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第六話 定期出張市



定期出張市の場所はすぐにわかった。


エレック邸を出てすぐに賑やかな喧騒の声が聞こえてきたからだ。

僕はその声につられるように足を動かす。


目に見えてきたのは、大きな人だかりだった。

村民全員がこの日に二十日分の日常品を買い込もうとしているのだから、当然といえば当然だが、流石にこの光景は圧巻だ。


人が人に埋れていく。


そして、大勢の村民が覆い囲むように立っているその中心では、何人かの人物が忙しそうに動き回っていた。


「はい! いらっしゃい! おっと、そこのお姉さん、お若いねぇ! だけど、もっと若くなりたくないかい? そんな人には、これ! モースの油だ! これを肌に塗れば、たちまち十歳は若返りだよ!」

「あら、お上手ね。じゃあ買っちゃおうかしら……じゃあお一つ貰いましょう。モースの油はおいくらかい?」

「はい、毎度ありぃ! 普通はカロンヌ銅貨二枚だが、お姉さんの美貌にまけて、銅貨一枚と青銅貨二枚しちゃうよ!」


「おい、物売りの兄ちゃん! アーマーフィッシュの肉はないのかい!?」

「おっと、ソールさんの倅かい! 大きくなったなぁ! 今はアーマーフィッシュよりもこっち……プレイフィッシュの方が旬だぜ! ソールさんに食わしてやりな、一匹オマケだよ!」


村民と商人とのやり取りは盛んに行われている。

ある掛け声は違う喧騒にかき消され、またその喧騒も次のやり取りに飲み込まれていく。


商人は総勢三人。

そのすべてがあらゆるところを右往左往していて、額には一筋の汗を浮かべている。


なんか、僕の思っていたのとは違うな。


僕の想像していた定期出張市というのは、もう少し物静かで、商人は村民とのやり取りの中で金を踏んだくろうと企んでいるようなものだった。


だが、目の前の光景は僕の想像を大きく裏切っていた。


商人は村民たちの顔を覚えているようで、売買交渉の傍ら、世間話も交えている。


僕はひょっとすると、都会の人たちに偏見を持っていたのかもしれない。

そこは悔い改めなければ。


「おぉ、そこの変わった服の兄ちゃん! そんな死にそうな目をしてないで、何を探しているのか言ってみな!」


またしても、商人の低く、良く響くダミ声が聞こえてきた。


それにしても、客に対して死んだ目をしているなんて言っていいのだろうか……


それも、この村の人柄ゆえに許されるのか。

優しい距離感だな。


「兄ちゃん? おい、そこの兄ちゃんだよ! そこの黒い髪した風変わりな服装の!」

「……ん?」


だが、そこで僕はあることに気付いた。

ゆっくりと顔を持ち上げる。

すると、その商人の視線は僕に対して向けられていたのだ。


「そう。そこのあんただよ! この村に黒い髪した男なんて兄ちゃんくらいだろう!」


僕は目の前の商人から目をそらし、チラチラと周囲を見回してみる。


黒い髪の人なんて一人もいない。

みんなそれぞれ茶色とか、赤色とか、青色など、カラフルな色合いだ。


すると、この人は僕に向けて話しかけているのか……


あれ? となると目が死んでるのは僕っていうことになるな。


何が優しい距離感だ。

ただ失礼なだけじゃないか。


「で、兄ちゃん。この村じゃあまり見かけない顔だが、それにしても珍しい服持ってんなあ! どこぞの国の礼装かい?」


僕は胸中のムカムカを押し込め、再び商人へと視線を戻す。


「これは学生服というものです」

「学生服……聞いたことないな……まぁ、さぞかし高価なものなんだろう! で、兄ちゃん何かお探しかい?」


商人は勝手に自己解決したようで、さっそく営業トークに差し掛かった。


「書物を探しているのですが……」

「ああ、書物ね! 少々値は張るが、いいもん取り揃えてるよ!」


商人はそう言い、溢れんばかりの人混みの中に消えて行ったと思うと、今度は大きな包みを両手に抱えて戻ってきた。

そうして商人は包みを組み立て式と思われる机の上に置くと、すぐさま荷ほどきにかかる。


「ははは、すみませんねぇ! 書物っていうのは、なんせ高価なものですからねぇ。 こんな人混みで傷ついちゃあいけないんだよ!」


商人は手慣れた手つきで包みを開くと、中に見えてきたのは三冊の本だった。


僕は一つ一つ丁寧な手つきで、内容を調べていく。

要約すると、それぞれこのようなものだった。


一、セロンヌ帝国興亡の書


この地のカロンヌ帝国の一つ前の王朝、セロンヌ帝国がどのような一途を辿り、隆盛から衰退までに至ったかを綴った歴史書。



二、カロンヌ帝国の魔獣


カロンヌ帝国に棲息しているとされる、東西南北様々な魔獣を簡単なイラスト付きで説明されている図鑑。



三、魔術教典第一の書


初級から上級までの攻撃魔術をまとめた魔術の教本。



僕が今求めているのは、三つ目に手にとった本、魔術教典第一の書だ。


残りの二つにも興味はあったが、現状で喉から手が出るほど欲しいのは魔術教典だ。


第一の書があるということは、第二、第三もあるのだろうが、それは上級魔術以上だとか、エレナが使っていた治癒魔術とかだろう。

とりあえず、今は上級まででいい。


僕は魔術教典をもう一度手に取り、じっくりと眺めてみる。


やはり、本の中に書いてある文字はすべてが手書き。


それに、書いてある言語は日本語ではないのだが、なぜかすんなりと頭に入ってくる。

そういえば、エレックと話していた時も、彼の話す言葉は日本語ではないのだが、意味は理解できたし、こちらの言葉の意味もわかっていた風だった。


と、今はそんなことを考えていてもしょうがない。


わかることはわかるのだ。

その原因は理解できないのだが、できて困るようなものではない。むしろ、すごく助かる。


もう一度この年で、新しい言語を習得しろとか言われても、何年かけてもできる気がしない。

とりあえず、ラッキーくらいに思っておこう。


僕はそんなことを考えつつ、今度は魔術教典の表面を見てみる。


表表紙には、これまた手書きで、中二心をくすぐられる魔法陣のような模様が描かれている。

なにこの、カッケーの。

もう、こんなもの買わざるをえないだろう。


僕は使命感を感じつつ、今度は手にとった本を裏返す。


続いて裏表紙。


こちらにも魔法陣が描かれているが、てっきりあると思った値段のレッテルが表記されていない。


おい! これ不良品だぞ!

と、商人とかけあおうとした時、僕は今まで聞こえてきた会話の中で、定価なんてものが存在していなかったことに気付いた。


すると、この本の値段を定めるのは商人なのか……


それはむしろ、好都合。

金に余裕がない以上、値切って値切って値切りまくってやろうじゃないか。


「……おい、店員さんよ」


ここは強気に出るところだ。


「はい! お求めものは決まったかい?」

「この魔術教典なんだが、値段を教えてくれ」

「ええと、その魔術教典は……そうだな、銀貨七枚でどうだい?」


――銀貨七枚。

僕の所持金は、銀貨五枚に銅貨五十枚。

この本を買うためには、銀貨一枚に銅貨五十枚が足りない計算になる。

単純に考えたら、この本を買うのはお預け状態だろう。

――だが。

僕は自然と口元がにやけてしまう。

……僕は逆境に立たされると、強くなる男だ。

前に壁があると、それを乗り越えてまた次の壁へ……

僕は今までそうやって生きてきた。そんな気がする。

そして――

僕の熱い心のうちが叫びをあげている。


今がまさにその壁だ! と。


「おいおいおいおい、店員さんよぉ……あんた少し、欲が過ぎたようだぜ……」

「……と、言いますと?」


商人の眉がピクリと動く。


「この書物、他の商会じゃ銀貨五枚で売ってたぜ……?」

「この書物は魔術ギルドとうちの商会とで専売契約してるから、そらねぇよ兄ちゃん」

「あ、そうなんですか?」


……ふっ。


今回の壁は少し大きすぎたようだな……


「兄ちゃんよぉ、俺はどうやらあんたは金がねぇと見た。そうなんだろ?」

「あ、はい。そうです」


僕はさっきまでの態度とは対象的に、なよなよしい返事をする。


「いったい、いくら持ってるんだい?」

「えーと……銀貨五枚に銅貨五十枚程度しか……」

「なるほど……そりゃ、強気に出て値引きをせがろうともするわな。相手が悪かったな、兄ちゃん」


ばれてた。

どうやら、この商人は相当の目利きのようで、幾度もこういう体験をしている風貌だ。


さぁ、どうする。


強気に出る作戦は失敗した。

いっそ万引くか? いや、それはやめた方がいい。


こんな人混みの中、大声を出されたら終わりだ。

そもそも僕はそんな器量を持ち合わせてはいない。

所詮、チキンハートということだ。


じゃあ、次は腰を低くして交渉してみるか?

まだそっちの方が可能性はあるだろうけど……


と、その時。

そんな煮え切らない態度の僕に、商人がやれやれ、と言わんばかりに音をあげた。


「はぁ……そうだね。じゃあ、こういうのはどうだい? こっちはこの書物に、魔術師を目指してんならこの皮のローブも付けよう。そして、兄ちゃんはその持ち金すべてと、兄ちゃんの着てる服で交換だ」

「えっ!」


僕は商人の言った言葉に反応して、胸の前と股のあたりを手で覆う。


「いやいや、そうじゃねぇよ! 俺は兄ちゃんの体が見てぇんじゃなくて、その服に興味持ってんだよ!」

「なんだ……そうならそうと早く言ってくださいよ」

「最初からそう言ってんだろ……」


僕は商人の返答に安堵の息をつく。

この商人、驚かせやがって。

てっきり僕は変な勘違いをしちまったじゃねぇかよ。


――だが。


商人の取り引きは、僕にとってもとても魅力的だ。


僕の身に付けている服装は、転生した時から身に付けていた只の学生服。

正直、こんな服この世界では使いものにならないだろう。


この商人は何か勘違いして、学生服を何処かの国の礼装だと思いこんでいるようだが、むしろそれは好都合。

これを機にこんなむさ苦しい服は脱ぎ捨てて、この世界に馴染める服を着よう。


「あぁ、それならいいですよ。おまけにそこの果物を付けてくれたらね」

「まぁ、それくらいならいいだろう! よっしゃ、交渉成立だ。その服を渡して、こいつを持ってきな!」

「えっ!」

「だからそうじゃねぇって言ってんだろうが……」


手に入れたもの。


魔術教典第一の書。

皮のローブ。

なんかリンゴっぽい果物。



失ったもの。


銀貨五枚に銅貨五十枚。

学生服。

僕の純情。



交渉成立だ。

僕は貰った果物にかぶりつき、安堵の表情をあげた。




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