表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第五話 異世界の通貨

翌日、僕とエレックはともに向かい合って朝の配膳を待っていた。


今日もまた、僕らの足下に料理を運んでくれているのはエレナだ。

今日のエレナは、料理に気を使い髪を後ろで束ねている。可愛い。


それに、どうやらこれらの料理はエレナお手製らしい。

そう考えると、美味しさ百倍増しに感じるから不思議だ。


「そういえば……今更ですが、まだあなたの御名を伺っていませんでしたな。何というのですか?」

「ん……あぁ。俺は赤銅の魔……」


僕はエレックの質問に、そこまで言いかけて言葉を止めた。


僕は、現世では中二病のせいで友達もできずに虐められていたことを思い出す。

そうして結局、死ぬまで中二病は治らず、虐めも収まらなかった。


実際に、僕は本質的にも中二病だし、そんな自分も嫌いじゃない。

だけど、友達ができないのが悲しかったのもまた事実。


本当にそれでいいのか?


折角、二度目の命をこの異世界で手にいれたんだ。

現世で悔いていたことを直していくべきではないだろうか?


別に、自分の中からすべての中二病要素を排除しなくてもいい。

せめて、せめて表面だけでも頑張ってみるべきではないのだろうか。


僕は勇気を振り絞り、エレックと向かいあった。


「……僕の名前はカワサキケントと言います」


緊張で言葉が震えていたかもしれない。

だが、現世で、シラフの会話は恥ずかしくてできなかったのに比べれば、大きな前進だ。

今後もこの調子で、現世でできなかったことは修正していくことにしよう。


すると、エレックはそんな僕の内心には気付かずに、言葉を返す。


「ほほぉ……ケントというのですか。なかなか珍しい名ですな」


……そうだろうか?


確かに、この家の人はエレックとか、エレナとか外国系の名前だったが、ここの世界ではケントというのは珍しいのか。何か新鮮だ。

そんなことを考えつつ、僕はエレックへと昨日思っていた旨を伝えてみる。


「……すみません、エレックさん。一つ質問が」

「さん付けはよしてください。急にどうしたのですか?」

「いや、別に……では、エレック。一つ質問が」

「何でしょうか?」


エレックの表情に笑顔が浮かぶ。


「魔術についてなのですが……貴方は魔術についてお詳しいですか?」

「……すみません、どうもそういう分野に関しては疎いもんで……」


エレックは顔を恥ずかしげに傾げ、髭をかいた。


「あるいは、エレナならなにか……」


エレックが視線を向けているのは、ようやく配膳を終えたエレナだ。可愛い。

だが、エレナはその視線に気付くと、そそくさに何処かへ行ってしまった。可愛い。


「あれは、あの通りなので……」


もう一度、エレックは髭をなぞる。


だが、うん。なるほど。

てっきりこの世界では魔術は当然のように使われるものだと勘違いしていたが、使えない人もいるらしい。

そういえば昨日、エレックもエレックの奥さんも魔術は使えないと言っていたな。

そうなると、僕ってやっぱりすごくない?


「ですが……」


エレックは思い出したかのように開口した。


「確か、二十日に一度の定期出張市で商人が持ってきている物品の中に魔術に関する書物が含まれていたと記憶しておりますぞ。」


定期出張市。


近郊の都市、ローズミースから商人がやってくるというあれか。


そこで魔術に関する本。

ゲームでいうと説明書のようなものか。

それが売っているということ。


それは僕にとってとても有益な情報だった。


村一番に博識であると思われるエレックが知らないとなると、どうしようかと思ったが、説明書があるとすれば万事解決だ。

これから一々人に教わるよりかは、一様に本に纏められているほうが気が楽だ。


だが、定期出張市は二十日に一度。

次に来るのは何日後だろうか。

十日後? 二十日後? 僕はそこまで待ってられないぞ。


「前回の市からはすでに二十日たっていますから、今日の昼頃までには来るでしょう。ですから、いち早くも賊を討伐したかったのですよ」


エレックは僕の顔を見て、考えていたことを察したのだろう。僕の疑問に答えてくれた。


だが、まさか今日だとは。

またしても幸運だ。

僕は至福の笑みを浮かべる。


「ですが、一つ問題点が……」


エレックは僕の満面の笑みとは裏腹に、どこか厳しい顔をしている。

僕もそれにつられて、笑顔を止める。


「ケント様も書物をお持ちなのでご存知かと思いますが、書物というものはとても高価なもの。私たち村民からの恩礼金を含めても足りるかどうか……」


エレックは僕の傍ら、『暗黒の聖典』を見つめながらそう言った。


ーー書物が高い。


僕はその事実に少し慌てていた。

本が高いなんて、日本では考えられなかったことだ。

だが、この世界では書物はとても高価なものだと言う。


なぜだろうか。


この世界の文明水準がどれほど進んでいるのかはわからないが、現代日本よりは確実に下だろう。

もしかしたら、この世界には活版印刷という文化がないのかもしれない。


となると、一冊の本を作るのには一文字一文字原本を写さなくてはいけないのか。

なるほど、ならば手間や労力の問題も兼ねて、高価なものになるかもしれない。

僕は一人でに納得し、うんうんと頷いていた。


すると、そんな僕を傍目に、エレックは懐から、変な巾着袋のようなものを取り出し、僕の前に差し出してきた。


「これが、今回の賊討伐の件に対する村民たちからの恩礼金です。どうぞお納めください」


僕は黙って巾着袋を受け取ると、意地汚くも中を覗き込む。

今は礼儀なんかよりも、本を買うための金のほうが大事だ。


巾着袋の中に入っていたのは、丸い硬貨。

銀色の硬貨5枚と、薄れた茶色の硬貨がたくさんだ。

それぞれの中心には、薄く誰かの顔のような彫刻が施されている。


「カロンヌ硬貨は御存知で?」


エレックが尋ねる。


「いえ、知りません」


僕はこんな硬貨、見たこともないし、持っていたこともない。


「それらの硬貨はこの帝国の主流通貨、カロンヌ硬貨というものです。青銅貨五枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚でございますぞ」


エレックは髭をなぞりながら答えた。


なるほど、だいたいの価値は把握した。

これらの硬貨は、日本円に置き換えると、銅貨が一円玉、銀貨が百円玉、金貨が千円札ということか。

そしてさらに下には青銅貨と。


まあ、それぞれ相場は異なるだろうけど……


あれ? そういえばこの国には紙幣というものはないのだろうか?

と、そこまで考えて、僕はこの世界に活版技術が普及していなかったことを思い出す。


活版技術がないと、こんなところにまで弊害が及ぶのか。

いつもこんなにジャラジャラと持ち歩くより、紙一枚の方がずっと楽でいいのに。


「そこには銀貨五枚と銅貨五十枚が入っております。だいたい書物の相場は銀貨五枚に色をつけた程度……はたしてそれで足りるかどうか……」


エレックの声音に難色がこもる。


本一冊の価値は銀貨五枚と少しか。

対して、村を救って銀貨五枚と銅貨五十枚。


まぁ、この村があまり裕福ではないというのもあるかもしれないが、それにしても本の価値が高すぎる。


ここまでくると、僕が活版技術普及したろうか、と思えてくるぞ。

いや、本当にしちゃおうかな。





昼。


僕は部屋の中でウトウトとうたた寝していると、エレナがやってきた。


……なんだ、エレナも眠かったのか。


夢見心地にそう思い、僕は腕を伸ばして腕まくらの体制をとる。僕のここ、空いてますよ。

だが、エレナは通路口のところでかしこまった形のまま、動かない。


そこで僕はエレナが僕と一緒に寝たかったわけでないと気付く。

なんだよ、期待させやがって。


「て…定期出張市の方が……参りました……」


エレナは神妙な面持ちのまま、所々噛みながらそう言った。可愛い。


僕はその言葉に反応し、待ってましたとばかりに立ち上がる。


いよいよ定期出張市が開かれるのか。


「定期出張市はここから少し南の方、村の中心で行われます。もうすでに大きな人だまりができていると思うので、どうぞ、お使いになられてください……」

「あぁ、ありがとう」


エレナはそこまで言うやいなや、一目散に飛び出してしまう。


相変わらず、その反応は傷つくな。

今度はもう少し優しく対応してみよう。


――と、今はそれよりも定期出張市だ。


僕は本題を思い出し腰の巾着袋を握りしめてエレナの後を追う。


さぁ、戦いの始まりだ!





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ