第四話 最初の試練
穴の底にあるといわれていた泉。俺のイメージでは、穴の底の真ん中に、そこらで見る規模のものがあると思っていた。
だが、この世界はやはり、俺の想像を覆させる。
そこにある泉は、穴の端から端まで、全てを包んでいた。端に泉の縁のようなものがなければ、それは泉ではなく湖のような、穴の底から水が湧き出しているようにしか見えない。
浮くために『I・N・F』を使わなければ、どこにいようと水面に落ちてしまう状況。アークは何とも無いかのように、そこを見つめていた。
「ここからは、お前一人で行って来い。この中は、俺はもう入れない」
「それはどういう…」
アークはこちらを見ることなく、ものすごい勢いで恩恵の空間を出て、穴の出口へと向かっていった。
「何なんだ、全く…」
まあ、とりあえず、この謎の泉とやらから何か出てくる気配もなく、待ってても埒があかない見たいだし、入るしかなさそうな…
仕方ないか…
泉に足を少しつけると、物凄い勢いで吸い込まれていく。
「え、うわ、なんだ!?」
足を引き抜こうとすると、時すでに遅く、下半身がすでに吸い込まれていた。
「あぁぁぁあぁああぁぁ…」
俺の意識は、次第に遠のき……
そして、気が付くと、辺り一面には薄緑の、それでも何もない風景に一人立っていた。
それは…
ゴリゴリマッチョ,長髪のオッサンだった。オネエのような姿勢で、足と腕を組み、空気椅子のようにして浮いている。
「そこの君ぃ!」
オッサンは、俺を見ると同時に指をさす。
「今、私のことをー、キモイ!と、思っただろう!?」
「あー…」
こいつ、現実ボッチの俺でもわかる、友達出来ない系のキモイやつか…
「今、私のことをー、友達出来ない系のキモイやつと思ったな?」
「え」
思ったことをいつの間にか口にしていたのだろうか。言った覚えはないのだが…
「そうだ、言った覚えはないはずだ。なぜなら…」
「まさか、心が読めるとでも言いたいのか」
「その通り!」
オッサンは、気が付いた時には背後に立っていた。振り向くとそこにオッサンは既に居らず、また俺の背後をとるように立っている。
「私は、この泉に仕える神。それ故に、お前達人間には使えない力を使うことができる。そしてその力の一部が、心を読むことだ」
「あんたが、神だと!?」
こんなオネエの、見た感じではホントにただのオッサンだというのによ…
「そうだ、私こそが神名『』…んん……」
そうしてオッサンは名乗ることなく、ひたすら時が過ぎていく。かれこれ10分は経ったか。
「おいオッサン」
「オッサンじゃあないわ小僧」
「じゃあ早くあんたの名前を聞かせなよな」
「それがなぁ…」
自分の名前が思い出せぬ程長生きしているわけでもあるまい。相当このオッサンはバカなのだろう。まだ首をかしげて悩んでいやがる。
「もうオッサンって呼ばせてもらうわ、間が長いし」
「待て、もう少しでいいから頼む!」
「なんで一般人の俺があんたら神様に懇願されなきゃいけねぇんだ!?」
まあ、立場が逆転したと考えるなら最高なことではあるがな!
「もういいだろ、そろそろ本題に入ってくれ。俺も暇ではないんだ」
「元の地球とやらに帰る方法を模索するための手段を得たい、と」
コイツは全く、人の心境を勝手に読み解く癖に自分の名前すら憶えてないとは…
「貴様、さりげなく神である私をバカにしたな!?」
「バカにせずともあんたはバカだよ!」
「バカではない!」
「もういいだろ、さっさと話を進めてくれ…」
変な所で意地を張るあたりも、バカだなぁこのオッサンは。
「まあどうせ私が何か言ったとしても、貴様は変えぬだろうなその考え方は」
「仕方ないじゃん、だってあんた実際バカだもん」
「ぐっ…」
「で、あんたの所に行けば力の使い方がわかるって言ってたが?」
「あぁ、そう言われてはいるな」
「言われてはってどういうことだよ?」
「そのままの意味だ。力に使い方などない」
「へぇ……って、は!?」
じゃあ、何故ここまで苦労して来たんだ…
「ここへ来るにも力を使わねばならなかっただろ?さすがに自由落下では体が着地時にもたぬからな」
つまり、とオッサンは続けて言う。
「力とは、想像力。如何により詳細にイメージし、それを具象化させる。それが、この世界に漂う力の根源だ」
「なんだ、ちゃんと説明してるじゃねぇか」
「こんなことは気付かずに下まで来た愚か者共に伝えるためのおまけでしかないさ」
さりげなくバカにしやがって…さっきまでのこと根に持っていやがるな。ドヤ顔までしやがって…
「まあ、そんなところだ。説明はこれ以上にない。あとは自分で探っていくしかないからな」
誇らしげな表情で語りやがってくっそ…お前仙人かよって顔してんなよな全く……
「さ、とっとと待ってる上の方々にご挨拶してきな」
「え、それはちょっと…」
「とっとと行けよ!男だろうが!」
あおるように、オッサンは穴の出口に向けて指をさす。
「アークが外にいる奴等を倒すまでは待っていようと思ってたんだが」
「んなのお断りだ!ほら、早く!」
背中を強く押してくる。よほど早く帰ってほしいらしい。どこの害虫だよ俺は…
「それはそうと、オッサンよ」
「ん、どうした?」
「いつになったら名前を思い出すんだよ?もう思い出してもいい頃だろ?」
「あぁ、それな…えっと、確か……」
またも、沈黙が10分程度続く。
「いい加減にしねぇかコラぁ!!!」
あまりにも怒りがたまったもので、オッサンめがけてどついてやった。しかし、俺の攻撃はあっけなくかわされ、次に繰り出そうとしていたもう片方の腕、左腕も繰り出す前からがっちりと掴まれていた。
「まぁ、ここは勘弁してくれねぇかな。頼むよ」
オッサンの見せた、この時の表情は、今までとは全く異なったもの。バカさはすっかり抜けた、大人の優しい柔らかい表情を見せていた。
「……俺はそっちの気は無いからな」
「安心しろ、俺もだ」
またも、俺の言葉にかぶせるようにして言うオッサン。
そうして、その大きな背中は、俺の方を振り向くことはなく泉へ去っていった。
穴の上にたどり着いたアークは、周囲を見渡すも、もはや逃げられていると確信した。相手はスナイパーであるが故、射撃地点を確認されたらすぐ場所の移動は必須事項である。それなりに近くにいるものだと考えていたが、相当遠くに逃げられているであろうと察した。
そうなれば、裕也が穴から出てくるまですることはないので、とりあえずその辺に座って待つことにした。
外で激しい戦闘が行われているであろうと考えていた裕也は、外で寝かけているアークを見て驚愕したのは、最早言うまでもないことだろう。