、戦時には食料供給を一国で賄えるのが理想だ。
地域毎に気候が変わるので、偏りがある事は否めないが、ファウトア神聖連邦に所属している国は他国と比べてその偏りが顕著だ。
単純な理由なのだが、連邦に所属している七カ国の内、五カ国が元々一つの国だったのが影響している。
神聖連邦の前身であったファウトア王国は、分裂前に各貴族達に経済競争をさせていた。
王家に税として納める額の多さが、政治的な権力に反映されるとあって、各貴族達は挙って自領の経済向上に力を注いだ。
結果、領地毎に偏った生産傾向になり、今の各国の歪さの土台になった。
国境の基準となったのが高位貴族達の所領だった為、自国のみでの食料運営が難しい状況を作り出したのだ。
余談だが、王家が経済競争をさせたのは、新事業や土地の開拓、工業の発展、魔術の研究等、国庫からの支出ではなく各貴族達の資産を使わせる事で、国を発展させようとしたのだ。
貴族達の資産が減れば、国への反乱も抑えられる、という考えもあった。
貴族達は期待通り、政治的立場の向上の為に自らの所有するもの全てを使い、領地を発展させた。
資産、領地、そして領民。
過酷な労働と重税を課せられた領民達は、不満を溜め込み、最終的に不満は爆発した。
初めは小さかった革命の火は、国中に燃え広がり、大炎となって国を焼いた。
焼き尽くされた王国は滅び、現在の連邦設立へと繋がった。
反乱抑制の為の政策が、国民に目を向けなかった結果、革命が起こる事になった。
なんと皮肉な出来事だろうか。
そういった理由で、連邦に所属する国々は共依存に近い形で成り立っている。
歪ではあるがその結果、各国の繋がりは強固でもあった。
新興国の集まりが周囲の強国と渡り合える理由でもある。
元達の目指す港町には線路が通っていない為、列車から降りた後は馬車での移動になる。
元達はつい先程目的の駅に到着し、港町へ向かう為に借馬車舎へ向かっていた。
「疎通の魔道具が翻訳してるからか、聞いても意味が分からない事ってあるんだな」
元が歩きながら隣の柏木にそう言う。
「〝しゃばしゃしゃ″って何だよって思ったよな。馬車を借りる処だとは思わなかった」
柏木も同じ元と同じ事を思ったらしく、同意を返してくる。
「当て字、みたいなものでしょうか。馬車を借りる施設が、日本になかったので、こう言うことも起こるんですかね」
後ろを歩いていた荒岩も会話に参加してくる。
元が知らないだけで馬車を借りる施設というものが日本にもあったのかもしれないが、どうやら他の二人も心当たりはないらしい。
この施設は、馬車を借りることが出来る施設だ。
特徴として、返すのは借りた場所ではなく、目的地で良いという事だ。
現代で言うとレンタカーのサービスに似ているかもしれない。
利用者が目的地に着く前に、目的地にある借馬車舎へ連絡出来なければ成立しない事業だが、生憎と電話やメールといった電子通信施設はこの世界には無い。
その代わりこの世界には魔法が、魔道具がある。
遠方と連絡する為の魔道具があるようで、その為このような事業が出来上がった。
「借馬車舎か」
「借馬車舎だな」
「借馬車舎、ですね」
元、柏木、荒岩が歩きながら借馬車舎を連呼する。
音の響きが気に入ったようだ。
前を歩いていたグリーが一軒の建物の前で立ち止まった。
こじんまりとした煉瓦造りの建物で、入り口の横に看板らしき物が掛かっている。
どうやら此処が借馬車舎のようだ。
『馬車を借りる手続きをしてくるから、ここで待ってろ。すぐ済む』
グリーはそれだけ言って建物内に入っていった。
建物の横奥に目を向ければ、色々な種類の馬車が並んで置かれていた。
馬は繋がれておらず、馬車を借りてから繋げるようだ。
獣特有の臭いが薄っすらと漂っている事と、耳を澄ませば馬の息遣いが聞こえてくることから、馬車置き場の裏手に馬小屋があるようだ。
元達は十人でも余裕で乗れるような馬車や、外装の装飾が煌びやかな馬車などを見ながらグリーが戻ってくるのを待った。
グリーの言った通り、手続きはすぐに終わったようで、五分程でグリーは戻ってきた。
『済んだぞ。馬車は八番、馬は長距離用のマグルス種を借りた。テレルまで行ける御者を呼んでもらってるから暫く待つことになる。昼も近い、飯でも食いに行くぞ』
そう言ってズンズンと歩き出すグリー。
ここ何日かでグリーの態度に慣れてきた三人は、素直にグリーの後に付いて行く。
グリーの言ったテレルとは、これから元達が向かう港町の名前だ。
元達が昼食を終え、借馬車舎に戻ってきた時には馬車の準備は終わっており、御者も到着していた。
この街からテレル迄、半日程の距離がある。
今から向かえば着くのは真夜中だろう。
それでもグリーは問題がないと思っているらしく、御者と二、三言葉を交わした後に馬車に乗るように言ってきた。
元が馬車に繋がれている馬をチラリと見る。
ディライゼル迄の道程で乗った馬車の馬より細い体付きをしているが、やはり体高が大きく、頭頂部まで二・五メートルはありそうだ。
やはりでかいな、と思いながら元はそのまま馬車に乗った。
四人が乗った事を確認した御者は、御者台から馬車の小窓を開けて馬車内に一言掛けてから馬を操り、馬車を出発させた。
特に何の問題もなく、元達はテレルの港町へと向かうのだった。
作者も気に入っております、しゃばしゃしゃ




