第十一話 転送
元が見ていた球体の魔法陣が真紅の光を放ち、アクリミナが見ていた満開の巨樹の花が同じく真紅の光を放った。
目を開けていられない程の光の奔流に元は目を閉じる。
アクリミナは紅い光の中で花が散り始め、巨樹を構成していた術式が溶けていく様を見ていた。
元が目を開けて見たものは、視界一杯に花びらのように舞い散る紅い光の残滓。
それも暫くすると空間に溶けるかのように消えていく。
元が見上げていた視線を下ろし、素に戻った何もない白く染まった世界を見回す。
自分の正面に浮いていた申請用紙に書いた青い文字が消えていくのが見える。
願いの文字が完全に消えると、別の青い文字が空間に浮かび上がってきた。
『受理された申請の実行を完了しました
今回の申請実行に伴う能力提供元は
ク・アクリミナリア・ティスリス:エメス
今回の申請実行により
登録番号05722:MBp.重空間型拡散宇宙の
構成概念を一部消去
それに伴い付随項目も合わせて消去。
概念消去により
登録番号05722:MBp.重空間型拡散宇宙の
構成保持術式に余剰力場が発生
術式安定の為
余剰力をMに変換
登録番号05722:MBp.重空間型拡散宇宙に
解放しました
ク・アクリミナリア・ティスリス:エメスの
魔力
心力
霊力
魂力
神力
権限を使用しました
使用した能力値:5.3×10.J』
元は新しく書かれた文章を見て言った。
「よく分からないが、願い事が実行された事は理解できた」
元は満足そうに1度頷いて言った。
一方アクリミナはへたり込んで文章の一点を見つめている。
「5.3×10.J……」
アクリミナは疲れたように息を吐きながら呟く。
実際、アクリミナは疲れていた。
存在感が薄くなったように感じる。
「女神さん、なんか透けてないか…?」
元がアクリミナを見てそう言った。
存在感どころか、アクリミナの存在が薄くなっていた。
「あんな馬鹿みたいな力を一柱で捻り出したら、透けもするわよ」
アクリミナは力なく笑いながら元に言う。
人間には想像もできない莫大なエネルギーを使い果たしたアクリミナは、この場に存在する事に力を回す気が無くなっていた。
さっさと本体に戻って力を蓄える事に専念したいのが本音だ。
「透けるのが当たり前の事みたいに言われてもな…」
元は右手で後頭部を掻きながら困惑の目をアクリミナに向ける。
影のできない空間だ。
透けているアクリミナを見ていると、先程あった魔法陣の残滓のように、空間に溶けて消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。
この空間から移動する手段がない元にとって、それは困る事態だった。
「こっちに回す力を減らしただけよ。消えたりしないから安心して。と言っても、さすがに私も疲れちゃったから、あなたを送ったら本体に戻るわ」
「本体?分身とか出来るのか。なんか便利そうだな」
「分身とは違うけど、それでいいわ。説明する気力も無いし」
そう言っているアクリミナは未だにへたり込んだまま立ち上がらない。
元もアクリミナがここまで疲弊するとは思っていなかったので、居心地が悪くなる。
「なんと言うかその、悪いな」
右手で鼻の頭を掻きながら、アクリミナから目を逸らし元は言った。
「申請用紙を渡したのは私だし、私の言葉に騙されずに裏を読んで書き込んだ願いなんでしょ。なら謝る事ないわ」
勝負に負けたんだからしょうがない、とアクリミナは元に言った。
元としては勝負をしていた気も無いし、そもそも勝負を受けた覚えもない。
一方的に勝負に参加させられていたようだ。
「そう言うなら謝らないが、やっぱり何か嘘があったのか?疑ってはいたが全体的に胡散臭いとしか思ってないし、裏なんて読んでないぞ、俺は」
神相手に胡散臭いと真正面から言う元も元だが、アクリミナは別の言葉に引っかかりを覚えた。
「別に嘘は言ってないわよ。誤認させるように誘導しただけ。それよりも、裏を読んだわけでも、誤認を回避したわけでもないのによく世界の改変なんて書こうと思ったわね」
「世界の改変?よく分からないが、季節を変えるってのは世界に干渉して起こすんだろ?だからステータス無くすのも同じようにちょっと世界に干渉して弄れば無くなるかな、と」
などと言う。
「…なるほど、初めから私が誤認していたようね。あなたの頭の出来を」
「なんと言うか失礼な女神さんだな。初めのニコニコ顔が無くなってるぞ」
「疲れてそんな余裕ないのよ、こっちは」
はぁっ、とため息をつきながらアクリミナは元に言った。
元の言葉でアクリミナは勘違いをしていたことに気付いたのだ。
元は世界の捉え方を神と同じ視点に置いたわけでもなく、それによって扱える力の大きさに気付いたわけでも無かった。
世界への干渉と言う言葉から、クルセリアを構築しているシステムに介入する力をアクリミナが持っていると予測したわけでもない。
元にとっては、この世界に存在する数ある星の季節を変えるのも、ステータスの概念を破棄すると言う世界を構築している根本を変えるのも同じだと思っていただけである。
そもそも元にとっては世界と言えば世界地図しか思い浮かばない。
神にとって片手間で出来るような労力と言えない事でも、元にとっては想像もできない力だ。
想像もできないような力を持ってるんだから、凄いことができるだろう。
ただ、そう考えただけである。
「力の認識が違いすぎるのね。勝手に勘違いした自分が恥ずかしいわ」
アクリミナは自嘲気味に呟く。
見下ろす者と見上げる者との差である。
物事を判断するときには、どうしても自分の認識できる事を基準にしてしまう。
アクリミナにとって季節を操るのは些細な事。
その程度の事を、元がアクリミナの力だと誤認してくれれば、些細な願い事を申請用紙に書くだろうと思っていた。
力の大小が認識できるからそう考えた。
しかし、元にとっては季節を操る力など想像できない。
想像できない力なのだから、更に上の力など思い付かない。
ただそれだけだった。
「まぁ、ある意味勉強になったわ。あなたには他にも聞きたいことがあったんだけど、もういいわ」
疲れちゃったし。
そう言ってアクリミナは立ち上がった。
「聞きたいこと?」
「いいのいいの、ただの好奇心だし。どうせもう会えないだろうし、聞いてもね」
「そうか?まぁ、そう言うなら気にしないが」
立ち上がったアクリミナが顔の横で両手を振りながらそう言うので、元も受け入れる。
なんだかんだ気に入らなかったステータスが消えてくれたのだ、質問くらいは答える気になっていた元だったのだが。
「そう言えば、明記されてなかったから伝えとくわ。ステータスの消去に伴って付随項目も消去されたでしょ。あれ、スキルの事よ。
ステータスの値に影響を与える事前提で作られた項目だったから。使用するにも数値化された魔力を動力にしてたから、ステータスに影響しないスキルも一緒ね。要はステータスと一緒にスキルもこの世界から無くなったの。あなた以外に渡したスキル、意味なくなっちゃったわね」
「…まじか。それはそれは、気の毒に」
元はステータスと共にスキルが無くなった事を聞き、クラスメイト達への意趣返しが完璧に決まったと思った。
元を置き去りにし、スキルを根こそぎ持って行ったクラスメイト達は、スキルが使えなくなったと知ったらどんな反応をするだろうか。
元は初めから貰ってないから何も思わないが、神から貰った力が使えなくなったと知ったら。
「それじゃそろそろ地上に送るわ。クラスメイト達が召喚された同じ場所に送るわね。ここでの時間経過は外より遅くしてあるから、他の子達との召喚時のズレはそこまでないはずよ」
「わかった」
元は素直に頷く。
いきなり異世界に召喚されて、何も知らない世界で生きていかなければいけない。
クラスメイト全員で、横一直線よーいドンでみんな仲良く頑張ろうじゃないか。
一人だけ除け者にしようとしても、そうはさせない。
元は自分の思いつきが上手くいき、暗い喜びを覚えていた。
「それにしても、スキルはともかくステータスを無くしちゃうなんて思い切ったわね。lvの恩恵もスキルの優位性も無くしたあなた達を、召喚した人達は必要とするのかしらね?」
「……あ」
「それじゃあ頑張って生き抜いてね、元」
アクリミナがそう言うと、元の足下に青い魔法陣が展開される。
「ちょ…」
ちょっと待てと元が言うよりも早く、足下の魔法陣が光を放つ。
一瞬の光が消えた時には元の姿は既に無く、青い魔法陣が淡く光っているだけだった。
やっと召喚されました




