馬車にて
俺は運がいい。
街道沿いに1時間ほど歩いた頃に商人の馬車に出会い、道中の護衛をするならと、街まで連れて行ってもらえる事になった。
「へぇーあの魔物の死体、兄ちゃんがやったのかい?」
「ええ、何とか魔物は倒せたのですが、奴にやられたせいか、記憶を無くしまして……」
「おー、そりゃ大変だねぇ」
この世界の情報を得るため、俺は記憶喪失という事にした。
こうすれば自然に聞けるだろう。
「この馬車は、どこの街に向かっているのですか?」
「ドームラの街だ……といっても、記憶が無いんじゃ分からんか。
この辺りで一番大きい交易都市だ。
あー、交易都市は分かるか?」
「あ、それは大丈夫みたいです」
「ドームラなら、人も一杯集まるからな。
お前さんの事を知ってる人も居るだろう」
居ないと思います。
「それでも、何日か見つからないかもしれません。
私のような魔法使いが仕事をするなら、どうすれば良いのでしょうか?」
何せ金が無い。
宿代も飯代も無いのだ。
働かないと死ぬ。
「ああ、それなら……」
と、商人が言いかけた時、突然馬車が揺れた。
いや、馬が倒れたのだ。
身を乗り出してみると、小さな矢が刺さっている。
「ぐは……!」
隣で商人の男がうめき声を上げる。
彼にも矢が刺さったのだ。
前を見ると、街道脇の茂みから小さな人型の魔物がわらわらと出てきた。
「ゴブリン……?」
それは、RPGなどでよく見るゴブリンに見えた。
この世界でもゴブリンと呼ぶのかは不明だが、とにかくゴブリンだ。
俺は、奴等が出てくる茂みの位置を覚えた。
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「ドームラなら、人も一杯集まるからな。
お前さんの事を知ってる人も居るだろう」
商人が話し終わる前に、俺は前方の茂みに炎の魔法をぶっ放した。
ゴブリンは一掃できたようだが、馬が炎に驚き、暴走して滅茶苦茶になってしまった。
やり直しだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ドームラなら、人も一杯集まるからな。
お前さんの事を知ってる人も居るだろう」
今度は電撃の魔法を放つ。
ゴブリン達が電撃でショック死していく。
馬は……落ち着いている。
「あ、あんた、よくゴブリンの待ち伏せが分かったな」
ああ、やっぱりゴブリンなんだ。
「まぁ、カン。かな」
ちょっとカッコつけてみる。
ホントは一回不意打ち食らってるんだがな。
「ところで、そのドームラで仕事を探したいのですが、良い仕事は無いでしょうか?」
「……アンタほどの腕があれば、冒険者が一番だろうよ。
俺が紹介状を書いてやるよ」
「是非、よろしくお願いします。
さぁ、先を急ぎましょう」
そう言うと、商人は一瞬怪訝な顔をしたが、直ぐに言った
「ああ、あんた記憶喪失なんだったな。
魔物を倒したら、魔物コインを回収するのが普通だ」
そう言って、馬車を止めて降りる。
俺も後に続いた。
「魔物コインとは?」
「そのまま、魔物が持っているコインさ。
どういうわけか、死んだらコインが出てくる。
ソイツを街の衛兵とかに持っていけば、討伐報酬が支払われるんだ」
要するに、魔物を倒せばお金が貰えるらしい。
「一応、錬金術師とかはコインを使って何か作れるらしいが……俺も良くは知らん」
「覚えておきます」
会話の間にコインを回収し、馬車に戻る。
「あと、コレを返しておく」
商人がゴブリンの物とは別のコインを差し出す。
「これは?」
「あんたがさっき倒した魔物のコインさ。
ホラだと思ったが、今の腕をみると、本当に倒したんだろう?
なら、そいつはお前さんの物だ」
信じていなかったのか。
いや、まぁそうかもな。
改めてゴブリンと怪物のコインを見比べる。
なるほど。それぞれの魔物を模した図案が描かれている。
たぶん、魔物のランクとか危険度とかで値段が違うのだろう。
俺はポケットにコインをしまい、これからの事を考えた。
冒険者……か。