第七話 これで帰れるのか
泉のある穴から帰り、その翌日から、地獄の特訓が始まった。
アークからは「体が戦える体になってないから、まず体を作る」と言われ、ひたすらトレーニング。
ミネさんからは「んー僕はあんまり乗り気じゃあないからね、適当にやっときますか」と言われ、とりあえず現段階では力を使った飛行訓練。
そして、ナオからは「実戦が全て!」と言われ、木刀を握ったナオと力を使って戦う俺とで実戦のように戦闘を行う。
一番酷い思うのが、これを毎日全てこなすということ。
アークは早朝から午前中にかけて、ミネさんは午後の昼下がり、夕方になればナオが無理矢理俺を引きずってでも戦いに挑ませる。
初日はまだ、自分の為になると思って励んではいたのだが、2日目の朝から既に体の限界が到来し、満身創痍でこの特訓を一週間続けた。
―8日目―
アーク達主要メンバーが、遠征の為に一週間ほど帰ってこないとの話になり、俺の気分は最高潮だった。
まるで、しんどい部活を一日だけサボってみました、みたいな感覚だった。
しかし、「私達がいないだけで、代わりのやつに任せてあるから安心しな!」とナオが満面の笑みで前日に告げてきていたのだった。
俺の気分は、その時点で一気にどん底まで落とされ、10秒に一回ため息をつけるようになってしまっていた。
朝食中、おいしいものを食べていても、ため息が止まらない。周りから見たら、失恋でもしたのかあいつ、とでも見て取れるんだろう。
メロンパンを頬張っている時、ふと隣の席に手をかける一人。
「ここ、空いてる?」
メロンパンを加えながら、目を細めて振り返ると、一人の女性がいた。
ナオのようなガサツなスポーツタイプではなく、これこそ清楚と呼べるのだろうと言わんばかりの姿。
髪は後ろで束ねている。その真っ黒で綺麗な髪に、純粋に惹かれるものがあった。
「ねぇ、空いてるの?」
「あぁ、どうぞ…」
一瞬ではあったが、見惚れてしまった…
あまりにもあのガサツなナオとは違いすぎて、少し驚いていたのもあったが、こんな綺麗な人がここにいるとは思ってもいなかった。
ここは、女性が普通にいるようなそんな温かい場所でもない。寧ろ、ナオみたいなタイプが馴染めるものではあるが、それでも、戦いという場において、女性は普通にいるものではなかった。そういう価値観を俺は持っていた。
「あなたでしょ?」
「は、はい?」
「噂になってる。三人の鬼に毎日扱かれて鍛えてるキモの座った奴がいるって」
「それ、どこから聞いたんですか?」
「ちょっと、その辺でね」
くすっと笑う仕草も、また綺麗で…
「よく耐えてるね、あの三人の猛特訓から」
「そうせざるを得ないんですよ、なんせ放浪人みたいなもんですから…」
「あら、あなたどこの人?」
「少なくとも、この星の人間ではないんですよ」
「え…」
「あ、すみません、このことは…」
「わかってる、妄言だとでも思っておくから」
一つ目のメロンパンを食べ終えるころには、ため息はでなくなっていた。セラピー効果ってやつなのか?
二つ目のメロンパンに手を付けようとした時、隣の清楚系の女性が立ち上がった。どうやらコーヒーしか飲んでいなかったらしい。手元までは見ていなかった。
「ホントに短い時間だったけど、あなたはやっぱり面白いね」
「ん?やっぱり?」
「じゃあ、失礼させてもらうね。また…」
いろんな意味を含んだ言葉を一杯出されて、正直混乱している。俺のことを知っているって、どういうことだ?
「あ、そうそう」
清楚系の女性が、立ち去ろうとしていた姿勢から俺の方にくるりと振り返る。
「私、カオリって言うの。これからよろしくね、ユーヤ君」
ニコっと微笑み、そして立ち去っていく。
最後の微笑み方は、思わず惚れそうになってしまった。
だがしかし、俺はそんなことには騙されない。そうやって男心を弄ぶ女は世の中に五万といるからな。実体験から語れる経験談。これよりなによりも信頼できるものはない!
しかし、俺の名前を知っている上に、それ以外のことも色々と知っている、ということは…
まさか、今日からあの人があの三人の代わりに来る一人なのか?
まあ、そんなわけはないか。
二つ目のメロンパンを頬張りながら、度々される微笑みの顔が頭から離れなかった。
男って、バカだなぁ。
自分でも、そう思った。
ナオから、「いつもアークから呼び出されている場所に行けば、代わりの奴がいるから安心しろ」と言われていたので、しぶしぶその場所に向かう。
もしかして、さっきのカオリさんがいるんじゃあ、と少し期待しながら向かう。
そして、その場所に向かうと、やっぱり…
「遅いぞ、二分遅刻だ。俺を待たせるとは、偉くなったなユウヤよ」
「なんでアークがここにいるんだ!?」
遠征に出発したはずのアークが、何故か目の前にいた。
「一応、朝の基礎体力トレーニングだけはやっていくのを確認してから、俺が後から飛んで行っても間に合うからな。お前のためだ、感謝しろ」
余計なお世話だ――――!!!
なんてことは言えず、しぶしぶランニングからスタートする。
「あぁ、言い忘れてたことがあるんだ」
「え、なんでい今更」
「量増やすぞ」
「すんませんでしたー!!」
「午後から、俺達がいない間に代わりにお前の面倒を見てくれる奴がいるんだ」
「へぇ」
「すぐそこにいる。おーい」
遠くから、一人、近づいてくる。
その影は、今朝見たばかりの人に似ていた。
そうして、来てくれた人はやはり、
「カオリだ。見た目はおとなしい感じなんだが、力に関して教えることに関しては誰よりも長けているといえる。よろしくやってってくれ」
「さっきぶりだね、ユーヤ君」
「あ、どうも…」
照れくさすぎて、うまく話せなかった。
だがしかし、この微笑みに騙されないと誓ったんだ、さっき!
「なんだ、お前ら知り合いだったのか」
「朝食の時に、軽く挨拶しといただけですよ!」
「そうだそうだ!」
舌を出して挑発していると、やはり乗ってくるアーク。
「とっととランニングして来い!倍にするぞ」
「やめてくださーーーぃ」
逃げるように、俺はランニングを開始する。これが終われば、アークは遠征に行って、カオリさんといれる!そう思い、いつもより飛ばして走る俺。
やっぱ、男ってバカだなぁ…
再び、自分でそう思った。
「あいつ、かなりの曲者だから、頑張れよ」
「え、性格がですか?まあそのくらいならなんとかなりますって…」
「そうじゃあねぇんだ」
「へ?」
「あいつの使う力は、未だ底が知れん。少ししか力を使ったところを見ていないが、あれは相当ヤバいものを拾ったかも知れないからな」
「アークさんが言うほどなんですか…武神であるあなたが……」
「本気で、あいつには気を付けた方がいい。だからお前に頼んだんだ」
「…わかりました。できる限りのことはしておきます。遠征、頑張ってきてくださいね」
「そっちは任せとけ」
ジェットのようなスピードでアークは飛んで行きました。
最強クラスのアークさんが、そんなに買っているとなると、やっぱり余計気になりますね、ユーヤ君は。
まあ、ただの根暗ボッチにつきっきりで私が教えてあげるんですから、それくらいないと、とカオリは考えていた。